162話「我妻たちの釈放」
迷宮入口脇の壁に、岳人さんが背を預けていた。
足元には巨大な戦斧。左手には、色とりどりのゼリーが詰まった小さな保冷バッグが提げられている。
さっきまで笑い声を生んでいたそれを握る手に、少しずつ力が入っていった。
持ち手が、ぎしりと軋む。
「アナタ」
隣に立つ千景さんが、その大きな手へ自分の手を重ねた。
岳人さんはしばらく端末の画面を見たままだったが、やがてバッグを握り締めていた指を緩めた。
「分かっている」
低い声だった。
入口前には、勾留解除の速報を見て残った探索者が増え続けている。
百人を超えた頃、今度は別の端末から通知音が鳴った。
「『黒鉄の猟犬』が声明を出したぞ」
一人の男性が声を上げると、周囲にいた探索者たちが一斉にそちらを向いた。
掲げられた画面には、短い文章だけが表示されている。
◇____________________
『当クラン所属探索者に関する件につきましては、現在捜査中のため回答を控えます』
『所属探索者への個別の取材、接触はお控えください』
____________________◇
「……これだけ?」
「白金さんたちへの謝罪は?」
「怪我をした職員にも、何もないのかよ」
「回答を控える前に、言うことがあるだろ!」
あちこちから声が上がる中、千景さんだけは何も言わず、差し出された画面を見ていた。
やがて長い杖を持ち上げる。
「答えないとは、いい度胸ね。無理にでも吐かせに行くわ」
「岩城さん」
髙橋さんがすぐに前へ出た。
「相手は大規模クランです。改めて説明責任を求めますので、今は――」
「髙橋くん」
静かな声だった。
けれど、髙橋さんの言葉が止まる。
「貴方は自宅を土足で入られ、荒らされても平気なのかしら?」
千景さんが杖の石突きを床へ下ろした。
「私には無理ね。落とし前をつけさせに行くわ」
「ですが――」
「処罰なら受けるわ」
髙橋さんを見る目は変わらない。
「でも、それはそれ、これはこれよ。……アナタ」
「おう」
岳人さんが壁から背を離し、足元の大戦斧を片手で持ち上げる。
肩へ担いだ刃が照明を遮り、その大きな影が石床へ落ちた。
「御堂のクラン。潰しに行くわよ」
「待ってください」
美咲さんが、シズクを抱いたまま千景さんの隣へ進んだ。
「私も行きます」
「佐伯さんまで……」
「白金さんたちに、ちゃんと謝ってもらいたいです」
シズクを抱く腕に力が入る。
「ぷるっ!」
四枚の翼が、美咲さんの腕の中で大きく開いた。
「俺も行きます」
胸元にいたユキへ手を添えると、白い身体がこちらを見上げる。
「ぴるっ!」
「あの子たちを傷付けたことまで、魔物を狩っただけで終わらせるなら……俺も直接、聞きたいです」
「リンくんが行くなら、ウチも行くよ〜」
さりなさんが端末を軽く振った。
「わたくしも参りますわ。何を仰るのか、きちんと記録させていただきます」
姫乃さんも続く。
「俺も行く」
先ほど紙袋を預けていた男性が、人の間から前へ出た。
「横浜で何度も仲間を脅された。今まで黙ってたけど……もういい」
「私もです」
「俺たちも行くぞ!」
それをきっかけに、残っていた探索者たちの間から次々と声が上がった。
千景さんが振り返る。
「ついてくるのは止めないわ」
ざわめきが僅かに収まる。
「でも、向こうが手を出すまでは、誰にも触らないこと。それが守れない人は来ないで」
誰も動かなかった。
千景さんはそれ以上言わず、岳人さんへ目を向ける。
岳人さんは肩から大戦斧を下ろすと、左手に残っていた保冷バッグを髙橋さんへ差し出した。
「これを頼む」
「……分かりました」
「火焔と、白金たちへ」
髙橋さんは両手でバッグを受け取った。
「預かります」
岳人さんが頷く。
髙橋さんが端末を取り出しながら何か言おうとしたが、千景さんはすでに出口へ向かっていた。
