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27話「シズク、初めての魔法」


 シズクの従魔登録を終えた翌日。

 俺と美咲さんは、探索者協会にある従魔用訓練場を訪れていた。


「ここが従魔用の訓練場ですか」


 案内された部屋は学校の体育館ほどの広さがあり、壁や床は厚い魔導素材で覆われていた。

 奥には人型や魔物型の標的が並んでいる。


「上位探索者の従魔が魔法を使っても耐えられるように、かなり強い結界が張られているみたいですよ」

「それなら、シズクが魔力を放っても安全ですね」

「はい!」


 美咲さんは腰へ取り付けたキャリーポーチを開く。


「着いたよ、シズク」


 中から、小さなスライムが顔を出した。

 昨日よりも美咲さんへ慣れたらしく、腕を伝って肩まで上っていく。

 青い従魔登録章も、すっかり馴染んでいた。


「今日は魔法の練習をしてみようね」

 

 美咲さんが話し掛けると、シズクは元気よく跳ねた。

 言葉を完全に理解しているかは分からないが、美咲さんの感情は伝わっているように見える。


「始める前に、体調を確認します」


 俺はシズクへ『解析鑑定』を発動させた。



 ◇____________________


 『個体名:シズク』

 『種族:スライム』

 『状態:良好』

 『疲労:なし』

 『魔力残量:少量』


 『訓練時の注意』

 ・連続した魔力操作は三回まで

 ・魔力枯渇時は活動量が低下

 ・魔力を含んだ食事と休息により回復可能


 ____________________◇



「練習は三回までにしましょう」

「三回ですか?」

「今のシズクは、魔力の量が少ないみたいです。使い切ると動けなくなる可能性があります」

「分かりました。無理はさせません」


 美咲さんはシズクを床へ下ろすと、スライムの短剣を鞘ごと取り外した。


「昨日は、この短剣へ触れた時に魔力が反応したんですよね」

「はい。まずは同じ状態を再現してみましょう」


 美咲さんが短剣へ少量の魔力を流す。

 鞘に収められたままの刃が、淡い光を放ち始めた。


 シズクが興味を示し、短剣へ近付いていく。


「シズク。触っても大丈夫だよ」


 美咲さんの言葉を聞き、シズクが身体の一部を伸ばした。

 短剣の柄へ触れる。


 短剣から伸びた光が、糸のようにシズクの身体へ流れ込んでいった。

 透明な体内を、淡い光がゆっくりと巡っていく。


「昨日と同じです」

「この状態で、身体の中にある光を外へ出すように伝えてみてください」

「やってみます」


 美咲さんはシズクと目線を合わせるようにしゃがんだ。


「シズク。身体の中にある光、分かる?」


 シズクが小さく揺れる。


「その光を、身体の外へ出してみよう」


 美咲さんが両手を前へ突き出す。


「こんな感じで……えいっ!」


 動作を真似できるかは分からない。

 それでも、シズクは美咲さんの動きをじっと見つめていた。


 体内を巡っていた魔力が、身体の上部へ集まっていく。

 やがて、小さな光の粒が浮かび上がった。


「出ました!」


 しかし、光の粒はシズクの表面から離れない。

 何度か上下へ動いたあと、体内へ戻ってしまった。


「失敗、でしょうか……」

「完全に外へ出すことはできませんでしたが、魔力を集めることには成功しています」


 俺は解析結果を確認する。



 ◇____________________


 『魔法(マジック)スライムへの進化条件』


 ・契約者との信頼を十分に深める:形成中

