151話「国家機密の採取依頼」
申請を出してから数日後。
俺たちは、探索者協会の確認室へ呼ばれていた。
机を挟んだ隣には美咲さんが座り、シズクとユキもそれぞれ俺たちの側で待っている。
「ぷる……」
「ぴる……」
二人にも、いつもとは違う話が始まることが伝わっているらしい。
やがて確認室の扉が開き、髙橋さんが入ってきた。
「お待たせしました」
髙橋さんは扉を施錠してから、俺たちの向かいへ腰を下ろした。
「先日申請した『スライム達の古戦場』での結晶飴採取任務ですが、正式に承認されました」
「国家機密への指定も、ですか?」
「はい。高町国防長官から、どちらも承認を得ています」
ひとまず、古戦場へ向かう許可は下りた。
けれど、髙橋さんの表情は硬いままだった。
「今回の件は、探索者協会でも限られた職員しか知りません。政府側も同様です。また、総理大臣へもすでに報告されています」
俺と美咲さんは黙って頷いた。
人の身体能力を恒久的に高められる結晶飴を、繰り返し採取できるかもしれない。
国の上層部へ報告されるのは当然だ。
「そのうえで総理大臣から、皆さんの保護を強化するよう指示が出ています」
髙橋さんが俺たちを順番に見る。
「保護の対象は、一城さんたちだけではありません。ご親族や、皆さんと親しい方々も含まれます」
「父さんと母さんも……」
「はい」
父さんと母さんは静岡にいる。
俺が東京で探索を続けていることで、二人にまで危険が及ぶかもしれない。
その可能性を考えただけで、胸の奥が重くなった。
「本人たちには、知らせるのでしょうか?」
美咲さんの問いに、髙橋さんは首を横へ振る。
「普段の生活を変えていただくつもりはありません。必要な場合を除き、護衛が付いていることもお伝えしません」
「気付かれないように守る、ということですか?」
「はい。具体的な対象者や方法については、ここでも明かせません。ただ、日常生活へ支障が出ないようにします」
すぐには返事ができなかった。
強くなるために、もう一度結晶飴を集めたいと思った。
俺たちだけでなく、これから深層調査に関わる人たちも強くできると考えた。
けれど、俺が言い出したことで、父さんや母さんまで危害を受けるかもしれない。
「不安は残ります。正直に言うと、探索をやめることも、今考えました……」
「一城さん……」
髙橋さんは何も言わず、俺の言葉を待っている。
探索をやめれば、これ以上危険を増やさずに済むかもしれない。
それでも、俺は探索を続けたいと思っている。
これは、俺のエゴだ。
「護衛に就いてくださる方々は、信頼できるのでしょうか?」
「はい。ここは、私を信じてくださいとしか申し上げられませんが、必ず信頼に足る職員を選びます。人選にも、すでに目星をつけています」
「髙橋さんが選ぶんですか?」
「私だけで決定することはできません。ただ、最終候補として五名を推薦するつもりです」
髙橋さんは俺から目を逸らさなかった。
「皆さんの命だけでなく、大切な方々の安全にも関わる人選です。決して、裏切るような真似はしません。ここに誓います」
迷いのない言葉だった。
これまで髙橋さんは、希少区域の情報も、俺たちが持ち帰った品も、勝手に扱ったことはない。
左腕を失った時も、俺たちが地上へ戻れるよう、すぐに救援を動かしてくれた。
「分かりました。髙橋さんを信用します」
「ありがとうございます」
髙橋さんが深く頭を下げ、それから美咲さんへ目を向ける。
「佐伯さんは、いかがでしょうか?」
「私も、不安がないわけではありません。ただ、父も親しい友人たちも探索者です。皆、自分の身を守れるだけの実力があります。そのうえで護衛に就いてくださるのであれば、異論はありません」
「承知しました」
「ぷる……」
シズクが美咲さんの腕へ身体を寄せる。
「大丈夫ですよ、シズク」
「ぴる……」
ユキも俺の膝へ触れたまま、離れようとしない。
「ありがとう、ユキ」
二人の身体を撫でてから、もう一度髙橋さんを見る。
「この任務を断った場合、護衛はどうなりますか?」
「保護は継続されます」
髙橋さんは、すぐに答えた。
「一城さんたちは、すでに古戦場へ入り、結晶飴を取得しています。今回の任務を受けるかどうかにかかわらず、危険が完全になくなるわけではありません。皆さんの保護と、任務の受諾は別の話です」
断れば護衛を外すと迫られているわけではない。
そのことに、少しだけ肩の力が抜けた。
「それを踏まえたうえで、正式な依頼内容をご説明します」
髙橋さんが机の端末を操作すると、新しい依頼書が表示された。
◇____________________
『国家機密指定・結晶飴採取任務』
『依頼区分』
・継続依頼
『依頼対象』
・一城陸斗
・佐伯美咲
・シズク
・ユキ
『任務区域』
・『スライム達の古戦場』
『納品周期』
・一週間ごと
『結晶飴の配分』
・力と守りの結晶飴を、それぞれ政府とクラン『蒼雪の宝珠』で折半
『特別待遇』
