154話「第十八層守護個体・砂嵐帝蠍」
結晶飴を摂取してから一週間が経ち、『帝王の迷宮』の攻略を再開した俺たちは、区域転移門を通って最新階層である第十八層へ足を踏み入れていた。
転移直後から乾いた熱気が全身へ押し寄せ、息を吸うたびに喉の奥へ張り付いてくる。
保護用に装備してきた冷感眼鏡にも、風に運ばれた細かな砂が絶えず擦れていた。
「……暑いですね」
隣に立つ美咲さんが、冷感眼鏡越しに砂漠を見渡した。
「第十三層も暑かったですけど、こっちはそれ以上ですね」
「ぷるぅ……」
「ぴるぅ……」
シズクとユキからも揃って気の抜けた声が漏れる。
目の前に広がっているのは、大小の砂丘が幾重にも連なる砂の大地だった。
遠くまで見渡しても岩や植物はほとんどなく、風が通り過ぎるたびに、砂丘の表面だけが薄い布のように流れていく。
試しに一歩踏み出すと、靴底がくるぶし近くまで埋まった。
右脚へ力を込めて引き抜き、次は足裏全体で浅く砂を捉えるように踏んでみる。
「結構深いな……」
何歩か進みながら少しずつ歩幅を広げていくと、足は沈んでも、思っていたほど身体を取られなかった。
そこで右脚へ強く力を込めた瞬間、後方へ砂が弾け、身体が予想を上回る勢いで前へ飛び出した。
「おっ……!」
数メートル先へ着地したものの、勢いはすぐには消えてくれない。
さらに二歩進んだところで砂を踏み締め、どうにか身体を止めて振り返ると、美咲さんが驚いたようにこちらを見ていた。
「陸斗さん、今かなり飛びましたよ」
「自分でもびっくりしました」
答えると、美咲さんは自分の足元へ目を落とし、軽く腰を沈めた。
「私も少し試してみます」
砂を蹴る音が響いた次の瞬間、美咲さんの身体が俺の横を勢いよく抜けていった。
「わっ!」
着地してからも数歩分の砂を巻き上げ、ようやく止まった美咲さんが、思いがけず遠くなった場所からこちらを振り返る。
「……思ったより出ました」
「俺より飛んでません?」
「ふふっ。結晶飴のおかげで、かなり底上げできましたからね」
「俺も人のことは言えませんけどね」
「そうですよ」
「ぷるっ!」
「ぴるっ!」
シズクとユキまで楽しくなったのか、俺たちの間を行き来するように跳ね始めた。
「シズクにユキ、遊びに来たんじゃないからね?」
「ぷるっ!」
「ぴるっ!」
返事だけは元気な二人を見て、美咲さんと顔を見合わせる。
笑いを収めて前方へ向き直ると、俺たちは砂へ沈む足の感覚を確かめながら、最初の砂丘へ向かって歩き始めた。
◇
いくつかの砂丘を越えたところで、先を進んでいたユキが不意に動きを止めた。
「ぴるっ」
耳飾りを通じて警戒が伝わってきたため、俺は白銀短剣の柄へ右手を掛ける。
美咲さんもすぐに足を止め、シズクが四枚の翼を広げるのと同時に、ユキの二枚の白銀鎧が身体の左右へ浮かんだ。
「何かいる」
「どこですか?」
「まだ位置までは――」
言い終える前に、右前方の砂が盛り上がった。
「そこ!」
黄褐色の大鋏が砂を突き破り、その下から大型の砂蠍が躍り出る。
振り上げられた毒尾の先端が俺へ向いたが、突き出されるのを待たずに砂を蹴り、一気にその懐へ潜り込んだ。
「ふっ!」
振り抜いた右脚が腹部へめり込むと、砂蠍の巨体が僅かに浮き、そのまま斜面を転がっていった。
自分の脚へ返ってきた手応えよりも、相手が吹き飛んだ距離の方が明らかに大きい。
「陸斗さん!」
