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159話「残された三日」


「陸斗さん。紅石ちゃんの結晶核から、何か分かりませんか?」


 美咲さんが、白金色の身体の隙間へ視線を落とした。

 紅の結晶核は、光を失ったまま動かない。

 俺は火の輪の前へ手を差し出した。


「火焔さん。少しだけ、調べさせてくれ」


 揺れていた炎が手首へ伸びる。

 熱はない。


 指先までなぞった炎が紅の結晶核へ戻り、火の輪の一部がゆっくり開いた。

 白金(プラチナ)スライムは、まだ紅の結晶核へ身体を重ねている。


「大丈夫。触らずに見るだけだ」


 シズクとユキが俺の左右へ降りた。


「ぷるっ」

「ぴるっ」


 白金スライムの身体が僅かに持ち上がる。

 その下から、親指の先ほどの紅い結晶が現れた。


 表面には細かな亀裂が走っている。

 俺は紅の結晶核へ『解析鑑定』を発動させた。



 ◇____________________


 『紅の結晶核』


 『由来』

 ・紅石(ガーネット)スライム


 『現在の状態』

 ・本体:消失

 ・魔力:枯渇

 ・意識反応:休止

 ・生命情報:残存


 『再形成判定』

 ・可能


 『必要処置』

 ・霊薬

 ・魔力補給


 『残存期限』

 ・本体消失から三日


 ____________________◇



「戻せる」


 美咲さんが俺を見た。


「紅石ちゃんを、ですか?」

「はい。三日以内なら、まだ間に合います」


 白金スライムが大きく身体を持ち上げた。

 紅の結晶核へ触れ、そのまま俺の前へ押し出してくる。


「白金さん。紅石ちゃんを助けるのを、俺たちに任せてくれるのか?」


 白金色の身体が石床へ深く沈んだ。

 清潔な布を広げ、紅の結晶核を包む。


 火焔(フレア)スライムの炎が布の上へ細く伸びた。

 紅の結晶核の形を確かめるように一周し、離れていく。


「分かった。必ず、紅石ちゃんと一緒に戻ってくる」


 布ごと小型の保護容器へ収め、蓋を閉じた。


「髙橋さん。斉藤さんへ連絡をお願いします。ある薬を調合するために、力を貸してほしいと伝えてください」

「すぐに連絡します」


 髙橋さんは通信端末を取り出し、地上本部へ呼び掛けた。


「斉藤さんに連絡が取れました。明里さんとメグも、すぐに出られるよう準備を始めたそうです」


 白金スライムが身体を伸ばし、保護容器の透明な蓋へ触れた。

 そのまま、離れようとしない。

 美咲さんが白金スライムのそばへ膝をつき、白金色の身体へそっと手を添えた。


「陸斗さん。斉藤さんと明里さんは、私が迎えに行きます。紅の結晶核(この子)は、白金さんたちのそばにいさせてあげてください」

「……そうですね。お願いします」


 保護容器を鉱床核のそばへ置く。

 白金スライムが、すぐ隣へ身を寄せた。

 透明な蓋の向こうで、紅の結晶核が微かに瞬いた。


「……今、光った?」


 ユキが保護容器の隣へ降り、紅の結晶核を覗き込んだ。

 美咲さんがユキへ顔を向ける。


「ユキちゃん。陸斗さんと一緒に、紅石ちゃんをお願いします」

「ぴるっ!」


 美咲さんは床へ置いていた盾を拾い、腕へ固定した。


「髙橋さん。地上へ連絡して、斉藤さんたちを迷宮の入口で待たせてください」

「分かりました」


「シズク、行きますよ」

「ぷるっ!」


 シズクが四枚の翼を広げ、美咲さんを追う。

 二人の姿が通路の奥へ消えた。

 俺は保護容器の前へ腰を下ろす。


 火焔スライムの炎が、透明な蓋の上へ細く伸びた。

 白金スライムは、容器へ触れたまま動かない。


「ここで待とう。美咲さんなら、必ず連れてきてくれる」


 ユキの結晶冠から、淡い白光が落ちた。


「ぴる……」



 ◇



 数時間後___。


「ぷるっ!」


 通路の奥から、シズクが飛び出してきた。


「陸斗さん!」


 顔を上げる。

 美咲さんがこちらへ駆けてくる。


 その後ろに、斉藤さんと明里さんがいた。

 斉藤さんと明里さんは、肩で息をしていた。


 斉藤さんの背には大きな調合鞄があり、明里さんとメグも両側から器材箱を支えている。


「お待たせしました」


 美咲さんが俺の前で足を止める。


「東側水路へ行きます」


 立ち上がり、胸元へ保護容器を固定する。

 白金スライムが身体を持ち上げた。


「少しだけ、紅石ちゃんを連れていくよ」


 白金スライムは透明な蓋へ触れ、ゆっくり身体を引いた。

 火焔スライムの炎が、俺たちの進む通路へ真っ直ぐ伸びた。



 ◇



 美咲さんを先頭に、東側水路へ向かった。

 白い岩壁へ視線を向けながら、水路に沿って奥へ進む。

 分岐を右へ曲がったところで、岩壁の輪郭が僅かに揺らいで見えた。


「あった」


 淡い緑色の揺らぎへ『解析鑑定』を向ける。



 ◇____________________


 『希少区域』


 『名称』

 ・スライム達の薬草庭園(リーフガーデン)


