23話「初めての素材採取依頼」
美咲さんと正式なパーティーを組んでから、十日が経った。
その間、俺たちは第二層へ何度も足を運んだ。
毒スライム。
湿地蛙。
そして、苔蟷螂。
初めて遭遇した時は、美咲さんに守ってもらうだけで精一杯だった。
だが、魔物が攻撃する前兆や動き方が分かるにつれて、少しずつ自分でも戦えるようになってきた。
「右へ避けてください!」
湿地蛙が長い舌を伸ばす。
美咲さんの声に従い、俺は右へ踏み込んだ。
赤い舌が、左肩のすぐ側を通過する。
湿地蛙が舌を引き戻そうとするが、伸びきった舌はすぐに戻らない。
「今です!」
「はい!」
鋼短剣を握り、湿地蛙との距離を詰める。
正面から飛び掛かると、再び水弾を放たれる可能性がある。
だから、俺は湿地蛙の側面へ回り込んだ。
魔核の位置は、解析鑑定で分かっている。
鋼短剣を両手で握り、脇腹から突き刺した。
刃先が魔核へ届き、湿地蛙が緑色の粒子となって消える。
「倒せました」
「もうマーシュフロッグなら、一人でも大丈夫そうですね」
「美咲さんに動きを教えてもらったおかげです」
「それでも、実際に動いているのは一城さんですよ」
地面へ落ちた良質な魔核を拾い、素材鞄へ入れる。
魔物との戦いに慣れてきたとはいえ、俺は戦闘職ではない。
危険を感じたら、美咲さんの指示に従って下がる。
それだけは忘れないようにしていた。
◇
第二層へ向かう前には、第一層でスライムを探すことも日課になっている。
「一城さん。あそこに一体います!」
「分かりました」
青いスライムへ解析鑑定を発動させる。
知りたいのは、性格やドロップ品ではない。
ペットにできる可能性があるかどうかだ。
◇____________________
『スライム』
『ペット適性:なし』
____________________◇
「ありません」
「今日もですか……」
美咲さんの肩が落ちる。
スライムは俺たちの姿に気付くと、勢いよく飛び掛かってきた。
「襲ってきましたね」
「では、倒します!」
美咲さんの剣が、スライムの魔核を一撃で切り裂く。
スライムは粒子となって消え、地面へ小さな魔核を残した。
「ペットにしたいのに、倒すんですね」
「襲ってきた個体は仕方ありません!」
「さすが、スライムキラー・ミサキさん」
「その呼び方はやめてください!」
これまで解析したスライムは、三十体を超えている。
だが、ペット適性を持つ個体は一体もいなかった。
何十万体、何百万体に一体と言われているのだから、当然なのかもしれない。
「簡単には見つかりませんね」
「分かっています。でも、一城さんと一緒なら可能性はあります!」
「見つけるまで、気長に探しましょう」
「はい!」
ペットにできるスライム探しを終え、俺たちは探索者協会へ戻ることにした。
◇
「今日は結構集まりましたね」
換金カウンターで査定を待ちながら、美咲さんが素材鞄の中を確認する。
良質な魔核が八個
魔核が十一個。
薬花草が四本。
それに、苔蟷螂から落ちた蟷螂の鎌殻が一つ。
第二層へ慣れてきたことで、一度の探索で持ち帰れる素材も増えていた。
「魔力湧水も三リットルあります」
「今日の探索だけで、一万円以上にはなりそうですね」
「第一層だけを探索していた頃より、安定して稼げるようになりました」
黄金郷のように、一度で大金を得られるわけではない。
それでも、通常の探索だけで一日一万円以上稼げるのは大きい。
素材の査定を待っていると、美咲さんが壁際へ視線を向けた。
「一城さん。依頼掲示板を見てみませんか?」
「依頼掲示板?」
「探索者協会や企業が、必要な素材の採取を依頼する場所です」
美咲さんに案内され、広場の奥へ向かう。
壁には大型の電子掲示板が設置され、様々な依頼が表示されていた。
◇____________________
『薬花草 20本』
・品質B以上
・報酬:25,000円
・期限:7日以内
____________________
『毒スライムの毒液袋 5個』
・品質不問
・報酬:12,000円
・期限:10日以内
____________________
『蟷螂の鎌殻 三個』
・品質B以上
・報酬:28,000円
・期限:14日以内
