21話「初心者ダンジョン第二層」
「三日間の実地検証、お疲れ様でした」
東都魔導機器の水城さんへ、試作型魔導検索眼鏡を返却する。
水城さんは眼鏡を銀色のケースへ収めると、傷や動作に問題がないか確認した。
「破損はありません。検索記録も、すべて正常に保存されています」
「良かったです」
「一城様からいただいた意見は、次の試作品へ反映する予定です。特に警告音と推定重量の表示は、優先的に追加したいと考えています」
「完成したら、かなり便利になりそうですね」
「はい。その際には、もう一度検証をお願いしてもよろしいでしょうか?」
「もちろんです。俺でよければ」
水城さんは笑顔で頷いた。
「検証協力費につきましては、本日中に指定口座へお振り込みいたします」
「ありがとうございます」
「それから、動画も拝見しました。公開から一日で、再生回数が三万回を超えていますね」
「俺も驚いています」
「弊社への問い合わせも増えています。発売時期について聞かれることが多いのですが、まだ試作段階ですからね」
「期待している人が多いんですね」
「はい。一城様に実地検証をお願いして、本当に良かったです」
動画の反響は、東都魔導機器にとっても大きかったらしい。
俺の登録者数も二千人を超え、今も少しずつ増えている。
「次の試作品が完成しましたら、ご連絡いたします」
「よろしくお願いします」
水城さんへ頭を下げ、会議室をあとにした。
今日の目的は、試作品の返却だけではない。
これから美咲さんと一緒に、初心者ダンジョンの第二層へ向かう予定だった。
◇
「第二層へ行くなら、その装備じゃ駄目だ」
探索者ストアへ顔を出すと、店主は俺の装備を見てそう言った。
「やっぱり、この鉄ナイフでは厳しいですか?」
「第一層のスライムが相手なら十分だ。だが、第二層には毒を持つ魔物もいる」
「毒……」
店主は壁へ並ぶ武器の中から、一本の短剣を取り出した。
鉄ナイフよりも刃が長く、片手剣よりは短い。
「鋼短剣だ。今までのナイフより間合いを取れる。重さはどうだ?」
「持ってみてもいいですか?」
「ああ」
柄を握り、ゆっくりと持ち上げる。
以前の俺なら重く感じたかもしれない。
だが、以前と違い結晶飴の効果に加え、スライムシリーズで底上げもしているので片手でも問題なく扱えそうだ。
◇____________________
『鋼短剣』
『品質:B』
『状態:新品』
『推定価格:18,000円』
『詳細:初心者から中級者向けの片手武器』
____________________◇
「これなら扱えそうです」
「なら、次は防具だ」
店主が取り出したのは、胸と腹を覆う焦茶色の革製防具だった。
「革胸当てだ。動きを邪魔しないし、スライムの体当たり程度なら軽減できる」
「お願いします」
「それから、耐毒手袋と解毒薬も持っていけ」
「そこまで必要なんですか?」
「使わずに帰ってこられたら、それが一番だ」
店主が真剣な表情で続ける。
「だが、必要になってから買いに戻ることはできねぇぞ」
「確かに……」
鋼短剣が一万八千円。
革胸当てが一万二千円。
耐毒手袋が六千円。
解毒薬が二本で三千円。
合計三万九千円。
初めてこの店へ来た時なら、到底払えない金額だった。
だが、今は装備を揃えても生活に困ることはない。
「全部お願いします」
「毎度あり!」
代金を支払い、その場で装備を身に着ける。
革胸当ては思っていたより軽く、腕を動かしても邪魔にならない。
鋼短剣も、探索者ベルトの左側へ問題なく固定できた。
「ずいぶん探索者らしくなったな」
「最初は中古の鉄ナイフ一本でしたからね」
「装備を新しくしても、無理はするなよ」
「はい」
古い鉄ナイフは、予備として素材鞄へ入れておく。
「準備できましたか?」
店の入り口から声が聞こえた。
振り返ると、美咲さんが立っている。
「おっ、似合ってるじゃないですか!」
「少し重くなりましたけど、動きにくくはないです」
「第二層なら十分だと思います」
美咲さんは俺の装備を一通り確認する。
「今日は動画を撮りますか?」
「安全記録だけにしようと思います。初めての階層なので、探索へ集中したくて」
「私もそれがいいと思います。第二層の様子が分かってから、改めて撮影しましょう」
「はい」
今日は動画投稿者のリンではなく、探索者の一城陸斗として第二層へ挑む。
「それでは、行ってきます」
「おう。気を付けてな」
店主に見送られ、俺たちはダンジョンへ向かった。
◇
第一層を進み、第二層へ続く転移門へ到着する。
俺がライセンスカードを読み取り機へかざすと、戦闘職の同伴確認を求める青い光が点灯した。
