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149話「天狐竜の外套」


 叩き付けられた咆哮が、白い霧を押し退けた。

 巨木の枝葉が大きく揺れ、水滴が降り注ぐ。


 美咲さんが反射盾を正面へ構えた。

 二枚の反射鎧も左右から角度を合わせ、俺たちへ叩き付けられた空気の塊を外へ流していく。


 俺は濡れた根を踏み締め、天狐竜を見上げた。


 水晶のような角は、根元から砕けている。

 そこへ集まろうとした冷気は、一本の光を形作れずに散っていた。

 美咲さんが刻んだ外衣の裂け目も塞がっていない。


「再生は止まっています。『冷光閃』も、もう使えません!」

「次は胸元ですね!」

「はい。胸部の魔核を狙います!」


 天狐竜が前脚を踏み出した。

 角を失っても、その動きに迷いはない。

 一度身体を沈めた直後、白金色の巨体が視界から消えた。


「右です!」


 俺が声を上げた時には、天狐竜が美咲さんの側面へ回り込んでいた。


 三本の爪が横から振るわれる。

 美咲さんは盾を外側へ傾け、爪の先端を上へ滑らせた。


 だが、天狐竜は止まらない。

 身体を回転させ、何本もの尾を続けて薙ぎ払う。


「ぴるっ!」


 一枚の反射鎧が尾の内側へ入り、軌道を押し上げた。

 美咲さんはその下へ身を沈め、天狐竜の胸元へ踏み込む。

 右手の『黄金短剣』が白銀の外衣を斬った。


 青白い光が散る。

 切り開かれた傷は、やはり塞がらなかった。


「今なら、攻撃した分だけ残ります!」


 俺も反対側から距離を詰める。

 白い前脚が正面から振り下ろされた。

 右手の『白銀短剣』を爪の側面へ合わせ、身体の外へ滑らせる。


 受け流した衝撃に右肩を押されたが、足は止めない。

 左手の『幻魔短剣』を外衣へ振るう。


 黒い刃が白銀の層へ食い込み、浅い裂け目を残した。

 その奥にある胸部魔核までは、まだ遠い。


 天狐竜が大きく跳び、霧の中へ身を隠す。

 直後、頭上へ幾つもの白い炎が浮かび上がった。


 角は砕いた。

 それでも、外衣から生まれる『冷炎』は消えていない。


「シズク、中央を!」

「ぷるっ!」

「ユキは左右を頼む!」

「ぴるっ!」


 白い炎が一斉に降り注いだ。

 『反射筒』が筒口を上へ向け、その中心にある一つを吸い込む。

 虹晶石へ青白い光が宿った。


 左右へ広がった冷炎は、二枚の反射鎧へ触れて別方向へ逸れていく。

 外側から回り込んだ火の粉を、『純白の魔法盾』が受け止めた。

 冷炎が落ちた根と泥は、白い霜に覆われている。


 天狐竜は、その上を駆けてシズクへ向かった。

 狙いは、冷炎を蓄えた『反射筒』だ。


「シズク、上へ!」

「ぷるるっ!」


 シズクと『反射筒』が別々の方向へ高度を上げる。


 天狐竜は一瞬だけ筒を目で追った。

 次の瞬間、濡れた根を蹴って跳び上がる。

 その着地点へ、シズクの石魔法が突き上がる。


 巨体が空中で身を捻った。

 着地先の根を氷が覆い、前脚が僅かに滑る。


「美咲さん!」

「はい!」


 美咲さんが正面から踏み込んだ。

 反射盾が、天狐竜の右肩へ叩き込まれる。

 巨体の向きが左へずれたところへ、『断魔短剣』が入った。


 刃先を中心に、胸元を覆う外衣が大きく波打つ。

 俺は天狐竜の左側から走り込み、『白銀短剣』を振り抜いた。

 乱れた外衣が深く裂け、その奥から胸部へ集まる魔力が見えた。