____________________◇
「普通に換金するより、少し高いんですね」
「必要な数を期限までに集めてもらう依頼ですから、その分だけ報酬が上乗せされています」
「誰でも受けられるんですか?」
「階層制限や資格指定がなければ受けられます。ただし、同時に受けられる依頼の数には制限があります」
依頼を受けてから放置する探索者が増えないよう、初心者は一度に二件までらしい。
「一城さんたちなら、蟷螂の鎌殻の依頼も達成できそうですね」
「でも、三個集めるには時間が掛かりそうです」
「無理に受ける必要はありません。達成できそうな依頼を選ぶことも大切です」
美咲さんが掲示板を操作する。
「それに、企業からの特別依頼が出ている場合もあります」
「特別依頼?」
「こちらです」
表示が切り替わり、一件の依頼が画面へ大きく表示された。
◇____________________
『魔力複眼 一個』
・依頼主:東都魔導機器株式会社
・品質:B以上
・用途:光学系魔導具の試作開発
・通常査定額:80,000前後
・依頼報酬:120,000円
・期限:30日以内
・受注可能パーティー:一組
____________________◇
「東都魔導機器……」
試作型魔導検索眼鏡を開発している、水城さんの会社だ。
「魔力複眼なら、モスマンティスが落とす素材ですよね」
「はい。解析結果では、ドロップ率、三パーセントでした」
「三パーセント……」
美咲さんが難しい表情をする。
「単純に考えれば、三十体以上倒して一つ出るかどうかですね」
「必ず出るわけではありません」
「それでも、他のパーティーより私たちに有利な点があります」
「有利な点?」
「モスマンティスの擬態を解除する方法を知っています」
普通の探索者は、苔蟷螂が潜んでいる場所を見つけるだけでも難しい。
戦闘になっても、擬態を繰り返されれば苦戦する。
だが、俺たちは体表を水で濡らせば、擬態を三分間解除できることを知っている。
「受けてみますか?」
美咲さんが尋ねる。
期限は三十日。
期間内に見つからなかった場合、報酬は得られない。
だが、依頼を失敗しても違約金はないと書かれている。
「挑戦してみたいです」
「では、パーティーとして初めての依頼ですね」
「はい」
端末へ探索者ライセンスを読み込ませ、依頼を受注する。
◇____________________
『素材採取依頼を受注しました』
・依頼品:魔力複眼
・期限:残り三十日
____________________◇
「すぐに探しに行きますか?」
「今日は探索を終えたばかりです。焦らず、明日からにしましょう」
「そうですね。疲れた状態でモスマンティスと戦うのは危険です」
美咲さんの判断に従い、今日は準備だけ行うことにした。
店主から携帯用の散水器を購入し、苔蟷螂の生息場所を地図で確認する。
明日から、魔力複眼を探す探索が始まる。
◇
それから十日間。
俺たちは第二層へ通い、苔蟷螂を探し続けた。
岩壁。
天井。
苔に覆われた柱の陰。
解析鑑定を使って不自然な場所を確認し、擬態している個体を探す。
苔蟷螂を発見したら、俺が携帯散水器で水を掛ける。
擬態を解除したところを、美咲さんが攻撃する。
最初は時間が掛かっていたが、数を重ねるたびに連携は良くなっていった。
「左の壁に一体います」
「分かりました」
俺は携帯散水器を構える。
苔に覆われた岩壁へ向かって、水を噴射した。
透明な水が壁へ広がる。
すると、何もないように見えた場所から、灰色のカマキリ型魔物が姿を現した。
「見つけた!」
擬態を解除された苔蟷螂が、岩壁から飛び降りる。
美咲さんが正面へ回り込み、鎌を剣で受け流した。
「一城さん、右からお願いします!」
「はい!」
俺は鋼短剣を抜き、苔蟷螂の右側へ回る。
美咲さんがいるため、苔蟷螂は俺へ集中できない。
俺が近付けば、鎌をこちらへ向ける。
その隙に、美咲さんが背後へ回り込む。
「今です!」
俺は攻撃を止め、大きく後ろへ下がった。
こちらへ鎌を振り上げていた苔蟷螂の胴体が、無防備になる。
美咲さんの剣が魔核を正確に切り裂いた。
苔蟷螂が灰色の粒子となって消える。
「今日は四体目ですね」
「この辺りで、一度休憩しましょうか」
「はい」