その隣へ岳人さんが並び、俺たちも続く。
背後から重なった足音が、地下通路いっぱいに響き始めた。
◇
探索クラン『黒鉄の猟犬』の本部は、高い黒塀に囲まれていた。
正面には先端を尖らせた鉄製の門が閉ざされ、その奥に牙を剥く猟犬の紋章を掲げた四階建ての本館が建っている。
左右には訓練棟と倉庫が並び、門の内側にいた構成員たちが、通りを埋める探索者の数を見て次々と武器へ手を掛けた。
「声明は出した!」
門越しに男が怒鳴る。
「捜査中だから答えられねえ! 帰れ!」
「御堂練を出しなさい」
千景さんが門の前へ出た。
「マスターは不在だ」
「そう」
千景さんが一歩退く。
入れ替わるように、岳人さんが前へ出た。
「な、何だよ」
肩に担いでいた大戦斧が下ろされる。
男たちが身構えた、その次の瞬間。
横薙ぎに振り抜かれた大戦斧が、鉄門の中央へ叩き込まれた。
凄まじい金属音が通りへ響き渡る。
門は中央から大きく折れ曲がり、そのまま左右の支柱ごと敷地の内側へ倒れ込んだ。
黒い猟犬の紋章が、石畳へ叩き付けられる。
「な……」
門の前にいた男たちが言葉を失う中、岳人さんは土埃の向こうへ歩き出した。
倒れた鉄門を踏み越え、千景さんもその横へ並ぶ。
「もう一度言うわ」
杖の先が、本館へ向いた。
「御堂を出しなさい」
「てめえら、何してやがる!」
「不法侵入だぞ!」
怒鳴りながらも、門を守っていた構成員たちは後ろへ下がっていく。
千景さんが肩越しに振り返った。
「約束は覚えてるわね」
後ろに続く探索者たちは武器へ手を掛けながらも、まだ誰も抜かなかった。
倒れた門を越え、人の波が前庭へ広がっていく。
十人、二十人では終わらない。
本館の窓から覗いていた構成員たちが、増え続ける人数を見るなり奥へ引っ込んだ。
「たかが魔物のために、何人で来てんだよ」
門の近くにいた男が吐き捨てた。
「こっちは第十五層へ入れなくなってんだぞ。何匹か傷付いたくらいで、いつまで閉じてんだ」
胸元でユキの身体が硬くなる。
「ぴる……」
美咲さんの腕の中では、シズクの翼が小さく震えていた。
「傷付いたくらい?」
美咲さんが男へ向き直る。
「白金さんは、結晶核まで壊されかけたんです。紅石ちゃんは、一度消えたんですよ」
「知るかよ。我妻隊が勝手にやったことだ」
「またそれか!」
後ろから怒声が飛んだ。
「横浜で俺たちが追い詰めた魔物を奪った時も、そう言ったよな!」
「こっちへ剣を向けて退かせて、最後だけ持っていっただろ!」
黒鉄の構成員が鼻で笑う。
「最後に倒したのは俺たちだ。だったら、落とした物も俺たちのもんだろ」
「その前に戦ってたのは俺たちだ!」
「俺のパーティーも囲まれたぞ!」
「素材を出せって脅された!」
前庭のあちこちから声が重なる。
「断ったら、次は地上へ戻れないと思えって言われた!」
「横浜は俺たちの狩場なんだよ!」
黒鉄の男が声を張り上げる。
「弱い奴は端で小物でも狩ってろ!」
「横浜赤レンガ迷宮は、あなた方の所有物ではありませんわ」
姫乃さんが前へ出た。
「誰であろうと、正規の手続きを済ませた探索者なら入れます」
「だったら協会に泣きつけばいいだろ」
男が倒れた門へ足を掛ける。
「次に横浜で会っても、同じことが言えりゃいいけどな」
「今の、ちゃんと録れてるよ〜」
さりなさんが端末を掲げた。
周囲でも一斉に画面が男へ向く。
「撮ってんじゃねえ!」
本館の扉が勢いよく開いた。
黒いクラン章を付けた構成員たちが、剣や槍を手に次々と飛び出してくる。
訓練棟や倉庫からも人が溢れ、前庭の奥が黒い装備で埋まっていった。
「門から追い出せ!」
「全員だ! 叩き潰せ!」
「手を出さないで!」
千景さんの声が飛ぶ。
こちら側は動かない。
