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26話「新しい家族」


 シズクとの契約を終えた俺たちは、第一層の出口へ向かって歩いていた。

 美咲さんの肩には、小さなスライムが乗っている。

 最初は不安定に揺れていたが、すぐに居心地の良い場所を見つけたらしく、今は美咲さんの首元へ身体を預けていた。


「可愛い……」

「さっきから、そればかり言っていますね」

「だって、可愛いんですから仕方ないじゃないですか」


 美咲さんが頬を緩ませる。

 シズクも名前を呼ばれると、嬉しそうに身体を震わせた。


「一城さんも触ってみますか?」

「いいんですか?」

「もちろんです。ほら、シズク。この人は一城さん。あなたを見つけてくれた人だよ」


 美咲さんが肩を近付けてくる。

 俺が指先を差し出すと、シズクは少しだけ身体を伸ばした。

 ぷにっ、と柔らかな感触が伝わってくる。


「冷たいと思っていましたが、少し温かいんですね」

「そうなんですよ。ずっと触っていたくなりませんか?」

「気持ちは分かります」


 俺が指を離すと、シズクは名残惜しそうに身体を揺らした。

 その姿を見ていると、こちらまで自然と笑顔になる。


「そういえば、録画はどうしますか?」


 美咲さんが俺の胸元へ視線を向けた。

 シズクを見つけた直後に停止したため、ボディレコーダーのランプは消えたままだ。


「従魔登録が終わるまでは、このままにしておきましょう」

「やっぱり、その方がいいですよね」

「従魔適性だけでなく、進化適性まであります。発見場所や契約条件が映像から分かるのは避けた方がいいと思います」

「分かりました。シズクの安全が一番です」


 従魔になったとはいえ、シズクはまだ普通のスライムと変わらない。

 戦う力も、自分の身を守る力もほとんどない。

 そのうえ、最終的に妖精スライムへ進化できる個体だと知られれば、興味本位で近付いてくる者が現れるかもしれない。


「動画で紹介するにしても、正式に登録してからですね」

「はい。それに、進化のことは内緒にしておきます」

「その方がいいと思います」


 映像に残っているのは、第三層から戻る途中までだ。

 シズクを発見した場面は映っていない。

 今回の映像は、第三層の探索記録として投稿すればいいだろう。


 そんな話をしているうちに、ダンジョンの出口へ到着した。



 ◇



 ゲートを抜けた瞬間、警備をしていた職員の表情が変わった。


「止まってください!」


 職員が腰の武器へ手を掛ける。

 美咲さんも驚いたように足を止めた。


「そ、そのスライムは、どこから?」

「第一層で従魔契約を結びました。従魔契約証もあります」

「確認させてください」


 美咲さんが銀色のカードを差し出す。

 職員はカードを専用の端末へ読み込ませた。

 短い電子音が鳴り、画面へ契約情報が表示される。


「契約者、佐伯美咲様。従魔、スライム。確かに契約は成立しています」


 職員は警戒を解くと、腰の武器から手を離した。


「失礼いたしました。契約済みの魔物を確認した際は、念のため制止する規則になっております」

「いえ。驚かせてしまって、こちらこそすみません」

「従魔登録はお済みでしょうか?」

「まだです。契約したばかりなので」

「それでしたら、このまま協会の従魔登録窓口へ向かってください。登録が終わるまでは、契約証をすぐ提示できるようにお願いします」

「分かりました」


 美咲さんが契約証を胸元へしまう。

 シズクは何が起きたのか分かっていないらしく、美咲さんの肩の上で揺れていた。


「驚かせちゃったね」


 美咲さんが指先で軽く撫でる。

 シズクはすぐに落ち着き、その指へ身体を寄せた。



 ◇



 探索者協会の受付で事情を伝えると、俺たちは建物の奥にある従魔登録窓口へ案内された。

 壁には、さまざまな従魔の写真が飾られている。

 妖精竜や雷を纏った狼、背中に植物を生やした大亀。

 どれも有名な上位探索者が連れている従魔らしい。


「私、探索者登録をした時から、ここの写真を見ていたんです」


 美咲さんが壁を見上げる。


「いつか私も、自分の従魔と一緒に探索したいって思っていました」

「今日、叶いましたね」

「はい!」


 美咲さんの肩で、シズクが元気よく跳ねた。

 しばらく待っていると、従魔管理を担当する女性職員が部屋へ入ってきた。


「お待たせいたしました。従魔登録を担当いたします」


 女性職員は美咲さんの肩へ目を向け、一瞬だけ驚いた表情を浮かべる。


「スライムの従魔ですか?」

「はい。今日、第一層で契約しました」

「この支部でスライムが登録されるのは、随分久しぶりですね」


 女性職員は机の上へ、円形の魔導具を置いた。


「まずは契約状態と、従魔の健康状態を確認いたします。こちらへ乗せていただけますか?」

「分かりました。シズク、少しだけ下りようね」


 美咲さんがシズクを両手で抱え、魔導具の中央へ載せる。