 ・魔導具に宿る魔力の流れを学ぶ:学習中

 ・自力で魔力を体外へ放出する:未達成


 『新規技能』

 『魔力操作:習得開始』


 ____________________◇



「魔力操作という技能を覚え始めています」

「ちゃんと進んでるんですね」

「はい。一度目としては十分だと思います」

「すごいよ、シズク!」


 美咲さんが褒めると、シズクは嬉しそうに跳ねた。


「もう一度やってみようか」


 短剣から再び魔力を受け取る。

 今度は先ほどより早く、シズクの体内へ光が集まった。

 小さな光の粒が、身体の表面まで移動する。

 あと少しで外へ出そうだ。


「頑張って、シズク!」


 光が一瞬だけ強くなる。

 だが、身体から離れる直前に弾けてしまった。

 驚いたシズクが後ろへ転がる。


「シズク!」


 美咲さんが慌てて抱き上げる。

 シズクはすぐに身体を起こし、何事もなかったように揺れた。


「大丈夫です。怪我はありません」

「良かった……」

「ただ、魔力はかなり減っています。今日はあと一回だけです」

「最後は少し休んでからにしましょう」


 美咲さんはシズクへ従魔用の栄養ゼリーを与えた。

 シズクは身体の中へ取り込むと、満足そうに潰れる。


「食べたらすぐ寝ちゃいましたね」

「昨日から色々ありましたから、疲れも残っているのかもしれません」

「そうですよね。最後の一回も、今日はやめておきましょう」

「俺もその方がいいと思います」


 魔法スライムへの進化を急ぐ必要はない。

 まずは美咲さんや俺たちと過ごすことに慣れてもらう方が大切だ。



 ◇



 シズクが目を覚ますまでの間、俺たちは同じ訓練場で動画撮影を行うことにした。

 撮影用に用意された区画には、無地の壁と照明が設置されている。

 背景から場所を特定される心配もなさそうだ。

 俺はボディレコーダーを小型の台へ固定し、画角を確認する。


「それでは、始めましょうか」

「はい!」


 シズクを抱えた美咲さんが、カメラの前へ立つ。

 録画を開始した。


「こんにちは。リンです」

「探索者のミサキです!」


 美咲さんがいつものように元気よく挨拶する。


「今日は探索動画ではなく、皆さんへ報告があります」

「実は私たちのパーティーに、新しい仲間が増えました!」


 美咲さんが両手を持ち上げる。

 その手のひらには、青い従魔登録章を着けたシズクが乗っていた。


「スライムのシズクです!」

 

 紹介されたシズクが、カメラへ向けて身体を伸ばす。

 レンズへ触れたことで、映像が一瞬だけ水色に染まった。


「シ、シズク。そこは触らなくていいんだよ」

 

 美咲さんが慌てて引き離す。

 俺は笑いを堪えながら説明を続けた。


「シズクは初心者ダンジョンの第一層で出会い、正式に従魔契約と協会への登録を済ませています」

「私、ずっと従魔になれるスライムを探していたんです。やっと出会うことができました!」


 美咲さんがシズクを頬へ寄せる。

 シズクも嫌がることなく、柔らかな身体を押し付けていた。


「ただし、詳しい発見場所や契約方法については、シズクの安全のため非公開とさせていただきます」

「従魔適性を持つ個体は非常に珍しいので、普通のスライムを無理に捕まえたりしないでくださいね」


 美咲さんがカメラへ向かって念を押す。


「これからは、リンさんと私、それからシズクの二人と一匹で活動していきます」

「まだ戦闘へ参加させる予定はありません。しばらくは安全を優先しながら、少しずつダンジョンや人に慣れてもらおうと思います」

「皆さんも、シズクをよろしくお願いします!」

 

