160話「中級回復」
白金スライムが、紅石スライムを包んだまま大きく揺れた。
白金色の身体に残っていた亀裂が開き、淡い光が一筋だけ漏れる。
「白金さん!」
美咲さんが両手を伸ばす。
崩れかけた身体を支えられても、白金スライムは紅石スライムから離れなかった。
紅色の身体を内側へ抱え込むように、さらに深く沈む。
「もう大丈夫です。紅石ちゃんは、ここにいます」
美咲さんの手が、白金色の身体へそっと重なる。
白金スライムは動かない。
紅石スライムが、包まれていた身体の隙間から伸び上がった。
白金スライムの亀裂へ触れ、一度だけ身体を押し付ける。
「今度は白金さんの番です」
俺は近くにいた医療班へ顔を向けた。
「治療をお願いします」
「すぐに準備します」
清潔な布が二体の隣へ広げられる。
美咲さんは白金スライムを持ち上げようとはせず、布の端だけを白金色の身体へ近付けた。
「白金さん。紅石ちゃんも一緒に、こちらへ来ませんか?」
紅石スライムが先に布へ移った。
二度、三度と身体を伸ばし、白金スライムへ触れる。
しばらくして、白金色の身体がゆっくり持ち上がった。
亀裂を石床へ擦らないように、少しずつ布の上へ進んでいく。
美咲さんと医療班が左右から布を持ち上げ、身体を支えた。
紅石スライムも隣から離れない。
「白金さん。傷を見せてもらうよ」
白金スライムへ『解析鑑定』を発動させた。
◇____________________
『白金スライム』
『現在の状態』
・生命反応:安定
・魔力:低下
・本体損傷:重度
・深部亀裂:残存
『推奨処置』
・最上級回復薬
・回復魔法
____________________◇
「一番深い亀裂が残っています。最上級回復薬と回復魔法を、同時に使います」
「分かりました」
医療班の一人が新しい小瓶を取り出す。
受け取った小瓶の蓋を外し、白金スライムの前へ膝をついた。
「ユキ」
「ぴるっ!」
ユキが布の端へ降りる。
「白金さんの傷を、一緒に治そう」
「ぴるるっ!」
頭上の結晶冠が淡い緑色へ輝いた。
柔らかな光が白金スライムの身体へ降り、細かな傷を包み込む。
俺は亀裂の縁へ最上級回復薬を一滴落とした。
白金色の薬液が、細い筋となって傷の奥へ流れ込んでいく。
「右側を少し上げてください」
「はい」
美咲さんが布の端を僅かに持ち上げた。
白金スライムの身体が傾き、亀裂の奥まで薬液が広がる。
「ぴるっ……!」
ユキの光が重なった。
表面に走っていた細い傷が、一つずつ白金色へ戻っていく。
大きな亀裂の縁も狭まり始めた。
「効いています」
医療班が亀裂の左右へ細い測定具を当てる。
「もう一滴、お願いします」
小瓶を傾ける。
二滴目が亀裂へ吸い込まれ、白金スライムの身体が一度震えた。
紅石スライムが、その側面へ身体を寄せる。
火焔スライムの炎も布の外側まで伸び、二体を囲むように低く揺れた。
「白金さん。あと少しだからな」
ユキの結晶冠から降りる光が弱くなる。
狭まっていた亀裂も、途中で動きを止めた。
「ぴる……?」
ユキが白金スライムへ近付き、結晶冠をもう一度光らせる。
淡い緑色の光が亀裂へ集まるが、奥まで届かず、表面で揺れた。
「ぴるっ……! ぴるっ……!」
「ユキ、待って」
ユキの前へ手を差し出す。
結晶冠の光が消えた。
「一人で無理をしなくていい」
「ぴる……」
「俺たちもいる。一緒に治そう」
ユキの身体へ手を添え、白金スライムの亀裂を指差す。
「薬をもう一度使う。ユキは、俺が合図したら回復魔法をお願いできるか?」
「ぴるっ!」
「美咲さん、身体を支えてください」
「任せてください」
「薬液の流れは、私たちが確認します」
医療班が測定具を亀裂の両側へ当て直した。
斉藤さんも開いた調合鞄の中から、細い注液器を取り出す。
「これを使え。瓶から直接落とすより、量を合わせやすい」
「ありがとうございます」
注液器の先へ最上級回復薬を吸い上げる。
亀裂の奥へ『解析鑑定』を向けた。
白金色の光が届いていない箇所が、細い線となって視界へ浮かぶ。
「もう少し左へ」
美咲さんが布を動かす。
「そこで止めてください」
注液器の先を亀裂へ近付けた。
「入れます」
薬液を一滴ずつ押し出す。
細い白金色の筋が、閉じかけた亀裂の奥へ伸びた。
「今だ。ユキ!」
「ぴるっ!」
結晶冠が輝く。
淡い緑色だった光が、白金スライムへ触れた瞬間、大きく広がった。
「……っ」
美咲さんが光の中で目を細める。
布の上だけを包んでいた光が、白金スライムの身体全体へ重なっていく。