 シズクは初めて見る道具が気になるのか、その場で身体を伸び縮みさせていた。


「すぐに終わりますからね」


 女性職員が魔導具を起動させる。

 淡い光がシズクを包み、端末へ情報が表示された。


「種族はスライム。身体に異常はありません。魔力も安定していますね。契約状態も良好です」


 女性職員は端末を操作しながら、いくつかの質問を続ける。


「契約は、従魔契約証を利用されたのですか?」

「はい」

「どのように従魔適性を確認されましたか?」


 美咲さんが一瞬だけ俺を見る。

 俺たちは登録窓口へ来る前に、答えを決めていた。


「他のスライムとは行動が違ったので、持っていた従魔契約証を試してみました」

「なるほど。スライムの適性個体は、通常より好奇心が強いという報告もあります。佐伯様は運が良かったのですね」

「はい。本当に運が良かったと思います」


 嘘は言っていない。

 シズクの行動が他のスライムと違うことに気付いたのは、美咲さんだ。

 そこから従魔適性や契約条件を見抜いたのは『解析鑑定』だが、それをここで明かす必要はないだろう。

 女性職員は疑うことなく、登録手続きを進めていく。


 端末に表示されているのは、現在の種族や健康状態、魔力の安定性だけだ。

 魔法スライムや妖精スライムへの進化適性は、どこにも表示されていない。

 どうやら、協会の検査用魔導具でも、未解放の進化先までは調べられないらしい。


「個体名はシズク。主な活動場所は、契約者である佐伯様が所属するパーティーと同一でよろしいですか?」

「はい」

「パーティーの代表者は一城陸斗様ですね」

「俺です」

「それでは、パーティー情報にも従魔としてシズクを追加いたします」


 俺も探索者ライセンスを端末へ読み込ませる。

 画面に表示されたパーティー情報へ、新たな名前が加わった。



 ◇____________________


 『パーティー代表』

 ・一城陸斗


 『所属探索者』

 ・佐伯美咲


 『登録従魔』

 ・シズク 種族:スライム


 ____________________◇



「俺たちのパーティーに、正式にシズクが加わったんですね」

「そうなります」


 女性職員は微笑むと、小さな青いバンドを取り出した。


 中央には銀色のプレートが取り付けられている。


「こちらが従魔登録章です。街中へ連れて行く場合は、必ず見える位置へ装着してください」

「スライムにも着けられるんですか?」

「伸縮性のある魔導繊維で作られています。身体の大きさが多少変わっても問題ありません」


 美咲さんは青いバンドを受け取ると、シズクの身体へ慎重に巻いた。


 シズクの水色の身体によく似合っている。


「可愛い……!」

「シズクも気に入ったみたいですね」


 本人も気になるらしく、身体を捻りながら銀色のプレートを何度も確認していた。


「登録手続きは以上になります」


 女性職員は美咲さんへ従魔契約証を返却する。


「今後、戦闘へ参加させる場合は、従魔用の装備や保険もご検討ください。また、年に一度の健康確認が必要となります」

「分かりました」

「従魔も探索者と同じく、無理をさせれば命を落とします。成長するまでは、危険な階層へ連れて行かないようお願いいたします」

「はい。大切に育てます」


 美咲さんはシズクを抱き上げ、しっかりと頷いた。



 ◇



 登録を終えた俺たちは、その足で探索者ストアへ向かった。


「お父さん!」


 店へ入るなり、美咲さんが声を上げる。


「おう。随分早かった……な……?」


 品出しをしていた店主さんの動きが止まった。

 視線は、美咲さんの肩へ向けられている。

 青い従魔登録章を着けたシズクが、店主さんを見つめ返していた。


「おい、美咲。そのスライム……」

「シズクっていうの」

「まさか……」

「うん。私の従魔になってくれた」


 店主さんは手に持っていた商品の箱を、ゆっくり棚へ戻した。

 美咲さんの前まで歩み寄り、シズクを見つめる。


「本当に、見つけたのか」

「うん」

「そうか……やっとか」


 店主さんは目元を手で擦ると、照れ隠しのように笑った。


「良かったな、美咲」

「お父さん……」

「泣くんじゃねえよ」

「お父さんだって泣いてるじゃん」

「これは埃が入っただけだ」


 どう見ても、埃が入ったようには見えない。

 だが、口に出すのはやめておいた。

 店主さんはシズクへ手を伸ばす。


「俺は美咲の父親だ。これからよろしくな」


 シズクは少しだけ様子を窺ったあと、店主さんの太い指へ身体を寄せた。


「おお……柔らけえな」

「可愛いでしょ?」

「ああ。こりゃ人気が出そうだ」


 すっかり店主さんも気に入ったらしい。


「兄ちゃん」


 店主さんが俺へ向き直る。


「美咲から聞かなくても分かる。兄ちゃんが見つけてくれたんだろ?」

「最初に違いへ気付いたのは美咲さんです。俺は適性を確認しただけですよ」

「それでもだ。こいつはずっとスライムを探してたからな。本当にありがとう」

