161話「封鎖された第十五層」
我妻たちが連行されてから、三日が過ぎた。
探索者協会本部の地下へ降りると、『スライム帝王の迷宮』の入口前には、今日も何人もの探索者が集まっていた。
蒼銀色の転移門へ続く通路は柵で塞がれ、その手前には見慣れない掲示板が置かれている。
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『第十五層 一時封鎖』
『第十五層以降 一般探索者進入停止』
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「今日も駄目か……」
掲示板の前にいた男性が肩を落とし、手にしていた紙袋を持ち直した。
その口からは、色の違う従魔用ゼリーの容器が幾つも覗いている。
隣にいた女性も小さな保冷箱を抱えていたが、しばらく柵の向こうを眺めたあと、受付にいる職員へ歩み寄った。
「あの、これだけでも預かってもらえませんか?」
「お預かりいたします。規則として、中身を確認させていただきますが、よろしいでしょうか?」
「はい。お願いします」
「俺のもお願いします」
「承知いたしました」
二人から差し入れを受け取った職員が、受付の奥にいた髙橋さんを呼ぶ。
髙橋さんは俺たちに気付いて軽く頭を下げると、紙袋と保冷箱を持ってこちらへやってきた。
「一城さん、少しよろしいですか?」
「はい」
「念のため、お願いできますか?」
「分かりました」
蓋を開けてもらった保冷箱へ『解析鑑定』を使い、続けて紙袋の中も確認する。
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『確認対象』
・従魔用ゼリー
・従魔用栄養食品
『異常』
・なし
『危険物』
・なし
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「大丈夫です」
「ありがとうございます」
髙橋さんから受け取った差し入れを、職員が受付の奥へ運んでいく。
保冷箱を持ってきた女性は、その場に残っていた。
「あの……みんな、ちゃんと食べていますか?」
「はい」
職員が答えると、女性は小さく息を吐いた。
やがてこちらへ気付き、俺と目が合う。
「あっ、一城さん。おはようございます」
「おはようございます」
「あの……紅石ちゃん、本当に戻ってきたんですか?」
「はい。白金さんたちと一緒にいますよ」
「よかった……」
隣にいた男性も表情を緩める。
「白金さんは?」
「傷は塞がりました。今日は、その後の状態を確認しに行きます」
「そうですか……よかった」
女性は何度か頷いてから、俺へ頭を下げた。
「会えたら、また来るって伝えてもらえますか?」
「分かりました」
「俺からもお願いします。蒼石ちゃんにも」
男性が続ける。
「今週、十八層へ行く予定だったんですけど、その前に顔を見ていこうと思ってたんですよ」
「蒼石ちゃん、この人が来るといつも水辺まで迎えに来るんですよ」
「それ、俺じゃなくてゼリーを待ってるんじゃないですか?」
「だったら、今日の分も預けたんだから大丈夫じゃないですか」
「それもそうか」
二人が笑う。
足元にいたユキは、その声を聞きながら柵の向こうを見ていた。
「ぴる……」
美咲さんの腕の中でも、シズクが小さく身体を揺らす。
「ぷる……」
美咲さんはシズクの身体を撫でてから、俺を見た。
「そろそろ行きましょうか」
「はい」
柵の前まで進むと、警備職員が名簿を開いた。
「許可証をお願いします」
「はい」
俺と美咲さんが許可証を差し出し、職員が確認を始める。
その時、後ろにいた探索者たちが左右へ分かれた。
人の間から歩いてきた大男には、見覚えがある。
第十五層で何度か見かけたことがあった。
二メートルを優に超える巨体に、分厚い胸板と太い腕。
背中には巨大な戦斧を負い、その隣には長い杖を手にした小柄な女性がいる。
二人でいるところも、以前に見た覚えがあった。
ただ、名前までは知らない。
それよりも今日、目を引いたのは大男の左手だった。