 だが、次の瞬間には何本もの尾が戻ってくる。


「下がってください!」


 美咲さんの声に合わせ、後ろへ跳ぶ。

 尾が俺たちの間を通り抜け、巨木の根を打ち砕いた。

 飛び散った木片を、ユキの魔法盾が受け止める。

 天狐竜の胸元には、先ほどまでなかった裂け目が残っている。


 一度で届かなくてもいい。

 再生しないのなら、攻撃を重ねるたびに魔核への距離は縮まっていく。



 ◇



 角を失っても、天狐竜の速度は落ちなかった。


 霧へ消え、別方向から飛び出してくる。

 爪を逸らせば尾が迫り、尾を防げば牙が盾へ食い込む。


 美咲さんの盾面には、幾筋もの傷が増えていた。

 ユキの魔法盾にも亀裂が残り、二枚の反射鎧は衝撃を受けるたびに大きく揺れる。


 それでも、俺たちは持ち場を崩さない。


 呼吸は荒くなり、短剣を握る腕も重い。

 シズクの身体を巡る魔力も、ユキの三つの防具に宿る光も、戦い始めた時より弱まっていた。


 このまま攻撃を重ね続ければ、先に限界を迎えるのは俺たちだ。


「ぷるるっ!」


 シズクが霧の中へ風を走らせた。

 白い壁が横へ割れ、天狐竜の姿が現れる。

 逃げる先へ氷を伸ばし、反対側には石の突起を作る。


 残された中央へ、火球が放たれた。

 天狐竜は前脚で火球を払い、白銀の外衣で炎を弾く。


 だが、表面を焼いた跡は消えない。

 先ほど『黄金短剣』で裂いた傷も、『幻魔短剣』で刻んだ切れ目も残ったままだ。


「ぴるるっ!」


 ユキの支援魔法が、俺と美咲さんの身体を包む。

 重くなっていた身体が、僅かに軽くなった。

 天狐竜が再び美咲さんへ突進する。


 反射盾と前脚がぶつかり、鈍い音が響いた。

 美咲さんは正面から押し返さず、盾面を傾けたまま根の外側へ進路を流す。


 天狐竜の胸元が、俺の前を通り過ぎた。

 左手の『幻魔短剣』を振るう。

 黒い刃が外衣を裂いたが、魔核へ届く前に巨体が離れていった。


「まだ浅いです!」

「もう一度、開きます!」


 美咲さんが二本の短剣を握り直す。

 俺も天狐竜の胸元へ視線を固定した。


 裂けた外衣の奥で、魔核を巡る魔力が脈打っている。

 あと一度、大きく乱すことができれば届く。


「美咲さん。胸元をお願いします」

「はい!」

「シズクは、左右を塞いでくれ。次の冷炎は『反射筒』で相殺だ」

「ぷるっ!」

「ユキ、俺の進路を頼む!」

「ぴるっ!」


 天狐竜が霧の奥で身を低くした。

 幾つもの残像が、左右へ散る。


 本体は正面。

 砕けた角の位置と、根を踏む圧力が重なっている。


「正面です!」


 シズクの氷魔法が、天狐竜の右側にある根を凍らせる。

 左側からは、石の突起が連続して伸びた。


 天狐竜は足を止めず、中央を突き抜けてくる。

 美咲さんが、その正面へ立った。


 振り下ろされた爪へ、反射盾を斜めに差し込む。

 爪が盾面を滑り、濡れた根へ突き刺さった。


「はああっ!」


 美咲さんが踏み込み、反射盾を天狐竜の胸元へ打ち込む。

 巨体の前半分が持ち上がった。


 左手の『断魔短剣』が、胸元へ突き立てられる。

 白銀の外衣を巡っていた魔力が、刃先を中心に大きく乱れた。


 右手の『黄金短剣』が続く。

 青白い光を散らしながら外衣が裂け、その奥が見えた。


 胸部魔核だ。


「ギャアアッ!」


 天狐竜の周囲へ、白い炎が浮かんだ。