 『状態:出現中』

 『残り時間:2時間11分』


 ____________________◇



「二時間十一分。間に合います」

「結晶核を見せてくれ」


 挨拶より先に、斉藤さんが水路脇へ膝をつく。

 保護容器の蓋を開け、紅の結晶核を見せた。


「霊薬と魔力が必要です」

「霊薬か……。俺も作ったことはないぞ」


「作り方は、俺が解析します。斉藤さんには『調合』で合わせてもらいたいんです」

「分かった。まずは材料を見せてくれ」


 斉藤さんが調合鞄を開く。

 中に並んだ薬瓶と、岩壁の向こうにある薬草庭園へ『解析鑑定』を向けた。



 ◇____________________


 『霊薬・必要素材』


 ・精霊草の新鮮な葉片

 ・魔力湧水

 ・生命魔力を保持した回復薬


 『不足素材』

 ・精霊草の新鮮な葉片


 ____________________◇



「精霊草の葉が必要です」

「庭園へ入るぞ」


 淡い緑色に揺らぐ岩壁へ手を触れる。

 斉藤さん、明里さん、メグを同行者として認証し、俺たちは薬草庭園へ足を踏み入れた。



 ◇



 柔らかな草木の香りが、風に乗って流れてきた。

 石畳の両側には薬草畑が広がり、その奥で半透明の温室が淡く輝いている。

 畑の間から薬草スライムたちが現れた。


 シズクとユキの周りへ集まり、続いてメグへ次々と身体を寄せていく。

 メグも一体ずつへ身体を触れさせた。


「みんな。今日は頼みがあるんだ」


 俺が石畳へ腰を下ろすと、薬草スライムたちがこちらを向いた。

 保護容器を置き、紅の結晶核を見せる。


「この子を助けたい。精霊草の葉を、少しだけ分けてほしい」


 一体の薬草スライムが近付いてきた。

 容器の縁へ身体を伸ばし、亀裂の入った紅の結晶核を覗き込む。


 しばらくして、身体を返した。

 薬草スライムたちが温室へ向かって動き出す。


「ついてきて、ということでしょうか」


 俺たちは、そのあとを追った。

 温室の中央で、透き通るように白い精霊草が光を放っていた。


 先頭の薬草スライムが株元を一周し、先端に小さな裂け目のある葉の前で止まる。

 別の一体が、小さな刃物を運んでくる。


 二体は葉を左右から支え、裂け目の手前へ刃を当てた。

 白い葉の先が、光を残したまま切り離される。


 葉片は保存皿へ載せられ、俺の前まで運ばれてきた。


「譲ってくれるのか?」


 頭上の結晶葉が、縦へ大きく揺れる。

 耳飾りが温かく震えた。


「ありがとう」


 保存皿を両手で受け取る。


「斉藤さん」

「すぐに始める」


 斉藤さんは、以前ここへ提供した小型調合釜へ走った。

 明里さんが器具を洗い、乾いた布へ並べていく。

 メグは精密魔導天秤の前へ移動した。


 斉藤さんが葉片を切り分けるたび、メグが小さな分銅を載せ替える。

 天秤の針が中央で止まった。


「量は足りるか?」

「はい。魔力湧水を入れてください」


 斉藤さんは透明な水を調合釜へ注ぎ、そのまま両手をかざした。


「――『調合』」


 指先から淡い光が伸び、調合釜を包んだ。

 メグが量り終えた葉片を差し出す。


 斉藤さんはそれを受け取り、攪拌棒の先へ載せて液面へ静かに沈めた。

 白い葉から細い光がほどけていく。


「加熱します」


 明里さんが加熱石へ触れた。

 釜の底から細かな泡が昇り、液面に白い輪が生まれる。


「回復薬を」


 斉藤さんが小瓶を傾けた。


 一滴。

 白い輪の内側へ、紅色が差す。


 二滴。

 調合釜が小さく震えた。


 俺の視界の端で、工程表示の一つが赤く染まる。


「止めてください!」


 明里さんが加熱石から手を離す。


「斉藤さん、反対へ半回転!」


 斉藤さんの手が止まり、攪拌棒を逆向きへ半回転させた。

 釜の縁まで膨らんだ紅い光が、中央へ引き戻される。


「温度が下がります」

「俺が支える」


 斉藤さんが左手を釜へ当て、魔力を流し込んだ。

 右手の攪拌棒は止まらない。

 白と紅の光が、釜の中で細く絡み合う。


「回復薬を、あと一滴」


 斉藤さんの額から汗が落ちた。


「涼介さん、大丈夫?」


 明里さんが斉藤さんの横顔を覗き込む。


「大丈夫だ。明里の料理も食べてきた。まだいける」

「三滴目を。明里さん、お願いします」

「はい」


 明里さんが小瓶を傾ける。

 三滴目が液面へ触れた。


 白い光が弾け、紅い光を呑み込む。

 視界に浮かぶ工程表示が激しく揺れた。


「斉藤さん、攪拌はそのまま。魔力を弱めてください」


