163話「崩れ始めた『黒鉄の猟犬』」
舞い上がっていた土煙が、少しずつ薄れていく。
四階建てだった『黒鉄の猟犬』の本部は崩れ落ち、訓練場も倉庫も原形を留めていない。
そして、敷地の中央に掲げられていた黒い猟犬の紋章は、岳人さんの戦斧によって真っ二つに割られていた。
「俺の……クランが……」
御堂が呆然と立ち尽くしている。
その向こうから、何台もの車両が近付いてきた。
探索者協会の車両に続き、警察車両が敷地内へ入ってくる。
「岳人」
「ああ」
千景さんに呼ばれ、岳人さんは戦斧を地面へ置いた。
千景さんも長杖を手放し、二人揃ってその場から動かない。
「逃げるつもりはない。処分も受ける」
「私も同じよ。建物を壊したのは事実だもの」
到着した警察官と協会職員が、周囲の状況を確認しながら近付いてくる。
その中に、髙橋さんの姿があった。
「一城さん、美咲さん。お怪我はありませんか?」
「俺たちは大丈夫です」
「はい。シズクとユキも無事です」
「ぷるっ!」
「ぴるっ!」
髙橋さんが俺たちの姿を確認したところで、岳人さんが一歩前へ出た。
「髙橋」
「はい?」
「あのゼリーは、届けたか」
「……ゼリー?」
「十五層のスライムたちに渡すと言っていた」
「ああ、あれですか。届けましたよ。複合鉱床にいるスライムたちへ、職員が持っていきました」
「そうか」
岳人さんが大きく頷く。
「火焔も食べたか」
「そこまでは私も確認できていません。ただ、火焔さんたちがいる場所へ届けたことは間違いありません」
「ならいい」
目の前には、自分たちが壊したクラン本部がある。
警察まで来ているというのに、岳人さんが真っ先に確認したのはスライムたちへ渡すゼリーのことだった。
「髙橋さん!」
後ろから声が上がった。
俺たちと一緒にここまで来た探索者の一人が、スマートフォンを手に近付いてくる。
「俺、動画を撮ってます。御堂たちが先に武器を抜いたところも、その後に攻撃したところも全部です」
「私も撮っています!」
「こっちもです!」
次々とスマートフォンが掲げられる。
髙橋さんは周囲を見回すと、近くにいた協会職員へ声を掛けた。
「映像を確認してください。原本の提出が可能かも確認を」
「分かりました」
職員たちが動き始める。
その時、槍を持った男性探索者が前へ出た。
「あの、俺も話していいですか?」
「今回の件についてですか?」
「それもありますけど……こいつら、前からやってます」
男性が御堂たちを見る。
「三ヶ月くらい前、横浜で探索してた時です。俺たちが魔物と戦ってるところに割り込んできて、獲物を横取りされました。文句を言ったら、剣まで向けられて」
「その時の記録はありますか?」
「仲間に確認します。多分、探索用カメラに残ってます」
「お願いします」
「私もあります」
今度は、別の女性探索者が声を上げた。
「採掘場所から追い出されました。『女に扱える場所じゃねえ』って言われて……黒鉄の猟犬が来るから、そこを空けろって」
「場所と時期を教えていただけますか?」
「はい」
それを皮切りに、周囲から次々と声が上がり始めた。
「俺は採った素材を渡せって言われた」
「採掘場所を何度も取られてる」
「断ったら、『次は地上に戻れないと思え』って脅されたこともあります」
「私も!」
「俺のパーティーもだ!」
髙橋さんの後ろにいた協会職員たちが慌ただしく動き始める。
「証言される方はこちらへお願いします! 一件ずつ記録します!」
「映像や音声が残っている場合は、削除せずそのまま保存してください!」
さっきまで俺たちの後ろにいた探索者たちが、次々と職員のところへ集まっていく。
「……こんなに」
「今まで、ずっとあったんですね」
隣で、美咲さんが小さく呟いた。
「ふざけんな!」
御堂の怒鳴り声が響いた。
「てめえら、口裏合わせてんじゃねえぞ! そんなもん、証拠になるか!」
「弱え奴らが上の迷宮に来るから悪いんだろうが! 横浜は俺たちの狩場だ! 邪魔な奴をどかして何が悪い!」
髙橋さんが御堂へ視線を向ける。
手にしていた端末を操作し、今の発言を記録していた。
「今の発言も記録させていただきます」
「ああ!?」
「それと、先ほど提出された複数の映像を確認しました。御堂さんたちが先に武器を抜き、攻撃を仕掛けたことも確認できています」
「だから何だってんだ!」
御堂は吐き捨てるように言うと、懐からスマートフォンを取り出した。
「こんなもん、爺さんに言えばどうにでもなる! 我妻たちだって、もう出てきてんだぞ!」
画面を何度か操作する。
すぐに相手へ繋がったらしい。
「爺さん! 俺だ! 今すぐ――」
『練! お主、一体何をしたんじゃ!?』
スマートフォンから響いた怒鳴り声に、御堂が目を見開いた。
「は……?」
『誰に手を出した!? 何をした!?』
「何って……ちょっとクラン同士で揉めただけだ。それより、警察と協会が――」
『そんなことを聞いておるのではない!』
御堂の祖父の声が、さらに大きくなる。
