29話「風を宿す水晶石」
シズクを紹介する動画を投稿してから、二日が経った。
動画の再生回数は八万回を超え、俺のチャンネル登録者数も七千人近くまで増えている。
今まで投稿した動画の中では、間違いなく一番の反響だった。
『シズクちゃんを見るために毎日来てる』
『カメラに触るところが可愛すぎる』
『探索者ミサキが完全にお母さんの顔になってる』
『リンさんのパーティー、どんどん賑やかになるな』
『シズクちゃん専用の動画をお願いします!』
コメント欄の大半が、シズクについてのものだった。
「シズク、大人気ですね」
探索者ストアの休憩スペースで、美咲さんが嬉しそうに画面を眺めている。
その膝の上では、シズクが従魔用の栄養ゼリーを食べていた。
「俺たちより人気が出るのも、時間の問題かもしれません」
「もう抜かれている気がします」
「否定できませんね」
シズクは自分の話をされているとは知らず、体内へ取り込んだゼリーをゆっくり溶かしている。
食事を終えると、美咲さんの手のひらへ身体を載せた。
「美味しかった?」
シズクが小さく跳ねる。
「可愛い……」
「今日だけで何回目ですか?」
「数えてないので分かりません」
俺は苦笑しながら、シズクへ『解析鑑定』を発動させる。
◇____________________
『個体名:シズク』
『状態:良好』
『魔力残量:十分』
『魔法スライムへの進化条件』
・契約者との信頼を十分に深める:形成中
・魔導具に宿る魔力の流れを学ぶ:学習中
・自力で魔力を体外へ放出する:達成
『習得技能』
・魔力操作:見習い
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シズクは、あれから毎日少しずつ魔力操作の練習を続けている。
今では小さな光球なら、自分の意思で作れるようになった。
ただし、光球を遠くへ飛ばすことはできない。
攻撃として使えるほどの威力もなかった。
「魔力を外へ出すことには慣れてきましたが、その魔力を攻撃へ変える方法が分からないみたいですね」
「何か、参考にできる魔導具があればいいんでしょうか?」
「スライムの短剣からは、魔力の流れそのものを学んでいます。でも、攻撃魔法を覚えるなら、属性を持った魔導具や素材が必要かもしれません」
シズクの進化条件は、魔導具に宿る魔力の流れを学ぶこと。
今のまま短剣から学習を続けても、いずれ条件を達成できる可能性はある。
それでも、魔法スライムへ進化したあとを考えれば、攻撃魔法へ繋がる素材も探しておいた方がいい。
「今日の第三層探索では、魔法に使えそうな素材も探してみましょう」
「はい。シズクに合う物が見つかるといいですね」
「ぷるっ」
返事をするように、シズクが跳ねる。
美咲さんは笑顔になったが、すぐに寂しそうな表情へ変わった。
「それじゃあ、シズク。今日はお父さんとお留守番していてね」
シズクが動きを止める。
「まだ第三層へ連れて行くのは危ないから……」
美咲さんから離れないと言うように、その手首へ身体を巻き付けた。
「そ、そんなことされたら置いていけなくなる……」
「駄目だ」
店主さんが美咲さんの背後から、シズクを持ち上げた。
「シズクは俺が見ててやる。お前たちは仕事してこい」
「でも、お父さん」
「第三層で魔物に囲まれた時、この子を守りながら戦えるのか?」
「……難しいです」
「なら、今は連れて行くべきじゃねえ」
店主さんの言葉は正しい。
美咲さんも分かっているからこそ、反論できないのだろう。
「シズク。必ず帰ってくるからね」
美咲さんが指先を差し出す。
シズクは何度か指を突いたあと、店主さんの腕へ身体を預けた。
「兄ちゃん、美咲が無茶しそうになったら止めてくれ」
「分かりました」
「お父さん。私を何だと思ってるの?」
「シズクのことになると周りが見えなくなる、スライム好きだ」
「否定しづらい……」
美咲さんは何度もシズクを振り返りながら、俺と一緒にストアを後にした。
◇
第三層へ到着した俺たちは、前回とは違う通路を探索していた。
無数の石柱が並ぶ洞窟内には、絶えず風が吹いている。
今回もボディレコーダーで撮影しているが、未確認の場所が映った場合は、協会へ報告してから投稿するつもりだ。
「この辺りは初めて来ます」
美咲さんが地図へ現在地を書き込む。
「第三層は石柱が多いので、似たような場所に見えても通路が違うことがあります。迷わないようにしましょう」
「風の向きも覚えておいた方がよさそうですね」
俺は『解析鑑定』を維持したまま、周囲を確認する。
壁や石柱。