続いて美咲さんがカードをかざす。戦闘職の同伴が確認され、入場可能を示す緑色の光へ変わった。
「戦闘系スキルを持たない生産職が、単独で入れるのは第一層までです。でも今日は、私が戦闘職として同行しているので、第二層へ入れます」
美咲さんが第二層へ続く転移門を見つめる。
「ここからは私が前を歩きます。一城さんは、危険を感じたらすぐに下がってください」
「分かりました」
「最初から魔物を倒そうとしなくて大丈夫です。動きを見るだけでも勉強になります」
「はい」
俺たちは揺らめく転移門へ足を踏み入れた。
一瞬だけ、身体が浮くような感覚。
足の裏へ硬い感触が戻り、ゆっくりと目を開く。
「ここが第二層……」
第一層と同じ石造りの通路だが、雰囲気は大きく違っていた。
壁や床を、緑色の苔が覆っている。
天井からは水滴が落ち、通路の脇には細い水路が流れていた。
一層よりも湿った匂いが強い感じがする。
「第二層は、第一層より湿度が高いんです」
「植物も多いですね」
「薬草系の素材が採れるので、生産職にも人気があります。ただ、毒を持つ植物もあるので注意してください」
昨日発見した痺れ草のような植物も、第一層より多いのだろう。
俺は周囲へ意識を向け、必要な時だけ解析鑑定を使う。
継続して使い続けると疲れてしまう。
気になる場所を見つけた時だけ、対象を絞って確認することにした。
「前方に魔物がいます」
美咲さんが足を止める。
通路の奥で、淡い緑色の身体が揺れていた。
スライムに似ているが、身体の中に黒い斑点が浮かんでいる。
俺は魔物へ『解析鑑定』を発動させた。
◇____________________
『毒スライム』
・通常個体
・性格:警戒心が強い
・属性:毒
・危険度:E+
・攻撃方法
毒液射出
体当たり
・ドロップ品
魔核(100%)
毒液袋(15%)
____________________◇
「ポイズンスライムです」
「解析結果は?」
「毒液を飛ばしてきます。危険度はE+。魔核を必ず落として、十五パーセントで毒液袋が出ます」
「そこまで分かるんですね……」
美咲さんは驚いたあと、すぐに表情を引き締めた。
「最初は私が戦います。毒液を飛ばす前の動きを見ていてください」
「分かりました」
美咲さんが剣を抜き、ポイズンスライムへ近付く。
魔物は彼女の姿に気付くと、身体を低く沈ませた。
内部の黒い斑点が、中央へ集まっていく。
「来ます」
美咲さんが横へ跳ぶ。
直後、ポイズンスライムの身体から紫色の液体が飛び出した。
毒液は床へ当たり、小さな音を立てる。
美咲さんは毒液を躱した勢いのまま距離を詰め、剣で魔核を切り裂いた。
ポイズンスライムが粒子となって消える。
「今のが、毒液を飛ばす前兆です」
「黒い斑点が中央へ集まっていました」
「よく見ていましたね。その時に横へ動けば、避けるのは難しくありません」
俺は地面へ落ちた小さな結晶を拾い上げた。
見た目は、第一層で何度も手に入れたスライムの魔核とほとんど変わらない。
だが、解析鑑定を発動させると、表示された名称が違っていた。
◇____________________
『魔核』
『品質:B』
『希少度:E』
『用途:魔力伝導素材』
『推定買取価格:10円』
____________________◇
「……魔核?」
思わず首を傾げる。
前職時代も気にはなっていたが、何故名称が違うのだろうか。
「どうしました?」
「第一層のスライムが落とした物は、『スライムの魔核』と表示されました。でも、これはただの『魔核』です」
手の中にある魔核を、光へ透かしてみる。
色も形も、スライムの魔核と変わらない。
「同じ魔核なのに、どうして名称だけ違うんですかね……?」
「ああ、それなら理由がありますよ」
「知っているんですか?」
「正確な仕組みまでは、まだ解明されていないんですけどね」
美咲さんは少し声を潜めた。
「どうやら、従魔にできる可能性がある魔物の魔核には、種族名が残るみたいなんです」
「従魔?」
「一般には、ペットモンスターと呼ばれています」
上位探索者が、妖精竜などの魔物を連れている映像は見たことがある。
「あれは、特別なスキルで従えているんじゃないんですか?」
「テイム系のスキルを使う人もいます。でも、魔物の中には特定の契約条件を満たすことで、テイムスキルがなくても従魔になってくれる個体がいるんです」
美咲さんが、俺の手にある魔核を指差す。
「そういった個体が生まれる可能性を持つ種族は、倒した時の魔核にも種族名が付くと言われています」
「だから、スライムの魔核……」
「はい。普通のスライムには、ごく稀にペットになってくれる個体が生まれるんです」
「どのくらいの確率なんですか?」