「爺さん、何を焦ってんだよ。我妻たちの時みたいに――」
『その話を今するな! 儂にだって、できることとできんことがある!』
「はあ? でも我妻たちは出てきただろ?」
『練。お主、一城陸斗に手を出したのか?』
突然、自分の名前が聞こえてきた。
俺は思わず御堂のスマートフォンを見る。
「一城……? ああ、いるぞ。そいつのクランの奴らも――」
『馬鹿者!!』
御堂が反射的にスマートフォンを耳から離した。
『一城陸斗じゃ! こやつには絶対に手を出すでない!! 良いな!?』
「な、何でだよ!」
『理由など聞くな! 命が惜しければ、一城陸斗にも、そやつのクランにも二度と関わるな!』
「爺さん!? おい、待てって!」
通話が切れた。
御堂はしばらくスマートフォンを見つめ、それからゆっくりと俺を見る。
「……お前、何なんだよ」
「俺に聞かれても……」
俺だって、そんな話は知らない。
御堂の祖父が、どうして俺の名前を知っているのか。
しかも、あそこまで必死に御堂を止めた理由も分からなかった。
その時だった。
俺のスマートフォンが震えた。
ほぼ同時に、美咲さんや周囲の探索者たちの端末からも通知音が鳴る。
「……協会から?」
画面を開く。
『探索者襲撃事件に関する続報』
『我妻鏡夜ら五名について、追加の証拠および新たな容疑を確認』
『捜査当局は五名の身柄を再度確保』
「……え?」
御堂の顔から血の気が引いていく。
「嘘だろ……。爺さんが動いたのに……また捕まった?」
周囲の探索者たちも通知を確認していた。
やがて、その中の一人が協会職員へ近付いていく。
「すみません。俺、我妻って奴についても話があります」
「俺も知り合いに確認します。昔、黒鉄の猟犬と揉めた奴がいるんで」
「私も連絡してみます」
また一人、さらに一人と動き始める。
御堂は後ろへ一歩下がった。
その靴が、真っ二つに割れた黒い猟犬の紋章を踏む。
「何で……何で、こんなことに……」
先ほどまでの怒鳴り声は、もうなかった。
警察官が岳人さんと千景さんのもとへ向かう。
二人は抵抗することなく、その指示に従った。
「一城」
岳人さんが俺を見る。
「火焔たちを頼む」
「はい」
岳人さんは一度だけ頷き、千景さんと共に警察官の後を歩いていった。
◇
それから数日後。
俺と美咲さんは、探索者協会の確認室を訪れていた。
向かいには髙橋さんが座り、その隣には岳人さんと千景さんの姿もある。
「まず、『黒鉄の猟犬』に関する現在の状況から説明します」
髙橋さんが手元の資料へ目を落とす。
「事件後、協会には多数の情報が寄せられています。横浜赤レンガ迷宮だけではありません。他の迷宮で撮影された映像も複数提出されました」
「他の迷宮でも、ですか?」
「はい。現在も確認を進めています」
髙橋さんが頷く。
「御堂練については、引き続き事情聴取が行われています。我妻鏡夜ら五名についても、今回新たに寄せられた情報を含め、過去の件まで遡って捜査が進められています」
あの日、あの場にいた探索者たちの証言をきっかけに、今まで表に出ていなかった話が次々と集まっているらしい。
「続いて、岩城さんご夫妻についてです」
岳人さんと千景さんが髙橋さんを見る。
「当初、協会内では、より長期間の探索活動停止も検討されていました」
「でしょうね」
千景さんが特に驚くこともなく答える。
「ですが、映像を確認した結果、先に武器を使用したのは『黒鉄の猟犬』側であることが確認されています。また、建物を破壊する前に、中にいた人員を全員避難させていたことも確認できました」
「ええ。人まで巻き込むつもりはなかったもの」
「さらに、今回の一件をきっかけに、これまで被害を申し出られなかった探索者から多数の証言と証拠が集まっています。それらを総合して処分が決定しました」
髙橋さんが二人を見る。
「岩城岳人さん、岩城千景さん。お二人には、一週間の探索活動停止処分が科されます」
「一週間」
岳人さんが呟く。
「今日からか?」
「はい」
「なら、八日目から探索していいんだな?」
「処分期間を終えれば、問題ありません」
「十五層も?」
「……封鎖が解除されていれば、ですが」
岳人さんが頷く。
「アナタ。処分を言い渡された直後に聞くことがそれなの?」
「重要だ」
「そうでしょうね」
千景さんが小さく息を吐く。
岳人さんは気にした様子もなく、今度は髙橋さんを見る。
「ゼリーは?」
「きちんと届けましたよ」
「火焔は食べたか?」
「火焔さんが赤いゼリーを持っていったところまでは確認しています」
「そうか」
岳人さんの表情が僅かに緩む。
「次は倍持っていく」
「多すぎるわよ」
「なら三割増し」
「二割」
「分かった」
美咲さんが隣で小さく笑った。
その時、髙橋さんの端末から通知音が鳴った。
「……失礼します」
髙橋さんが画面を確認する。
少しの間、表示された内容を読んでいた髙橋さんが顔を上げた。
「ちょうど今、連絡が入りました」
俺たちの視線が集まる。
「クランに対する正式な処分が決まりました」




