25話「美咲の小さな相棒」
「従魔適性が……ある……」
美咲さんは薬花草の陰に隠れている小さなスライムを見つめたまま、動けずにいた。
ずっと探し続けてきた、従魔になれるスライム。
それが今、目の前にいるのだ。
すぐには信じられないのだろう。
やがて我に返った美咲さんが、ゆっくりスライムへ近付こうとする。
「待ってください」
「えっ?」
「今近付いたら、逃げてしまうかもしれません」
このスライムは臆病な性格をしている。
こちらへ好奇心は持っているようだが、警戒心がなくなったわけではない。
「そ、そうですよね」
美咲さんは伸ばしかけた足を、慌てて元の位置へ戻した。
「どうしましょう。一度逃げられたら、もう見つけられないかもしれません」
「まずは落ち着きましょう。契約には条件があるみたいです」
「条件……ですか?」
「詳しく調べてみます」
俺は『解析鑑定』を発動させたまま、契約条件へ意識を集中させる。
すると、『未達成』とだけ表示されていた項目が、さらに細かな情報へ変化した。
◇____________________
『従魔契約条件』
一、対象の警戒心を解く
二、契約希望者の魔力を含んだ食物を、対象が自発的に取り込む
三、双方の意思で『従魔契約証』へ触れる
『現在の達成状況:すべて未達成』
____________________◇
「美咲さんの魔力を含んだ食べ物が必要です。それを、この子が自分から食べないといけないみたいですね」
「食べ物ならあります!」
美咲さんは声を上げた直後、スライムを驚かせないよう両手で口を押さえた。
薬花草の陰からこちらを覗いていたスライムが、びくりと身体を震わせる。
「す、すみません……」
美咲さんは小声で謝ると、素材鞄から小さな袋を取り出した。
中に入っていたのは、淡い水色のゼリーだった。
「それは?」
「従魔用の栄養ゼリーです。魔力を込めやすくて、いろいろな魔物が食べられるように作られています」
美咲さんは少し照れたように笑う。
「従魔になれるスライムを見つけた時のために、ずっと持ち歩いていました」
「従魔契約証も持っているんですか?」
「もちろんです」
続いて取り出したのは、銀色のカードだった。
探索者ライセンスと同じくらいの大きさで、表面には複雑な魔法陣が刻まれている。
「スライムを探し始めた時に買いました。まだ一度も使えたことはありませんけど……」
美咲さんが大切そうに持つ銀色のカードへ、『解析鑑定』を発動させる。
◇____________________
『従魔契約証』
『品質:B』
『状態:未登録』
『用途:従魔適性を持つ魔物との契約を記録する』
『安全性:契約対象が自発的に魔力を受け入れた場合のみ発動』
____________________◇
無理やり魔物を従わせるための道具ではないらしい。
従魔適性を持つ魔物と出会い、その魔物から受け入れてもらう必要がある。
「まずは栄養ゼリーへ、美咲さんの魔力を込めてください」
「分かりました」
美咲さんは袋から水色のゼリーを一つ取り出すと、手のひらへ載せた。
目を閉じ、ゆっくりと魔力を流し込んでいく。
淡い光がゼリーを包み、すぐに消えた。
「これで大丈夫だと思います」
「地面へ置いたら、少し離れましょう。見つめ続けるのも警戒されるかもしれません」
「はい」
美咲さんはスライムを驚かせないよう、ゆっくりとしゃがんだ。
栄養ゼリーを床へ置き、数歩後ろへ下がる。
俺たちはその場へ腰を下ろし、スライムから視線を外した。
静かな時間が流れる。
小さなスライムは、なかなか薬花草の陰から出てこない。
美咲さんは何度も様子を確認したそうにしていたが、じっと我慢している。
やがて、石畳を擦るような音が聞こえた。
視線だけを向けてみる。
小さなスライムが、薬花草の陰から半分ほど身体を出していた。
その場で止まり、俺たちと栄養ゼリーを交互に見ている。
しばらく様子を窺ったあと、ゆっくりと動き始めた。
一度進んでは止まる。
また少し進んでは、こちらを確認する。
「来てくれました……」
美咲さんが小声で呟く。
