16話「初めての案件依頼」
「……案件?」
スマートフォンに届いたメールの件名を見て、俺は思わず首を傾げた。
朝食を終え、何となく動画投稿アプリを開いたところ、新しい通知が届いていることに気付いたのだ。
差出人は、聞いたことのない企業だった。
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件名:【実地検証のお願い】試作型魔導検索眼鏡について
動画投稿者 リン様
突然のご連絡、失礼いたします。
弊社は探索者向け魔導機器の開発・製造を行っております、東都魔導機器株式会社と申します。
この度、リン様が投稿されている初心者ダンジョンの探索動画を拝見し、ご連絡させていただきました。
弊社では現在、探索中に発見した素材を、その場で検索できる『試作型魔導検索眼鏡』の開発を進めております。
リン様が動画内でスマートフォンを使い、薬花草や鉄鉱石を検索されている様子を拝見し、ぜひ試作品の実地検証にご協力いただきたいと考えております。
本件は宣伝を目的としたものではなく、初心者探索者の視点から、製品の使用感や改善点をご報告いただくことを目的としております。
ご協力いただける場合は、試作品の貸与と併せ、弊社規定の検証協力費をお支払いいたします。
ご興味がございましたら、本メールへご返信いただけますと幸いです。
東都魔導機器株式会社
探索者用品開発部 水城千尋
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「試作型魔導検索眼鏡……」
もう一度、メールを最初から読み返す。
どうやら俺が動画内でスマートフォンを使って素材を検索していたところを見て、連絡してきたらしい。
確かに、探索中に毎回スマートフォンを取り出すのは少し手間だった。
眼鏡を掛けたまま検索できるのなら、両手を空けておくこともできる。
探索者用の装備としては、かなり便利そうだ。
「でも、どうして俺なんだ?」
自分の動画ページを確認する。
最初に投稿した動画の再生回数は、六百八十四回。
登録者は七十二人まで増えていた。
投稿直後に比べれば増えているが、動画投稿者としては、まだまだ無名だろう。
数万人、数十万人の登録者がいる有名探索者も珍しくない。
企業がわざわざ依頼するなら、そういった人たちを選ぶはずだ。
「やっぱり詐欺かな……」
最近は、企業案件を装って個人情報を盗んだり、高額な商品を買わせたりする詐欺もあるらしい。
昨日見た動画でも、注意喚起が行われていた。
メールに書かれている内容だけを信じるのは危険だ。
幸い、添付ファイルはなく、怪しいサイトへ誘導するようなリンクもない。
それでも、返信する前に確認した方がいいだろう。
「店主さんに相談してみるか」
探索者用品を扱っている店主なら、この会社について何か知っているかもしれない。
俺は身支度を整えると、探索者協会へ向かった。
◇
「東都魔導機器?」
探索者ストアへ到着し、店主へメールを見せる。
店主は品出しの手を止めると、俺のスマートフォンを受け取り、メールへ目を通した。
「ああ。知ってるぞ」
「本当ですか?」
「探索者向けの魔導機器じゃ、それなりに有名な会社だ。魔石灯や簡易結界装置、ボディレコーダーなんかも作ってる」
「このレコーダーもですか?」
胸元に取り付けたレコーダーへ目を向ける。
「いや、それは別の会社だ。だが、うちでも東都の製品は何種類か扱ってるぞ」
店主は店内の棚へ向かうと、黒い腕輪型の装置を手に取った。
「これが東都魔導機器の製品だ。簡易式の体調測定器でな。体温や脈拍に異常が出ると警告してくれる」
「そんな物もあるんですね」
「中級以上の探索者には結構人気だぞ」
どうやら、実在する会社なのは間違いないらしい。
だが、誰かが企業名を勝手に使っている可能性もある。
「メールアドレスはどうですか?」
「待てよ。今、確認する」
店主はカウンターに置かれた端末を操作し、東都魔導機器の公式情報を調べ始めた。
「メールに書かれているドメインは、会社の物と同じだな」
「それなら、本物でしょうか?」
「まだ決めつけるのは早い。こういう時は、メールに書かれた連絡先じゃなく、公式に公開されている番号へ電話するんだ」
店主は公式ページに掲載されている問い合わせ番号を確認すると、そのまま電話を掛けた。
「もしもし。探索者協会の佐伯ストアだが、そちらの水城さんという方から、うちの客へ連絡が来ていてな」
電話の向こうで確認が行われる。
しばらくすると、店主は俺へ親指を立てた。
「ああ、分かった。本人へ伝えておく。ありがとうよ」
通話を終えた店主が、にやりと笑う。
「本物だ」
「本当ですか?」
