148話「天狐竜への再挑戦」
さりなさんと姫乃さんとの模擬戦を最後に十日間の修行を終え、俺たちは第十五層の仮設調査所で装備の最終確認を終えた。
模擬戦のあと、優莉さんへ預けていた新装備は全て点検済みだ。
回復薬と魔力回復薬も補充し、俺と美咲さんの鞄へ分けてある。
「濃霧区域では、前回と同じように映像が乱れる可能性があります」
髙橋さんが、二機の探索レコーダーを起動させる。
「音声通信は維持しますが、こちらから戦況を確認できるとは限りません。撤退条件へ達した場合は、討伐より帰還を優先してください」
「分かりました」
装備も更新した。
さりなさんたちとの模擬戦で、連携も深めた。
前回の攻撃にも対応できるはずだ。
「さあ、行こうか?」
「はい!」
「ぴるっ!」
「ぷるっ!」
第十五層の蒼銀の転移門をくぐり、第十六層の大草原へ移動する。
通常個体の縄張りを避けて草原を進み、解放済みの区域転移門から第十七層へ入った。
湿原密林を抜けると、二本の巨木が見えてくる。
その間には、白い霧が留まり続けていた。
右耳の耳飾りから、一体分の強い敵意が伝わってくる。
同時に、側にいるユキの感情も流れ込んできた。
怖い。
それでも、逃げたくない。
白い身体が、俺の左手へ触れる。
「ユキ」
「ぴる……」
「行くぞ、ユキ」
「ぴるっ!」
二枚の反射鎧が、ユキの左右で力強く傾いた。
俺は右手に『白銀短剣』、左手に『幻魔短剣』を抜く。
美咲さんも二本の短剣を抜き、左前腕へ魔力を流した。
小さな手甲盾の縁から淡い光が伸び、大きな盾面を形作る。
「入ります」
四人で、白い霧の中へ踏み込んだ。
◇
湿った根の上を数歩進んだところで、前方の霧が揺れた。
一つだった巨体の輪郭が、三つに分かれる。
白金色の頭部。
縦長の瞳孔を持つ翡翠色の瞳。
水晶を重ねたような額の角。
三体の天狐竜が、別々の方向から俺たちを見下ろしていた。
「相変わらず、すごい威圧感だな……」
「ええ、ですが今度こそ倒します……っ」
どの姿も巨木の根へ影を落としている。
だが、魔力の中心は一つしかない。
「右奥が本体か……」
鑑定眼で確認したのも束の間、三つの姿が同時に走った。
正面と左の姿は、巨体が根へ触れても音を立てない。
右奥から迫る一体だけが、踏み込むたびに濡れた根を軋ませていた。
「美咲さん、右だ!!」
「はい!」
美咲さんが右へ踏み込み、光の盾面を斜めに差し出す。
天狐竜の爪が盾へ叩き付けられた。
美咲さんは左腕を外側へ返し、三本の爪を脇へ滑らせる。
その横を抜けようとした俺へ、扇状に開いた尾が迫った。
「ぴるっ!」
一枚の反射鎧が尾の側面へぶつかり、薙ぎ払いの軌道を押し上げる。
俺は根を蹴り、身を沈めて尾の下を抜けた。
左手の『幻魔短剣』を振り上げる。
だが、黒い刃が届く前に、天狐竜は霧の奥へ滑り込んでいた。
「ぷるっ!」
頭上のシズクが風を放つ。
白い霧が縦に割れ、移動した天狐竜の姿が現れた。
さらに逃げ道へ氷槍を落とし、反対側の根を石弾で砕く。
天狐竜が二つの魔法の間を抜けた先に、美咲さんが待っていた。
前脚を盾で逸らし、左手の『断魔短剣』を首元の外衣へ滑らせる。
刃先が触れた場所から、白銀の魔力が大きく乱れた。
そこへ右手の『黄金短剣』が走る。
白銀の外衣が裂け、青白い光が散った。
額の角から魔力が流れ、傷口を塞ごうとする。
しかし、乱れた魔力は思うように集まらない。
再生が遅れている。
天狐竜の首を覆う外衣が、大きく膨らんだ。
周囲に浮かんだ白い炎が、一斉にこちらへ向く。