けれど、黒鉄の先頭にいた男は剣を抜いた。
そのまま千景さんへ斬り掛かる。
振り下ろされるより早く、岳人さんの左手が男の手首を掴んだ。
「っ――!」
別の男が岳人さんの脇腹へ槍を突き込む。
大戦斧の柄が跳ね上がり、穂先を空へ弾いた。
さらに千景さんへ赤い魔法陣が開き、炎弾が一直線に飛ぶ。
だが、半透明の障壁にぶつかった炎が、千景さんの目の前で左右へ弾けた。
千景さんが杖を持ち直す。
「向こうから来たわよ、アナタ」
「おう」
岳人さんが掴んだ男を横へ振る。
その身体が槍使いへぶつかり、二人まとめて芝生の上へ転がった。
千景さんの杖が石畳を打つ。
白い霜が一気に広がり、先ほど炎弾を放った男の両脚を地面へ凍り付かせた。
「先にやったのは、そっちだからな!」
背後から声が上がった。
今度こそ、百を超える鞘走りの音が前庭へ響く。
「ぷるっ!」
シズクが美咲さんの腕から飛び立った。
「今度は退かねえぞ!」
「押し返せ!」
探索者たちが一斉に前へ出る。
剣と剣がぶつかり、盾が槍を受け止め、杖から放たれた魔法が前庭の上を飛び交った。
「こいつだ! 俺たちから素材を奪った奴だ!」
「知らねえよ!」
「その顔を忘れるか!」
探索者が振り下ろされた剣を盾で止め、隣の仲間と一緒に相手を押し返す。
横から伸びた槍を、別の探索者が斧の腹で叩き落とした。
「数だけ集めた雑魚が!」
「だったら、その雑魚から逃げんな!」
戦いが前庭の端まで広がっていく。
「リンくん、右!」
さりなさんの声に顔を向けた瞬間、三本の矢がこちらへ飛んできた。
「ぴるっ!」
純白の魔法盾が俺の右側へ滑り込み、矢をまとめて受け止める。
続けて放たれた矢も、左右から飛んだ白銀鎧が弾き飛ばした。
「ありがとう、ユキ!」
『幻魔短剣』を抜く。
正面から駆け込んできた男の剣を外側へ流し、空いた手首を掴んで足を払う。
倒れた男の武器を蹴り離した直後、横から槍が伸びた。
穂先が俺へ届く前に、美咲さんの盾がその軌道へ割り込む。
「陸斗さん!」
跳ね上がった槍の下へ美咲さんが踏み込み、そのまま盾を胸当てへ叩き込んだ。
男の身体が浮き、後ろにいた三人をまとめて巻き込んで倒れる。
「ぷるっ!」
美咲さんの背後へ回り込もうとした男たちへ、シズクの風が吹き付ける。
足を取られた三人が芝生へ転がった。
「あ、あの女を囲め!」
「無駄だよ〜」
さりなさんの剣が星色の軌跡を描く。
四方から突き出された剣と槍が、まとめて根元から飛んだ。
武器を失って固まった男たちの顎へ、鞘が次々と入る。
「次〜」
「さりなさん。あまり前へ出過ぎてはいけませんわ」
そう言いながら、姫乃さんは振り下ろされた棍棒を片腕で受け止めていた。
その腕を取り、男の身体を背負うように持ち上げる。
「失礼いたします」
投げ飛ばされた男が、後ろから来た二人へ突っ込んだ。
さらに左右から迫った剣を半歩ずつ外し、姫乃さんの拳が二人の胸当てへ続けて入る。
鈍い音とともに、二人が訓練棟の扉を突き破った。
「姫っちも十分やってるじゃん〜」
「手加減はしておりますわ」
「それで〜?」
返事をする間にも、岳人さんの大戦斧が低く薙がれた。
刃ではなく長い柄が五人の武器をまとめて弾き飛ばし、返す動きで胸当てを打つ。
「前を空けろ」
低い声に、周囲の探索者が一斉に左右へ退いた。
岳人さんが訓練棟へ向かって踏み込む。
大戦斧が、扉の上に掲げられた猟犬の紋章へ叩き込まれた。
壁が弾ける。
扉と窓がまとめて吹き飛び、訓練棟の正面が内側へ崩れ落ちた。
「俺たちの訓練棟が!」
「だから、潰すと言ったでしょう」
千景さんが杖を倉庫へ向ける。
「中にいる人は、今すぐ出なさい」
窓からこちらを見ていた構成員たちが顔を引っ込めた。
「五つ数えるわ。一つ」
「ま、待て!」
「二つ」
