24話「探し続けていた一匹」
素材採取依頼を達成した翌日。
俺と美咲さんは、初心者ダンジョンの第三層へ向かうため、探索者ストアを訪れていた。
「三層からは、魔物の動きが一段変わるからな」
店主さんは俺たちの装備を確認しながら、いつになく真剣な表情で言った。
「一層や二層の魔物は、基本的に正面から襲ってくる。だが、三層には群れで行動する魔物や、死角から攻撃してくる奴もいる。周りをよく見て進めよ」
「分かりました」
「まあ、美咲が一緒なら滅多なことはないだろうけどな」
「任せて、お父さん!」
美咲さんが胸を張る。
第三層の経験がある美咲さんは頼もしい。
それでも、彼女一人に全てを任せるつもりはなかった。
戦闘では敵わなくても、『解析鑑定』を使えば危険を事前に見つけられるかもしれない。
「それじゃあ、行ってきます」
「おう。無理はするなよ」
店主さんに見送られ、俺たちはダンジョンへ向かった。
◇
第一層へ入った俺たちは、第三層へ向かう前に、いつもの確認を行っていた。
「あの子はどうですか?」
美咲さんが指差した先では、一体のスライムが通路を跳ねている。
俺はスライムへ意識を集中させ、『解析鑑定』を発動させた。
◇____________________
『スライム』
『従魔適性:なし』
____________________◇
「残念ですが、従魔適性はありません」
「そうですか……」
美咲さんは少しだけ肩を落とした。
俺たちが正式にパーティーを組んでから、第一層を通るたびに、見掛けたスライムの従魔適性を調べている。
しかし、今まで一度も適性を持つ個体は見つかっていなかった。
「やっぱり、簡単には見つかりませんね」
「数十万体に一体とも言われているんですよね?」
「はい。もっと低い可能性もあるみたいです。正式な記録自体、ほとんど残っていませんから」
美咲さんはそう言いながら、スライムの様子を観察する。
こちらへ飛び掛かってきたところを、素早く短剣で仕留めた。
「これでまた、スライムキラーの討伐数が増えましたね」
「その呼び方はやめてくださいよ!」
美咲さんが頬を膨らませる。
「私はスライムが好きなのに、どうしてそんな物騒な呼び名が付いたんでしょう」
「討伐数が原因だと思います」
「分かってますけど!」
楽しそうに話しながら、俺たちは第二層を通り抜けた。
魔力湧水の採取は行わない。
今日は第三層の地形を確かめることが目的だ。重い保存容器を背負って動きを鈍らせる必要はない。
やがて、第三層へ続く階段へ到着する。
「ここから先は、今までより慎重に行きましょう」
「はい」
腰の装備へ手を添えながら、ゆっくりと階段を下りていく。
空気が少しずつ乾いていく。
湿地のようだった第二層とは、明らかに違っていた。
階段を下り切った先に広がっていたのは、無数の石柱が立ち並ぶ洞窟だった。
岩壁や天井には青白い結晶が埋まっており、魔石灯がなくても周囲を見渡すことができる。
どこからか吹き込む風が石柱の間を通り抜け、不思議な音を響かせていた。
「ここが第三層……」
「石柱が多くて見通しが悪いので、気を付けてください。魔物が隠れていることもありますから」
俺は周囲を確認してから、ボディレコーダーの録画を開始する。
「こんにちは。リンです」
「探索者のミサキです!」
美咲さんがカメラへ向かって元気よく挨拶する。
「今回は二人で、初心者ダンジョンの第三層を探索します」
「第三層からは出現する魔物も強くなります。初めて来る方は、できるだけパーティーで探索してくださいね」
「それでは、行ってきます」
短い挨拶を終え、俺たちは石柱の間を進み始めた。
第三層へ来るのは初めてだ。
普段より強く意識し、『解析鑑定』を維持したまま歩いていく。
しばらく進んだところで、頭上から微かな羽音が聞こえた。
「リンさん、止まってください」
美咲さんが声を潜める。
前方の石柱へ目を凝らすと、三つの黒い影が張り付いていた。
俺はすぐに『解析鑑定』を発動させる。
◇____________________
『風切蝙蝠』
『危険度:D+』
『性格:群れると好戦的』
『攻撃:翼から小型の風刃を放つ』
『ドロップ品』
・良質な魔核(100%)
・風切膜(20%)
・音響石(2%)
『周辺個体数:四体』
『弱点:反響の強い場所で金属音を聞かせると、約十秒間、平衡感覚を失う』
____________________◇
「四体います」
「え?」
美咲さんが石柱へ目を向ける。
「見えるのは三体ですけど……」
「右奥の石柱の陰に、もう一体隠れています」
「分かりました」
美咲さんは疑うことなく剣を抜いた。
俺も背中に固定していたピッケルを取り外す。
「ウインドバットは音に弱いみたいです。俺が合図をしたら、一気に距離を詰めてください」
「音ですか?」
「はい。この場所なら、金属音を反響させることで動きを止められると思います」
「なるほど。お願いします!」
俺はピッケルを両手で握り、近くの岩壁へ目を向ける。
風切蝙蝠たちが、こちらに気付いた。
石柱から一斉に離れ、翼を大きく広げる。
「来ます!」
美咲さんの声と同時に、俺はピッケルの金属部分を岩壁へ強く叩き付けた。
甲高い音が洞窟内へ響き渡る。
何度も反響した金属音を受け、風切蝙蝠の身体が空中で大きく揺れた。
飛ぶ方向を見失ったように、石柱や岩壁へ次々とぶつかっていく。
「今です!」
