153話「結晶飴の複数摂取」
「二人も頑張ったもんな」
手を伸ばして頭を撫でると、シズクとユキは気持ちよさそうに俺の手のひらへ身体を押し付けてきた。
「ぴるぅ〜」
「ぷるぅ〜」
撫でるたびに二人の身体が柔らかく沈む。
「シズク、おいで」
「ぷるっ!」
美咲さんが両手を広げると、シズクが机を蹴ってその胸元へ飛び込んだ。
「今日はたくさん頑張ったね」
「ぷるるっ!」
美咲さんの腕の中で、四枚の羽が嬉しそうに揺れる。
空いた手でユキの頭を撫でると、白い身体がすぐに手のひらへ擦り寄ってきた。
「ぴるぅ〜」
……まだまだ足りないらしい。
そのまま撫で続けていると、髙橋さんが二つの保管容器へ蓋をした。
「一城さん、佐伯さん。集計も終わりましたので、結晶飴はこちらで一度お預かりします」
「分かりました」
「このあとは医務課へお願いします。豹堂先生が待っています」
「豹堂先生が?」
「はい。今回の採取に合わせて、結晶飴の摂取量についても再検討していただいています」
摂取量。
美咲さんと顔を見合わせる。
「分かりました。行ってきます」
「お願いします」
俺が立ち上がると、ユキもすぐに机から肩へ飛び乗った。
「ぴるっ!」
「ぷるっ!」
シズクも美咲さんの腕から肩へ移る。
髙橋さんへ挨拶をして、俺たちは会議室を出た。
◇
医務課の検査室へ入ると、豹堂先生が端末を確認していた。
「お疲れ様です」
「お疲れ様です。一城さん、佐伯さん。お二人とも、こちらへお願いします」
「はい」
椅子へ腰を下ろす。
ユキは俺の膝へ移り、シズクも美咲さんの膝の上へ収まった。
「ぴるぅ」
さっそく頭を擦り付けてくるユキを撫でていると、豹堂先生が俺たちの向かいへ座った。
「髙橋さんから聞いていると思いますが、今日は結晶飴の摂取量についてお話しします」
「はい」
「これまでの検査結果と、現在のお二人の身体状態を確認した結果、一日の摂取量を増やしても問題ないと判断しました」
「どのくらいまで増やせるんですか?」
「一城さんは一日三個。佐伯さんは一日五個までとします」
「五個ですか?」
美咲さんが少し驚いたように聞き返す。
「はい」
豹堂先生が頷いた。
「結晶飴そのものが変わったわけではありません。お二人の身体が以前より強くなったことで、一日に許容できる量が増えています」
「身体が強くなれば、受けられる負担も変わるってことですか?」
「そう考えていただいて構いません」
豹堂先生が端末を机へ置く。
「たとえば、普段ほとんど運動をしていない人と、何年も身体を鍛えている人が、同じ回数の腕立て伏せや腹筋を行った場合、身体へ掛かる負担は同じではありません」
「ああ……」
それなら分かりやすい。
「結晶飴も同様です。現在の身体状態であれば、一城さんは三個、佐伯さんは五個までなら許容範囲内と判断しています」
「今後、もっと身体が強くなれば、さらに増えることもあるんですか?」
「その可能性はあります。ただし、その都度検査が必要です。こちらで確認するまでは、今回お伝えした数を超えないようにしてください」
「分かりました」
「私も分かりました」
「ぷるっ!」
「ぴるっ!」
俺たちに続いて、シズクとユキまで返事をする。
豹堂先生の視線が二人へ向いた。
「二人もしっかり聞いていましたね」
「ぷるるっ!」
「ぴるるっ!」
シズクとユキが揃って身体を伸ばす。
「二人は食べないんだけどな」
「ぴるっ」
「ぷるっ」
分かってると言わんばかりの返事が返ってきた。
「それでは、摂取前の状態を確認します」
「はい」
◇
一通りの検査を終える。
豹堂先生が端末へ並んだ数値を確認してから、俺たちへ向き直った。
「お二人とも問題ありません」
続いて俺を見る。
「一城さん。左腕に痛みや痺れはありませんか?」
「ありません」
「魔力を流した時の違和感は?」
「それもないです」
「分かりました」
豹堂先生が端末へ記録を残す。
「佐伯さんも問題ありません。予定どおり、今日から新しい上限で試してみましょう」
「はい」
用意された結晶飴が、俺と美咲さんの前へ運ばれてくる。
俺の分は三個。
美咲さんには五個。
「今回は力の結晶飴を使用します。一城さんからお願いします」
「分かりました」
一個摘まみ、口へ入れる。
カリッと噛み砕く。
飲み込んで少し待つ。
「何か変化はありますか?」
「大丈夫です」
「では、続けてください」
二個目を口へ運ぶ。
ユキが俺の足元から、じっとこちらを見上げている。
「ぴる……」
「大丈夫だよ」
そう言ってから、三個目も口へ入れた。
噛み砕き、飲み込む。
豹堂先生がすぐに端末へ目を向けた。
「気分が悪くなったり、痛みが出たりしていませんか?」
「ありません」
右手を何度か開いてみる。
特に違和感もない。
「分かりました。しばらくそのままでいてください」
「はい」
続いて美咲さんの前へ五個の結晶飴が置かれる。