・国家特別協力者待遇
____________________◇
「継続依頼なんですね」
「はい。一度きりではなく、これからも継続してお願いする任務です。一週間ごとに、その間に取得できた結晶飴を集計します」
髙橋さんは、すぐに言葉を続けた。
「ただし、出現するたびに必ず入っていただくという意味ではありません。皆さんの体調や装備の状態、ほかの探索予定もあります。その都度相談し、安全に実施できると判断した場合に限ります」
「分かりました」
再出現の時期は、俺の『解析鑑定』で正確に分かる。
だからといって、怪我をしていても無理に入れという契約ではないらしい。
「納品する数は、決まっていないんですね」
「はい。一週間の間に取得した力と守りの結晶飴を、政府と『蒼雪の宝珠』で半分ずつ分けます」
「採れなかった週は、どうなりますか?」
「その週の納品はありません。翌週に多く納めていただく必要もありません」
「クラン側の分は、俺たちが使ってもいいんですか?」
「もちろんです。これまでどおり、豹堂先生の管理下で使用してください」
「分かりました」
俺と美咲さんが強くなれば、それだけ次の探索で生きて帰れる可能性も高くなる。
集めた結晶飴の半分を国へ納品し、もう半分は俺たち自身の強化に使えるということらしい。
「政府へ納品された結晶飴は、まず先ほど申し上げた五名へ配分する予定です。正式な人選と検査を終えたあと、一人につき力と守りを五個ずつ使用してもらいます」
「俺たちが以前使ったのと、同じ数ですね」
「はい。まずは既に服用記録のある範囲で、身体の変化を確認します」
五人が強くなれば、深層へ入る調査員の護衛だけでなく、俺たちや周囲の人を守る力にもなる。
「任務中に使用した回復薬や、装備の修理費についても、国が負担します。通常素材の所有権も、これまでと変わりません」
そこで髙橋さんが、依頼書の最後にある『国家特別協力者待遇』を示した。
「こちらは、この継続依頼へ協力していただく皆さんへ、国から提示された待遇です」
「具体的には、どのようなものなのでしょうか?」
美咲さんが尋ねる。
「今後、国や協会の正式任務として各地の迷宮へ遠征する際、移動や滞在に必要なものを国が手配します」
「移動手段も、ですか?」
「はい。人数や距離に応じて、専用の車両やバスを用意します。必要であれば専用機も手配し、遠征先の宿泊施設や料理店についても、安全が確認された場所を国側で確保します」
「普段の探索ではなく、遠征任務の時に利用できるんですね?」
「はい。皆さんがこの継続依頼へ協力してくださる限り、今後の正式な遠征任務でも適用されます。もちろん、任務へ参加するシズクさんとユキさんも対象です」
「ぷる?」
「ぴる?」
名前を呼ばれた二人が、揃って身体を傾ける。
専用車両や専用機と言われても、すぐには実感が湧かない。
それでも、これが普段の探索依頼とはまったく違う条件だということだけは分かった。
「予約や費用についても、遠征の日程に合わせて専属の担当職員が手配します」
「そこまでしてもらっていいんでしょうか?」
「国が皆さんへ求めている協力を考えれば、過剰な待遇ではないと判断されています」
髙橋さんは依頼書を閉じず、俺たちが考える時間を待ってくれた。
一週間の間に集めた結晶飴は、国と俺たちで半分ずつ分ける。
採れない週があっても問題はなく、任務に必要な費用も国が負担する。
そして、俺たちだけでは守り切れない人たちを、国が守ってくれる。
条件だけを考えれば、断る理由はない。
それでも、最後に受けると決められたのは、髙橋さんの言葉を信じようと思えたからだった。
「俺は、この依頼を受けます」
「私も受けます」
美咲さんが答え、シズクへ顔を向ける。
「シズクも、もう一度古戦場へ一緒に行ってくれますか?」
「ぷるっ!」
「ユキも頼めるか?」
「ぴるっ!」
二人は迷うことなく、力強く身体を伸ばした。
「四名の意思を確認しました」
俺と美咲さんは、それぞれの探索者証を端末へ読み込ませる。
続けて、シズクとユキの従魔登録証も読み込ませ、依頼内容と機密保持条件を確認した。
受諾を確定すると、画面に四人の名前が並ぶ。
◇____________________
『継続任務の受諾を確認』
・一城陸斗
・佐伯美咲
・シズク
・ユキ
____________________◇
「これより、『スライム達の古戦場』での結晶飴採取は、国家機密指定の継続任務となります」
髙橋さんの言葉に、背筋を伸ばす。
「まずは、古戦場が次に現れる時を確認します」
「お願いします。出現時刻が分かり次第、最初の採取日程と支援体制を決めましょう」
「分かりました」
「ぷるっ!」
「ぴるっ!」
今度の古戦場探索は、俺たちだけの強化では終わらない。
俺たち自身がさらに強くなり、これから先の調査を支える人たちの力も高める。
そのための国家機密任務が、正式な継続依頼として始まった。