 斉藤さんの左手から流れ込む光が細くなる。


「これくらいか?」

「もう少しです」


 白い光の奥から、紅い筋が一本だけ浮かび上がった。


 二本。

 三本。


 すべてが同じ太さになった瞬間、揺れていた工程表示が白へ変わった。


「今です!」


 斉藤さんが攪拌棒を引き抜き、そのまま指先の光を切った。

 明里さんが冷却布を釜へ巻き付ける。


 斉藤さんは作業台へ両手をつき、大きく息を吐いた。

 釜の中央に、紅い光を宿す透明な薬液が残っている。

 目盛り付きの小瓶へ移し、蓋を閉じた。


「確認を頼む」


 小瓶へ『解析鑑定』を発動させる。



 ◇____________________


 『霊薬』


 『品質』

 ・SS


 『効果』

 ・残存生命情報の活性化

 ・スライム本体の再形成補助


 ____________________◇



「……できています。霊薬です」


 斉藤さんが大きく息を吐いた。


「すぐ使えるか?」

「はい」


 明里さんが、洗い終えた浅いガラス容器を調合台へ置いた。

 清潔な布を開き、紅の結晶核を中央へ移す。


 斉藤さんから霊薬を受け取った。

 小瓶を傾ける。


 透明な薬液が亀裂へ触れ、紅の結晶核をゆっくり満たしていく。

 一滴も残さず注ぎ終えた。


 何も起きない。

 シズクとユキが、ガラス容器の左右から覗き込む。


「ぷる……」

「ぴる……」


 美咲さんの指が、俺の腕を強く掴んだ。

 紅の結晶核は、まだ暗い。


 一秒。

 二秒。

 三秒。


 亀裂の奥で、針の先ほどの光が瞬いた。


「今、光りました」


 もう一度、紅い光が灯る。


 今度は消えない。

 細い光が亀裂の中を走り、欠けた部分を内側から繋いでいく。


 透明だった霊薬も、淡い紅色へ変わり始めた。

 容器の底から薬液が持ち上がる。


 紅の結晶核を包み、丸い輪郭を作っていく。

 薄かった紅色が、少しずつ深くなる。

 その中央で、修復された結晶核が強く輝いた。



 ◇____________________


 『紅石スライム』


 『現在の状態』

 ・本体:再形成完了

 ・生命反応:安定

 ・意識反応:回復

 ・魔力:低下


 『推奨処置』

 ・安静

 ・少量ずつの魔力補給


 ____________________◇



「戻った……」


 美咲さんの指から力が抜けた。

 紅石スライムが、ガラス容器の中でゆっくり身体を持ち上げる。

 途中で傾き、容器の縁へ柔らかく身体を預けた。

 ユキが結晶冠を光らせる。


「ぴるっ」


 細い白光が紅石スライムへ降りる。

 紅色の身体が僅かに持ち上がった。

 シズクも容器の外から、そっと身体を触れさせる。


「ぷるっ」


 温室の入口を埋めていた薬草スライムたちが、一斉に頭上の結晶葉を揺らした。

 紅石スライムがそちらを向く。

 小さな身体を一度だけ伸ばし、深く沈めた。


「帰ろう」


 蓋に通気孔のある保護容器へ、紅石スライムを移す。


「白金さんたちが待ってる」



 ◇



 第十五層の広場へ戻る。

 複合鉱床の前には、白金スライムと翠石(エメラルド)スライム、蒼石(サファイア)スライムが並んでいた。


 三体を背にして、火焔スライムが待っていた。

 俺たちの姿を見つけた瞬間、赤い身体の炎が大きく燃え上がった。

 火焔スライムが一度跳ねる。


 もう一度。

 俺の足元まで来ると、胸元の保護容器へ炎を伸ばした。

 容器の中で、紅石スライムが身体を持ち上げる。


「ただいま。紅石ちゃんも一緒だ」


 白金スライムの前へ膝をつき、容器を石床へ置いた。


 蓋を開ける。

 紅石スライムは縁へ身体を掛け、ゆっくり石床へ降りた。


 白金スライムが、傷の残る身体を前へ伸ばす。

 紅石スライムも進む。


 二体の身体が、そっと触れ合った。

 耳飾りが鋭く震えた。


 胸の奥へ熱いものが一気に流れ込み、息が詰まる。

 白金スライムは、紅色の身体を包むように大きく広がった。


 紅石スライムも、その内側へ深く身を寄せる。

 火焔スライムの炎が二体の周りへ伸び、低く柔らかな輪を作った。

 翠石スライムと蒼石スライムも左右から身体を寄せた。


「ぷるるっ!」

「ぴるるっ!」


 シズクとユキが、重なり合う身体の周囲を跳ねる。

 紅石スライムが白金色の身体の中から、僅かに身体を覗かせた。

 その奥で、戻ったばかりの結晶核が明るく脈打っていた。


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