31話「第三層の階層守護個体」
シズクが攻撃魔法の『風弾』を覚えた翌日。
俺と美咲さんは、第三層の奥を目指す準備を整えていた。
「シズク。今日もお父さんとお留守番していてね」
美咲さんがキャリーポーチからシズクを抱き上げ、店主さんへ預ける。
シズクは昨日覚えたばかりの『風弾』を見せたいのか、身体の中へ魔力を集め始めた。
淡い光が体内へ浮かび上がる。
「今日は魔法の練習もお休みです」
「ぷる……」
「そんなに残念そうにしないで。魔力を使い過ぎたら、また動けなくなっちゃうよ」
美咲さんに止められ、シズクが小さく潰れた。
「一日一回しか使えねえなら、本当に危ない時まで取っておかねえとな」
店主さんがシズクをカウンターへ載せる。
「今の威力では、魔物を倒すのは難しいと思います」
「なら、なおさら第三層へ連れて行くのは早いな」
「はい。今日は階層守護個体と戦う可能性があるので、お願いします」
「任せとけ」
店主さんが手を差し出すと、シズクはその腕を伝って肩へ上った。
すっかり店主さんにも慣れたらしい。
「お父さん。シズクにお菓子をあげ過ぎないでね」
「分かってるよ」
「栄養ゼリーは一回に一つだからね」
「お前はシズクの母親か」
「大切な相棒ですから」
美咲さんは何度もシズクを振り返りながら、ストアを出る。
俺も店主さんへ頭を下げ、そのあとを追った。
◇
第三層へ到着した俺たちは、これまで作成した地図を確認しながら奥へ進んだ。
「この角を右です。左へ進むと行き止まりになります」
「覚えているんですね」
「何度か通っていますから。第三層の地形は、大体覚えています」
美咲さんは迷うことなく、石柱が並ぶ通路を進んでいく。
俺が探索者になったのは、まだ一か月ほど前。
対して美咲さんは、十八歳から五年間も探索を続けている。
二十三歳の美咲さんより、二十八歳の俺の方が年齢だけなら五つ上だ。
しかし、ダンジョンの中では美咲さんの方が遥かに先輩だった。
中級ダンジョンまで探索してきた経験も、魔物と戦う技術も、今の俺とは比べものにならない。
「この先が、階層守護個体のいる広間です」
美咲さんが地図へ現在地を書き加える。
「美咲さんも戦ったことがあるんですか?」
「はい。最初はパーティーで討伐しました。そのあと、単独でも二度ほど倒しています」
「一人でも倒せるんですね」
「時間は掛かりますけどね。風の障壁を何度も攻撃して、魔力が弱まったところを狙うんです」
「危険な相手ですか?」
「攻撃の種類は分かっていますから、私一人なら問題なく倒せます。ただ……」
美咲さんが俺を見る。
「一城さんを守りながらとなると、絶対に安全とは言い切れません」
「俺が狙われる可能性もありますからね」
「はい。少しでも危険だと思ったら、入口から退却してください」
「分かりました」
「それに今回は、一城さんの『解析鑑定』があります。私が知らない弱点も見つかるかもしれません」
今回の目的は、美咲さんが第三層へ挑戦することではない。
美咲さんにとっては、何度も通過したことのある階層だ。
俺が階層守護個体との戦闘を経験し、『解析鑑定』がどこまで通用するのか確かめる。
そのための探索だった。
奥へ進んでいくと、前方から三人組の探索者が歩いてきた。
一人は仲間に肩を借り、足を引きずっている。
「大丈夫ですか?」
美咲さんが声を掛ける。
「軽い怪我だ。回復薬も使った」
「階層守護個体と戦ったんですね」
「ああ。風の障壁が硬過ぎる。剣も槍も、まともに届かなかった」
男性探索者が悔しそうに奥の通路を振り返る。
「物理攻撃だけで戦うなら、短時間で倒そうとしない方がいいですよ。障壁へ攻撃を重ねれば、少しずつ弱まります」
「戦ったことがあるのか?」
「何度かあります。今日は回復薬を使ったなら、そのまま戻った方がいいと思います」
「ああ。そうするよ」
男性探索者は美咲さんの装備へ視線を向けると、納得したように頷いた。
「そっちも気を付けろ」
「ありがとうございます」
三人組を見送り、俺たちは先へ進む。
やがて、大きな石造りの扉が現れた。
扉の中央には、風を表す渦巻き模様が刻まれている。
その横にある魔導表示板へ、文字が浮かんでいた。
◇____________________
『第三層・階層守護部屋』
『守護個体:活動中』
『挑戦可能人数:6名』
____________________◇
「中にいますね」
「階層守護個体が討伐されてから一定時間は、第四層への通路が開いたままになります。以前は、他のパーティーが倒したあとに通ったこともあります」
