17話「試作型魔導検索眼鏡」
翌日の午前九時五十分。
俺は東都魔導機器の担当者と会うため、探索者協会へ来ていた。
約束の時間までは、あと十分ほどある。
受付で名前を告げると、昨日とは違う女性職員が顔を上げた。
「一城陸斗様ですね。調査課の高橋から伺っております」
「はい。十時から予定が入っているのですが」
「会議室までご案内いたします。こちらへどうぞ」
女性職員に案内され、受付の奥へ続く通路を歩いていく。
以前、高橋さんから希少区域について話を聞かれた部屋とは違う場所だった。
通されたのは、六人ほどが座れる会議室。
中央には細長い机が置かれ、壁には大型のモニターが取り付けられている。
「一城さん。おはようございます」
部屋の中では、高橋さんが資料を確認していた。
「おはようございます」
「今日はよろしくお願いします。昨日、東都魔導機器から相談を受けまして」
「高橋さんも、試作品のことは知っていたんですか?」
「はい。正確には、以前から探索者協会へ開発協力の申請が出されていました」
高橋さんは机の上へ置かれた資料を、俺の方へ向ける。
表紙には、『試作型魔導検索眼鏡・実地検証計画書』と書かれていた。
「探索者協会が管理している素材データベースの一部を利用するため、協会の許可が必要だったんです」
「なるほど……」
「登録済みの素材情報だけを利用しますので、探索者の個人情報や未公開の調査情報が外部へ渡ることはありません」
未公開の調査情報。
その言葉で、希少区域や黄金王スライムのことが頭へ浮かんだ。
「黄金郷の情報も表示されるんですか?」
「いいえ。現時点では登録されていません。それに、この試作品が利用できるのは一般公開されている素材情報だけです」
それなら、眼鏡を使ったことで希少区域の情報が外へ漏れる心配はなさそうだ。
「それと、一城さんが動画投稿者の『リン』であることについても、私と担当職員以外には伝えていません」
「あ……ありがとうございます」
東都魔導機器と契約する以上、本名を隠したままというわけにはいかない。
だが、高橋さんは俺が身元を伏せて活動していることを考え、情報を扱う人間を限定してくれたらしい。
「もちろん、東都魔導機器にも秘密保持の義務があります。本人の許可なく、氏名や住所を公表することはありません」
「それを聞いて安心しました」
俺が頭を下げたところで、会議室の扉がノックされた。
「失礼いたします」
部屋へ入ってきたのは、二十代後半くらいの女性だった。
肩へ掛からない程度の黒髪に、細い銀縁眼鏡。
紺色のスーツを身に着けているが、手には仕事用の鞄ではなく、大きな銀色のケースを持っている。
「東都魔導機器株式会社、探索者用品開発部の水城千尋と申します」
女性はケースを机へ置くと、丁寧に頭を下げた。
「一城陸斗です。本日はよろしくお願いします」
「こちらこそ、急なお願いにもかかわらず、お時間をいただきありがとうございます」
水城さんは俺の向かいへ腰を下ろした。
「それから、最初にお伝えしておきます。弊社は一城様が『リン』というお名前で活動されていることを、本人の許可なく公表いたしません」
「ありがとうございます」
「動画を公開される場合も、企業側から本名を出すことはございませんので、ご安心ください」
水城さんは契約書を取り出し、俺の前へ置いた。
「まずは試作品についてご説明し、その後、条件にご納得いただけましたら契約となります。説明を聞いたうえでお断りいただいても問題ございません」
「分かりました」
会社員だった頃の俺なら、内容をよく確認せずに引き受けていたかもしれない。
だが、店主からも契約内容は必ず確認するよう言われている。
俺は姿勢を正し、水城さんの説明へ耳を傾けた。
◇
「こちらが、今回検証していただく試作品です」
水城さんが銀色のケースを開ける。
中に入っていたのは、一つの眼鏡だった。
「思っていたより普通の眼鏡ですね」
見た目は黒縁眼鏡とほとんど変わらない。
レンズも透明で、極端に分厚いわけではなかった。
ただ、左右の蔓が少し太くなっていて、右側には米粒ほどの青い魔石が埋め込まれている。
「探索中に使うものですから、なるべく視界と動きを邪魔しない形を目指しました。こちらの魔石が動力源になっています」
「充電は必要なんですか?」
「通常使用で約十時間稼働します。専用の充魔器へ置けば、一時間ほどで満充填になります」
水城さんが眼鏡を手に取り、側面の小さな突起を指差した。
「この部分へ触れると検索機能が起動します。眼鏡正面の魔導撮影機が対象を読み取り、探索者協会の素材データベースと照合します」