「動かないでください」
「はい……!」
長い時間を掛け、スライムは栄養ゼリーの前まで辿り着いた。
身体の一部を伸ばし、ゼリーへ触れる。
危険がないことを確かめるように、何度も小さく突いていた。
やがて安心したのか、栄養ゼリーを身体の中へ取り込む。
水色のゼリーは、スライムの体内でゆっくりと溶けていった。
俺は契約条件を確認する。
◇____________________
『従魔契約条件』
一、対象の警戒心を解く:進行中
二、契約希望者の魔力を含んだ食物を、対象が自発的に取り込む:達成
三、双方の意思で『従魔契約証』へ触れる:未達成
____________________◇
「二つ目は達成しました」
「つ、次はどうすればいいですか?」
「美咲さんのことを、まだ完全には信頼していないみたいです。今度は手を差し出してみてください。ただし、美咲さんからは触らないでください」
「この子から触ってくれるのを待つんですね」
「はい」
美咲さんは従魔契約証を左手に持ち、右手を床へ置いた。
スライムへ向けて、優しく微笑みかける。
「怖くないよ」
返事はない。
それでも美咲さんは、穏やかな声で話し続けた。
「私は美咲。ずっと、あなたみたいな子を探してたの」
小さなスライムは、美咲さんを見上げるように身体を伸ばす。
「無理に戦わせたりしないからね。嫌なこともしない。美味しい物だって、いっぱい用意するよ」
最後の言葉に反応したのか、スライムの身体が小さく揺れた。
「今、美味しい物に反応しませんでした?」
「し、しましたよね?」
俺たちは顔を見合わせる。
美咲さんが僅かに笑った。
「食いしん坊さんなのかな?」
その声に警戒する様子はない。
スライムはゆっくりと美咲さんへ近付き、床へ置かれた指先を軽く突いた。
「……!」
美咲さんが息を呑む。
それでも手を動かさず、スライムが自分から触れてくるのを待った。
一度。
二度。
何度か指先へ触れたあと、スライムは美咲さんの手のひらへ身体を載せた。
解析結果が変化する。
◇____________________
一、対象の警戒心を解く:達成
二、契約希望者の魔力を含んだ食物を、対象が自発的に取り込む:達成
三、双方の意思で『従魔契約証』へ触れる:未達成
____________________◇
「警戒心も解けました」
「それじゃあ……」
「あとは、この子が自分から契約証へ触れてくれれば、契約できるはずです」
美咲さんは従魔契約証を床へ置き、その上へ右手を重ねる。
「私の従魔に……ううん」
美咲さんは一度言葉を止め、小さく首を横へ振った。
「私の相棒に、なってくれる?」
小さなスライムは、美咲さんの手のひらで身体を揺らした。
言葉を理解しているのだろうか。
美咲さんの腕を伝い、ゆっくりと床へ下りる。
そして銀色の従魔契約証へ近付くと、その上へ身体を載せた。
魔法陣が青白く輝く。
「わっ……!」
従魔契約証から伸びた光が、美咲さんとスライムを包み込んだ。
強い光に、思わず目を細める。
やがて光が収まると、従魔契約証に刻まれていた魔法陣の形が変わっていた。
中央に、小さなスライムの紋章が浮かんでいる。
◇____________________
『従魔契約:成立』
『契約者:佐伯美咲』
『従魔:スライム』
____________________◇
「契約……できましたか……?」
「はい。成立しています」
「本当に……?」
美咲さんが、そっとスライムを抱き上げる。
今度は逃げない。
柔らかな身体を美咲さんの腕へ預け、嬉しそうに小さく跳ねている。
「やっと……やっと見つけた……」
美咲さんの目から、一筋の涙が零れた。
それに気付いたスライムが身体の一部を伸ばし、美咲さんの頬へ触れる。
「ふふ……心配してくれてるの?」
美咲さんは泣きながら、嬉しそうに笑った。
「一城さん、本当にありがとうございます」
「俺は見つけただけですよ。契約できたのは、美咲さんが受け入れてもらえたからです」
「それでも、一城さんがいなかったら、この子が従魔になれるなんて分かりませんでした」
