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18話「俺の『解析鑑定』は普通ではないらしい」


 翌日の午前九時。

 俺は試作型魔導検索眼鏡の実地検証を行うため、探索者協会の地下階へ来ていた。


「一城さん、眼鏡の位置が少し右に寄っていますよ」

「本当ですか?」

「はい。今直しますね」


 水城さんが眼鏡へ手を伸ばし、鼻当てと蔓の位置を調整する。


「これでどうでしょう?」

「さっきより見やすくなりました」

「検索表示は?」

「視界の右端に収まっています」

「では、その位置で固定します」


 水城さんは満足そうに頷くと、手元のタブレットへ調整内容を入力した。

 試作品の稼働時間は約十時間。

 今日は第一層を二時間ほど探索する予定なので、魔力切れの心配はない。


「検索履歴は、こちらのタブレットへ送信されます。ただし、眼鏡から取得するのは検索対象と使用時間だけです」

「映像は送られないんですか?」

「プライバシー保護のため、初期設定では保存されません。動画で検索画面を使う場合は、一城様のスマートフォンへ表示情報だけを転送します」

「分かりました」


 眼鏡が見ている映像まで企業へ送られるわけではないらしい。

 店主から、取得される情報の範囲も確認するよう言われていたので安心した。


「一城さん。準備できましたか?」


 声を掛けてきたのは、焦茶色の探索者ベルトを身に着けた美咲さんだった。

 腰にはスライムの短剣。

 背中には、普段使っている剣が固定されている。


「はい。いつでも行けます」

「では、撮影の打ち合わせをしましょう!」


 美咲さんはスマートフォンを取り出すと、俺の隣へ並んだ。


「撮影中は、お互いに活動名で呼ぶことにします。私は探索者ミサキ、一城さんはリンさんです」

「分かりました」

「本名を言いそうになったら、編集で切りましょう」

「そうですね」


 昨日、俺がリンだと知ったばかりだから、美咲さんも呼び方に慣れていない。

 俺も自分からリンと名乗ることには、まだ少し恥ずかしさがあった。


「それから、無理に喋り続けなくて大丈夫ですよ」

「そうなんですか?」

「はい。何も起きていない時は、あとから字幕や音声を追加すればいいんです。撮影中に無理して喋ると、周囲への警戒が疎かになりますから」

「なるほど……」


 経験者の意見は参考になる。

 俺は忘れないようスマートフォンへメモしておく。


「美咲さんは、動画投稿を始めて長いんですか?」

「二年くらいですね。最近は更新を休みがちですけど」

「二年も……」

「中級ダンジョンの探索動画が中心です。ただ、戦っているだけの動画になりやすくて、最近は内容に悩んでいたんですよ」


 美咲さんは俺の眼鏡へ視線を向ける。


「だから今回のコラボは、私も楽しみにしています。素材検索を中心にした動画は初めてですから」

「足を引っ張らないよう頑張ります」

「そこは、お互い様です」


 美咲さんが笑顔で拳を差し出してくる。

 少し迷ったあと、俺も拳を合わせた。


「良い動画にしましょうね、リンさん」

「はい。よろしくお願いします、ミサキさん」


 撮影準備は整った。



 ◇



 探索者ライセンスを提示し、第一層へ入る。

 転移の感覚が収まると、見慣れた石造りの通路が目の前に広がった。


「周辺に他の探索者はいません」


 先に周囲を確認した美咲さんが、撮影開始の合図を送ってくる。

 俺はスマートフォンのレコーダーアプリを起動した。

 安全記録用の映像は既に撮影されている。

 ここから先を公開動画用として印を付ける。


「こんにちは。リンです」


 まだ少し緊張するが、最初の動画よりは自然に話せた。


「今回は東都魔導機器株式会社からお借りした、試作型魔導検索眼鏡の実地検証を行います。そして、一人ではありません」

「こんにちは! 探索者ミサキです!」


 美咲さんが明るい声で挨拶する。


「今日はリンさんの護衛と、撮影の補助を担当します」