美咲さんの左右から、続けて二つの砂柱が噴き上がる。
姿を現した二体の砂蠍が同時に大鋏を振るったものの、美咲さんは左側へ踏み込みながら『王蠍の反射殻盾』を横薙ぎに振り、片方の鋏ごと巨体を弾き飛ばした。
盾に打ち返された一体は砂の上を何度も転がり、砂丘の斜面へ叩き付けられたところで光の粒子へ変わる。
反対側から迫った毒尾も、美咲さんが振り返りざまに蹴り上げると、狙いを外れて空を切った。
「ぷるっ!」
そこへシズクの石弾が飛び込み、砂蠍の頭部を覆う甲殻を砕いた。
すかさず美咲さんが間合いへ入り、露出した箇所へ黄金短剣を振り下ろすと、二体目の身体も光の粒子となって崩れていった。
「ぴるっ!」
ユキの声で振り向けば、最初に蹴り飛ばした砂蠍が斜面から起き上がろうとしていた。
俺が動くより先に二枚の白銀鎧が左右から激突し、砂へ押し倒した巨体を挟み込む。
甲殻が軋んだところへ一気に距離を詰め、抜いた白銀短剣を振り下ろす。
刃はひび割れた甲殻を貫いて奥まで届き、砂蠍の動きが止まると同時に、ユキの白銀鎧の間から光の粒子が舞い上がった。
「ぴるっ!」
「ありがとう、ユキ」
駆け寄ってきたユキの頭を撫でると、白い身体が嬉しそうに手のひらへ押し付けられる。
「陸斗さん」
「はい?」
顔を上げると、美咲さんが『王蠍の反射殻盾』と、砂蠍を弾き飛ばした先を交互に見ていた。
「今、ほとんど力を込めていなかったんですけど……」
「思い切り飛んでましたね」
「……飛びましたね」
「ぷるっ!」
なぜかシズクだけが得意そうに美咲さんの周りを飛び始めた。
「ふふ、ありがとう。シズク」
「ぷるるっ!」
美咲さんが笑いながらシズクを撫でる。
俺も白銀短剣を鞘へ収め、周囲の砂に新たな動きがないことを確かめてから、さらに砂漠の奥へ向かった。
◇
次の砂丘の頂へ出たところで風が一段強まり、細かな砂が冷感眼鏡を横から叩いた。
「陸斗さん、あれを」
美咲さんの視線を追うと、遠くの空が薄茶色に霞んでいた。
地上から高く巻き上げられた砂が巨大な壁を作り、砂漠の上をゆっくりと横切っている。
「砂嵐……」
『こちらでも確認しています。現在位置からそれ以上近付かず、しばらく観測してください』
前方を飛ぶ探索用ドローンから届いた髙橋さんの指示に答え、俺たちはその場で足を止めた。
砂嵐が真っ直ぐこちらへ近付いている様子はないものの、肌へ吹き付ける風は先ほどよりも明らかに強くなっている。
シズクは四枚の翼を畳んで美咲さんの肩へ戻り、ユキも俺の足元へ身体を寄せてきた。
「ぷる……」
「大丈夫だよ、シズク」
美咲さんが青い身体へ手を添える。
俺もユキへ離れないよう声を掛けながら砂嵐を見つめていると、足裏へ鈍い振動が届いた。
「……今、揺れませんでした?」
「はい。私も感じました」
美咲さんが足元へ視線を落とした直後、二度目の振動が砂丘全体を震わせる。今度は気のせいではなく、ユキの身体が強張るのと同時に、耳飾りから先ほどよりも遥かに強い警戒が流れ込んできた。
「ぴるっ!」
「ぷるっ!」
シズクも肩から飛び上がり、四枚の翼を大きく広げる。
砂嵐の奥で、周囲の砂とは異なる巨大な影が動いていた。俺が右手で白銀短剣を抜き、左手にも幻魔短剣を構えると、美咲さんも『王蠍の反射殻盾』を展開して黄金短剣を抜いた。
「……何かいます」