「スマートフォンの画像検索と同じような仕組みですか?」
「基本的には同じです。違うのは、スマートフォンを取り出さなくても検索できる点ですね」
俺が動画で行っていた検索を、そのまま眼鏡だけで行えるらしい。
「表示されるのは、登録された素材の候補名、主な用途、参考取引価格です」
「品質も分かるんですか?」
「いいえ。現段階では、正確な品質判定はできません」
水城さんは小さく首を横へ振った。
「変色や傷など、外見から推測できる情報は注意として表示されます。ただ、正式な品質判定には『鑑定』か、専用の検査機器が必要です」
「そうなんですね……」
俺が会社で素材を見ていた時は、名称や品質だけでなく、推定買取価格まで表示されていた。
この眼鏡とは、少し違うらしい。
「また、データベースに登録されていない未知の素材は検索できません」
「該当なしと表示されるんですか?」
「はい。似た素材がある場合は候補として表示されますが、それが正しいとは限りません。薬草を食べられるか、宝箱に罠があるか、魔物にどのような能力があるかといった安全性の判断にも使えません」
水城さんの説明を聞きながら、俺は小さく頷く。
眼鏡が表示するのは、あくまでも公開されている情報。
隠し通路の開放条件や希少区域の出現時刻まで分かる俺の『解析鑑定』とは、かなり違うようだ。
「そのため、検索結果を信用して、未知の物へ触れたり口に入れたりする行為は禁止しています」
「分かりました」
「特にダンジョンでは、誤った判断が命に関わります。必ず補助道具として使用してください」
便利な道具ではあるが、万能ではない。
それでもスマートフォンを取り出す手間がなくなるだけで、初心者には十分役立つだろう。
「実際に掛けてみますか?」
「はい」
水城さんから眼鏡を受け取り、ゆっくりと掛ける。
思っていたより軽い。
耳や鼻に重さが集中することもなく、普段眼鏡を掛けていない俺でも違和感は少なかった。
「側面の魔石へ触れてみてください」
言われたとおり、右側の小さな魔石へ指を触れる。
その瞬間、透明だった視界に淡い青色の文字が浮かび上がった。
◆____________________
『試作型魔導検索眼鏡』
『接続先:探索者協会公開データベース』
『使用者登録:未設定』
『待機状態』
____________________◆
「おお……」
思わず声が漏れる。
解析鑑定の表示と似ているが、文字の色や形は違う。
俺の解析鑑定は半透明の白い文字。
眼鏡の表示は淡い青色で、視界の右端へ小さくまとまっている。
「表示位置に問題はありませんか?」
「大丈夫です。思っていたより見やすいです」
「それでは、こちらを検索してみてください」
水城さんがケースの中から小さな保存容器を取り出す。
透明な容器に入っていたのは、見覚えのある青い草花だった。
「薬花草ですね」
「検索前に分かりましたか?」
「何度か採取したことがあるので」
俺は薬花草へ視線を向け、眼鏡の蔓へ触れた。
視界の中央に細い枠が表示され、薬花草を囲む。
数秒後、検索結果が現れた。
◆____________________
『検索候補:薬花草』
『一致率:96%』
『用途:回復薬の原料』
『参考取引価格:700円~900円』
『注意:検索結果は正式な鑑定ではありません』
____________________◆
「ちゃんと表示されました」
「文字の大きさはどうでしょうか?」
「読みやすいです。ただ、最後の注意書きが少し小さい気がします」
「なるほど……」
水城さんはすぐに手元のタブレットへ書き込んでいく。
「探索中だと、今より周囲が暗くなりますよね。注意書きだけ色を変えた方が気付きやすいかもしれません」
「色ですか?」
「はい。間違っている可能性がある時は、黄色や赤色で表示されると分かりやすいと思います」
「ありがとうございます。そこまでは考えていませんでした」
水城さんの表情が明るくなる。
「これまでの検証では、経験豊富な探索者へお願いすることが多かったんです。ですが、素材を見た時点で名前が分かってしまうため、『検索が遅い』『自分で調べた方が早い』という意見ばかりで……」
「それは、試験にならないんじゃ……」
「そうなんです」
水城さんは少し困ったように笑った。
「そんな時、リン様の動画を見つけました。分からないものをその場で検索し、候補がなければ協会へ持ち込む。私たちが想定していた使い方を、自然に行っていたんです」
「それで、俺に……」
「はい。登録者数ではなく、実際の使い方を見てお願いしました」