足元に落ちている小石。
少しでも気になる物があれば、意識を向ける。
しばらく進んだところで、聞き覚えのある羽音が響いた。
「ウインドバットです」
頭上の石柱に、二体の風切蝙蝠が張り付いている。
こちらに気付くと、翼を大きく広げた。
「前と同じ方法でいきましょう」
「はい!」
俺は背中からピッケルを抜く。
美咲さんが剣を構え、風切蝙蝠の注意を引き付けた。
二体が石柱から飛び立った瞬間、ピッケルを岩壁へ打ち付ける。
甲高い金属音が洞窟内へ反響した。
風切蝙蝠が空中で体勢を崩す。
その隙を逃さず、美咲さんが一気に距離を詰めた。
最初の一体を切り裂き、続けてもう一体の魔核を貫く。
二体の風切蝙蝠は、ほとんど抵抗できないまま粒子となって消えた。
「前回より、ずっと簡単に倒せましたね」
「弱点が分かっていますから」
俺たちは地面へ落ちた良質な魔核を回収する。
残念ながら、風切膜や音響石は出なかった。
「やっぱり、珍しい素材は簡単には落ちませんね」
「素材が欲しいなら、数を倒す必要がありそうです」
「それこそ、スライムキラーみたいな呼び名が付きそうです」
「ウインドバットキラーですか?」
「何にでもキラーを付けるのはやめてくださいよっ」
そんな話をしながら歩いていると、視界の隅に半透明の表示が浮かんだ。
「……ん?」
足を止め、周囲を見回す。
目の前には、他と変わらない石柱が一本立っているだけだ。
「どうしました?」
「この石柱に、何かあるみたいです」
近付いて確認する。
石柱の表面には、風によって削られたような細い傷が何本も付いていた。
俺が『解析鑑定』を向けると、詳しい情報が表示される。
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『封鎖石柱』
『状態:閉鎖中』
『内部:隠し採取室』
『開放条件』
・石柱中央の風紋へ、風属性攻撃を三度命中させる
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「隠し採取室……」
「また何か見つけたんですか?」
「この石柱の奥に、隠された部屋があるみたいです」
「普通の石柱にしか見えませんけど……」
美咲さんが表面へ触れる。
叩いてみても、返ってくるのは硬い石の感触だけだ。
「どうすれば開くんですか?」
「中央にある風紋へ、風属性の攻撃を三回当てる必要があります」
「風紋?」
俺は石柱の表面へ顔を近付ける。
周囲の傷とほとんど見分けが付かないが、中央に小さな渦巻き模様が刻まれていた。
「これです」
「でも、私たちは風属性の魔法を使えませんよ」
「使えませんが、この階層には風属性攻撃を使う魔物がいます」
「ウインドバット……」
美咲さんが頭上へ目を向ける。
先ほどの風切蝙蝠は倒してしまった。
別の個体を見つけ、この場所まで誘導する必要がある。
「危険かもしれません」
「無理だと思ったら、すぐに中止しましょう」
「分かりました。試してみます」
◇
近くの通路を探すと、一体の風切蝙蝠が見つかった。
美咲さんが姿を見せ、風切蝙蝠の注意を引き付ける。
「こっちよ!」
風切蝙蝠が石柱から離れ、美咲さんを追い始めた。
俺は封鎖石柱の近くへ戻り、風紋の位置を指差す。
「ここです!」
「分かりました!」
美咲さんが風紋を背にして立つ。
追い付いた風切蝙蝠が翼を広げた。
淡い光が集まり、風刃が放たれる。
「っ!」
美咲さんが横へ跳ぶ。
風刃は狙いどおり、石柱の中央へ命中した。
渦巻き模様が淡く光る。
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『開放条件:1/3』
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「成功です! あと二回!」
「はい!」
風切蝙蝠が再び風刃を放つ。
美咲さんは攻撃の瞬間までその場へ留まり、ぎりぎりで回避した。
二発目も風紋へ命中する。
石柱の光が強くなった。
だが、三度目の攻撃を待つ前に、風切蝙蝠が美咲さんから狙いを変えた。
離れた場所にいる俺へ顔を向ける。
「一城さん!」
風切蝙蝠がこちらへ飛んでくる。
俺は風紋の前へ移動した。
「こっちだ!」
翼へ魔力が集まる。
放たれた風刃を確認し、横へ飛び退いた。
直後、背後で鋭い音が響く。
三発目の風刃が、風紋へ命中した。
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『開放条件:3/3』