倉庫の横扉が開き、武器を持った男たちが次々と外へ飛び出す。
「三つ」
「出た! もう誰もいねえ!」
「そう」
杖先へ白い光が集まる。
倉庫から出た男たちが慌てて魔法を放った。
炎と雷が千景さんへ飛ぶが、その手前で四方から立ち上がった石壁へ突き刺さる。
直後、白い光が一直線に倉庫を撃ち抜いた。
中央が大きく陥没し、遅れて屋根が折れる。
積まれていた木箱ごと、建物が内側へ崩れ落ちた。
「てめえ!」
魔法を放った男たちが杖を構え直したが、足元から伸びた石の帯が腕と胴へ巻き付き、そのまま黒塀へ押さえ付ける。
「動かなければ痛くないわ」
その光景を見た本館前の構成員たちが、一斉に後ろへ下がった。
「中へ戻れ!」
「扉を閉めろ!」
本館へ駆け込んだ者たちが正面扉を閉め、内側から机や棚を引きずる音が響き始める。
前庭に残った者たちは次々と武器を失い、地面へ伏せられていた。
「横浜は誰の狩場だ!」
「……誰のものでもねえ」
「聞こえねえぞ!」
「誰のものでもねえ!」
探索者たちの視線が、本館へ向く。
「御堂を出せ!」
「御堂!」
声が前庭を揺らす。
岳人さんが正面扉の前へ立った。
「下がれ」
全員が左右へ退く。
大戦斧が振り下ろされた。
黒い両開き扉が、内側に積まれていた机ごと吹き飛ぶ。
二撃目が入口脇の柱を砕き、周囲の外壁まで崩れ落ちた。
土埃の向こうに、広い玄関広間と正面階段が露わになる。
「行くぞ!」
探索者たちが一斉に踏み込んだ。
二階の回廊や階段には、まだ何十人もの構成員が残っている。
「入ってきた奴から潰せ!」
上から魔法が降り注いだ。
「ぴるるっ!」
ユキの純白の魔法盾が広がり、飛んできた炎弾を正面から受ける。
白い表面で弾けた炎を、シズクの風が天井へ巻き上げた。
「今です!」
美咲さんの声で、盾を持った探索者たちが階段へ駆け込む。
上から突き下ろされた槍を受け、その柄を後ろの仲間が掴んで引き倒す。
右の回廊へ逃げようとした集団の前には、いつの間にかさりなさんが立っていた。
「そっちは行き止まりだよ〜」
左側では、姫乃さんが階段を下りてくる相手を次々と投げ返している。
「順番にお願いいたしますわ」
黒い装備の集団が、少しずつ二階へ押し返されていく。
「止まりなさい」
千景さんが杖を上げた。
白い霜が二階の床を一気に走る。
前列にいた十人以上の足が床へ凍り付き、止まり切れなかった後ろの者たちが次々と背中へぶつかった。
倒れたところへ石の輪が伸び、手首と足をまとめて床へ押さえ込む。
「くそっ、外せ!」
「御堂を出せば外してあげるわ」
「そこまでだ!」
二階の奥から怒鳴り声が落ちてきた。
回廊へ現れた男の黒い上着には、金糸で縫われた猟犬が牙を剥いている。
その後ろにも、武器を持った構成員が何人も並んでいた。
千景さんが見上げる。
「ようやく出てきたわね。御堂練」
「人のクランで、好き勝手やってくれたな」
「呼んでも出てこないから、入ってきただけよ」
「門も訓練棟も倉庫も壊してか!」
「請求書は受け取るわ」
御堂さんのこめかみが引きつった。
「ここまでやって、ただで済むと思うなよ」
「だから、処罰は受けるって言ってるでしょう」
千景さんは杖を下ろさない。
「それより御堂。アンタのところ、若い探索者から素材やアイテムを脅し取ってるそうね」
「知らねえな」
御堂さんが鼻で笑う。
「勝手に渡したんじゃねえのか」
「そう」
千景さんの目が細くなる。
「恐喝も部下が勝手にやった。我妻たちのことも、同じ?」
「我妻たちは迷宮で魔物を狩っただけだ」
御堂さんが一段、階段を下りた。
「魔物を倒して素材を取る。それの何が悪い」
「白金さんたちは、我妻さんたちを襲っていません」
美咲さんがシズクを抱き上げ、千景さんの横へ進む。
「それでも武器を向けて、命を奪おうとしたんです」