「今回は俺たちで討伐するんですね」
「はい。戦闘は私が担当します。一城さんは入口付近から解析してください」
「退却用の魔石は、扉の横でしたよね?」
「そうです。触れてから扉が開くまで十秒ほど掛かります。危険を感じたら、早めに使ってください」
俺はボディレコーダーの録画を開始する。
映像を投稿するかは、戦闘が終わってから決めればいい。
「準備はいいですか?」
「はい」
美咲さんが剣を抜く。
俺も腰の武器へ手を添え、扉の横にある魔石へ触れた。
低い音を立て、石造りの扉が開いていく。
◇
扉の先は、巨大な円形の広間だった。
壁際にはいくつもの石柱が立ち、天井近くでは風が渦を巻いている。
広間の奥に、全身を緑色の鱗で覆われた大蜥蜴が横たわっていた。
俺たちが入ったことに気付き、ゆっくりと頭を上げる。
四本の脚で立ち上がると、俺の背丈を遥かに超えた。
身体の周囲を風が回り始める。
俺はすぐに『解析鑑定』を発動させた。
◇____________________
『風鎧蜥蜴』
『階層守護個体』
『危険度:C』
『属性:風』
『性格:縄張り意識が強い』
『攻撃』
・噛み付き
・尻尾薙ぎ
・風刃
・螺旋風砲
『ドロップ品』
・良質な魔核(100%)
・風鎧鱗(50%)
・風嚢(10%)
『特性』
・身体の周囲に風障壁を展開
・物理攻撃の威力を大幅に軽減
____________________◇
「解析できました。攻撃方法は、美咲さんが話していたとおりです」
「風障壁の弱点は分かりますか?」
「今、調べます」
風鎧蜥蜴が低い声で唸る。
広間の入口が閉じた。
次の瞬間、巨体が地面を蹴る。
「来ます!」
風鎧蜥蜴が美咲さんへ向かって突進した。
美咲さんは正面から受けず、横へ回り込む。
すれ違いざまに剣を振り、風障壁へ刃を当てた。
甲高い音が鳴り、美咲さんの剣が押し返される。
「障壁の強さも、以前と変わりません!」
最初の一撃は、障壁の状態を確かめるためだったらしい。
美咲さんは反動へ逆らわず、そのまま後方へ跳ぶ。
直後、風鎧蜥蜴の太い尻尾が目の前を通過した。
攻撃を知っているだけあって、美咲さんの動きには余裕がある。
風鎧蜥蜴の喉が淡く光る。
「風刃が来ます!」
三日月形の風刃が二つ、連続して放たれた。
美咲さんは一つ目を屈んで避け、二つ目を剣で受け流す。
方向を変えた風刃が、近くの石柱へ深い傷を刻んだ。
俺は入口付近から戦闘を見ながら、風障壁へ意識を集中させる。
◇____________________
『風障壁』
『発生器官:喉元の風嚢』
『通常時:鱗と障壁により保護』
『隠し弱点』
・大技『螺旋風砲』の使用直後、風嚢が約三秒間露出
・風嚢を破壊した場合、風障壁が消失
『注意』
・風嚢を破壊した場合、風嚢のドロップ率は0%になる
____________________◇
「弱点が分かりました!」
「どこですか!?」
「喉元に風嚢があります! 螺旋風砲を放った直後、三秒間だけ障壁が消えます!」
「そんな弱点があったんですね!」
美咲さんも、風嚢が露出することまでは知らなかったらしい。
「風嚢を壊せば、風障壁が消えます! ただし、素材としては手に入らなくなります!」
「安全に倒す方を優先します!」
美咲さんは迷わず答えた。
これまでの美咲さんは、風障壁へ何度も攻撃し、少しずつ魔力を削っていた。
だが、風嚢を破壊できれば、その手順を省くことができる。
風鎧蜥蜴が再び突進する。
美咲さんは石柱を利用しながら攻撃を避け、一定の距離を保った。
「螺旋風砲を使わせます!」
風鎧蜥蜴の注意を引き付けるように、剣で地面を叩く。
苛立った風鎧蜥蜴が美咲さんを追い回す。
だが、突然その頭が俺へ向けられた。
「……っ!」
指示を出している俺を、先に排除するつもりなのか。
「リンさん、入口から離れて!」
風鎧蜥蜴が俺へ向かって走り出す。
俺は近くの石柱の陰へ移動した。
以前より身体は動くようになっている。
それでも、戦闘職の美咲さんのようにはいかない。
風鎧蜥蜴の尻尾が、石柱ごと俺を薙ぎ払おうとする。
身体を低くし、地面へ飛び込んだ。
頭上を太い尻尾が通過する。
石柱の一部が砕け、細かな破片が防具へ降り注いだ。
風鎧蜥蜴が追撃しようとした瞬間、美咲さんの剣が横から風障壁へ叩き込まれた。
「あなたの相手は、こっちです!」
攻撃で注意を引き戻すと、そのまま風鎧蜥蜴から距離を取る。
「リンさん、怪我は!?」
「ありません!」
「その石柱から出ないでください!」