振動が三度目を刻み、薄茶色の壁の中で影が急速に膨らんだ。直後、渦巻く砂を突き破った巨大な鋏が、俺たちをまとめて薙ぎ払おうと迫ってくる。
「美咲さん!」
「はい!」
前へ出た美咲さんが盾を合わせた瞬間、重い衝突音とともに足元から大量の砂が噴き上がった。靴は深く沈み、身体も僅かに押し込まれたが、美咲さんはそれ以上下がらない。
「っ……はぁっ!」
右脚で砂を踏み抜き、その力を盾へつなげる。
振り抜かれた『王蠍の反射殻盾』が巨大な鋏を跳ね上げ、砂嵐の中にいた影まで大きく傾かせた。
「ぷるっ!」
シズクが嬉しそうに鳴いたが、すぐに反対側からもう一つの鋏が砂を裂いてくる。
今度は美咲さんから迎えに出て、下から叩き上げた盾で鋏の軌道を空へ逸らした。
砂嵐の奥から低い鳴き声が響き、押し退けられた砂の向こうに巨体が現れる。
黒褐色の甲殻を支える八本の脚は一本一本が人の胴ほども太く、左右へ広げた鋏は、先ほど倒した砂蠍の身体さえ挟み潰せそうな大きさだった。
さらに背後から持ち上がった蠍尾は、一つでも二つでもない。
最後に現れた三本目までが別々にうねり、三つの毒針を俺たちへ向けてくる。
「第十三層の砂嵐王蠍に似ていますね」
「はい。でも、大きさも尾の数もまるで違います」
額へ埋まった黄褐色の核石を中心に『解析鑑定』を発動すると、視界へ鑑定結果が浮かび上がった。
◇____________________
『第18層・階層守護個体』
『砂嵐帝蠍』
『危険度:A+』
『砂嵐結界』
・額部の砂嵐核石を起点として発動
・砂嵐核石の破壊により解除
____________________◇
「砂嵐帝蠍。危険度A+の階層守護個体です」
「A+……」
美咲さんは砂嵐帝蠍から目を逸らさず、盾を構える位置だけを僅かに上げた。
「砂嵐を起こしているのは、額の核石ですか?」
「はい。あれを壊せば解除できます」
「分かりました」
「ぷるっ!」
「ぴるっ!」
四人の返事に重なるように、砂嵐帝蠍が二つの大鋏を打ち鳴らした。
硬い音が砂漠へ響いた途端、三本の蠍尾が扇状に開き、右、左、正面から同時に毒針が伸びてくる。
「ユキ!」
「ぴるっ!」
一枚の白銀鎧が右の毒尾へ正面から激突し、針の軌道を大きく跳ね上げた。
左から来た一本は、美咲さんが踏み込みざまに盾で側面を叩き、尾ごと外へ弾き飛ばす。
残る中央の毒針は、真っ直ぐ俺へ向かっていた。
横へ避ける代わりに半歩踏み込み、身体を捻って右脚を振り抜く。
「ふっ!」
蹴りが尾の側面へ食い込み、骨まで響くような衝撃が返ってきた。
それでも踏み負けることはなく、毒針は俺の脇を通り過ぎて砂へ突き刺さる。
「行ける!」
尾が戻るより先に砂を蹴ると、砂嵐帝蠍との距離が一気に縮まった。
迎え撃つように振り下ろされた大鋏を左へかわし、すぐ横の砂へ突き刺さった腕へ足を掛け、そのまま傾斜のついた甲殻を駆け上がる。
「ギィィッ!」
巨体が俺を振り落とそうと激しく揺れた。
幻魔短剣へ魔力を通し、甲殻の上へ自分の姿を残して反対側へ走る。
「『残像』!」
二本の蠍尾が残像へ引き寄せられ、ほとんど同時に毒針を突き立てた。
「シズク!」
「ぷるるっ!」
シズクの周囲へ火球、氷槍、風弾、石弾が浮かび上がり、四属性魔法斉射が一斉に放たれる。
正面から飛来した二つは鋏と尾に砕かれたが、左右へ広がった魔法は『反射筒』へ飛び込み、軌道を変えて側面と背後から甲殻を打ち据えた。
「ギィィィッ!」
