30話「シズク、風魔法を覚える」
第三層の隠し採取室を発見した俺たちは、そのまま探索者協会へ向かった。
受付で事情を説明すると、以前希少区域について対応してくれた、調査課の高橋さんが呼ばれた。
「一城さん。今度は第三層で隠し採取室を見つけたそうですね」
「はい。石柱の奥に、風水晶を採取できる部屋がありました」
「希少区域に魔力湧水、そして隠し採取室ですか。一城さんが探索を始めてから、未確認の発見が急激に増えていますね」
「やっぱり、不自然でしょうか……」
「普通ではありませんね。今回も『解析鑑定』が反応したのですか?」
「はい。石柱へ意識を向けたところ、『隠し採取室』と開放条件が表示されました」
「開放条件まで分かったのですね」
「石柱中央の風紋へ、風属性攻撃を三回当てると表示されました」
高橋さんは驚きを隠すように、眼鏡の位置を直した。
「一城さんの『解析鑑定』は、素材や魔物だけでなく、ダンジョンの構造と開放条件まで解析できるようですね」
「俺にも、どこまで分かるスキルなのかは分かっていません」
「承知しました。スキルに関する情報は、これまでどおり慎重に扱います。まずは映像を確認させてください」
「分かりました」
俺はボディレコーダーから、第三層で撮影した映像をタブレットへ送る。
風切蝙蝠を石柱まで誘導し、風属性攻撃を三回命中させる。
条件が達成されると石柱が開き、その奥から隠し採取室が現れた。
一連の流れは、しっかり記録されている。
「確かに、見た目は普通の石柱ですね」
高橋さんが映像を一時停止する。
「中央の小さな渦巻き模様が、解析結果に表示された風紋ですか?」
「はい。解析表示がなければ、俺も見逃していたと思います」
「今回も、解析結果そのものは映像へ残っていませんね」
「俺にしか見えないみたいです」
高橋さんは頷き、新たな内容を調査記録へ書き換えると、映像の続きを再生した。
隠し採取室へ入り、風水晶を見つける場面まで確認していく。
「採取したウインドクリスタルの欠片も確認してよろしいですか?」
「はい」
俺は保護布に包んだ水晶片を机へ置く。
高橋さんは手袋を着けると、風水晶の欠片を鑑定用の魔導具へ載せた。
端末へ情報が表示される。
◇____________________
『風水晶の欠片』
『品質:A』
『用途:風属性魔導具、音響魔導具の材料』
____________________◇
表示されたのは、名称と品質、用途のみ。
シズクの魔法習得を補助する効果は表示されていない。
やはり、あれは俺の『解析鑑定』にしか分からない情報らしい。
「品質Aですか。第三層で採取できる素材としては、かなり質がいいですね」
「持ち帰っても大丈夫でしょうか?」
「はい。通常の探索中に採取した素材ですので、所有権はお二人にあります。ただし、使用前に安全性の検査を行わせてください」
「お願いします」
別の検査用魔導具へ通し、魔力の漏出や毒性がないことを確認する。
「人体へ有害な反応はありません。魔導具の素材として、そのまま使用可能です」
「ありがとうございます」
「隠し採取室については、調査課で改めて確認します。開放に魔物の攻撃が必要となるため、一般公開するかは安全性を調査してから判断します」
「動画も、今は投稿しない方がいいですか?」
「隠し採取室の部分については、少しお待ちください。風切蝙蝠を無理に誘導する探索者が増えれば、事故へ繋がる可能性があります」
「分かりました。第三層の通常探索部分だけ使います」
「ご協力ありがとうございます」
高橋さんは映像と報告書を保存すると、端末を操作した。
「今回の情報提供料として、五万円をパーティー口座へ振り込みます」
「五万円もいただけるんですか?」
