158話「紅の結晶核」
「医療班、到着しました!」
通路の奥から、白衣姿の職員たちが駆け込んできた。
その後ろには応援の護衛職員も続いており、拘束された我妻たちの周囲へ走っていく。
髙橋さんが大きく片手を上げた。
「半数は仮設調査所へ! 倒れている職員と探索者を優先してください! 残りは、こちらのスライムたちを!」
器材を抱えた三人が複合鉱床へ近付くと、紅の結晶核を囲んでいた炎が一斉に高くなった。
先頭の職員が足を止め、後ろの二人もすぐに続く。
火焔さんは紅の結晶核の前から動かない。
赤い身体を覆う炎だけが大きく揺れ、近付こうとする職員たちとの間を遮っていた。
「火焔さん」
ゆっくり近付き、小さな身体の隣へ腰を下ろす。
「この人たちは、みんなを助けに来たんだ。もう誰にも傷付けさせない」
火焔さんの炎が俺の腕へ伸びてきた。
触れた炎は熱くない。
腕の表面をなぞった炎が、そのまま背後で待っている医療班へ向く。
「俺もここにいるから」
火焔さんの側を離れず、そのまま待った。
しばらくして、燃え上がっていた炎がゆっくりと低くなっていく。
紅の結晶核を囲む細い火の輪だけは、消えずに残された。
「ありがとうございます。急に触れないようお願いします」
「分かりました」
医療班が距離を空けたまま、清潔な布と回復薬を石床へ並べていく。
翠石スライムと蒼石スライムは、白金スライムの身体の下で身を寄せ合っていた。
近付いてきた人間の姿を見ると、二体の身体がさらに奥へ縮んでいく。
「ぷるっ」
シズクが二体の前へ降りた。
四枚の翼を畳み、そのまま医療班が用意した布の上までゆっくり進む。
「ぴるっ」
ユキも隣へ並ぶと、結晶冠を輝かせた。
白い光が翠石スライムの欠けた身体へ降り注ぎ、淡い緑色の身体が僅かに持ち上がる。
ユキは回復魔法を保ったまま、清潔な布へ向かって一度跳ねた。
翠石スライムが、白金色の身体の下から少しだけ伸びる。
布へ届く前に動きを止めたものの、シズクとユキの姿を見ながらもう一度身体を伸ばし、今度は布の端へ触れた。
医療班の一人が、その場へ膝をつく。
「ここで待っています。自分から来るまで、触れません」
掌を石床の近くまで下げ、その上へ回復薬を一滴落とした。
翠石スライムはしばらく動かなかった。
やがて白金スライムの下からゆっくり抜け出し、欠けた身体を差し出された掌へ触れさせる。
薬液が吸い込まれ、淡い緑色の光が傷の周囲へ広がった。
その様子を見ていた蒼石スライムも身体を伸ばす。
別の職員が新しい布を敷くと、青い身体を引きずるようにして白金スライムの下から抜け出し、その上へ移っていった。
「ぴるるっ……!」
翠石スライムを包んでいた白い光が消え、今度は蒼石スライムの欠けた身体へ降り注ぐ。
医療班は二体の様子を見ながら、欠けた部分へ少量ずつ薬液を落としていった。
白金スライムだけは動かない。
深く裂けた身体を鉱床へ重ねたまま、治療を受ける二体へ身体を向けている。
美咲さんが盾を置き、両手を見せながら近付いた。
「次は、あなたの番です」
白金色の身体が僅かに沈む。
「あの子たちは、もう大丈夫です。傷を見せてもらえませんか?」
美咲さんはそれ以上近付かず、その場へ座って待った。
翠石スライムの亀裂がゆっくりと閉じていく。
蒼石スライムの欠けた部分にも、薄い青色が戻り始めた。
それを見届けたあと、白金スライムがゆっくりと身体を持ち上げる。
重ねられていた身体の下から、鉱床の窪みが現れた。
削られた鉱石の奥で、幾つもの色を宿した大きな結晶が脈打つように輝いている。
そこから淡い光が周囲の鉱脈へ走り、赤、緑、青、白金色の筋を順番に灯していった。
結晶へ『解析鑑定』を発動させる。
◇____________________
『第十五層複合鉱床・鉱床核』
『現在の状態』
・損傷なし
・魔力循環:正常
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「鉱床核は無事です」
髙橋さんが輝く鉱床核を見つめ、それから、その前にいる白金スライムへ視線を移した。
深く裂けた傷を目にした髙橋さんの右手が、脇で強く握られる。
その直後、白金スライムの身体が大きく揺れた。
「っ!」