改めてそう言われると、やはり嬉しい。
俺は眼鏡で表示された薬花草を見ながら、意識を集中させた。
眼鏡の表示とは別に、『解析鑑定』の文字が浮かぶ。
◇____________________
『薬花草』
『品質:B』
『詳細:回復薬の原料である薬草』
『推定買取価格:800円』
『状態:採取後二日』
____________________◇
同じ素材を見ているのに、表示される情報が違う。
眼鏡が示したのは、七百円から九百円という幅のある参考価格。
一方、解析鑑定が示したのは八百円。
それに、眼鏡では分からなかった品質や採取後の日数まで表示されている。
「一城さん?」
高橋さんに声を掛けられ、俺は我に返った。
「すみません。少し見比べていました」
「解析鑑定と、ですか?」
「はい」
水城さんが興味深そうに身を乗り出す。
「どのような違いがありましたか?」
一瞬、どこまで話していいのか迷う。
高橋さんへ視線を向けると、無理に答えなくてもいいというように小さく頷いた。
「眼鏡では参考価格に幅がありますが、俺の解析鑑定では一つの推定価格が表示されます。それと……品質も表示されました」
「推定価格と品質が同時に?」
水城さんが目を見開く。
「はい。会社で働いていた頃から、いつもそうでした」
「そう、ですか……」
水城さんは何かを考えるように黙り込んだ。
だが、すぐに仕事用の表情へ戻る。
「差し支えなければ、実地検証でも眼鏡とスキルの結果を見比べていただけませんか?」
「分かりました。俺に答えられる範囲でよければ」
「ありがとうございます」
その後、俺は契約内容の説明を受けた。
検証期間は三日間。
試作品は貸与品で、通常の使用で故障した場合、俺が修理費を負担する必要はない。
検証協力費は五万円。
ダンジョンの入場料や、検証に必要な消耗品も企業側が負担する。
動画の投稿は必須ではない。
もし公開する場合は、未公開の機能や企業情報が映っていないか、事前に双方で確認する。
店主から確認するよう言われた内容も、すべて契約書へ記載されていた。
「すぐに決めなくても大丈夫ですよ」
水城さんがそう言ってくれたが、条件に不審な点はない。
高橋さんも事前に契約書を確認しているそうだ。
「お引き受けします」
「ありがとうございます!」
契約書へ本名を記入し、試作品を受け取る。
専用の保存ケースと充魔器も一緒だ。
「明日は初心者ダンジョンの第一層で、実地検証を行いたいと考えています」
「一人で行っても大丈夫でしょうか?」
「試作品を使用しながらの探索になりますので、協会から同行者を一名お願いしています」
高橋さんがそう言ったところで、会議室の扉がノックされた。
「失礼しまーす!」
明るい声と共に入ってきたのは、美咲さんだった。
「お待たせしました! 明日の実地検証について説明があるって聞いたんですけど……」
美咲さんは俺の姿を見ると、ぱっと表情を明るくした。
「あっ、一城さん!」
「こんにちは、美咲さん」
「今回の試験に参加する初心者探索者って、一城さんだったんですね!」
どうやら、俺が動画投稿者のリンであることまでは知らされていないらしい。
美咲さんは、俺が掛けている眼鏡へ興味深そうな視線を向けた。
「それが試作型魔導検索眼鏡ですか?」
「はい。視線を向けた素材を、その場で検索できるそうです」
「へえ……思っていたより普通の眼鏡みたいですね」
美咲さんは様々な角度から眼鏡を眺めたあと、不思議そうに首を傾げる。
「でも、どうして一城さんが選ばれたんですか?」
「それは……」
どう説明したものか迷っていると、水城さんが口を開いた。
「弊社が実地検証をお願いするきっかけになったのは、ある初心者探索者の方が投稿された動画なんです」
「初心者探索者の動画?」
「はい。スマートフォンで素材を検索しながら、初心者ダンジョンを探索されていました」
「それって……」
美咲さんの表情が変わる。
「もしかして、リンさんの動画ですか?」
「ご存じなんですか?」
「もちろんです! 私、最初の動画から見ていますから!」
美咲さんは嬉しそうに答えた。
「薬花草や鉄鉱石をスマートフォンで検索しながら、初心者向けに採取方法を説明していた動画ですよね?」
「はい。その動画で間違いありません」
水城さんは笑顔で頷く。
「やっぱり! あの動画を見て、この眼鏡を思いついたんですか?」
「正確には、開発中だった製品の検証者として最適だと考えたんです」
「なるほど……。でも、リンさんの動画がきっかけなのに、どうして一城さんが検証を?」