「『冷炎』が来ます!」
「ユキ頼む!」
「ぴるっ!」
俺の言葉に反応したユキは、二枚の反射鎧を操作し、冷炎へ備える。
白い炎が斜めに構えられた装甲面へ触れ、俺たちの頭上と、誰もいない泥の上へ逸れていく。
中央を抜けてきた冷炎は、『純白の魔法盾』が受け止めた。
「ぴる……!」
白い盾が強く輝く。
縁を掠めた火の粉が足元の根を凍らせたが、俺たちの進路は残っている。
天狐竜は炎の向こうから飛び出し、美咲さんへ角を向けた。
額へ集まった冷気の魔力が、一本の細い射線へ圧縮されていく。
解析表示が、美咲さんの身体へ重なった。
◇____________________
『技能発動予兆を検知』
『技能名』
・冷光閃
『攻撃対象』
・佐伯美咲
____________________◇
「狙いは美咲さんです! ユキ、右上へ流して! シズクはその先へ!」
「ぴるっ!」
「ぷるっ!」
美咲さんが射線から外れる。
一枚の反射鎧が斜めに入り、その右上へ『反射筒』が移動した。
次の瞬間、青白い光が放たれる。
冷光閃は反射鎧の表面を走り、装甲面の角度に沿って上へ逸れた。
その先で待ち構えていた筒口へ、細い光が飛び込む。
銀白色の筒が激しく震えた。
虹晶石の周囲を、青白い光が何重にも巡る。
筒口へ入り切らなかった光の端が空中を走り、離れた巨木の枝を切断した。
「ぷるぅっ……!」
シズクの身体が沈む。
それでも『反射筒』を手放さず、自分の斜め上へ引き戻した。
天狐竜が霧へ消える。
四方に翡翠色の瞳が浮かび、白い巨体が次々と位置を変えた。
魔力の中心は一つ。
「ユキ、後ろです!」
本物の天狐竜は、ユキの背後へ回り込んでいた。
額に二度目の光が集まる。
「シズク、カウンター発射!」
「ぷるるるっ!」
天狐竜の冷光閃と、『反射筒』に蓄えられていた冷光が同時に放たれた。
二本の青白い線が、ユキへ届く前に衝突する。
甲高い音が濃霧区域を貫き、砕けた光が周囲へ飛び散った。
シズクの風が冷気を上空へ巻き上げ、残った細い光をユキの魔法盾が受け止める。
「ぴるぅっ……!」
白い盾に幾筋もの傷が走った。
それでも、冷光閃はユキへ届かなかった。
俺も、射線へ飛び込んではいない。
弾けた冷気の向こうから、天狐竜が突進してくる。
二本の尾が、俺と美咲さんへ分かれて迫った。
ユキの反射鎧が一枚ずつ滑り込み、それぞれの軌道を逸らす。
俺は右手の『白銀短剣』を重ね、外れきらなかった尾を受け流した。
美咲さんも俺の前へは来ない。
自分へ向かう尾を盾で外し、そのまま『黄金短剣』を天狐竜へ振り抜いた。
俺たちは持ち場を崩さず、攻撃を防いだ。
◇
それでも、天狐竜の速度は落ちない。
シズクが魔力を集めれば、放たれる前に狙いから外れる。
美咲さんが盾を向ければ、その正面を避ける。
俺が踏み込もうとすれば、残像を残して間合いの外へ抜けていく。
天狐竜は、攻撃を見てから避けているのではない。
集まる魔力。
盾面の向き。
踏み込む直前の重心。
攻撃が始まる前の変化を捉え、先に逃げている。
なら、逃げた先にも攻撃があればいい。
「シズク。次は、天狐竜を狙わなくていい」
「ぷる?」
「動ける場所を一つずつ消してくれ。『反射筒』も良い使い方だぞシズク。今までのように相手の攻撃に合わせて相殺する感じで使うんだ」
「ぷるっ!」
「美咲さんは右側を塞いでください」
「はい」
「ユキは、反射鎧を俺と美咲さんへ一枚ずつ。魔法盾は、シズクとユキの守りに使ってくれ」
「ぴるっ!」
左手の『幻魔短剣』を握り直す。
「次で、額へ届かせます」