「未確認の採取場所に加え、開放条件まで映像に残っていますから。調査結果によっては、追加の情報提供料が支払われる可能性もあります」
「ありがとうございます」
「それと、一城さん」
「はい」
「隠し採取室の情報は、安全性を確認してから公開範囲を決定します。一城さんのスキルに関する情報は、これまで通り調査課内で慎重に扱います」
「助かります」
俺自身、最近は少しずつ注目され始めている。
協会が情報を守ってくれるのは、ありがたかった。
◇
報告を終えた俺たちは、探索者ストアへシズクを迎えに行った。
「シズク。ただいま!」
美咲さんが店へ入ると、カウンターの上にいたシズクが大きく跳ねた。
そのまま勢いよく飛び、美咲さんの胸元へ収まる。
「会いたかったよー!」
「数時間しか離れてねえだろ」
店主さんが呆れたように笑う。
「シズクは良い子にしていましたか?」
「ああ。飯を食って、少し遊んだら寝てたぞ。俺が品出ししてる間も、大人しくカウンターにいた」
「お父さんにも慣れたみたいだね」
美咲さんの腕の中で、シズクが元気よく揺れる。
「それで、シズクに使えそうな物は見つかったのか?」
「はい。第三層で、これを見つけました」
俺は風水晶の欠片を取り出す。
保護布を開くと、店内へ微かな風の音が響いた。
「ウインドクリスタルじゃねえか。第三層で採れたのか?」
「隠し採取室がありました。協会への報告と、安全性の検査も終わっています」
「そうか。なら、使うのは従魔訓練場だな」
「はい。今から行ってみようと思います」
美咲さんがシズクへ水晶片を見せる。
「シズク。これで風の魔法を覚えられるかもしれないんだって」
シズクは風水晶の欠片が気になるのか、身体を伸ばして触れようとする。
「ここでは駄目だよ」
「ぷる……」
美咲さんに止められ、残念そうに縮んだ。
◇
従魔用訓練場の利用手続きを済ませ、前回と同じ訓練室へ入る。
俺は訓練室の中央へ風水晶の欠片を置き、シズクを少し離れた場所へ下ろした。
「まず、使い方を確認します」
風水晶の欠片とシズクへ意識を集中させる。
◇____________________
『風水晶の欠片を使用した魔法習得訓練』
一、風水晶の欠片を対象の体内へ取り込む
二、自身の魔力を風水晶の欠片へ流す
三、風水晶の欠片から返された風属性魔力を体外へ放出する
『安全使用時間:1日3分以内』
『推奨訓練回数:1日1回』
『注意:風水晶の欠片そのものを吸収させないこと』
____________________◇
「シズクの身体の中へ、一度入れる必要があります」
「食べちゃわないでしょうか?」
「水晶片そのものを吸収しなければ大丈夫です。三分経つ前に取り出します」
「分かりました」
美咲さんが風水晶の欠片を手に取り、シズクへ見せる。
「シズク。これは食べ物じゃないから、溶かしちゃ駄目だよ」
シズクが身体を傾ける。
「分かってるかな……」
「解析結果を確認しながら進めましょう。危険があれば、すぐに中止します」
美咲さんが風水晶の欠片をシズクの身体へ触れさせる。
シズクは水晶片を包み込むように、ゆっくりと体内へ取り込んだ。
青白い風水晶の欠片が、透明な身体の中に浮かんでいる。
「シズク。いつもの光を、この結晶へ流してみよう」
美咲さんが手本を見せるように、両手を前へ突き出す。
「身体の中から、ぎゅーっと集めて……結晶に流すの」
シズクが小さく震える。
体内に淡い光が生まれ、ゆっくりと風水晶の欠片へ集まっていく。
光へ反応し、水晶片の内部で風が渦巻き始めた。
「反応しています」
「頑張って、シズク!」
水晶片から溢れた風属性の魔力が、シズクの体内を巡る。
身体の表面が、風に吹かれたように細かく波打った。
「その風を、前へ出して!」
シズクの身体の前へ、淡い光が集まる。
小さな風が発生した。