小さなスライムが、美咲さんの腕の中から俺を見つめる。
俺が指先を差し出すと、警戒することなく触れてくれた。
「これからよろしくな」
声に反応するように、その身体がぷるんと揺れた。
「名前を決めないといけませんね」
「もう考えてあります」
美咲さんは腕の中のスライムを見つめる。
「小さくて綺麗で、水の雫みたいだから……シズク」
スライムが嬉しそうに飛び跳ねる。
「気に入ってくれた?」
もう一度、大きく跳ねた。
「それじゃあ、今日からあなたはシズクね。よろしくね、シズク」
美咲さんが笑顔で話し掛ける。
従魔契約証にも、『個体名:シズク』という文字が新しく浮かび上がった。
俺は改めて、シズクへ『解析鑑定』を発動させる。
◇____________________
『個体名:シズク』
『種族:スライム』
『契約者:佐伯美咲』
『状態:良好』
『従魔契約:成立』
『成長適性:高』
『進化適性:極めて高い』
『進化系統』
スライム
↓
魔法スライム
↓
妖精スライム
『第一進化候補』
『魔法スライム』
『特徴:体内魔力を攻撃魔法へ変換できる』
『第一進化条件』
・契約者との信頼を十分に深める
・魔導具に宿る魔力の流れを学ぶ
・自力で魔力を体外へ放出する
『最終進化候補』
『妖精スライム』
『特徴:浮遊能力と高い攻撃魔法適性を持つ』
『最終進化条件:未解放』
____________________◇
「進化先が分かりました」
「本当ですか!?」
「最初の進化先は、魔法スライムです。体内の魔力を使って、攻撃魔法を放てるようになるみたいです」
「魔法を使うスライム……」
美咲さんが腕の中のシズクを見つめる。
シズクは自分の話をされていると分かっているのか、得意そうに身体を反らした。
「そして、その次は妖精スライムへ進化する可能性があります」
「妖精スライム?」
「浮遊能力を持ち、攻撃魔法を得意とするスライムみたいです。ただ、そちらの進化条件はまだ分かりません」
「それでも、すごいです! いつかシズクが空を飛んで、魔法を使うようになるんですね!」
美咲さんの表情が、さらに明るくなる。
前衛で剣を振るう美咲さんと、後方や空中から魔法で援護するシズク。
互いの苦手な距離を補える、相性の良い組み合わせになるかもしれない。
「最初の進化には、魔導具に宿る魔力を学ぶ必要があるようです」
「魔導具ですか?」
美咲さんが腰に差している『スライムの短剣』へ目を向けた。
「これもダンジョンから出た魔導武器です。シズクの進化に使えないでしょうか?」
「可能性はあると思います。しかも同じスライムから生まれた武器ですから、相性も良いかもしれません」
「やっと手に入れた短剣が、シズクの成長にも役立つんですね」
美咲さんは嬉しそうに短剣の柄へ触れた。
「ただし、今のシズクは普通のスライムとほとんど変わりません。すぐに戦わせるのは危険です」
「もちろんです」
美咲さんはシズクを守るように抱き締める。
「まずは私の傍にいることに慣れてもらいます。魔法の練習も、安全な場所で少しずつ始めます」
「それがいいと思います」
シズクは美咲さんの腕を上り、そのまま肩の上へ収まった。
小さな身体を揺らしながら、満足そうに辺りを見回している。
「可愛い……」
「ずっと探していたんですもんね」
「はい!」
美咲さんの肩に乗った、小さなスライム。
今はまだ、第一層に出現する普通のスライムと大きく変わらない。
それでも、その身体の奥には大きな可能性が眠っている。
魔法スライムへ。
そして、いつかは妖精スライムへ。
美咲さんが剣を振るい、その背後からシズクが魔法を放つ。
そんな二人と一緒に上級ダンジョンへ挑む日が、いつか来るのかもしれない。
「それでは、協会へ戻りましょう。シズクの従魔登録もしないといけませんから」
「はい。お父さんにも早く見せてあげたいです!」
美咲さんは弾むような足取りで歩き出す。
その肩の上で、シズクも嬉しそうに跳ねていた。
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