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161話「封鎖された第十五層」


 我妻たちが連行されてから、三日が過ぎた。

 探索者協会本部の地下へ降りると、『スライム帝王の迷宮』の入口前には、今日も何人もの探索者が集まっていた。


 蒼銀色の転移門へ続く通路は柵で塞がれ、その手前には見慣れない掲示板が置かれている。



 ◇____________________


 『第十五層 一時封鎖』

 『第十五層以降 一般探索者進入停止』


 ____________________◇



「今日も駄目か……」


 掲示板の前にいた男性が肩を落とし、手にしていた紙袋を持ち直した。

 その口からは、色の違う従魔用ゼリーの容器が幾つも覗いている。


 隣にいた女性も小さな保冷箱を抱えていたが、しばらく柵の向こうを眺めたあと、受付にいる職員へ歩み寄った。


「あの、これだけでも預かってもらえませんか?」

「お預かりいたします。規則として、中身を確認させていただきますが、よろしいでしょうか?」

「はい。お願いします」

「俺のもお願いします」

「承知いたしました」


 二人から差し入れを受け取った職員が、受付の奥にいた髙橋さんを呼ぶ。

 髙橋さんは俺たちに気付いて軽く頭を下げると、紙袋と保冷箱を持ってこちらへやってきた。


「一城さん、少しよろしいですか?」

「はい」

「念のため、お願いできますか?」

「分かりました」


 蓋を開けてもらった保冷箱へ『解析鑑定』を使い、続けて紙袋の中も確認する。



 ◇____________________


 『確認対象』

 ・従魔用ゼリー

 ・従魔用栄養食品


 『異常』

 ・なし


 『危険物』

 ・なし


 ____________________◇



「大丈夫です」

「ありがとうございます」


 髙橋さんから受け取った差し入れを、職員が受付の奥へ運んでいく。

 保冷箱を持ってきた女性は、その場に残っていた。


「あの……みんな、ちゃんと食べていますか?」

「はい」


 職員が答えると、女性は小さく息を吐いた。

 やがてこちらへ気付き、俺と目が合う。


「あっ、一城さん。おはようございます」

「おはようございます」

「あの……紅石ちゃん、本当に戻ってきたんですか?」

「はい。白金さんたちと一緒にいますよ」

「よかった……」


 隣にいた男性も表情を緩める。


「白金さんは?」

「傷は塞がりました。今日は、その後の状態を確認しに行きます」

「そうですか……よかった」


 女性は何度か頷いてから、俺へ頭を下げた。


「会えたら、また来るって伝えてもらえますか?」

「分かりました」

「俺からもお願いします。蒼石ちゃんにも」


 男性が続ける。


「今週、十八層へ行く予定だったんですけど、その前に顔を見ていこうと思ってたんですよ」

「蒼石ちゃん、この人が来るといつも水辺まで迎えに来るんですよ」

「それ、俺じゃなくてゼリーを待ってるんじゃないですか?」

「だったら、今日の分も預けたんだから大丈夫じゃないですか」

「それもそうか」


 二人が笑う。

 足元にいたユキは、その声を聞きながら柵の向こうを見ていた。


「ぴる……」


 美咲さんの腕の中でも、シズクが小さく身体を揺らす。


「ぷる……」


 美咲さんはシズクの身体を撫でてから、俺を見た。


「そろそろ行きましょうか」

「はい」


 柵の前まで進むと、警備職員が名簿を開いた。


「許可証をお願いします」

「はい」


 俺と美咲さんが許可証を差し出し、職員が確認を始める。

 その時、後ろにいた探索者たちが左右へ分かれた。


 人の間から歩いてきた大男には、見覚えがある。

 第十五層で何度か見かけたことがあった。


 二メートルを優に超える巨体に、分厚い胸板と太い腕。

 背中には巨大な戦斧を負い、その隣には長い杖を手にした小柄な女性がいる。


 二人でいるところも、以前に見た覚えがあった。

 ただ、名前までは知らない。


 それよりも今日、目を引いたのは大男の左手だった。

 巨体にも背中の大戦斧にも似つかわしくない、小さな保冷バッグを提げている。


「岩城さん」