巨体にも背中の大戦斧にも似つかわしくない、小さな保冷バッグを提げている。
「岩城さん」
警備職員が二人へ頭を下げた。
「申し訳ありません。現在は、許可証をお持ちの方以外をお通しできません」
「分かっている。無理に入るつもりはない」
「まだ、再開は難しそう?」
小柄な女性が尋ねる。
「申し訳ありません。もうしばらくお待ちいただくかと……」
「そう……」
二人はそのまま柵の前で足を止めた。
「岳人さん、千景さん。お久しぶりです」
美咲さんが声を掛けると、二人がこちらを向く。
「美咲か」
「久しぶりね、美咲ちゃん」
「お二人とも、お元気そうですね」
「ええ。美咲ちゃんも元気そうね」
千景さんが笑う。
美咲さんの腕の中から、シズクが身体を伸ばした。
「ぷる?」
「あら、その子は?」
「シズクです。私の従魔なんですよ」
「ぷるっ!」
「あなたがシズクちゃんね。初めまして」
千景さんが少し身を屈めると、シズクも興味を示すように身体を伸ばす。
「ぴるっ!」
今度は俺の足元からユキの声が上がった。
「あら、白い子もいるのね」
「ユキです。俺の従魔です」
「ぴるっ!」
「初めまして、ユキちゃん」
ユキが身体を弾ませた。
美咲さんが俺へ二人を紹介してくれる。
「陸斗さん。こちらは岩城岳人さんと、奥様の千景さんです」
「初めまして。一城陸斗です」
「岩城岳人だ」
「千景よ。よろしくね、一城君」
「よろしくお願いします」
名前を聞いてから、改めて岳人さんを見上げる。
第十五層で見かけた時も大きいとは思っていたが、こうして正面に立つと、やはり迫力がある。
「中身は全部ゼリーですか?」
美咲さんが、岳人さんの持つ小さな保冷バッグを見ながら尋ねた。
「ああ」
岳人さんがファスナーを開くと、中には赤や白、緑、青と色の違うゼリーが詰められていた。
「火焔には赤。白金には白。紅石たちには、身体と同じ色のゼリーを選んだ」
「味は全部同じでしょう?」
千景さんが言う。
「見つけやすい」
「アナタが?」
「ああ」
「やっぱり」
千景さんが小さく笑った。
「リンくん、お待たせ〜」
後ろから聞き慣れた声が飛んでくる。
振り返ると、さりなさんと姫乃さんがこちらへ歩いてきていた。
「おはようございます、一城さん、美咲さん」
「おはようございます」
「おはよ〜」
さりなさんは岳人さんたちに気付くと、片手を上げた。
「あれ〜? 岳人さんと千景さんも来てたんだ」
「ええ。久しぶりね」
「お久しぶりですわ、岳人さん、千景さん」
「ああ」
岳人さんが短く答える。
「二人はこれから第十五層?」
「うん」
「ええ、その予定ですわ」
「じゃあ、白金さんと紅石ちゃんを見てきてくれる?」
「もちろん〜」
「承知いたしましたわ」
「火焔と、白金たちのことも頼む」
岳人さんが続ける。
「任せて〜」
さりなさんが答えると、千景さんが岳人さんへ声を掛けた。
「ゼリーはどうするの?」
「俺が渡す」
「次に来た時?」
「ああ」
「分かったわ。一緒に来ましょう」
岳人さんが頷く。
柵の向こうから髙橋さんが戻ってきた。
「お待たせしました」
さりなさんと姫乃さんも許可証を提示し、確認を終えた警備職員が柵を開ける。
中へ入ろうとしたところで、後ろから声を掛けられた。
「一城さん!」
振り返ると、先ほど保冷箱を預けた女性と、その隣にいた男性がこちらを見ていた。
「お願いします」
「はい。行ってきます」
◇
第十五層へ転移すると、蒼銀色の門の周囲には四人の警備職員が立っていた。
少し離れた仮設調査所は窓が閉められ、入口にも職員が待機している。
普段なら探索者の姿が途切れない場所にも人影はなく、転移門から離れるにつれて、俺たちの足音ばかりが聞こえるようになった。
「ぷるっ!」
「ぴるっ!」
美咲さんの腕から飛び降りたシズクと、俺の足元にいたユキが一緒に駆け出す。
「シズク、ユキ。あまり先へ行かないでくださいね」
二匹の後を追って複合鉱床へ向かうと、敷かれた布の上に白金スライムがいた。
その傍には紅石スライムもいる。
シズクとユキが駆け寄ると、紅石スライムが身体を伸ばして二匹を迎えた。
