146話「美咲の二つの新装備」
反射蜥蜴を討伐した翌日。
クラン専用工房の検査室では、回収した反射鱗へ細い検査光が当てられていた。
一枚目に触れた光は、斜め上へ。
二枚目に触れた光は、ほとんど真横へ。
反射鱗を置く向きは揃えてある。それでも、鱗面に残された僅かな傾斜の違いによって、光が逃げていく方向は少しずつ変わっていた。
俺は検査台の横から、一枚ずつ『解析鑑定』を重ねていく。
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『反射鱗』
『性質』
・魔法及び放出型特殊攻撃を、鱗面の角度に沿って偏向
・入射角により偏向方向が変化
『状態』
・良好
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「一枚一枚、反射する角度が違うんですね」
優莉さんが、検査光の軌跡を端末へ記録する。
難しい素材を前にしているはずなのに、その声はどこか楽しそうだった。
「これは、うちの腕の見せどころです」
「使う時に、鱗ごとの角度を考える必要があるんですか?」
美咲さんが尋ねると、優莉さんはすぐに首を横へ振った。
「戦うてる最中に、そないなことを考えるんは無理です。そこは、作るうちが考えるところですから」
優莉さんは検査台から離れ、美咲さんが左腕へ装着している『複合防護の軽盾』へ目を向けた。
「いつもの構えを、見せてもらえますか?」
「はい」
美咲さんが一歩下がり、左腕の盾を前へ出す。
身体を真正面には向けない。
右足を僅かに引き、盾面も少しだけ斜めにする。攻撃を力任せに止めず、外へ流してから『黄金短剣』を届かせるための構えだった。
優莉さんは正面だけではなく、左右からもその姿を確認する。
「次は、右から攻撃が来た時の動きをお願いします」
「分かりました」
美咲さんが腰を落とし、盾の縁を右へ寄せる。
受ける位置。
腕を畳む角度。
盾を返したあと、右手の短剣を突き出すまでの軌道。
何度か動きを繰り返すたび、優莉さんは端末へ新しい線を書き加えていった。
「美咲さんが、いつものように盾を合わせるだけで、攻撃が身体の外へ散るように鱗を組んでみます」
端末には、盾を中心にして幾筋もの線が広がっている。
どの線も、美咲さんの身体がある後方には伸びていなかった。
「盾を返した時には、逃がしたい方へ光の流れを寄せられるようにも調整してみます。上手くいけば、魔物へ返すこともできるかもしれません」
「自動的に、攻撃した相手へ返すわけではないんですね」
「はい。反射蜥蜴の鱗も、当たった角度へ跳ね返していただけです。せやけど、美咲さんの動きに合わせて最初から鱗を並べておけば、戦いながら一枚ずつ考える必要はありません」
装備の都合へ使い手を合わせるのではない。
美咲さんが身に付けてきた動きに、素材の性質を合わせる。
優莉さんが作ろうとしているのは、ただ反射鱗を貼り付けた盾ではなかった。
「お願いします、優莉さん」
美咲さんは左腕の盾を下ろし、改めて優莉さんへ頭を下げた。
「私一人を守るだけではなく、後ろにいるみんなまで守れる盾にしてください」
その言葉を聞いて、優莉さんが端末を持つ手へ僅かに力を込める。
「はい。そのための盾を作ります」
◇
盾の中核には、クラン保管庫に残していた砂嵐王蠍の甲殻を使うことになった。
攻撃を受け止める甲殻。
軽盾としての強度と取り回しを補う鋼殻片。
そして、攻撃の軌道を変える反射鱗。
性質の違う三つの素材を、優莉さんはすぐに一つへ組み上げようとはしなかった。
甲殻へ熱を加える範囲を変え、鋼殻片とのつなぎ目を作る。
盾面へ反射鱗を置いては検査光を当て、外し、僅かに向きを変えてもう一度確かめる。
鱗を収める場所が決まってからも、内部へ魔力を流す経路は別に整えなければならない。
少しでも急げば、一枚の反射角がずれる。
魔力経路を広げ過ぎれば、盾の一部へ負荷が集中する。
だから優莉さんは、一日に進める工程を自分で決め、それを越えて作業しなかった。
俺たちも、進み具合を確かめるためだけに工房へ入ることはしない。
豹堂先生から許可された階層で修行を続け、戻れば左腕と魔力経路の検査を受ける。