立て続けの着弾で砂嵐帝蠍の身体が揺れる。
その隙を逃さず、美咲さんが真正面から大鋏へぶつかっていった。
振り下ろされた一撃を盾で受けると、衝突の勢いを下半身で支え、そのまま腕ごと上へ押し返す。
大鋏が跳ねた瞬間には懐へ入り、引き絞った左腕から『王蠍の反射殻盾』を頭部へ叩き込んだ。
「はぁっ!」
鈍い衝撃音が響き、八本の脚が砂を掻きながら横へずれる。
美咲さんは止まらず、続く二撃目を同じ場所へ重ねると、砂嵐帝蠍の前脚が浮き、巨体全体が大きく傾いた。
その美咲さんを狙い、残像を貫いていた三本の尾が一斉に向きを変える。
「ぴるるっ!」
ユキの二枚の白銀鎧が左右から飛び込み、時間差で迫った二本をそれぞれ弾いた。
残る一本へ向かって甲殻の上を走り、白銀短剣を付け根へ振り下ろす。
一撃目で甲殻へ刃を食い込ませ、身体が暴れ出す前に引き抜く。
続けて同じ亀裂へ幻魔短剣を叩き込み、『斬鉄』を発動させた。
「はぁっ!」
銀白色の刃先が硬い甲殻を断ち切り、切断された蠍尾が大量の砂を巻き上げながら落下する。
砂嵐帝蠍が甲高い声を上げたため、俺は残る二本の尾がこちらへ向く前に甲殻から飛び降りた。
「一本、落としました!」
「はい!」
着地した俺の前で、砂嵐帝蠍が大鋏を限界まで開き、巨体を深く沈めた。
八本の脚が一斉に砂を蹴り、美咲さんへ向かって正面から突進する。
「美咲さん!」
だが、美咲さんは退くことなく、盾を正面へ構えて腰を落とした。
「大丈夫です!」
直後に激突した巨体が轟音を響かせ、美咲さんの両脚を砂へ沈める。
靴の跡を深く刻みながら数十センチ押されたものの、そこで後退は止まった。
「っ……はぁぁぁぁっ!」
盾を支えたまま右脚を前へ出すと、今度は砂嵐帝蠍の巨体が押し戻され始めた。
さらに踏み込み、盾を斜め上へ振り抜いた瞬間、巨大な前脚が砂から離れ、そのまま身体全体が横へ転がっていく。
砂丘の斜面へ叩き付けられた衝撃で大量の砂が崩れ、半ば埋もれた砂嵐帝蠍の周囲へ降り注いだ。
「ぷるるっ!」
シズクが大喜びで美咲さんの周りを飛ぶ。
美咲さんも倒れた巨体を見つめたまま、自分の盾を確かめるように握り直していた。
「……ここまでとは思っていませんでした」
「俺もです。あれを正面から押し返すなんて……」
「ぴるっ!」
驚いている暇もなく、ユキから鋭い警戒が届く。
砂嵐帝蠍は半ば埋まった身体を八本の脚で押し起こし、残った二本の尾を激しく振り回しながら立ち上がった。
その額で黄褐色の核石が強く輝いた瞬間、遠くを流れていた砂の壁が形を崩した。
風向きの異なる砂が砂嵐帝蠍を中心に渦を巻き、四方から俺たちのいる場所へ押し寄せてくる。
「砂嵐結界です!」
叩き付けるような風と砂に視界を塞がれ、美咲さんの姿さえ見えなくなる。
保護眼鏡が目を守ってくれても、これだけ濃い砂の中では数メートル先すら見通せない。
「美咲さん!」
「ここです!」
返事は近く、シズクとユキの鳴き声も離れてはいなかった。
その位置を確かめた直後、砂の向こうから巨大な鋏が現れたため、身体を沈めて頭上へ通す。
鋏を追うように伸びてきた毒尾は、白銀短剣の腹を側面へ当てて軌道を逸らした。
姿が見えないまま攻撃だけが飛び込んでくるこの状況では、いくら動きが分かっていても反撃へ移りにくい。
「陸斗さん! 壊すのは核石ですよね!」
「はい。シズク、正面の砂を押し開いて!」