シズクの身体を抱く腕が僅かに強くなる。
「謝ってください」
「何で俺が、スライムなんかに頭を下げるんだ」
「ぷる……!」
シズクの四枚の翼が大きく開いた。
「それに、あそこはお前の迷宮じゃねえだろ。一城陸斗」
御堂さんの目が俺へ向く。
「誰でも入れる迷宮で何を狩ろうが、俺たちの勝手だ」
「俺の迷宮じゃありません」
その目を見返す。
「あなたたちの狩場でもないです」
「黙れ」
御堂さんの手が腰の剣へ掛かった。
「少し名前が売れたくらいで、俺に説教するな!」
剣が抜かれる。
「この人数で押しかけて、クランを壊したのはお前らだ!」
階段を蹴り、御堂さんが千景さんへ斬り掛かった。
千景さんは動かない。
杖先が僅かに上がっただけだった。
御堂さんの右腕が白く凍り付き、振り下ろされるはずだった剣が頭上で止まる。
「なっ――」
床から伸びた石の腕が胴を掴んだ。
そのまま横へ引き倒し、御堂さんの身体を二階の床へ押さえ付ける。
剣が指から離れ、階段を一段ずつ滑り落ちてきた。
「マスター!」
後ろの構成員たちが一斉に武器を構える。
岳人さんが大戦斧の石突きを玄関広間へ落とした。
床石が砕ける。
それだけで、構えられていた武器が止まった。
「御堂でも……何もできねえのか」
階段の途中から、誰かの声が漏れる。
「離せ!」
石の腕の下で、御堂さんが暴れる。
「こんなことして、祖父さんが黙ってると思うなよ!」
口元が歪む。
「我妻たちだってもう外へ出た! お前らが何を喚こうが、全部どうにでもなる!」
その時、胸元の端末が震えた。
表示された名前は、髙橋和人。
「はい。一城です」
『今、話せますか?』
「御堂練さんの前にいます」
通話の向こうで、一瞬言葉が止まった。
『……我妻さんたちの勾留解除について、確認が取れました』
「誰が動いたんですか?」
床へ押さえ込まれた御堂さんが、こちらを見る。
『複数の場所へ圧力を掛けた人物がいます』
その口元が、ゆっくりと持ち上がった。
『御堂練さんの祖父です』
「ほら見ろ!」
御堂さんが笑う。
「祖父さんがいれば、お前らなんか――」
『ですが、その圧力についても記録が残っています』
笑い声が止まった。
『すでに官邸へ報告が上がっています』
「……は?」
千景さんが、石の腕に押さえ付けられた御堂さんを見下ろす。
「そう」
杖の石突きが、床を一度だけ鳴らした。
「なら、あなたにも、お祖父様にも答えてもらうわ」
そのまま御堂さんへ背を向ける。
「まだ中にいる人は、倒れている仲間を連れて外へ出なさい」
本館の中に声が響く。
「この建物も潰すわ」
「本気かよ……」
「早くしろ!」
黒鉄の構成員たちが武器を捨て、倒れている仲間へ肩を貸し始めた。
俺たちの側にいた探索者たちも道を空け、動けない者を一緒に外へ運んでいく。
御堂さんを押さえていた石の腕も床から持ち上がり、そのまま正面入口の外へ運び始めた。
「やめろ! 俺のクランだぞ!」
誰も止まらない。
最後の一人が本館から出たところで、千景さんが岳人さんを見上げた。
二人も前庭まで下がる。
「アナタ。仕上げるわよ」
「おう」
岳人さんが大戦斧を両手で握る。
千景さんの杖先へ、白い光が幾重にも集まった。
振り上げられた大戦斧が、本館の中央柱へ叩き込まれる。
同時に放たれた白い光が、反対側の外壁を撃ち抜いた。
四階まで続く窓が、一斉に砕け散る。
建物の中央が軋み、折れた床が下の階へ落ち始めた。
続けて屋根が沈み、黒い外壁が内側へ崩れ込む。
「やめろおおおっ!」
御堂さんの叫びを、轟音が呑み込んだ。
土煙の中から、最上部に掲げられていた黒い猟犬のクラン章が落ちてくる。
石畳へ触れる寸前。
岳人さんの大戦斧が、一度だけ閃いた。
真っ二つに割れた黒い猟犬が、崩れた本館の瓦礫へ転がった。