「よろしくお願いします」

「こちらこそ、よろしくお願いします!」


 挨拶を終え、俺たちは通路を歩き始めた。

 美咲さんが少し前を歩き、俺が素材を探す。

 普段とは逆の役割だ。


「リンさん。早速、右側に何か生えていますよ」

「あれは……」


 岩場の陰に、青い草花が生えている。

 見覚えのある植物だ。


「検索してみます」


 眼鏡の右側へ触れ、青い草花へ視線を合わせる。

 細い枠が植物を囲み、数秒後に検索結果が表示された。



 ◆____________________


 『検索候補:薬花草』

 『一致率:97%』

 『用途:回復薬の原料』

 『参考取引価格:700円~900円』

 『注意:検索結果は正式な鑑定ではありません』


 ____________________◆



「薬花草と表示されました。一致率は九十七パーセントです」

「スマートフォンより早いですね」

「はい。それに両手が空いているので、周囲を警戒しながら検索できます」


 俺は薬花草へ『解析鑑定』を発動させる。



 ◇____________________


 『薬花草』

 『品質:B』

 『詳細:回復薬の原料である薬草』

 『推定買取価格:800円』

 『状態:良好』

 『採取方法:根を残し、茎の根元から切断』


 ____________________◇



 眼鏡の検索結果と、解析鑑定の結果は一致している。

 ただし、表示される情報量は解析鑑定の方が多い。


「採取する時は、根を残すようにします」


 小型ナイフを取り出し、茎の根元から切断する。


「根が残っていれば、再び生えてくる可能性があります。見つけた素材をすべて採り尽くさないことも大切です」

「初心者向けの動画らしくて良い説明ですね」


 美咲さんが小声で教えてくれる。

 採取した薬花草を素材鞄へしまい、再び歩き始めた。

 しばらく進むと、通路の先に青い影が現れる。


「スライムです」

「私が倒しましょうか?」

「いえ。普通のスライムなら、俺がやります」


 腰の鉄ナイフを抜く。

 スライムは俺たちに気付くと、身体を縮めて飛び掛かってきた。

 横へ半歩移動し、伸びきった身体へナイフを突き刺す。

 刃が魔核へ届き、スライムは粒子となって消えた。


「お見事です」

「最近は、少し慣れてきました」


 地面へ落ちた魔核へ視線を向け、検索機能を使う。



 ◆____________________


 『検索候補:スライムの魔核』

 『一致率:99%』

 『用途:低出力魔導具の素材』

 『参考取引価格:5円~15円』


 ____________________◆



「スライムの魔核。一致率は九十九パーセントです」

「形が特徴的だから、判別しやすいみたいですね」

「参考価格は五円から十五円になっています」


 解析鑑定では、推定買取価格が十円と表示されている。

 やはり、眼鏡は市場で取引されている価格の幅を表示するらしい。


「一般的な買取価格は十円前後なので、検索結果とも合っていますね」


 魔核を素材鞄へ入れる。

 動画撮影も、眼鏡の検証も順調だ。



 ◇



 その後、俺たちは鉄鉱脈も発見した。

 眼鏡には鉄鉱石の用途と、一キログラム当たりの参考価格が表示された。

 採掘した鉄鉱石を検索しても、同じ結果が出る。


「眼鏡があれば、素材の名前を知らない初心者でも採取するか判断しやすいですね」

「重量との釣り合いも考える必要がありますけどね」


 美咲さんが鉄鉱石を持ち上げる。


「これを素材鞄いっぱいに詰めたら、動きにくくなります」

「確かにそうですね。参考価格だけでなく、推定重量も表示されたら便利かもしれません」

「それ、良い意見だと思います!」


 眼鏡には記録用の音声入力機能がある。

 側面へ触れた状態で話すと、改善案として保存される仕組みだ。


「改善案。検索対象の推定重量表示があると、持ち帰る量を判断しやすい」

 