「はい!」
「ぷるるっ!」
「ぴるるっ!」
天狐竜が霧の中で身を低くした。
周囲へ三つの姿が浮かび上がる。
「正面と左は幻惑です。本体は右!」
シズクが、天狐竜ではなく右側の巨木へ風を放った。
枝葉が大きく揺れ、溜まっていた水滴が雨のように落ちる。
天狐竜が水滴を避けて左へ動く。
その先の根が凍り付き、さらに左では石の突起が地面から伸びた。
残された道は、一つだけ。
天狐竜が氷と石の間へ飛び込む。
そこへ、美咲さんが右側から踏み込んだ。
天狐竜の周囲に、再び冷炎が浮かぶ。
白い炎が美咲さんへ集中した。
外側を回り込んだ一つへ、『反射筒』が横から筒口を合わせる。
冷炎が吸い込まれ、虹晶石へ青白い光が宿った。
美咲さんは残る冷炎へ盾を斜めに構えた。
反射鱗へ触れた白い炎が、盾面に沿って左右へ逸れた。
逸れた冷炎が根を凍らせても、美咲さんの足は止まらない。
「はああっ!」
反射盾が、天狐竜の胸元へ叩き込まれた。
盾撃の衝撃に白銀の外衣が大きく揺れ、巨体の前半分が持ち上がった。
美咲さんは左腕を引き戻し、その手に握った『断魔短剣』を外衣へ突き立てる。
刃先を中心に魔力の流れが乱れ、額から外衣へ伸びていた白い光が途切れた。
「シズク!」
「ぷるるるっ!」
正面から、シズクの火球が迫る。
天狐竜は空中で身体を捻り、火球から顔を逸らした。
だが、その先には、シズクから離れた『反射筒』が待っている。
筒口から冷炎が放たれた。
正面の火球。
側面から迫る冷炎。
足元を塞ぐ氷と石。
天狐竜に、逃げ道は残っていない。
「ギャアッ!」
火球と冷炎が白銀の外衣へ重なり、巨体が大きく揺れた。
俺は天狐竜へ向かって走る。
一枚の反射鎧が、俺の斜め前を進む。
もう一枚は、美咲さんの側に残っている。
背後では、魔法盾がシズクとユキへ振るわれた尾を受け止めた。
天狐竜の翡翠色の瞳が、俺を捉える。
俺は正面へ踏み込むと見せ、左手の短剣へ魔力を流した。
「___『残像』!」
直前までいた場所に、踏み込もうとする俺の姿が残る。
天狐竜の視線と前脚が、残像へ引かれた。
俺自身は右へ踏み込み、低くなった頭部の側面へ回る。
だが、天狐竜の反応は速い。
爪が残像を通り抜けた瞬間には、俺へ顔を向け直していた。
反対側の前脚が迫る。
「ぴるっ!」
並走していた反射鎧が、前脚の内側へ斜めに入った。
爪の軌道が胸元から外れる。
外れきらなかった先端を『白銀短剣』で受け流し、俺は左足を根へ踏み込んだ。
透明な角が、目の前にある。
「___『斬鉄』!」
左手の『幻魔短剣』を振り抜く。
黒い刃が、水晶のような角の根元へ入った。
一瞬だけ、音が消える。
次の瞬間。
透明な角の内部に、幾筋もの亀裂が走った。
甲高い破砕音と共に、額部の高純度魔石が砕け散る。
白い光の欠片が、霧の中へ舞った。
「ギャアアアアアアアッ!」
天狐竜が頭を振り上げる。
俺の身体が根の上へ弾き飛ばされた。
背中から落ちる直前、ユキの魔法盾が下へ滑り込む。
白い盾へ受け止められ、そのまま濡れた根の上へ転がった。
すぐに身体を起こし、天狐竜を見る。
砕けた角の根元へ、冷気の魔力が集まりかける。
だが、一本の光になる前に形を失い、白い粒となって散った。
美咲さんの『黄金短剣』が刻んだ裂け目も、『断魔短剣』で乱された外衣の傷も塞がらない。
初戦では届かなかった角を、今度こそ砕いた。
それでも、天狐竜は倒れていない。
砕けた角を振り、白銀の外衣を大きく広げる。
濃霧区域を震わせる咆哮が、俺たちへ叩き付けられた。