「佐伯さんもお願いします」
「はい」
「ぷる……」
シズクが美咲さんの足元へ寄る。
「大丈夫ですよ」
美咲さんがシズクの頭を一度撫で、最初の一個を口へ入れた。
そのまま豹堂先生の確認を挟みながら、二個、三個と続けていく。
四個目を飲み込んだところで、美咲さんが一度右手を握った。
「佐伯さん?」
「少し身体が熱くなってきました。でも、それだけです」
「痛みや吐き気はありませんか?」
「ありません」
豹堂先生が数値を確認する。
「問題ありません。続けられそうですか?」
「はい」
最後の一個を手に取る。
「ぷるぅ……」
シズクが心配そうに見上げた。
「大丈夫です」
美咲さんが笑い掛け、五個目を口へ入れた。
豹堂先生が再び端末を確認する。
しばらく待っても、特に何か起きることはなかった。
「現時点で異常はありません。このまま経過を確認します」
「分かりました」
◇
それからしばらく検査室で過ごした。
ユキは俺の足元に身体を広げ、シズクは美咲さんの膝の上で羽を休めている。
豹堂先生が何度か俺たちの状態を確認し、最後に端末へ目を通した。
「脈拍、血流、魔力の流れにも異常はありません」
「よかったです」
「ただ、もう一つ確認しておきたいことがあります」
「何ですか?」
「身体能力の確認も行いたいので、協会の訓練室まで移動していただいてもよろしいですか?」
「はい」
「分かりました」
俺たちが立ち上がると、シズクとユキもすぐに床へ下りた。
「ぴるっ!」
「ぷるっ!」
豹堂先生の後について、一緒に検査室を出る。
◇
訓練室へ入ったところで、足が止まった。
中央に、大型のダンベルが二つ置かれている。
太いシャフトの両端へ、何枚もの錘が重ねられていた。
右側の表示を見る。
百二十キロ。
左側は――百五十キロ。
「……これですか?」
「はい」
豹堂先生が百二十キロのダンベルを示す。
「一城さん。まずはこちらを片手で持ち上げてみてください」
「片手で……」
百二十キロ。
俺はダンベルの前まで歩き、右手でシャフトを握った。
「無理はしないでください。痛みや違和感があれば、すぐに止めてください」
「分かりました」
腰を落とす。
足へ力を入れ、右腕で引き上げた。
「っ……!」
ダンベルが床から離れる。
腕へ一気に重さが掛かった。
「ぐっ……!」
重い。
それでも、上がる。
膝を伸ばしながら身体を起こすと、百二十キロのダンベルが太腿の横まで持ち上がった。
「ぴるっ!」
ユキが俺の足元で跳ねる。
「そのまま維持してください」
「はい……!」
右手へ力を込める。
数秒。
「下ろしてください」
「ふぅ……!」
腰を落とし、ゆっくり床へ戻す。
ダンベルが鈍い音を立てた。
「痛みはありますか?」
「ないです。……でも、結構きついですね」
「その感覚で問題ありません」
豹堂先生が結果を入力する。
「続いて佐伯さん。こちらをお願いします」
「はい」
美咲さんが百五十キロのダンベルの前へ立つ。
「ぷる……」
シズクがすぐ側まで寄った。
「大丈夫ですよ」
美咲さんがシズクへ笑い掛ける。
右手でシャフトを握り、腰を落とした。
「では、お願いします」
「はい……っ!」
美咲さんの身体へ力が入る。
ダンベルがゆっくりと床から浮いた。
「くっ……!」
百五十キロの錘が、そのまま持ち上がっていく。
美咲さんの腕にもかなり力が入っている。
それでも止まらない。
やがて身体を起こし切り、ダンベルを右手だけで支えた。
「ぷるっ!」
「ぴるっ!」
シズクとユキが揃って跳ねた。
「そのまま維持してください」
「はい……!」
数秒後。
「下ろしてください」
「っ……ふぅ」
美咲さんがゆっくりとダンベルを床へ戻した。
右手を開き、何度か握り直している。
「重いですね……」
「俺のより三十キロ重いですからね」
「でも、持てました」
「はい。十分な結果です」
豹堂先生が端末へ数値を入力していく。
「ちなみに、さりなちゃんは三百キロ。姫乃は二百七十キロを片手で持ち上げます」
「……三百キロ?」
思わず豹堂先生を見る。
美咲さんも目を丸くしていた。
「姫乃さんも二百七十キロですか……」
「はい」
豹堂先生が小さく頷く。
「私の娘ですからねっ」
……今、ちょっとだけ嬉しそうだったな。
「ぷる?」
「ぴる?」
「いや、何でもないよ」
二人の頭を順番に撫でる。
「それでは、もう少し身体を動かして確認しましょう」
「まだやるんですか?」
「持ち上げる力だけでは確認できませんから」
「……ですよね」
美咲さんが小さく笑う。
俺はもう一度、床に置かれた百二十キロのダンベルを見る。
片手で持ち上げた。
確かに重かった。
それでも、持ち上がった。
「ぴるっ!」
足元でユキが元気よく跳ねる。
「分かったよ。次も頑張るから」
「ぴるるっ!」
「ぷるっ!」
何故かシズクまで一緒になって跳ねた。