 警備職員が二人へ頭を下げた。


「申し訳ありません。現在は、許可証をお持ちの方以外をお通しできません」

「分かっている。無理に入るつもりはない」

「まだ、再開は難しそう?」


 小柄な女性が尋ねる。


「申し訳ありません。もうしばらくお待ちいただくかと……」

「そう……」


 二人はそのまま柵の前で足を止めた。


「岳人さん、千景さん。お久しぶりです」


 美咲さんが声を掛けると、二人がこちらを向く。


「美咲か」

「久しぶりね、美咲ちゃん」

「お二人とも、お元気そうですね」

「ええ。美咲ちゃんも元気そうね」


 千景さんが笑う。

 美咲さんの腕の中から、シズクが身体を伸ばした。


「ぷる?」

「あら、その子は?」

「シズクです。私の従魔なんですよ」

「ぷるっ!」

「あなたがシズクちゃんね。初めまして」


 千景さんが少し身を屈めると、シズクも興味を示すように身体を伸ばす。


「ぴるっ!」


 今度は俺の足元からユキの声が上がった。


「あら、白い子もいるのね」

「ユキです。俺の従魔です」

「ぴるっ!」

「初めまして、ユキちゃん」


 ユキが身体を弾ませた。

 美咲さんが俺へ二人を紹介してくれる。


「陸斗さん。こちらは岩城(いわき)岳人(がくと)さんと、奥様の千景(ちかげ)さんです」

「初めまして。一城陸斗です」

「岩城岳人だ」

「千景よ。よろしくね、一城君」

「よろしくお願いします」


 名前を聞いてから、改めて岳人さんを見上げる。

 第十五層で見かけた時も大きいとは思っていたが、こうして正面に立つと、やはり迫力がある。


「中身は全部ゼリーですか?」


 美咲さんが、岳人さんの持つ小さな保冷バッグを見ながら尋ねた。


「ああ」


 岳人さんがファスナーを開くと、中には赤や白、緑、青と色の違うゼリーが詰められていた。


「火焔には赤。白金には白。紅石たちには、身体と同じ色のゼリーを選んだ」

「味は全部同じでしょう?」


 千景さんが言う。


「見つけやすい」

「アナタが?」

「ああ」

「やっぱり」


 千景さんが小さく笑った。


「リンくん、お待たせ〜」


 後ろから聞き慣れた声が飛んでくる。

 振り返ると、さりなさんと姫乃さんがこちらへ歩いてきていた。


「おはようございます、一城さん、美咲さん」

「おはようございます」

「おはよ〜」


 さりなさんは岳人さんたちに気付くと、片手を上げた。


「あれ〜? 岳人さんと千景さんも来てたんだ」

「ええ。久しぶりね」

「お久しぶりですわ、岳人さん、千景さん」

「ああ」


 岳人さんが短く答える。


「二人はこれから第十五層?」

「うん」

「ええ、その予定ですわ」

「じゃあ、白金さんと紅石ちゃんを見てきてくれる?」

「もちろん〜」

「承知いたしましたわ」

「火焔と、白金たちのことも頼む」


 岳人さんが続ける。


「任せて〜」


 さりなさんが答えると、千景さんが岳人さんへ声を掛けた。


「ゼリーはどうするの?」

「俺が渡す」

「次に来た時?」

「ああ」

「分かったわ。一緒に来ましょう」


 岳人さんが頷く。

 柵の向こうから髙橋さんが戻ってきた。


「お待たせしました」


 さりなさんと姫乃さんも許可証を提示し、確認を終えた警備職員が柵を開ける。

 中へ入ろうとしたところで、後ろから声を掛けられた。


「一城さん!」


 振り返ると、先ほど保冷箱を預けた女性と、その隣にいた男性がこちらを見ていた。


「お願いします」

「はい。行ってきます」



 ◇



 第十五層へ転移すると、蒼銀色の門の周囲には四人の警備職員が立っていた。

 少し離れた仮設調査所は窓が閉められ、入口にも職員が待機している。


 普段なら探索者の姿が途切れない場所にも人影はなく、転移門から離れるにつれて、俺たちの足音ばかりが聞こえるようになった。


「ぷるっ!」

「ぴるっ!」


 美咲さんの腕から飛び降りたシズクと、俺の足元にいたユキが一緒に駆け出す。


「シズク、ユキ。あまり先へ行かないでくださいね」


 二匹の後を追って複合鉱床へ向かうと、敷かれた布の上に白金スライムがいた。

 その傍には紅石スライムもいる。