「ああ。探索者用品開発部に水城千尋という社員もいる。兄ちゃん……いや、リンへ送ったメールも、会社から正式に送ったものだそうだ」
「良かった……」
詐欺ではなかったことに安堵する。
同時に、別の疑問が浮かんできた。
「でも、どうして登録者が七十二人しかいない俺に?」
「メールに書いてあるだろ。宣伝じゃなくて、実地検証が目的だ」
「実地検証……」
「有名な探索者は、素材の知識も豊富だ。それにパーティーへ鑑定持ちを入れている奴も多い。そんな奴に使わせても、初心者がどこで困るのかは分からねぇだろ?」
店主は俺のスマートフォンを返しながら続ける。
「兄ちゃんは探索を始めたばかりで、分からない素材を一つずつスマホで調べていた。その使い方が、向こうの作ろうとしている製品と噛み合ったんだろうな」
「なるほど……」
登録者数ではなく、動画の内容を見て選ばれた。
そう考えると、少しだけ嬉しくなった。
会社員だった頃は、どれだけ働いても評価されることはなかった。
仕事が早ければ、その分だけ新しい仕事を積み上げられる。
それが当たり前だった。
だが、今回は違う。
俺が考えたスマートフォンでの素材検索を見て、わざわざ企業が連絡をくれたのだ。
「兄ちゃん、随分嬉しそうだな」
「えっ?」
「顔に出てるぞ」
「そ、そうですか……」
「ああ。初案件、おめでとう」
店主は豪快に笑いながら、俺の背中を軽く叩いた。
「ありがとうございます」
少し照れながら礼を伝える。
「ただし、本物の会社だからって、何も確認せず契約するんじゃねぇぞ」
「はい」
「試作品なら、まだどんな不具合があるか分からない。検証する階層、貸与期間、報酬、壊した場合の扱い。公開していい情報も確認しとけ」
「分かりました」
俺は店主から教えられた内容を、スマートフォンのメモへ書き込んでいく。
「それと、試作品をダンジョンへ持ち込むなら、協会にも確認した方がいい」
「高橋さんへ相談してみます」
「ああ。それが一番だ」
ちょうど調査課の高橋さんとは、希少区域の件で連絡を取れるようになっている。
企業側が問題ないとしても、未発売の魔導機器をダンジョン内で使うなら、協会の許可が必要かもしれない。
俺は店主へもう一度礼を言うと、ストアの隅にある休憩用の椅子へ腰を下ろした。
そして、案件依頼のメールを開く。
少し緊張しながら、返信欄へ文字を打ち込んでいく。
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東都魔導機器株式会社
水城千尋様
初めまして。動画投稿者のリンです。
この度は、ご連絡いただきありがとうございます。
試作型魔導検索眼鏡の実地検証について、興味があります。
検証方法や使用条件、協力費などについて、詳しいお話を伺えればと思います。
よろしくお願いいたします。
リン
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「……こんな感じでいいかな」
失礼な文章になっていないか、三回ほど読み返す。
問題はなさそうだ。
俺は小さく息を吸うと、送信ボタンを押した。
返信が届いたのは、それから十分も経たないうちだった。
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リン様
早速のご返信、ありがとうございます。
明日、探索者協会にて製品説明の機会を設けたいと考えております。
本製品は探索者協会の素材データベースを利用するため、協会担当者にも同席いただく予定です。
調査課の高橋和人様には、既にご相談しております。
ご都合がよろしければ、午前十時に探索者協会へお越しください。
なお、当日は実際の試作品もお持ちいたします。
東都魔導機器株式会社
探索者用品開発部 水城千尋
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「高橋さんも知っているのか……」
それなら、さらに安心できそうだ。
俺は明日の予定を確認し、参加する旨を返信する。
「試作型魔導検索眼鏡か」
眼鏡を掛けるだけで、見つけた素材を検索できる。
それは、一体どんな景色なのだろう。
そして、この眼鏡にはどこまでの情報が表示されるのだろうか。
「俺の『解析鑑定』で見えているものも、表示されるのかな……?」
その時の俺はまだ知らなかった。
この試作品を使うことで、自分の『解析鑑定』と、世間一般の『鑑定』との違いへ近付くことになるとは。
読んでいただきありがとうございます。
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