亀裂の表面では止まらない。
最上級回復薬の白金色と絡み合い、傷の奥へゆっくり沈んでいった。
「ユキ、そのままで大丈夫だ」
「ぴるっ……!」
白金スライムの身体が、光の中で持ち上がる。
開いていた亀裂の奥から、白金色が戻り始めた。
俺はユキへ『解析鑑定』を発動させる。
◇____________________
『回復魔法の成長を確認』
『術者』
・ユキ
『使用技能』
・中級回復
『対象』
・白金スライム
『対象の状態』
・深部亀裂:回復中
____________________◇
「中級回復……」
視界に浮かんだ技能名を、もう一度見る。
「ユキ。中級回復が使えるようになったんだな」
「ぴる……?」
「そのまま、ゆっくりでいい」
「ぴるっ!」
ユキの身体が大きく伸びた。
回復の光がさらに深く染み込む。
「亀裂が閉じます」
医療班の一人が測定具を引いた。
「陸斗さん、右側は私が支えます」
美咲さんの両手が白金スライムの形に合わせて動く。
傾きかけた身体が布の中央へ戻った。
「薬液を、もう少しだけお願いします」
注液器に残った一滴を、白金色へ戻りかけた箇所へ落とす。
緑と白金色の光が重なる。
深く裂けていた線が下から繋がり、最後に表面の細い溝が消えた。
「ユキ、もう大丈夫だ」
「ぴるっ……」
結晶冠の光がゆっくり弱くなる。
最後の一筋が白金スライムへ吸い込まれ、広場から緑色の光が消えた。
ユキの身体が小さく沈む。
「ユキ」
両手を伸ばすと、ユキが布の端から腕の中へ跳び込んできた。
「よく頑張ったな」
「ぴるるっ……」
腕の中で身体を伸ばし、すぐに俺の胸元へ預ける。
「白金さんは?」
ユキを抱いたまま、白金スライムへ『解析鑑定』を向けた。
◇____________________
『白金スライム』
『現在の状態』
・生命反応:安定
・本体損傷:なし
・深部亀裂:閉鎖
『推奨処置』
・安静
・魔力補給
____________________◇
「傷は閉じています」
美咲さんが息を吐き、白金スライムを支えていた手をゆっくり離した。
白金色の身体が布の上へ沈む。
少し待ってから、もう一度持ち上がった。
「まだ動かないでください」
美咲さんが手のひらで進む先を塞ぐ。
白金スライムは、その手に身体を触れさせた。
押し退けようとはせず、白金色の一部を細く伸ばしていく。
先端が、俺の腕の中にいるユキへ届いた。
「ぴる……?」
ユキも身体の端を伸ばす。
二つの身体が、指先ほどの広さで触れ合った。
耳飾りの奥へ、柔らかな温かさが広がる。
「ぴるるっ!」
紅石スライムが白金スライムの反対側へ回り込んだ。
治ったばかりの場所を避け、その身体へそっと寄り添う。
翠石スライムと蒼石スライムも布の端まで近付いた。
火焔スライムの炎が低く広がり、白金スライムたちの周囲を囲む。
「ぷるっ!」
シズクが四枚の翼を広げ、白金スライムの上を一周した。
戻ってきたシズクが、俺の肩からユキを覗き込む。
「ぷるるっ!」
「ぴるっ!」
髙橋さんの通信端末から、短い着信音が鳴った。
集まっていた護衛職員と医療班が、一斉に顔を向ける。
「はい。髙橋です」
髙橋さんは複合鉱床から少し離れ、送られてきた報告へ目を通した。
「分かりました。こちらも治療は終了しています」
通信を切り、俺たちの前へ戻ってくる。
「仮設調査所に運んだ職員の処置も終わりました。全員、命に別状はありません」
美咲さんが胸元へ手を当てた。
「よかった……」
「我妻たちから回収した武器と魔法鞄は、そのまま証拠品として運びます。採掘場所と壊された設備の確認が終わるまで、護衛職員を残します」
髙橋さんは、白金スライムたちへ視線を向けた。
「本部からも承認が出ました。第十五層は、これより一時封鎖します」
「一般の探索者も、入れなくなるんですか?」
「はい。安全が確認できるまで、第十五層以降への進入も停止します」
美咲さんが白金スライムの前へしゃがむ。
「もう、誰にも傷付けさせません。安心して休んでください」
白金スライムが、美咲さんの手へ身体を預けた。
「警備の引き継ぎが済み次第、地上へ戻りましょう」
「分かりました」
腕の中で、ユキがゆっくり身体を持ち上げる。
「ぴるっ」
「今日はもう、回復魔法を使わなくていいからな」
「ぴる……」
「また必要になったら、一緒に使おう」
「ぴるっ!」
ユキが胸元へ身体を寄せる。
布の上では、紅石スライムが傷の消えた白金色の身体へ、もう一度そっと身を寄せていた。