その間も、クラン拠点には金槌の音が響いていた。
一打。
少し間を置いて、もう一打。
量産には向かないと否定された『鉄打ち』の遅さが、今は異なる素材を一つずつ確かめ、美咲さんだけの盾へ変えている。
やがて数日後。
優莉さんから、盾が形になったという連絡が届いた。
◇
クラン専用工房の装着確認室。
机の上には、新しい軽盾が置かれていた。
砂嵐王蠍の甲殻を中核にした盾面へ、反射鱗が幾重にも組み込まれている。
正面から見れば、一枚の盾としてまとまっていた。
だが、近付いて見ると、鱗の一枚一枚が僅かに異なる方向を向いている。
外縁は鋼殻片で補強され、反射鱗へ直接衝撃が集中しないように形が整えられていた。
「まだ、協会の安全確認前です。今日は重さと動きだけ見てください」
「分かりました」
美咲さんが、左腕へ盾を装着する。
腕を上げ、いつもの位置へ構える。
一度目はゆっくり。
二度目は、正面から攻撃を受け流す時と同じ速さで盾を動かした。
右手の『黄金短剣』を突き出し、そのまま身体を回して盾を引き戻す。
「前の軽盾より、少し重く感じます。でも、動きを止められるほどではありません」
「右の肩へ、余計な力が入ってます」
優莉さんに言われ、美咲さんが構え直す。
「盾の上側が重いから、無意識に支えようとしてはるんやと思います。そこは直します」
「私が慣れれば済む程度ではありませんか?」
「済ませたらあきません」
優莉さんは迷わず答えた。
「美咲さんは、天狐竜の前で盾の重さを気にしてる余裕なんてないでしょう? 素材の力を引き出すんがうちの仕事ですけど、使いにくうなったら意味がありません」
完成に見えた盾を、優莉さんはもう一度工房へ持ち帰った。
外縁の一部を調整し、腕を固定する位置を僅かに変える。
翌日、改めて受け取った美咲さんが同じ動きを繰り返した時、右肩に入っていた余計な力は消えていた。
「これなら、今までと同じように動かせます」
「よかったです」
そこで初めて、優莉さんは盾を協会の安全確認へ提出した。
◇
協会の装備試験室には、俺たちのほかに武器防具の確認を担当する職員が待っていた。
職員が素材記録と製作工程を確認し、補助用の鑑定器で協会のデータベースと照合する。
さらに『鑑定』を持つ職員が盾の状態を調べ、その結果と俺の『解析鑑定』を一つずつ突き合わせていった。
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『王蠍の反射殻盾』
『製作者』
・音無優莉
『使用者』
・佐伯美咲
『使用素材』
・砂嵐王蠍の甲殻
・鋼殻片
・反射鱗
『付与効果』
・偏向反射
・吸収反射
・盾撃強化
『偏向反射』
・物理攻撃、魔法、放出型特殊攻撃の軌道を盾面の角度に沿って逸らす
・強い攻撃の偏向には、使用者の技量、姿勢、筋力が必要
『吸収反射』
・許容量内の魔法、放出型特殊攻撃を盾内部へ吸収、保持
・物理攻撃は吸収対象外
『盾撃強化』
・保持した攻撃の力と性質を、次の盾撃へ上乗せ
・対象へ盾を直接当てた時に発動
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「解析結果に異常はありません」
俺が伝えると、職員も頷いた。
「それでは、出力を制限した状態で実動試験を始めます。最初は物理攻撃です」
美咲さんが試験区画へ入り、『王蠍の反射殻盾』を構える。
床と壁には、逸れた攻撃を受け止める防護術式が展開された。
正面の訓練器から、打撃用の腕が伸びる。
美咲さんは盾を大きく動かさなかった。
打撃が届く直前、いつものように盾面を僅かに傾ける。
重い音が響いた。
訓練器の腕は盾の中央で止まらず、盾面と甲殻の傾斜に沿って斜め下へ滑る。
美咲さんの足が半歩だけ床を擦った。
衝撃そのものが消えたわけではない。
それでも、正面から受け止めた時のように身体ごと押し込まれることはなかった。
「物理攻撃の偏向を確認。吸収反応はありません」
物理攻撃は、盾の内部へ取り込めない。
解析結果どおりだった。
「続いて、放出型の魔力攻撃を使用します」
別の訓練器へ、青白い光が集まっていく。
細く伸びた光を見た瞬間、左腕の奥が強張った。