「ぷるっ!」
強い風が俺たちの間を抜け、正面を覆っていた砂を左右へ押し流した。
開いた視界は細い筋のようなものだったが、その先に砂嵐帝蠍の巨大な影と、黄褐色に光る額が見える。
「いた!」
砂を蹴って正面から距離を詰めると、砂嵐帝蠍もこちらへ気付き、二つの鋏を閉じようとした。
「ユキ!」
「ぴるるっ!」
二枚の白銀鎧が左右へ分かれ、それぞれの鋏へ外側から激突する。
挟み込もうとしていた鋏が逆に押し広げられ、その間へ俺一人が通れるだけの隙間が生まれた。
正面へ抜けたところで、残る二本の毒尾が頭上から狙いを定める。
一本にはシズクの火球が直撃し、もう一本は横から飛び込んだ美咲さんが盾で弾いた。
「今です!」
美咲さんの声を受けて跳び上がり、額の砂嵐核石へ白銀短剣を振り下ろす。
甲高い音とともに硬い手応えが右腕を押し返したが、刃を離さず力を込めると、核石の表面へ細い亀裂が走った。
砂嵐帝蠍が頭部を振り上げたため、一度刃を引いて砂へ着地し、左手の幻魔短剣を構え直す。
「『斬鉄』!」
着地した脚へ力を込めて再び跳び上がり、先ほど刻んだ亀裂へ刃を打ち込むと、黄褐色の欠片が弾け飛び、砂嵐の勢いが僅かに緩んだ。
再び砂へ降りたものの、核石はまだ砕け切っていない。
砂嵐帝蠍が追撃を阻もうと、大鋏を振り上げる。
「させません!」
美咲さんが正面から突っ込み、下から振り抜いた盾で巨大な鋏を跳ね上げた。
「陸斗さん、もう一度!」
「はい!」
その隙に幻魔短剣を鞘へ戻し、開いた正面へ踏み込みながら白銀短剣を両手で握る。
割れかけた核石へ再び跳び上がり、全身の力を切っ先へ集めて刃を突き立てた。
「はぁぁっ!」
刃が亀裂の奥へ沈み、黄褐色の光が内側から大きく揺らぐ。
さらに柄を押し込んだ瞬間、砂嵐核石は硬い破砕音を響かせ、細かな欠片となって弾け飛んだ。
直後、周囲を渦巻いていた砂の流れが統制を失った。
身体へ叩き付けられていた風が弱まり、薄茶色に閉ざされていた視界の向こうへ、青い空が少しずつ戻ってくる。
「ギィィィィィィッ!」
額を失った砂嵐帝蠍が大きく身体を揺らし、残った二本の尾を激しく振り回す。
砂嵐結界は消えても、八本の脚はまだ巨体を支え、大鋏にも力が残っていた。
白銀短剣を構え直すと、美咲さんが『王蠍の反射殻盾』を前へ向けたまま隣へ並ぶ。
「一気に倒しましょう」
「はい!」
「ぷるっ!」
「ぴるっ!」
砂嵐帝蠍が正面から突進し、俺たちも同時に砂を蹴った。
先に間合いへ入った美咲さんが、振り下ろされた鋏を盾で下から叩き上げる。
そのまま空いた懐へ飛び込むと、次の盾撃を頭部へ突き上げ、砂嵐帝蠍の顔を強引に仰け反らせた。
「ぷるるっ!」
シズクの四属性魔法斉射が再び放たれる。
火球と氷槍が正面から、風弾と石弾が左右から飛来し、さらに『反射筒』を抜けた魔法まで背後から甲殻を打った。
全方向から衝撃を受けた砂嵐帝蠍の脚がもつれ、巨体が大きくよろめく。
「ユキ!」
「ぴるっ!」
二枚の白銀鎧が残る二本の尾へ飛び、左右から押さえ込む。
毒針が動きを封じられた瞬間、左手で幻魔短剣を抜き直して刃へ魔力を流した。
「『残像』!」
砂を蹴った場所へ俺の姿だけを残し、鋏の外側を回って巨体へ飛び乗る。
砂嵐帝蠍が残像へ大鋏を振るう間に、額の核石が砕けた跡まで甲殻の上を駆けた。
白銀短剣を振り下ろすと、刃が傷付いた頭部の甲殻へ食い込み、その周囲へ亀裂が広がる。