「はいっ!」
美咲さんが地面を蹴る。
一体目の風切蝙蝠へ剣を振り下ろし、そのまま身体を回転させて二体目を切り裂く。
三体目が体勢を立て直すより早く、返した刃が魔核を捉えた。
僅かな時間で三体が粒子となって消えていく。
だが、右奥へ隠れていた個体は、金属音の影響が弱かったらしい。
「リンさん!」
石柱の陰から飛び出し、真っ直ぐ俺へ向かってくる。
風切蝙蝠の翼が淡く光った。
俺は咄嗟に横へ跳ぶ。
直後、放たれた風刃が腕の防具を掠めた。
「くっ……!」
衝撃で体勢を崩す。
風切蝙蝠が向きを変え、再び俺を狙おうとした。
しかし、二度目の攻撃は来なかった。
美咲さんの剣が風切蝙蝠を背後から切り裂く。
最後の一体も粒子となり、地面へ良質な魔核が転がった。
「一城さん、大丈夫ですか!?」
戦闘が終わったことで、美咲さんが普段の呼び方へ戻りながら駆け寄ってくる。
「はい。防具を掠っただけです」
「見せてください」
美咲さんが俺の腕を確認する。
防具の表面に浅い傷は付いていたが、腕まで刃は届いていなかった。
「良かった……怪我はありませんね」
「位置が分かっていたので、何とか避けられました」
「初めて戦った相手なのに、ちゃんと反応できていましたよ」
「狙われると分かっていても、かなり怖かったですけどね」
身体は以前より動くようになっている。
力の結晶飴、それと装備している『スライムシリーズ』の効果もあるのだろう。
だが、自分だけで風切蝙蝠を倒せたとは思えない。
攻撃の方向が分かっていたから、辛うじて避けられただけだ。
もし美咲さんがいなければ、二度目の攻撃を受けていたかもしれない。
「やっぱり、第三層は今までと違いますね」
「はい。だからこそ、無理は禁物です」
俺たちは地面へ落ちた素材を回収する。
良質な魔核が四個。
その中に、薄い半透明の膜のような素材が一枚混ざっていた。
◇____________________
『風切膜』
『品質:B』
『希少度:C』
『用途:風属性魔導具、軽量防具の材料』
『推定買取価格:4,500円』
____________________◇
「風切膜が出ています」
「幸先がいいですね!」
素材を鞄へしまい、探索を再開する。
それから一時間ほど第三層を歩いた。
今回は地形を覚えることを優先し、魔物を見つけても無理には戦わなかった。
美咲さんが危険を感じれば足を止め、俺が『解析鑑定』で周囲の状況を確かめる。
一人では気付けなかった危険を、美咲さんが見つけてくれる。
美咲さんからは見えない情報を、俺が伝える。
パーティーを組むというのは、ただ一緒に戦うことではない。
互いに足りない部分を補うことなのだと、少しずつ分かってきた。
「今日はこの辺りで戻りましょう」
美咲さんが地図へ現在地を書き込みながら言った。
「まだ進めそうですけど、最初から欲張る必要はありません」
「そうですね。帰るまでが探索ですから」
「はい!」
俺たちは来た道を引き返し、第三層を後にした。
◇
第一層まで戻ってきた頃には、二人ともすっかり気が緩んでいた。
「第三層でも、一城さんの『解析鑑定』はすごく頼りになりますね」
「美咲さんが信じて動いてくれるからですよ」
「だって、一城さんの情報は外れませんから」
そんな話をしながら出口へ向かっていると、美咲さんが突然足を止めた。
「……一城さん」
「どうしました?」
「あそこにいるスライム、少し変じゃありませんか?」
美咲さんが指差したのは、通路の隅に生えている薬花草の陰だった。
目を凝らすと、小さなスライムが一体だけ隠れている。
他のスライムより一回り小さい。
こちらに気付いているはずなのに、襲い掛かってくる様子もなかった。
薬花草の陰から、俺たちの様子を窺っている。
「普通のスライムに見えますが……」
「人を見た時の反応が違います。怯えてはいるみたいですけど、逃げてもいません」
さすがスライムを探し続けてきただけあって、美咲さんは僅かな違いにも気付くらしい。
俺たちは刺激しないよう、その場で足を止めた。
そして俺は、小さなスライムへ『解析鑑定』を発動させる。
◇____________________
『スライム』
『通常種・特殊個体』
『性格:臆病、好奇心旺盛』
『状態:空腹』
『従魔適性:あり』
『契約条件:未達成』
『進化適性:極めて高い』
『潜在進化先:未解放』
____________________◇
「……え?」
思わず声が漏れた。
何度も表示を見返す。
だが、結果は変わらない。
「一城さん?」
美咲さんが不安そうに俺の顔を覗き込む。
俺はボディレコーダーの録画を止めた。
この情報が広まれば、他の探索者が押し寄せる可能性がある。
まずは、この子の安全を優先した方がいい。
「美咲さん。落ち着いて聞いてください」
「は、はい」
「この子には、従魔適性があります」
「……本当、ですか?」
美咲さんの目が大きく見開かれる。
小さなスライムは、薬花草の陰からこちらを見つめたままだ。
「本当です。ただ、この子は従魔になれるだけじゃありません」
「え?」
「進化できる可能性を持っています。それも、一つではないかもしれません」
美咲さんが息を呑む。
探し続けていた、従魔になれるスライム。
それが今、俺たちの目の前にいた。
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