持ち上げた身体を支え切れず、そのまま鉱床の前へ崩れ落ちる。
「白金さん!」
美咲さんが両腕を伸ばし、石床へ打ち付けられる寸前で受け止めた。
「上級回復薬を!」
「はい!」
医療班から渡された小瓶の蓋を外し、美咲さんの腕に支えられた白金色の身体へ薬液を少しずつ落としていく。
深い亀裂へ白金色の光が染み込み、そこから流れ出していた淡い光が止まった。
「ぴるっ!」
ユキもすぐに白金スライムへ向き直る。
結晶冠が輝き、回復魔法の白い光が重なった。
崩れていた身体が少しずつ丸みを取り戻していく。
美咲さんは白金スライムを両腕で支えたまま、その身体から目を離さなかった。
やがて、腕の中で白金色の身体がゆっくりと持ち上がる。
亀裂はまだ残っている。
それでも白金スライムは美咲さんの腕から抜け出し、石床へ身体を下ろした。
「まだ動いては――」
美咲さんが伸ばしかけた手を止める。
白金スライムが向いている先には、小さな火の輪があった。
その中央に、紅の結晶核がある。
白金スライムが身体を伸ばす。
傷の残る身体を支え切れず、すぐに石床へ沈んだ。
それでも再び身体を持ち上げ、少しずつ紅の結晶核へ向かって進んでいく。
美咲さんは何も言わず、その後ろ姿を見つめていた。
火焔さんが白金スライムへ身体を向ける。
紅の結晶核を囲んでいた炎が、一か所だけゆっくりと途切れた。
白金スライムは開いた場所を通り、紅の結晶核の前で止まる。
傷の残る身体を伏せ、光を失った小さな結晶核へそっと触れた。
その瞬間、耳飾りの奥が鋭く震えた。
「っ……!」
胸を強く掴まれたように息が詰まる。
白金スライムが紅の結晶核へ身体を寄せる。
耳飾りがもう一度震え、喉の奥が締まった。
白金スライムは身体を伸ばし、紅の結晶核を包み込んだ。
白金色の身体の中へ、小さな紅色が隠れていく。
そのまま、しばらく動かない。
俺も息を詰めたまま見つめていた。
やがて白金スライムが、ゆっくりと身体を持ち上げる。
その下から現れた紅の結晶核に、光は戻っていなかった。
白金スライムはもう一度身体を伏せる。
今度は先ほどよりも深く、紅の結晶核を包み込んだ。
「白金スライム……」
戻ってきてほしい。
もう一度、あの紅い身体を見せてほしい。
何事もなかったように、白金スライムたちの隣へ戻ってほしい。
けれど、どれだけ待っても。
紅の結晶核は、動かなかった。
「白金スライム……」
美咲さんが口元を押さえる。
何かを言おうとした唇が僅かに動いたものの、声は出なかった。
「ぷる……」
シズクが四枚の翼をゆっくりと動かし、白金スライムの側へ降りる。
「ぴる……」
ユキもその隣へ身体を寄せた。
二体とも、紅の結晶核を包み込む白金スライムへ触れようとはしない。
ただ、その側にいた。
少し離れた場所では、治療を受けていた翠石スライムと蒼石スライムが布の上から身体を伸ばしていた。
二体は医療班の手から離れると、まだ傷の残る身体をゆっくりと動かし、紅の結晶核へ向かってくる。
途中で翠石スライムの身体が傾いた。
すぐ隣まで来ていた蒼石スライムへ身体を寄せる。
二体は互いに触れたまま進み、白金スライムの左右まで辿り着くと、そこで静かに身体を伏せた。
白金スライムが僅かに身体を動かす。
翠石スライムがその身体へ触れ、反対側から蒼石スライムも寄り添った。
耳飾りの奥が小さく震える。
「……っ」
シズクとユキも、俺の側へ身体を寄せてきた。
「ぷる……」
「ぴる……」
二体へそっと手を添える。
火焔さんの炎が、ゆっくりと広がっていく。
伸びた炎は白金色、緑色、青色の身体へ触れる直前で細く枝分かれし、三体の外側を静かに流れていった。
やがて、炎の先端同士がつながる。
火焔さんと三体のスライム、そして紅の結晶核を囲む一つの輪へ変わった。
俺はシズクとユキを側に連れたまま、火の輪の前へ膝をついた。
美咲さんも、髙橋さんも、医療班の人たちも何も言わない。
火焔さんの炎だけが、静かに揺れている。
白金スライムは紅の結晶核へ傷の残る身体を重ね、翠石スライムと蒼石スライムも、その左右から離れようとしなかった。
白金色の身体の隙間から、光を失った小さな紅色が僅かに覗いている。
その紅の結晶核を、火焔さんの炎が静かに照らし続けていた。