「正確には分かっていません。何十万体に一体とも、何百万体に一体とも言われています」
想像していたよりも、遥かに低い確率だった。
「では、ポイズンスライムは?」
「今のところ、従魔になったという記録はありません。そのため、種族名のない普通の魔核を落とすみたいです」
同じスライムという名前でも、別の種族として扱われているらしい。
「魔核の値段は、種族名ではなく魔力の密度と品質で決まります。スライムの魔核も普通の魔核も、性能が同じなら値段は変わりません」
「なるほど……」
倒して魔核になった時点で、ペットにできる可能性は失われている。
だから、種族名が付いていても素材としての価値は同じなのだろう。
「美咲さんは、詳しいんですね」
「そ、それは……」
なぜか美咲さんが視線を逸らした。
「実は私、スライムが好きなんです」
「スライムが?」
「丸くて、ぷるぷるしていて、可愛いじゃないですか!」
先ほどまで冷静に戦っていた美咲さんが、急に熱のこもった声で話し始める。
「第一層へ何度も通っていたのも、ペットにできるスライムを探していたからなんです」
「スライムの短剣を狙っていたからでは?」
「短剣が欲しかったのも本当です。でも、最初に第一層へ通い始めた理由はペットスライムです」
そこで、ふと疑問が浮かんだ。
「でも美咲さん、かなりの数のスライムを倒していますよね?」
「襲ってきた個体だけです!」
美咲さんが慌てて弁解する。
「ペット適性のあるスライムは、人間へ興味を示したり、すぐには襲ってこなかったりする場合が多いんです。だから私は、必ず少し様子を見てから戦っています」
「それでも見つからなかったんですか?」
「はい……」
美咲さんの肩が落ちる。
「動画の視聴者からは、『スライムキラー・ミサキ』なんて呼ばれています」
「スライムが好きなのに、スライムキラー……」
「違うんです! 私はペットにできるスライムを探しているだけなんです!」
何とも複雑な話だった。
「もしかして、一城さんの解析鑑定なら、ペットにできる個体を見分けられませんか?」
「どうでしょう……」
今までスライムを解析した時は、性格やドロップ品しか確認していなかった。
ペットにできるかどうか、意識したことはない。
「対象に隠された条件なら、表示される可能性はあります」
「本当ですか!?」
美咲さんが一歩近付いてくる。
「もしペットにできそうなスライムを見つけたら、教えてもらえませんか?」
「もちろんです」
「ありがとうございます!」
美咲さんの表情が、ぱっと明るくなる。
俺は魔核を素材鞄へしまい、もう一度通路の奥へ目を向けた。
◇
次に現れたポイズンスライムは、俺が戦うことになった。
「無理だと思ったら、すぐに下がってください」
「はい」
鋼短剣を抜き、両手で構える。
戦う前に、先ほど聞いた話を思い出した。
俺はポイズンスライムへ意識を集中させ、ペットにできる可能性がないか知りたいと考える。
すると、解析結果へ新たな項目が加わった。
◇____________________
『ペット適性:なし』
____________________◇
「本当に表示された……」
「分かるんですか?」
「はい。このポイズンスライムには、ペット適性がありません」
「やっぱり解析鑑定なら見分けられるんですね!」
美咲さんの声が弾む。
「一城さん、絶対に約束ですよ!」
「分かっています。でも、まずは目の前の魔物を倒さないと」
「あっ、そうでした!」
ポイズンスライムが身体を低く沈ませる。
内部の黒い斑点が、中央へ集まった。
「今です!」
美咲さんの声と同時に、横へ踏み出す。
紫色の毒液が、さっきまで立っていた場所を通り過ぎた。
毒液を放った直後、ポイズンスライムの動きが止まる。
俺は一気に距離を詰め、鋼短剣を突き出した。
刃先が魔核へ届く。
ポイズンスライムは緑色の粒子となり、その場から消えた。
「倒せた……」
「お見事です!」
「攻撃方法が分かっていたからです」
「分かっていても、動けなければ倒せません。一城さん自身の実力ですよ」
「ありがとうございます」
第一層へ入ったばかりの頃より、確実に動けるようになっている。
足元へ残された魔核を拾い、素材鞄へ入れた。
◇
第二層を歩き始めて、一時間ほどが経った。
魔核が五個。
回復薬の材料になる薬花草が三本。
大きな収穫ではないが、初めての階層としては十分だろう。
「そろそろ戻りますか?」
「そうですね。初日は無理をしない方が……」
答えかけたところで、壁際に違和感を覚えた。
岩壁の隙間から、少量の水が流れ出している。
細い水路へ注いでいるだけで、見た目は普通の地下水だ。