 美咲さんへ。

 俺へ。

 空中にいるシズクとユキへ。


 残った冷炎が、全てこちらを向く。


「シズク!」

「ぷるるるっ!」


 『反射筒』が天狐竜の正面へ回り込んだ。


 筒口から、蓄えられていた冷炎が放たれる。

 天狐竜の冷炎と正面からぶつかり、白い炎が大きく膨らんだ。


 シズクの風が下から重なる。

 砕けた火の粉が、俺たちの頭上へ巻き上げられた。


 その下を走る。

 天狐竜の翡翠色の瞳が、俺を捉えた。


 胸元を隠そうと前脚が動く。

 何本もの尾も、背後から戻ってきている。


「___『残像』!」


 俺の姿が、天狐竜の正面へ走り続ける。


 翡翠色の瞳と前脚が、残像へ引かれた。

 俺自身は左へ踏み込み、持ち上がった胸元の下へ滑り込む。

 だが、尾の一本が俺の進路へ回り込んだ。


「ぴるっ!」


 斜め前を進んでいた反射鎧が、尾の側面へぶつかる。

 軌道が僅かに外れた。


 もう一枚の反射鎧は美咲さんへ迫る前脚を押し上げ、魔法盾がシズクとユキへ飛んだ火の粉を受け止めている。

 開いた進路を、最後まで走り抜ける。


 右手の『白銀短剣』を、裂けた外衣の端へ差し込んだ。

 刃を返し、魔核までの道を押し広げる。


 左手の『幻魔短剣』へ、残った魔力を集めた。


「___『斬鉄』!」


 黒い刃を、胸部魔核へ突き立てる。

 硬い抵抗が左手へ返ってきた。


 それでも止めない。

 根を蹴り、刃をさらに奥へ押し込む。


 魔核の表面に亀裂が走った。

 天狐竜が首を捻り、牙を俺へ向ける。


「陸斗さん!」


 美咲さんの『黄金短剣』が、天狐竜の首元へ入った。

 頭部が僅かに逸れる。


 その一瞬に、左腕を振り抜いた。

 胸部魔核が砕けた。



 ◇



 天狐竜の身体から、力が抜けた。

 持ち上がっていた前脚が根へ落ち、白金色の巨体が大きく傾く。


 俺は『幻魔短剣』を引き抜き、自分の足で外へ跳んだ。

 天狐竜は倒れながら、最後に一度だけこちらを見た。


 翡翠色の瞳から光が消える。

 白銀の外衣が崩れ、巨体が無数の光の粒へ変わっていった。


 濃霧区域を覆っていた白い霧も、少しずつ薄れていく。

 あとには、天女の羽衣を思わせる白金色の外套が残されていた。


 淡い光が、その表面を静かに流れている。

 俺が『解析鑑定』を向けると、詳細が表示された。



 ◇____________________


 『天狐竜(てんこりゅう)の外套』


 『品質:S』

 『希少度:A+』

 『推定買取価格:8,900,000円』


 『効果』

 ・自動回復(バトルヒーリング)5%

  詳細:3分で体力値&魔力値の5%回復

 ・高物理、高魔法耐性

 ・全ステータス値上昇:5%


 ____________________◇



「倒した……」

「はい。今度こそ、倒しました」


「ぷるるっ!」

「ぴるるっ!」


 シズクとユキが、揃って身体を大きく伸ばした。

 俺は二本の短剣を鞘へ戻し、残された『天狐竜の外套』を回収する。


 初戦では、額の角へ届くことさえできなかった。

 新しい装備を用意し、十日間の修行を重ね、四人で攻撃をつないだ。


 その全てが、胸部魔核へ届く最後の一撃につながった。

 俺たちは天狐竜を討伐し、第十七層を踏破した。


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