すぐに刃を引き抜き、左手の幻魔短剣を同じ場所へ重ねた。
「『斬鉄』!」
亀裂を押し広げるように甲殻が割れ、その内側が露出する。
だが、砂嵐帝蠍も残った力を振り絞り、俺を振り落とそうと片方の鋏を横から叩き付けてきた。
「陸斗さん!」
駆け込んだ美咲さんの盾が鋏を迎え撃ち、激しい金属音とともに真横へ弾き返す。
「そのまま!」
「はい!」
俺は白銀短剣を引き抜くと、割れた甲殻の奥へもう一度深く突き刺した。
砂嵐帝蠍の巨体が震え、その場へ踏み留まろうと八本の脚が砂を掻く。
反対側から踏み込んだ美咲さんは、紫電を纏わせた黄金短剣を亀裂へ振り下ろした。
白銀短剣が押し開いた裂け目へ、俺の刃と挟み込むように斬撃が食い込み、内側で弾けた雷が傷口から甲殻全体へ駆け抜ける。
「ギィィィィッ!」
砂嵐帝蠍の脚から次々に力が抜け、巨体が砂へ沈み込んだ。
二本の蠍尾もユキの白銀鎧の間で動きを止め、大鋏が重い音を立てて落ちる。
俺が白銀短剣を引き抜いて後方へ跳ぶと、倒れた巨体が淡い光に包まれた。
光は黒褐色の甲殻を端から粒子へ変え、やがて砂漠を渡る風に乗って消えていく。
「倒した……」
「ぷるっ!」
「ぴるっ!」
砂嵐帝蠍が消えた跡には、黄褐色に輝く核石と、細長く鋭い一本の骨が残されていた。
「二つですね」
「確認します」
周囲に新たな魔力反応がないことを確かめてから素材へ近付き、『解析鑑定』を発動する。
◇____________________
『砂嵐核石』
『希少度:A+』
『推定買取価格:4,500,000円』
____________________
『帝蠍の毒針骨』
『希少度:A』
『推定買取価格:800,000円』
『希少ドロップ率:5%』
____________________◇
「砂嵐核石と、帝蠍の毒針骨です」
「毒針骨の方は?」
「希少ドロップですね。確率は五パーセントです」
「五パーセントですか」
「はい。最初の一体で引けました」
「ぷるっ!」
「ぴるっ!」
シズクとユキが揃って二つの素材へ近付き、触れそうなところまで身体を伸ばす。
「近い近い」
「ぴるるっ」
ユキを抱き上げると、美咲さんもシズクへ両手を伸ばした。
「シズクもお疲れさま」
「ぷるるっ!」
青い身体が嬉しそうに美咲さんの腕へ飛び込む。
『討伐を確認しました。皆さん、怪我はありませんか?』
近くまで移動してきた探索用ドローンから、髙橋さんの声が届いた。
「ありません」
「私も大丈夫です」
「ぷるっ!」
「ぴるっ!」
二人まで元気よく返事をしたため、ドローンの向こうから髙橋さんの小さな笑い声が聞こえた。
『シズクさんとユキさんも大丈夫そうですね』
「はい。二人とも無事です」
腕の中のユキを撫でながら、俺は砂嵐帝蠍が消えた場所を見た。
危険度A+。
あの天狐竜と同じ表示だったはずなのに、握っていた左手には痛みも痺れも残っておらず、美咲さんたちの誰も傷を負っていない。
「陸斗さん」
呼ばれて顔を上げると、シズクを抱いた美咲さんがこちらを見ていた。
「私たち……かなり強くなりましたね」
美咲さんの腕の中でシズクが身体を揺らし、俺の腕に収まったユキも嬉しそうに伸び上がろうとする。
「……そうですね。俺も、今ようやく実感しました」
「ぷるっ!」
「ぴるっ!」
二人の元気な声が、砂嵐の消えた第十八層へ高く響いた。