痛みはない。
それでも、白い霧の中を走った冷光が、記憶の底から浮かび上がる。
隣にいたユキも、小さく身体を震わせた。
「ぴる……」
俺は左手を開き、五本の指があることを確かめた。
「陸斗さん」
試験区画の美咲さんが、こちらを見ている。
心配を掛けたくなくて、大丈夫だと答えそうになる。
だが、光を見て怖いと思ったことまで、なかったことにする必要はない。
「少し、思い出しました。でも、続けられます」
「……分かりました」
美咲さんはそれ以上聞かず、正面へ向き直った。
盾を持つ左腕にも、僅かに力が入っている。
怖いのは、俺だけではない。
それでも、美咲さんは盾を下ろさなかった。
「試験を開始します」
青白い魔力光が放たれる。
美咲さんは、優莉さんと何度も確かめた位置へ盾を合わせた。
直後、魔力光が盾面へ激突する。
青白い光が、美咲さんの姿を覆い隠すほど膨れ上がった。
だが、光は盾を貫かなかった。
重なり合う反射鱗が一斉に輝き、一本の魔力光を幾筋にも分ける。
盾面を中心に、花が開くように青白い光が弾け飛んだ。
上へ。
左右へ。
斜め前方へ。
異なる角度へ逃がされた光が、試験室の防護術式へ次々と吸い込まれていく。
美咲さんの身体がある後方へ抜けた光は、一筋もなかった。
「偏向反射、正常です」
光が消える。
盾の向こうから現れた美咲さんは、両足で床に立ち続けていた。
俺の左手からも、いつの間にか余計な力が抜けている。
「美咲さん、次は少しだけ右へ流してみてください」
優莉さんの声に、美咲さんが頷く。
二度目の魔力光が放たれた。
今度は、衝突の瞬間に盾面を僅かに返す。
放射状に弾けた光の多くが、美咲さんの右前方へ偏った。
そこに置かれていた複数の試験標的へ、散らされた光が続けて当たる。
「できました」
美咲さんが、盾を構えたまま呟く。
鱗ごとの反射角を考えたわけではない。
いつもの盾さばきで、攻撃を逃がしたい方向へ盾を返しただけだ。
「はい。美咲さんが今まで身に付けてきた動きで、使えます」
優莉さんの声に、確かな喜びが滲んでいた。
次は、同じ魔力攻撃を盾の内部へ取り込む試験へ移った。
放たれた光が盾面へ触れる。
先ほどのように周囲へ弾けず、反射鱗に沿って細く分かれた光が、盾の内部へ吸い込まれていった。
外から光が消えたあとも、盾面の奥には青白い魔力が脈打っている。
「吸収反射を確認。続けて、盾撃用標的へ移動してください」
美咲さんが一歩踏み込む。
左腕を引き付け、標的へ盾を打ち込んだ。
「はあっ!」
盾面が標的へ触れた瞬間、保持されていた青白い魔力が一度に流れ込む。
衝突音へ魔力の炸裂音が重なり、標的が後方へ押し出された。
盾の内部に残っていた反応は消えている。
「『盾撃強化』、正常です」
全ての実動試験を終え、安全性にも問題がないことが確認された。
美咲さんが試験区画から戻ってくる。
「ありがとうございます、優莉さん」
「まだ、試験用の出力です。天狐竜の攻撃を、何でも簡単に防げる盾になったわけやありません」
「分かっています」
美咲さんが、新しい盾面へ手を重ねる。
「それでも、受け止め続けるだけではなくなりました。攻撃を流して、前へ進めます」
初戦では、天狐竜の攻撃を防ぐたびに足を止めさせられた。
止まれば、次の冷炎が来る。
その攻撃を防いでいる間に、冷光閃が形成される。
今度は、ただ耐えるために盾を構えるのではない。
攻撃を身体の外へ逃がし、天狐竜へ近付くために使う。
「次は、この盾を使いこなせるように練習します」
「使うてて気になるところがあったら、どんな小さいことでも言うてください」
優莉さんは、美咲さんが装着した『王蠍の反射殻盾』を見つめる。
「作ったんは、うちです。最後まで、うちが調整しますから」
◇
『王蠍の反射殻盾』が完成しても、優莉さんは続けて二つ目の装備を打つことはしなかった。
盾の製作記録をまとめ、使用した道具を点検する。
そして一日、炉へ火を入れずに身体を休めた。
俺たちはその間も、第十層から第十四層で修行を続けた。
美咲さんは新しい盾を持ち込まず、協会から迷宮内での使用許可が出るまで、訓練場で構えと足運びだけを繰り返している。