『条件達成』
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石柱全体へ青白い光が走る。
「一城さん、伏せて!」
美咲さんの声に従い、その場へ身を屈める。
俺を追ってきた風切蝙蝠を、美咲さんの剣が切り裂いた。
頭上で魔物が粒子となって消えていく。
「ありがとうございます」
「無茶しないでくださいよ!」
「すみません。でも、条件は達成しました」
「もう……怪我がなかったからいいですけど」
美咲さんが差し出した手を借り、立ち上がる。
その間にも、石柱は低い音を響かせながら左右へ分かれていった。
奥に、人一人が通れるほどの入口が現れる。
「本当に部屋がありましたね」
「中を調べてみましょう」
念のため、入口へ『解析鑑定』を向ける。
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『隠し採取室』
『状態:安全』
『再閉鎖まで:13分42秒』
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「中に魔物や罠はありません。ただ、十三分ほどで閉じるみたいです」
「それまでに戻りましょう」
俺たちは急いで石柱の奥へ入った。
◇
隠し採取室は、小さな円形の部屋だった。
壁の至る所から青白い水晶が生えている。
室内には穏やかな風が吹き、水晶へ触れるたびに鈴のような音を響かせていた。
「綺麗……」
「この水晶石から音が出ているみたいですね」
一番近くにある水晶へ『解析鑑定』を発動させる。
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『風水晶』
『品質:A』
『希少度:B』
『用途:風属性魔導具、音響魔導具の材料』
『推定買取価格:28,000円』
『未解放効果』
・魔力操作が可能な従魔へ使用した場合、風属性魔法の習得を補助する
『シズクへ使用した場合』
・風属性攻撃魔法『風弾』の習得補助
・一日あたりの安全使用時間:3分以内
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「……見つけた」
「何が分かったんですか?」
「この水晶、風属性の魔導具に使う素材です。それだけじゃなく、シズクの魔法習得にも使えます」
「本当ですか!?」
美咲さんが勢いよく振り返る。
「シズクへ使えば、『風弾』という攻撃魔法を覚える手助けになるみたいです」
「シズクの、初めての攻撃魔法……」
美咲さんの視線が、風水晶へ向けられる。
「採取しても大丈夫ですか?」
「安全に外せる部分を調べます」
水晶全体を持ち帰る必要はない。
シズクの身体に対して大き過ぎる物を使えば、魔力の負担になる可能性もある。
俺は採取可能な場所を探し、手のひらに収まる小さな結晶を見つけた。
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『風水晶の欠片』
『品質:A』
『状態:採取可能』
『シズクへの使用:安全』
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「これにしましょう」
「はい!」
ピッケルと採取用の器具を使い、結晶の根元を慎重に削る。
乾いた音と共に、小さな風水晶が外れた。
手に取ると、内部で風が回っているような不思議な振動が伝わってくる。
「これがあれば、シズクが攻撃魔法を覚えられるかもしれないんですね」
「はい。ただし、使うのは従魔用訓練場にしましょう」
「もちろんです」
風水晶の欠片を保護布で包み、素材鞄へしまう。
残り時間を確認すると、あと七分ほどだった。
「他の素材には手を付けず、今日は戻りましょう。この場所も協会へ報告した方がよさそうです」
「映像も残っていますしね」
俺たちは来た道を戻る。
隠し採取室から出て一分ほどすると、分かれていた石柱が再び動き始めた。
入口が閉じ、何事もなかったような一本の石柱へ戻る。
普通に探索していたら、隠し部屋があるとは気付かなかっただろう。
「シズク、喜んでくれるでしょうか」
「美味しい物ではないので、栄養ゼリーほどは喜ばないかもしれませんね」
「それでも、きっと興味を持ってくれます」
美咲さんの足取りは、先ほどより明らかに速くなっていた。
早くシズクへ会わせたいのだろう。
第三層で見つけた、風を宿す結晶。
それはシズクが魔法スライムへ進化するための、大きな一歩になるかもしれなかった。