 音声を記録し、次の素材を探す。

 しばらく進んだところで、通路の壁際に青い葉が見えた。


「また薬花草でしょうか?」

「形は似ていますね」


 美咲さんが近付こうとする。

 だが、俺は妙な違和感を覚えた。


「待ってください」

「どうしました?」

「さっきの薬花草とは、葉の模様が少し違います」


 俺はその場で足を止め、眼鏡の検索機能を起動させた。

 細い枠が植物を囲む。

 だが、先ほどより検索に時間が掛かっている。

 やがて、黄色い警告と共に二つの候補が表示された。



 ◆____________________


 『第一候補:薬花草』

 『一致率:61%』


 『第二候補:痺れ草』

 『一致率:58%』


 『警告:類似する有害植物が存在します』

 『素手での採取・使用を行わないでください』


 ____________________◆



「薬花草と痺れ草……二つの候補が出ました」

「危なかったですね」


 美咲さんがすぐに植物から距離を取る。

 俺は『解析鑑定』を発動させた。



 ◇____________________


 『痺れ草』

 『品質:B』

 『詳細:麻痺薬、鎮痛薬の原料』

 『推定買取価格:450円』

 『安全性:茎から出る汁に弱い麻痺毒を含む』

 『採取方法:手袋と密閉容器を使用』


 ____________________◇



 やはり薬花草ではない。


「痺れ草です」

「分かるんですか?」

「はい。俺の解析鑑定では、そう表示されています」


 撮影中だったことを思い出し、俺は言葉を選ぶ。


「ただ、動画を見た方は眼鏡の結果だけで判断しないでください。一致率が低い場合は触れず、協会へ報告するのが安全です」

「大事なことですね」


 美咲さんもカメラへ向かって頷く。


「ダンジョンには、見た目が似ている素材がたくさんあります。少しでも警告が出たら、経験者や協会職員に確認してください」


 これなら、解析鑑定の詳しい情報を公開せずに注意喚起できる。

 俺は撮影を一度止め、素材鞄から採取用の手袋と密閉容器を取り出した。

 店主から、未知の素材を採る時のために持っておくよう勧められた物だ。


「俺が周囲を警戒します」


 美咲さんが剣を抜き、背後へ立つ。

 俺は手袋を装着し、痺れ草の汁へ触れないよう慎重に採取した。

 容器の中へ入れ、しっかりと蓋を閉める。


「採取完了です」

「良い連携でしたね」

「美咲さんがいてくれて助かりました」

「コラボですから!」


 美咲さんが楽しそうに笑う。

 初めて誰かと協力して撮影したが、一人の時より安心感がある。

 戦闘や警戒を美咲さんへ任せられる分、俺は素材の検索に集中できた。


「公開動画用の撮影は、このくらいで大丈夫でしょうか?」

「十分だと思います。薬花草、魔核、鉄鉱石、それに誤判定の可能性まで撮れましたから」

「それでは、今日は戻りましょう」


 俺たちは来た道を引き返し、第一層をあとにした。



 ◇



 探索者協会の会議室へ戻ると、水城さんが検索履歴を確認した。


「痺れ草を発見されたんですね」

「はい。最初は薬花草かと思いました」

「警告表示は見落としませんでしたか?」

「黄色だったので、すぐに気付きました。ただ、二つの一致率が近い場合は、警告音もあった方がいいと思います」

「確かに、戦闘中や暗い場所では文字だけだと見落とす可能性がありますね」


 水城さんは改善案を入力していく。


「それにしても、一城様は痺れ草だと断定できたんですよね?」

「解析鑑定を使いました」

「どのような情報が表示されたのですか?」


 俺は手元の記録を確認する。


「名称と品質。それから用途、推定買取価格、安全性、採取方法です」

「採取方法まで……」


 水城さんの手が止まった。

 隣に座っていた美咲さんも、不思議そうに俺を見る。