美咲さんが俺と水城さんを交互に見る。
高橋さんは眼鏡を押し上げると、俺へ視線を向けた。
「一城さん。この先、美咲さんには検証へ同行していただくことになります。撮影にも関わる可能性がありますので、伝えておいた方が動きやすいと思いますが……」
「そうですね」
今までは、恥ずかしさもあって正体を隠していた。
だが、美咲さんには黄金郷の調査でも助けてもらった。
これから第5層へ向かうことになれば、再び協力してもらう可能性も高い。
何より、正体を隠したまま一緒に動画を撮る方が難しいだろう。
「俺から話します」
「分かりました」
俺は美咲さんへ向き直る。
「美咲さん」
「はい?」
「今まで黙っていて、すみません」
「何のことですか?」
「動画を投稿しているリンというのは……俺です」
「……はい?」
美咲さんが目を瞬かせる。
「俺が、リンです」
「…………」
「…………」
会議室が静まり返った。
美咲さんは俺を見たあと、水城さんを見る。
続いて高橋さんを見て、もう一度俺へ視線を戻した。
「一城さんが……リンさん?」
「はい」
「でも、声が……」
「身元が分からないように、音声変換を使っています」
「じゃあ、動画で薬花草を検索していたのも?」
「俺です」
「あの初心者向けの説明をしていたのも?」
「俺です」
「コメントに『ご想像にお任せします』って返信したのも?」
「それも俺です」
美咲さんの顔が、みるみる赤くなっていく。
「じゃ、じゃあ私……本人を目の前にして、本人の動画をおすすめしてたんですか!?」
「そうなりますね」
「男の娘かもしれないってコメントがあるとか、声が可愛いとか、全部本人へ……?」
「はい……」
美咲さんは両手で顔を覆い、その場へしゃがみ込んだ。
「うそ……恥ずかしすぎる……」
「でも、嬉しかったですよ」
「え?」
「誰にも見てもらえないと思っていた動画を、美咲さんが面白いと言ってくれましたから」
俺がそう伝えると、美咲さんは指の隙間からこちらを見る。
「怒ってませんか?」
「怒る理由がありませんよ。黙っていたのは俺ですし」
「本当に?」
「はい」
美咲さんはゆっくりと立ち上がる。
まだ頬は赤いままだったが、やがて何かを思いついたように目を輝かせた。
「それなら一城さん……いえ、リンさん!」
「どちらでも大丈夫ですよ」
「明日の実地検証、コラボ動画にしませんか?」
「コラボ動画ですか?」
「はい! 私も『探索者ミサキ』という名前で探索動画を投稿しているんです」
店主から娘が動画配信をしているとは聞いていたが、詳しい活動名までは知らなかった。
「私が周囲の警戒と魔物への対処をして、リンさんが眼鏡を使って素材を検索するんです。初心者と戦闘職、それぞれの視点を撮れば面白い動画になると思います!」
「でも、俺の登録者はまだ七十二人ですよ?」
「登録者数なんて関係ありません。私はリンさんの動画が好きだから、一緒に撮りたいんです」
美咲さんは真っ直ぐな目でそう言った。
お世辞を言っているようには見えない。
「それに、初めての企業案件なんですよね?」
「はい」
「だったら、初めてのコラボも一緒にやりましょう!」
美咲さんらしい勢いに押され、思わず笑みがこぼれる。
「俺でよければ、お願いします」
「やった!」
美咲さんが嬉しそうに拳を握る。
「水城さん。検証の様子をコラボ動画として撮影しても大丈夫でしょうか?」
「もちろんです。ただし、投稿前に未公開情報が映っていないか確認させてください」
「分かりました!」
「企業側から、良い評価をするよう求めることもありません。使いにくかった部分も、そのまま話していただいて大丈夫です」
水城さんも、この提案へ乗り気のようだ。
「高橋さんもよろしいでしょうか?」
「第一層の一般区域だけで撮影し、他の探索者の顔やライセンス情報を映さなければ問題ありません」
ただし、と高橋さんが続ける。
「希少区域や隠し通路に関する話は、今回の動画へ入れないでください」
「もちろんです」
「分かりました!」
こうして、明日の実地検証は、美咲さんとのコラボ撮影を兼ねて行われることになった。
「リンさんの初コラボ、絶対に良い動画にしましょうね!」
「はい。よろしくお願いします」
初めての企業案件。
初めての試作装備。
そして、初めてのコラボ動画。
俺の探索者としての活動は、自分でも予想していなかった方向へ広がり始めていた。
読んでいただきありがとうございます。
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