だが、水滴が落ちるたびに、微かな青い光が見えた。
「美咲さん。あの水、光っていませんか?」
「水ですか?」
美咲さんが岩壁へ近付く。
「私には普通の水に見えます」
「少し調べてみます」
流れ出す水へ意識を向け、『解析鑑定』を発動させた。
◇____________________
『魔力湧水』
『品質:A』
『希少度:C』
『用途:回復薬・魔力回復薬の調合液』
『効果:調合素材の効果を僅かに高める』
『推定買取価格:1リットル、2,000円』
『採取条件:魔力保存容器を使用』
『注意:通常の容器では、採取後三十秒で魔力を失う』
____________________◇
「魔力湧水……」
「ただの水じゃないんですか?」
「回復薬や魔力回復薬の調合に使えるみたいです。品質はA。一リットル二千円」
「そんな物が、通路の壁から?」
美咲さんも驚いた様子で水を見る。
「ただし、魔力保存容器が必要です。普通の容器だと、三十秒で魔力を失うと表示されています」
「魔力保存容器なら……」
美咲さんが素材鞄を探る。
取り出したのは、回復薬が入っていた小さなガラス瓶だった。
「この瓶はどうでしょう?」
「確認してみます」
◇____________________
『小型魔力保存瓶』
『容量:200ml』
『状態:空』
『魔力保存:可能』
____________________◇
「使えます」
「では、これに採ってみましょう」
瓶を受け取り、湧水の下へ差し出す。
透明な水が、少しずつ瓶へ溜まっていく。
満杯になったところで蓋を閉めた。
すると、瓶の中の水が淡い青色に輝き始める。
「今度は私にも見えます」
「容器へ入れると、光が強くなるみたいですね」
改めて瓶を解析する。
◇____________________
『魔力湧水』
『容量:200ml』
『品質:A』
『状態:良好』
『推定買取価格:400円』
____________________◇
「採取に成功しました」
「一リットルなら大きな金額ではありませんが、調合素材として使えるなら需要はありそうですね」
「それに、場所さえ分かっていれば繰り返し採れるかもしれません」
魔力保存容器を用意して、もう一度来る価値はありそうだ。
「協会へ報告しますか?」
「はい。水源の安全性や、採取していい量を確認した方がいいと思います」
「それがいいですね」
場所を地図へ記録し、周囲の様子もボディレコーダーに残す。
初めての第二層探索でも、誰も気付いていなかった素材を見つけることができた。
「一城さんと探索していると、本当に色々見つかりますね」
「解析鑑定のおかげです」
「スキルだけじゃありませんよ。普通なら、あの水を気にせず通り過ぎます」
美咲さんはそう言って笑う。
「そろそろ戻りましょう」
「はい」
俺たちは魔力湧水の場所をあとにし、第二層の転移門へ向かった。
◇
第二層を出て、一層にまで戻って来たところで、美咲さんが足を止めた。
「一城さん。もしよければ、私と正式にパーティーを組みませんか?」
「俺と、ですか?」
「はい。戦闘系スキルを持たない生産職は、単独だと第一層までしか入れませんよね。私が戦闘職として同行すれば、一城さんも第二層以降へ進めます」
「でも、それでは俺だけが美咲さんに助けてもらうことになりませんか?」
「そんなことありません」
美咲さんは小さく首を横へ振った。
「私は、従魔になれるスライムをずっと探しています。でも、見た目だけで従魔適性を判断することはできません」
「俺の『解析鑑定』なら、見つけられるかもしれない……」
「はい。それだけではありません。今日も、一城さんが魔物の情報や隠された条件を教えてくれたから、安全に探索できました」
美咲さんが俺の目を真っ直ぐに見る。
「私が一城さんを魔物から守ります。一城さんは、私だけでは見つけられない物を見つけてください。それなら、どちらか一方が助けられるだけの関係ではありません」
「お互いに、足りない部分を補う……」
「はい。それがパーティーだと思います」
美咲さんが手を差し出す。
「改めてお願いします。一城さん。私とパーティーを組んでくれませんか?」
「……分かりました。俺でよければ、よろしくお願いします」
差し出された手を握る。
「はい。こちらこそ、よろしくお願いします!」
「正式な登録は、明日でいいですか?」
「もちろんです。受付で役割や報酬の分け方も決めましょう」
こうして俺は、探索者になって初めて正式な仲間を得ることになった。
読んでいただきありがとうございます。
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