美咲さんの声に従い、俺は頑丈な別の石柱の陰へ移動した。
風鎧蜥蜴の喉が大きく膨らむ。
風嚢へ青白い光が集まっていく。
「螺旋風砲が来ます!」
「了解です!」
美咲さんはすでに攻撃の予備動作を見抜いていた。
周囲の風が、風鎧蜥蜴の口元へ吸い込まれる。
美咲さんは螺旋風砲の射線上から外れながら、風鎧蜥蜴との距離を詰める。
轟音と共に、巨大な風の塊が放たれた。
螺旋状の風が石柱を巻き込み、粉々に砕く。
攻撃を避けた美咲さんは、すでに風鎧蜥蜴の側面へ回り込んでいた。
「今です!」
風鎧蜥蜴の身体を覆っていた障壁が消える。
喉元に、青く膨らんだ風嚢が露出していた。
美咲さんが地面を強く蹴る。
一秒。
二秒。
風障壁が戻り始める。
だが、美咲さんの方が早かった。
「そこですね!」
突き出された剣が、風嚢へ正確に突き刺さる。
ぱんっ、と何かが弾ける音が響いた。
風鎧蜥蜴の喉元から、溜め込まれていた風が一気に噴き出す。
「ギィアアアッ!」
風鎧蜥蜴が苦しそうな声を上げる。
身体を覆っていた風障壁が完全に消えた。
◇____________________
『風嚢:破壊』
『風障壁:消失』
____________________◇
そこから先は、美咲さんが一方的だった。
風鎧蜥蜴が振り回す尻尾を余裕を持って避け、その前脚へ剣を振り下ろす。
硬い鱗が切り裂かれ、巨体が大きく傾いた。
反対側へ回り込み、後ろ脚にも一撃を加える。
動きを止められた風鎧蜥蜴が、最後の抵抗とばかりに噛み付こうとした。
美咲さんは頭部を紙一重で避け、その懐へ潜り込む。
「これで終わりです!」
剣が胸元の鱗の隙間へ突き刺さる。
魔核を正確に貫いた。
風鎧蜥蜴の巨体が動きを止め、粒子となって洞窟内へ散っていった。
「討伐完了です」
美咲さんが剣を振り、刃に付いた粒子を払う。
息は少し乱れているが、大きく消耗した様子はない。
「さすがですね」
「以前より、ずっと簡単に倒せました。一城さんが風嚢の弱点を見つけてくれたおかげです」
「俺は情報を伝えただけです」
「三秒しかない隙に攻撃できたのは、美咲さんの実力ですよ」
「それなら、二人で倒したということですね」
美咲さんが嬉しそうに笑った。
俺たちは風鎧蜥蜴が消えた場所へ向かう。
床には、濃い緑色の魔核と二枚の鱗が残されていた。
◇____________________
『良質な魔核』
『品質:A』
『用途:魔力伝導素材』
『推定買取価格:2,500円』
_____________________
『風鎧鱗』
『品質:B』
『希少度:C』
『用途:耐風防具、風属性魔導具の材料』
『推定買取価格:12,000円』
____________________◇
「風鎧鱗が二枚です」
「風嚢は残りませんでしたが、普段より短時間で倒せました。装備もほとんど消耗していません」
「素材を狙って長時間戦うか、安全に早く倒すか。選べるということですね」
「次に挑む時は、状況に合わせて決められます」
素材を回収すると、広間の奥から重い音が響いた。
閉じていた石扉が左右へ開き、その先に下へ続く階段が現れる。
◇____________________
『第三層・階層守護個体討伐』
『第四層への通路が開放されました』
____________________◇
「俺にとっては、初めての第四層ですね」
「はい。ここからも私が案内します」
階段を下り、第四層へ続く境界を越える。
その先に広がっていたのは、これまでの洞窟とは全く違う景色だった。
崩れかけた石造りの建物。
規則正しく並ぶ街路。
青白い魔石灯に照らされた、古い遺跡のような街。
遠くから、硬い物同士がぶつかり合う音が聞こえてくる。
「以前来た時と、変わっていません」
「美咲さんにとっては、ここからも経験済みの階層なんですね」
「はい。でも、一城さんと探索するのは初めてです」
美咲さんが遺跡の奥へ目を向ける。
「今日は戦闘を終えたばかりです。入口の確認だけにして戻りましょう」
「分かりました。第四層の探索は、次回からですね」
美咲さんにとっては、何度も歩いたことのある階層。
だが、俺にとっては未知の場所だ。
第四層では、どんな魔物や素材が待っているのか。
その先にある第五層には、何が隠されているのか。
俺たちは第四層の景色を目に焼き付けると、シズクの待つ探索者ストアへ戻ることにした。
読んでいただきありがとうございます。
面白いと思っていただけたら、ブックマークや評価で応援いただけると励みになります。