 シズクとユキが駆け寄ると、紅石スライムが身体を伸ばして二匹を迎えた。

 白金スライムも俺たちに気付き、ゆっくりと身体を起こす。


「白金さん、そのままで大丈夫ですよ」


 美咲さんが傍へしゃがむ。


「傷を見せてくださいね」


 白金スライムが身体を傾け、美咲さんが亀裂のあった部分を確認していく。

 俺も隣に腰を落とし、『解析鑑定』を発動させた。



 ◇____________________


 『白金(プラチナ)スライム』


 『現在の状態』

 ・生命反応:安定

 ・本体損傷:なし

 ・深部亀裂:閉鎖状態を維持

 ・魔力:約四十七%


 『推奨処置』

 ・安静

 ・継続的な魔力補給


 ____________________◇



「大丈夫です。傷は開いていません」

「よかった……」

「魔力も半分近くまで戻っています」


 美咲さんの表情が緩んだ。


「順調ですね」


 白金スライムの身体を優しく撫で、ゆっくりと手を離す。

 少し離れた場所では、さりなさんと姫乃さんが紅石スライムの傍にしゃがんでいた。


「紅石ちゃん、岳人さんと千景さんも心配してたよ〜」

「また会いに来るそうですわ」


 その時、細く伸びた炎がさりなさんの靴先へ近付いた。


「ん〜?」


 さりなさんが振り返ると、少し先に火焔スライムがいた。


「あ、火焔さん。元気そうだね〜」


 しゃがんださりなさんが手を伸ばすと、指先へ近付いた炎が左右へ分かれ、その間を指が通り抜ける。


「お〜。触らせてくれるの〜?」


 さりなさんが指先を少し動かしても、炎は触れないまま揺れていた。


「もしかして、ゼリーがないから不満だったりする〜?」

「岳人さんが持っていましたわね」

「あ〜、そっか。自分で渡したいんだ」

「では、もう少し待っていてくださいませ」


 火焔スライムはしばらく二人の前で炎を揺らしていたが、やがて伸ばしていた炎を戻した。


「一城さん、佐伯さん」


 髙橋さんに呼ばれ、俺たちは振り返る。

 通路の先では、調査課と警備の職員たちが待っていた。


「残りの確認へ移りましょう」

「はい」

「分かりました」


 美咲さんがシズクを呼ぶ。


「シズク、行きますよ」

「ぷるっ!」

「ユキも行くよ」

「ぴるっ!」


 二匹が戻ってくるのを待ち、俺たちは髙橋さんたちと第十五層の奥へ向かった。



 ◇



 協会本部へ戻ると、入口前にはまだ何人もの探索者が残っていた。


「あっ、戻ってきた!」


 俺たちに気付いた女性の声で、周囲の探索者たちが一斉にこちらを向く。


「紅石ちゃんは?」

「ちゃんと戻ってたよ〜」


 隣を歩いていたさりなさんが答える。


「白金さんの傷も閉じたまま。順調に回復してるって〜」

「よかった……」


 女性が胸元へ手を当て、隣の男性も嬉しそうに笑った。


「蒼石ちゃんは?」

「元気だったよ〜」

「そうですか」


 男性は何度も頷く。


「火焔は?」


 岳人さんが尋ねた。


「元気だったよ〜。あたしのところにも来てくれたし」

「そうか」

「ゼリーがなかったからかな〜。ちょっと不満そうだったよ〜」

「次は倍にする」

「多すぎるわよ」


 千景さんがすぐに返す。


「なら三割増し」

「二割」

「……分かった」

「そこは譲るのね」


 近くにいた探索者たちから笑いが漏れ、さりなさんも楽しそうに笑った。


 その時、俺の携帯端末から通知音が鳴った。

 ほとんど同時に、周囲にいた探索者たちの端末からも音が重なる。


「ん?」


 取り出した端末の画面に、速報が表示されていた。



 ◇____________________


 『我妻鏡夜ら五名、勾留を解除』


 『身柄を解き、在宅捜査へ移行』


 ____________________◇



「……え?」


 隣にいた美咲さんの声が漏れる。


「釈放……?」

「もう、外に出たってことか……?」


 笑い声が止んだ。

 千景さんの表情からも、笑みが消えていた。


 その隣で、岳人さんが保冷バッグを握り込む。

 中のゼリー容器が、かすかに音を立てた。


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