「一城さんの鑑定って、そんなことまで分かるんですか?」

「解析鑑定では、いつも表示されています」

「いつも?」

「はい。会社で素材を査定していた頃も、品質や推定買取価格が表示されていました」


 水城さんと美咲さんが顔を見合わせる。


「一城様。確認してもよろしいでしょうか」

「はい」

「一般的な『鑑定』で表示される基本情報は、名称、品質、用途の三つです」

「……え?」


 聞き間違いかと思った。


「推定価格は表示されないんですか?」

「通常は表示されません。市場価格や過去の取引記録と照らし合わせて、人の手で査定します」

「安全性や採取方法は?」

「それも一般的な鑑定の範囲外です。用途に『毒薬の原料』と表示されることはありますが、触れて安全か、どのように採取するかまでは分かりません」


 頭の中へ、会社員だった頃の光景が浮かぶ。

 同僚たちがネットの相場を確認していたこと。

 過去の査定記録を何度も開いていたこと。

 価格を決めるのに時間が掛かり、俺へ仕事を回してきたこと。

 俺は、念のため確認しているだけだと思っていた。

 自分と同じ情報が見えているものだと、疑ったことすらなかった。


「じゃあ、俺が仕事を早く終えられたのは……」

「解析鑑定に、推定価格が表示されていたからでしょうね」


 水城さんが静かに答える。


「でも、十八歳の診断では鑑定の派生スキルとしか言われませんでした」

「派生スキルであることは間違いないと思います。ただし、その情報量は一般的な鑑定を大きく上回っています」


 高橋さんが、以前見せた希少区域の映像について話していたことを思い出す。


 誰にも見えない入口。

 希少区域の出現時刻。

 隠し通路の開放条件。

 宝箱の安全性。

 魔物が落とすアイテムと、その確率。


 普通の鑑定でも、それくらい分かるのだと思い込んでいた。


「一城さん」


 美咲さんが真剣な表情を向ける。


「私、今まで何人か鑑定持ちの人とパーティーを組んだことがあります。でも、ドロップ率や隠し条件まで分かる人なんて、一人もいませんでした」

「そう、なんですか……」

「はい。一城さんの解析鑑定は、たぶん普通の派生スキルじゃありません」


 水城さんも頷く。


「鑑定というより、対象に存在する情報そのものを読み解いているように思えます」

「情報そのものを……」


 自分では、物の価値を見るだけの平凡なスキルだと思っていた。

 戦う力はない。

 鍛冶や調合のように、何かを作れるわけでもない。

 そのため、素材会社で働くことしかできないと思っていた。

 だが、本当は違ったのかもしれない。


「このことは、公開動画へ入れない方がよさそうですね」


 水城さんの言葉に、俺は顔を上げる。


「能力の詳細が知られれば、利用しようとする企業や探索者が現れる可能性があります」

「調査課の高橋さんにも相談した方がいいでしょうか?」

「はい。試作品の検証結果と併せて、私からも報告します」


 美咲さんが力強く頷く。


「私も誰にも言いません。お父さんにも」

「店主さんなら、薄々気付いているかもしれませんけどね」

「それでも、一城さんの許可なく話したりしません」


 その言葉に、胸が少しだけ温かくなる。


「ありがとうございます」

「その代わり、コラボ動画の編集は一緒にやりましょうね」

「はい。お願いします」


 初めてのコラボ撮影は、無事に終了した。

 試作型魔導検索眼鏡にも、いくつか改善点を伝えることができた。

 だが、今日一番大きかったのは別のことだった。

 俺が十年間、平凡だと思い込んでいた『解析鑑定』。

 それは、俺が考えていたよりも遥かに特別なスキルだったらしい。

読んでいただきありがとうございます。

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