焦って第十七層へ戻る者は、誰もいなかった。
盾の完成から、さらに数日後。
優莉さんは反射蜥蜴の牙と魔導鉄を使い、二つ目の一点物を完成させた。
◇
「こちらは、盾と一緒に使うことを前提に調整しました」
優莉さんが、鞘に収められた短剣を美咲さんへ差し出す。
『黄金短剣』よりも細身で、素早く抜きやすい形をしていた。
魔導鉄の刃には、反射蜥蜴の牙を加工した淡い筋が通っている。
深く斬り込むためだけの刃ではない。
接触した魔力へ牙の性質を伝え、流れを内側から乱すための短剣だった。
美咲さんが右手で柄を握り、鞘から抜く。
盾を構えたまま手首を返しても、外縁へ刃が触れることはない。
「軽いです」
「『黄金短剣』から持ち替える時に、重さの違いで手が遅れんように調整しました。鞘の位置も、美咲さんが一番抜きやすいところへ合わせてあります」
美咲さんが『断魔短剣』を鞘へ戻し、もう一度抜く。
今度は盾を前へ出した状態から、右手だけを腰へ下げた。
一度目よりも短い動きで刃が現れる。
俺は短剣へ『解析鑑定』を発動した。
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『断魔短剣』
『製作者』
・音無優莉
『使用者』
・佐伯美咲
『使用素材』
・魔導鉄
・反射蜥蜴の牙
『効果』
・接触箇所の魔力の流れ及び術式を、内側から撹乱
『制限』
・魔法及び特殊攻撃を、無条件に無効化するものではない
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「能力は正常です」
盾と同じように、協会の担当職員が検査記録と俺の解析結果を照合する。
安全性が確認されたあと、試験区画へ薄い魔力障壁が展開された。
「刃を強く打ち付ける必要はありません。触れさせた状態で、短剣へ魔力を流してください」
美咲さんが『断魔短剣』の切っ先を、魔力障壁へ触れさせる。
刃へ魔力が流れた瞬間、接触した一点から障壁の光が揺れた。
幾重にも重なっていた魔力の線が絡まり、形を保てなくなる。
障壁全体が消えたわけではない。
だが、切っ先が触れている周囲だけは薄く崩れ、その向こう側が見えていた。
美咲さんが刃を離す。
乱された魔力が、時間を掛けて元の流れへ戻っていく。
「触れたところだけなんですね」
「はい。何でも消せる短剣やありません」
優莉さんが、試験結果を見ながら答える。
「せやけど、盾で攻撃を流して近付けたら、美咲さんなら刃を届かせられます。外側から無理に壊すんやなくて、触れたところから魔力の流れを崩すための一本です」
天狐竜を包んでいた魔力外衣。
初戦では、傷付けてもすぐに再生した。
『断魔短剣』だけで、あの外衣を消すことはできない。
それでも、一か所の流れを乱すことができれば、再生が揺らぐ瞬間を作れるかもしれない。
その一瞬へ、俺が『幻魔短剣』を届かせる。
「陸斗さん」
美咲さんが、試験区画から俺を振り返った。
「今度は、私が道を開きます」
左腕には『王蠍の反射殻盾』。
右手には『断魔短剣』。
腰には、主武器の『黄金短剣』がある。
その姿を見て、初戦で冷光閃へ届かなかった自分の左手を思い出す。
あの時は、解析で弱点が分かっていても、そこまで続く道を作れなかった。
だから一人で届こうとはしない。
「お願いします。美咲さんが開いてくれた道を、今度は必ず進みます」
「はい」
美咲さんが、静かに笑った。
優莉さんは俺たちの会話が終わるのを待ってから、作業記録を閉じる。
「これで、美咲さんの二つは完成です」
「ぷるっ!」
「ぴるっ!」
見学区画で待っていたシズクとユキが、揃って身体を伸ばした。
優莉さんが二体へ目を向ける。
「次は、シズクちゃんとユキちゃんの番ですね」
「ぷるるっ!」
「ぴるるっ!」
工房へ戻った優莉さんが、残る反射素材の検査記録を机へ広げる。
俺たち四人で天狐竜へ戻るための装備は、まだ半分しか揃っていない。
それでも、美咲さんの左腕には、冷光を身体の外へ弾く新しい盾がある。
腰には、魔力の守りへ一瞬の隙を作る短剣が加わった。
優莉さんが炉へ火を入れる。
次の二つの装備へ向けた金槌の音が、再びクラン拠点へ響き始めた。