しかし、すぐに散ってしまう。
「もう一度です。まだ時間はあります」
「シズク、焦らなくていいよ。ゆっくり集めよう」
美咲さんが優しく声を掛ける。
シズクはもう一度、風水晶の欠片へ魔力を流した。
今度は先ほどよりも安定している。
風属性魔力が身体の前方へ集まり、豆粒ほどの球体へ変わった。
「できています! それを正面の標的へ!」
シズクの身体が、勢いよく伸びる。
同時に、風の球体が前方へ放たれた。
ぽすんっ。
軽い音を立て、風の球体が布製の標的へ命中する。
吊り下げられていた標的が、僅かに揺れた。
「当たった……」
「やった! やったよ、シズク!」
美咲さんがシズクを抱き上げる。
シズクも嬉しそうに跳ねようとしたが、すぐに力が抜けたように潰れてしまった。
「シズク!?」
「魔力を使い過ぎただけです。怪我はありません」
俺は使用時間を確認する。
二分四十秒。
安全使用時間内だ。
「ウインドクリスタルの欠片を取り出しましょう」
美咲さんがシズクの身体へ手を入れ、水晶片をゆっくり抜き取る。
風水晶の欠片は欠けることなく、元の形を保っていた。
俺はシズクへ『解析鑑定』を発動させる。
◇____________________
『個体名:シズク』
『状態:軽度の魔力疲労』
『推奨:魔力を含む食事と休息』
『習得魔法』
『風弾:初級・未成熟』
『効果:圧縮した風を前方へ放つ』
『現在の威力:軽い衝撃』
『現在の使用可能回数:1日1回』
『魔法スライムへの進化条件』
・契約者との信頼を十分に深める:形成中
・魔導具や魔力素材に宿る魔力の流れを学ぶ:達成
・自力で魔力を体外へ放出する:達成
____________________◇
「風弾を覚えています」
「シズクが、魔法を……」
「まだ威力は低く、一日に一回しか使えません。それでも、間違いなく攻撃魔法です」
「すごいよ、シズク!」
美咲さんが栄養ゼリーを取り出す。
シズクは疲れているはずだが、食欲は残っていたらしい。
差し出されたゼリーを、すぐに体内へ取り込んだ。
「三つある進化条件のうち、二つを達成しました」
「残っているのは?」
「美咲さんとの信頼を十分に深めることです」
「それなら、もっと一緒に過ごせばいいんですね」
「はい。ただ、この条件だけは素材や道具で早めることができないみたいです」
詳しく調べると、追加の情報が表示された。
◇____________________
『契約者との信頼を十分に深める』
『補足』
・外部素材による達成不可
・命令への服従ではなく、相互の信頼が必要
・日常生活、訓練、探索を共にすることで進行
____________________◇
「焦らず、シズクと一緒に過ごすしかありません」
「それなら問題ありません」
美咲さんは、疲れて潰れているシズクを優しく撫でた。
「進化できなくても、シズクは大切な相棒です。魔法を覚えるためだけに契約したわけじゃありませんから」
その言葉に反応するように、シズクが僅かに身体を伸ばす。
美咲さんの指先へ触れ、そのまま安心したように目を閉じた。
魔法スライムへの進化条件は、あと一つ。
だが、それは急いで達成するものではない。
美咲さんと過ごし、少しずつ信頼を深めていく。
その先に、シズクの進化が待っているのだろう。
「次の目標は、第三層の奥ですね」
「はい。シズクが安全に探索へ参加できるよう、私たちも先へ進まないといけません」
「まずは第三層を攻略して、第四層へ向かいましょう」
今はまだ、シズクを危険な階層へ連れて行けない。
それでも、いつかは二人と一匹でダンジョンを進みたい。
その日のために、俺たちも前へ進むことにした。
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