「こちらこそ、いつも助けてもらっていますから」


 店主さんは深く頭を下げたあと、店の奥へ入っていく。

 戻ってきた手には、柔らかな布で作られた小型の鞄があった。


「ほら。祝いだ」

「これ、従魔用のキャリーポーチじゃない!」

「小型の従魔を安全に運ぶための鞄だ。三層へ連れて行くのはまだ早いが、街中を移動する時には使える」

「ありがとう、お父さん!」


 美咲さんは早速、キャリーポーチを探索者ベルトへ取り付けた。

 蓋を開いて見せると、シズクは興味深そうに中へ入っていく。

 柔らかな内張りが気に入ったのか、すぐに身体を沈ませた。


「居心地が良さそうですね」

「眠っちゃいそうです」

「従魔も初日は疲れる。今日はゆっくり休ませてやれ」


 店主さんの言葉に、美咲さんが頷く。

 その時、シズクがポーチから顔を出した。

 視線の先にあるのは、美咲さんの腰へ差されたスライムの短剣だ。


「シズク?」


 小さな身体を伸ばし、短剣の柄へ触れる。

 僅かに短剣が光った。

 その光が糸のように伸び、シズクの身体へ流れ込んでいく。


「短剣の魔力が……」


 シズクの透明な身体の中へ、淡い光が灯る。

 光は体内をゆっくり巡り、やがて身体の上へ集まっていった。

 小さな光の粒が、シズクの身体から離れる。


「外に出た……?」


 光の粒はふわりと宙へ浮かび、すぐに弾けて消えた。

 驚いたシズクが、ポーチの中で大きく跳ねる。

 どうやら本人にも、何が起きたのか分かっていないらしい。


「今の見ましたか!?」

「はいっ」


 俺はすぐに『解析鑑定』を発動させた。



 ◇____________________


 『第一進化候補』

 『魔法(マジック)スライム』


 『進化条件』

 ・契約者との信頼を十分に深める:形成中

 ・魔導具に宿る魔力の流れを学ぶ:学習開始

 ・自力で魔力を体外へ放出する:兆候あり


 ____________________◇



「進化条件が進み始めています」

「本当ですか?」

「スライムの短剣から流れ込んだ魔力を、シズクが覚え始めたみたいです」

「さっきの光は?」

「魔力を身体の外へ出そうとしたんだと思います。ただ、まだ自分の意思で使えたわけではありません」

「それでも、ちゃんと魔法スライムへ近付いているんですね」

「はい。ただし、無理に続けさせるのはやめましょう。魔力の扱いに慣れていないので、体調を崩す可能性があります」

「分かりました。今日はこれで終わりにします」


 美咲さんは短剣を鞘ごと布で包み、シズクから少し離れた場所へ置いた。


「びっくりしたね、シズク」


 声を掛けられたシズクが、ポーチから身体を伸ばす。

 先ほど光が浮かんでいた場所を探すように、何度も周囲を見回していた。


「魔法の練習は、協会の訓練場を借りた方がよさそうですね」

「従魔用の訓練場もあるぞ」


 店主さんが教えてくれる。


「周りに被害が出ないよう結界も張られている。従魔の魔法を試すなら、そこでやるのが一番安全だ」

「本当!? ちょっと聞いてくる!」

「今日は休ませろって言ったばかりだろ」

「あ……」

「はは。嬉しいのは分かるが、焦るな」

「はい……」


 美咲さんが恥ずかしそうに頭を掻く。

 シズクの成長を楽しみにしているのだろう。

 気持ちは俺にも分かる。


「そういえば、シズクのことを動画で紹介してもいいでしょうか?」


 美咲さんが俺へ尋ねる。


「正式な従魔登録も終わりましたし、紹介すること自体は大丈夫だと思います。ただ、発見場所や進化については伏せておきましょう」

「契約するところも撮影していませんから、第一層で偶然出会ったとだけ説明します」

「それがいいですね」

「タイトルはどうしましょう。『スライムキラーと呼ばれた私に、スライムの相棒ができました』とか?」

「かなり目を引くと思います」

「ですよね!」


 美咲さんが嬉しそうにスマートフォンを取り出し、候補をメモしていく。


「兄ちゃんも一緒に出るんだろ?」

「一応、そのつもりです」

「なら、シズクを見つけた時に兄ちゃんも一緒だったことは話していいんじゃねえか? それだけならスキルのことも知られねえだろ」

「そうですね。リンと探索者ミサキのパーティーに、シズクが加わったという形にしましょう」

「はい!」


 美咲さんがポーチの中のシズクへ顔を近付ける。


「シズクも動画に出てくれる?」

 

 シズクは返事をするように、元気よく跳ねた。

 こうして俺たちのパーティーに、小さな仲間が正式に加わった。


 今はまだ、守られるだけの存在だ。

 魔力を外へ出すことにも成功していない。


 それでも、いつか魔法スライムへ進化し、その先にいる妖精スライムへ辿り着けば、美咲さんの背後から強力な魔法を放つ日が来るのかもしれない。

 その日を想像すると、これからの探索がますます楽しみになった。

読んでいただきありがとうございます。

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