白金スライムも俺たちに気付き、ゆっくりと身体を起こす。
「白金さん、そのままで大丈夫ですよ」
美咲さんが傍へしゃがむ。
「傷を見せてくださいね」
白金スライムが身体を傾け、美咲さんが亀裂のあった部分を確認していく。
俺も隣に腰を落とし、『解析鑑定』を発動させた。
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『白金スライム』
『現在の状態』
・生命反応:安定
・本体損傷:なし
・深部亀裂:閉鎖状態を維持
・魔力:約四十七%
『推奨処置』
・安静
・継続的な魔力補給
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「大丈夫です。傷は開いていません」
「よかった……」
「魔力も半分近くまで戻っています」
美咲さんの表情が緩んだ。
「順調ですね」
白金スライムの身体を優しく撫で、ゆっくりと手を離す。
少し離れた場所では、さりなさんと姫乃さんが紅石スライムの傍にしゃがんでいた。
「紅石ちゃん、岳人さんと千景さんも心配してたよ〜」
「また会いに来るそうですわ」
その時、細く伸びた炎がさりなさんの靴先へ近付いた。
「ん〜?」
さりなさんが振り返ると、少し先に火焔スライムがいた。
「あ、火焔さん。元気そうだね〜」
しゃがんださりなさんが手を伸ばすと、指先へ近付いた炎が左右へ分かれ、その間を指が通り抜ける。
「お〜。触らせてくれるの〜?」
さりなさんが指先を少し動かしても、炎は触れないまま揺れていた。
「もしかして、ゼリーがないから不満だったりする〜?」
「岳人さんが持っていましたわね」
「あ〜、そっか。自分で渡したいんだ」
「では、もう少し待っていてくださいませ」
火焔スライムはしばらく二人の前で炎を揺らしていたが、やがて伸ばしていた炎を戻した。
「一城さん、佐伯さん」
髙橋さんに呼ばれ、俺たちは振り返る。
通路の先では、調査課と警備の職員たちが待っていた。
「残りの確認へ移りましょう」
「はい」
「分かりました」
美咲さんがシズクを呼ぶ。
「シズク、行きますよ」
「ぷるっ!」
「ユキも行くよ」
「ぴるっ!」
二匹が戻ってくるのを待ち、俺たちは髙橋さんたちと第十五層の奥へ向かった。
◇
協会本部へ戻ると、入口前にはまだ何人もの探索者が残っていた。
「あっ、戻ってきた!」
俺たちに気付いた女性の声で、周囲の探索者たちが一斉にこちらを向く。
「紅石ちゃんは?」
「ちゃんと戻ってたよ〜」
隣を歩いていたさりなさんが答える。
「白金さんの傷も閉じたまま。順調に回復してるって〜」
「よかった……」
女性が胸元へ手を当て、隣の男性も嬉しそうに笑った。
「蒼石ちゃんは?」
「元気だったよ〜」
「そうですか」
男性は何度も頷く。
「火焔は?」
岳人さんが尋ねた。
「元気だったよ〜。あたしのところにも来てくれたし」
「そうか」
「ゼリーがなかったからかな〜。ちょっと不満そうだったよ〜」
「次は倍にする」
「多すぎるわよ」
千景さんがすぐに返す。
「なら三割増し」
「二割」
「……分かった」
「そこは譲るのね」
近くにいた探索者たちから笑いが漏れ、さりなさんも楽しそうに笑った。
その時、俺の携帯端末から通知音が鳴った。
ほとんど同時に、周囲にいた探索者たちの端末からも音が重なる。
「ん?」
取り出した端末の画面に、速報が表示されていた。
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『我妻鏡夜ら五名、勾留を解除』
『身柄を解き、在宅捜査へ移行』
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「……え?」
隣にいた美咲さんの声が漏れる。
「釈放……?」
「もう、外に出たってことか……?」
笑い声が止んだ。
千景さんの表情からも、笑みが消えていた。
その隣で、岳人さんが保冷バッグを握り込む。
中のゼリー容器が、かすかに音を立てた。