 美咲さんが頭を下げる。

 腕の中にいたシズクも、真似するように身体を前へ傾けた。


「今、頭を下げましたよね?」

「もしかして、美咲さんの真似をしたんでしょうか」

「シズク、もう一回できる?」


 美咲さんが頭を下げる。

 シズクも身体を前へ倒した。


「か、可愛い……!」

「そのまま使いましょう」

「絶対に使います!」


 最後にもう一度挨拶を行い、録画を終了した。



 ◇



 探索者ストアへ戻った俺たちは、店主さんにも確認してもらいながら動画を編集した。

 シズクがカメラへ触れた場面や、美咲さんの真似をして頭を下げた場面は、そのまま残すことにした。


「こりゃ、かなり伸びるぞ」


 完成した動画を見て、店主さんが笑う。


「そうでしょうか?」

「従魔ってだけでも注目される。しかもスライムだ。美咲はスライムキラーなんて呼ばれてるし、話題にならねえわけがない」

「だから、私はスライムが好きなの!」

「分かってるよ」


 動画の題名は、美咲さんが考えたものを採用した。


『【ご報告】スライムキラーと呼ばれた私に、スライムの相棒ができました!』


 完成した動画を、俺のチャンネルへ投稿する。

 美咲さんも自分の動画投稿アカウントで紹介してくれることになった。

 投稿から十分ほどで、再生回数が千回を超える。


「もう千回ですか!?」

「美咲さんが紹介してくれた影響だと思います」

「それでも早いですよ!」


 画面を更新するたび、再生回数とコメントが増えていく。


『シズクちゃん可愛すぎる!』

『スライムキラーがスライムを従魔にしてて笑った』

『ずっと探してたって言ってたもんね。おめでとう!』

『レンズに触るところ可愛い』

『頭を下げるシズクちゃん賢すぎない?』

『リンさん、また珍しいものを見つけてる……』

『このパーティー、毎回何か発見してない?』


 最後の方のコメントを見て、少しだけ表情が固まる。


「一城さんのことも、かなり注目され始めていますね」

「希少区域や『解析鑑定』のことを知られないよう、今まで以上に気を付けた方がよさそうです」


 珍しい素材。

 魔力湧水。

 試作型魔導検索眼鏡の検証。

 そして今回のシズク。


 偶然が何度も続けば、俺に何か特別な能力があると考える人も出てくるだろう。


「でも、一城さんが見つけたことを隠し続けるのも難しいですよね」

「はい。だから、詳しい方法だけは絶対に見せないようにしましょう」

「分かりました」


 さらにコメントを確認すると、気になる書き込みがあった。


『俺も明日からスライムを倒しまくれば従魔が出るかな?』


 そのコメントを見た美咲さんの表情が変わる。


「倒しても出ません。従魔はドロップ品じゃないんです」

「勘違いする人が出るかもしれませんね」

「注意書きを追加しましょう」


 俺たちは相談し、動画の説明欄と固定コメントへ文章を加えた。


『従魔適性を持つスライムは、生きた魔物の中に極めて低い確率で存在します。討伐時のドロップ品ではありません。従魔を探す目的で無差別に魔物を刺激したり、他の探索者の妨げになる行動はお控えください』


「これで大丈夫でしょうか?」

「はい。ありがとうございます」


 美咲さんが安心したように息を吐く。

 その時、キャリーポーチの中で眠っていたシズクが目を覚ました。


「おはよう、シズク」


 美咲さんが抱き上げる。

 シズクは少し眠そうに身体を揺らしていたが、美咲さんの顔を見ると元気を取り戻した。


「今日の練習、頑張ったね」


 褒められたシズクが嬉しそうに跳ねる。

 その瞬間だった。

 シズクの身体の中へ、小さな光が生まれた。


「あっ……」


 今度はスライムの短剣に触れていない。

 淡い光は体内を巡ると、ゆっくりと身体の外へ浮かび上がった。


 豆粒ほどの小さな光球。

 それは数秒だけ宙へ留まり、音もなく消えていった。


「今、自分だけで……」

「はい」


 俺はすぐに『解析鑑定』を発動させる。



 ◇____________________


 『魔法(マジック)スライムへの進化条件』


 ・契約者との信頼を十分に深める:形成中

 ・魔導具に宿る魔力の流れを学ぶ:学習中

 ・自力で魔力を体外へ放出する:達成


 『新規技能』

 『魔力操作:見習い』


 ____________________◇



「一つ目の条件を達成しました」

「やったね、シズク!」


 美咲さんがシズクを抱き上げる。

 シズクは何度も嬉しそうに跳ねた。

 魔法スライムへの進化条件は、まだ二つ残っている。


 それでも、小さな一歩を確かに踏み出した。

 シズクが魔法を使って戦う日は、俺たちが思っているより早く訪れるのかもしれない。


読んでいただきありがとうございます。

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