これまで倒した苔蟷螂は、十八体。
良質な魔核は必ず手に入った。
蟷螂の鎌殻も三個落ちたため、別の依頼を達成できた。
だが、目的の魔力複眼は一つも出ていない。
「やっぱり三パーセントは低いですね」
「確率ですから。三十体倒せば、出る計算ですが必ず出るわけではないですよね」
「そうですね。期限はまだ二十日あります」
「ええ、焦らず続けましょう」
休憩を終え、帰る前にもう一体だけ探すことにした。
通路の奥へ進み、天井や岩壁を慎重に確認する。
「……いました」
天井の一部に、不自然な苔の塊が見える。
携帯散水器で水を掛けると、苔蟷螂が姿を現した。
十九体目。
美咲さんが前へ出て、鎌を受け止める。
俺は側面へ回り込み、注意を引く。
何度も繰り返した連携だ。
苔蟷螂が俺へ鎌を振る。
後ろへ下がって躱す。
その瞬間、美咲さんの剣が背後から魔核を貫いた。
苔蟷螂は抵抗することなく、粒子となって消えていく。
「これで十九体目です」
「ドロップ品は……」
地面へ視線を向ける。
良質な魔核の隣に、見たことのない物が落ちていた。
小さな緑色の水晶が、いくつも集まったような球体。
「もしかして……」
俺はそれを拾い上げ、解析鑑定を発動させた。
◇____________________
『魔力複眼』
『品質:A』
『希少度:B』
『用途:索敵・照準・検索機能を持つ光学系魔導具の材料』
『推定買取価格:80,000円』
____________________◇
「出ました」
「本当ですか!?」
美咲さんが駆け寄ってくる。
「品質Aの魔力複眼です」
「依頼条件は品質B以上です。十分達成できます!」
「十九体目で出ましたね」
「三十体以上を覚悟していたので、運が良かったです」
魔力複眼を専用の保護ケースへ入れる。
「依頼達成ですね」
「はい。協会へ戻りましょう」
十日間掛かった。
それでも、パーティーとして初めて受けた依頼を達成することができた。
◇
探索者協会へ戻り、依頼品の受付カウンターへ魔力複眼を提出する。
職員が専用の鑑定器を使い、品質を確認した。
「確かに魔力複眼です。品質はA。依頼条件を満たしています」
「良かった……」
「依頼主へ確認を取りますので、少々お待ちください」
十分ほど待つと、職員が戻ってきた。
「東都魔導機器から、受け取りの承認が届きました。依頼達成となります」
「ありがとうございます」
報酬の十二万円が、パーティー口座へ入金される。
必要経費を差し引いたあと、美咲さんと半分ずつ分配する予定だ。
「初依頼、成功ですね」
「はい。美咲さんのおかげです」
「一城さんがモスマンティスを見つけ、擬態を解除してくれたからですよ」
スマートフォンへ、新しいメールが届いた。
差出人は東都魔導機器の水城さんだった。
◇____________________
一城様
この度は、弊社の素材採取依頼を達成していただき、ありがとうございます。
品質Aの魔力複眼は、試作型魔導検索眼鏡の改良に使用する予定です。
一城様からいただいた検証結果と、今回ご提供いただいた素材を基に、次期試作品の開発を進めます。
完成しましたら、改めて実地検証をお願いできれば幸いです。
東都魔導機器株式会社
探索者用品開発部 水城千尋
____________________◇
「俺たちが採った素材が、次の眼鏡に使われるんですね」
「完成が楽しみです」
「はい」
自分たちが見つけた素材が、新しい魔導具へ変わる。
会社で素材を査定していた頃には、感じたことのない喜びだった。
「一城さん。第二層の魔物にも、かなり慣れましたね」
「まだ美咲さんに助けてもらうことは多いです」
「それでも、最初とは全然違います」
美咲さんが第三層へ続く転移門の方向を見る。
「そろそろ、第三層の下見を始めてもよさそうです」
「第三層……」
「すぐに奥まで進む必要はありません。最初は入口の周辺だけです」
「分かりました」
「次の目標が決まりましたね、リーダー」
「はい。次は第三層です」
正式なパーティーとして初めて受けた依頼を達成し、俺たちは次の階層へ進む準備を始めることになった。
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