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138話「絶体絶命」


 白い霧が、横へ大きく裂けた。


「右です!」


 美咲さんが軽盾を持ち上げる。

 直後、天狐竜(てんこりゅう)の前脚が盾へ叩き付けられた。


 複合防護の軽盾が大きく傾き、美咲さんの身体が濡れた地面を滑る。

 それでも倒れず、押し流される勢いを利用して黄金短剣を振るった。

 だが、刃が届くより早く、天狐竜の白い姿が霧へ消える。


「ぷるっ!」


 上空のシズクが、消えた先へ風弾を放った。

 風が霧を吹き散らし、天狐竜の輪郭が一瞬だけ現れる。


 シズクはすぐに属性を切り替え、その進行方向へ氷槍を落とした。

 天狐竜は、地面が凍り付く直前に横へ跳ぶ。


 今度は石弾が逃げた先へ飛んだ。

 しかし、それさえ身体を僅かに傾けただけで躱される。


「速すぎる……!」


 俺も白銀短剣を構えている。

 ユキの支援魔法によって、身体能力は一割上がっている。


 さらに、羽織っている『夜嵐外套』にも俊敏値を五%上昇させる効果があった。

 それでも、天狐竜の動きを目で追い切れない。


 俺が白い姿を見つけた時には、もう次の場所へ移動している。

 攻撃しようと一歩踏み込めば、その間に誰かが狙われた。


「陸斗さん、後ろです!」


 振り返るより先に、一枚の白銀鎧が俺の背後へ滑り込んだ。


「ぴるっ!」


 硬い衝突音が響く。


 白銀鎧が弾き飛ばされ、その横から天狐竜の爪が伸びた。

 白銀短剣で受ける。


 『反射』によって威力の一部は軽減された。

 だが、腕へ伝わった衝撃までは消えない。


「くっ……!」


 足元の泥へ片足が沈む。


 そのまま短剣を振り返そうとした時には、天狐竜はもういなかった。

 今の俺が無理に攻撃へ移れば、ユキから離れるだけだ。


「美咲さんとシズクは、攻撃を続けてください! 俺はユキの近くで動きを調べます!」

「分かりました!」

「ぷるっ!」


 俺は追うことを諦め、ユキのすぐ横まで下がった。

 頭上の探索レコーダーは、濃霧に映像を乱されながら俺たちを追っている。

 高橋さんの声も途切れ途切れにしか届かず、区域の外から天狐竜の位置を知らせてもらうことはできなかった。


 攻撃へ届かないなら、届く二人が動ける状況を作る。

 そして、天狐竜の動きと魔力の流れを解析する。

 それが、今の俺にできる役目だった。



 ◇



 天狐竜の周囲へ、青白い炎が浮かび上がった。


「『冷炎』が来ます!」


「ぴるるっ!」


 ユキが『純白の魔法盾』を正面へ動かす。

 放たれた冷炎は地面の上を広がり、白い霧ごと俺たちへ押し寄せた。


 触れていない泥と巨木の根が白く凍っていく。

 純白の魔法盾が、冷炎の中心を受け止める。


 盾の表面へ青白い炎が広がった。

 白い光が強くなり、受け止めた冷炎の一部を天狐竜へ反射する。


 だが、返された炎は何もない霧の中を通り過ぎた。

 発動を見てからでも、天狐竜は避けている。


「ぷるるっ!」


 盾の左右から溢れた冷炎を、シズクの風が外側へ押し流す。

 だが、押し流された冷炎は消えなかった。

 青白い火の粉となって泥の上を転がり、巨木の根や濡れた草へ触れた場所から、再び燃え広がっていく。


 美咲さんは軽盾を斜めに構え、残った炎を受け流した。

 冷気が盾の縁を白く凍らせ、その表面へ残った小さな炎が手元へ近付いていく。


 俺の『夜嵐外套』の裾にも、青白い火が一つ付着していた。

 払っても消えない。


 青白い火に触れた夜色の生地が、裾から白く凍り付いていく。

 凍った外套は板のように硬くなり、動くたびに軋んだ。


 さらに、その冷気が生地越しに染み込み、太腿の熱を奪いながら身体へ広がっていく。

 最初に感覚がなくなった。


 その直後、凍り付いた皮膚が内側から裂けるような痛みが走る。

 視界へ、解析結果が表示された。



 ◇____________________


 『天狐竜・技能解析』


 『冷炎』

 ・接触地点へ付着

 ・付着部から周囲へ燃焼範囲を拡大

 ・冷気による継続(スリップ)ダメージ

 ・内包魔力が尽きるまで効果継続


 ____________________◇



 ただ足場を凍らせる攻撃ではない。

 盾や鎧で直撃を防いでも、付着した残り火は装備そのものを凍らせる。

 そこから冷気が内側へ伝わり、炎が消えるまで身体を凍らせ続ける。


 シズクの風も、付着する前の炎なら押し返せる。

 だが、すでに身体へ燃え移った炎までは吹き飛ばせなかった。


 押し流した火の粉の一つが風へ巻き上げられ、上空のシズクへ付着する。

 青白い炎が半透明の翼へ燃え広がり、羽ばたきが目に見えて遅くなった。


「ぷるっ……!?」


 純白の魔法盾の縁を回り込んだ残り火も、地面を伝ってユキの身体へ触れている。

 雪のように柔らかかった表面が凍り付き、魔核へ向かって青白い亀裂が伸び始めた。


「ぴる……!」


 ユキの身体が大きく震えた。


 純白の魔法盾で全てを反射することはできない。

 許容量を超えた冷炎を受ければ、ユキの魔力を失うだけでなく、溢れた炎が本人へも届く。


 それを見抜いたように、天狐竜が再び動いた。

 冷炎の直後へ、爪と前脚による攻撃を重ねてくる。


 一枚目の白銀鎧が俺の前へ。

 二枚目は美咲さんの側面へ移動する。

 純白の魔法盾は、上空のシズクへ向けられた二度目の冷炎を追った。


 ユキは三つの防具を休ませることができない。


 俺の肩へ爪が掠り、『夜嵐外套』の表面が裂けた。

 そこへ地面を這ってきた冷炎が触れる。

 裂けた外套の縁から白い霜が走り、肩口の生地を硬く凍らせた。

 冷気は裂け目から肌へも染み込み、傷口の周囲を青白く凍らせる。


 美咲さんも、軽盾で受け流し切れなかった衝撃を受け、左腕を押さえている。

 盾の縁から燃え移った冷炎は、左肩を覆う軽鎧へ付着していた。

 装甲の継ぎ目が白く凍り付き、腕を動かすたびに硬い音を立てる。

 そこから漏れた冷気が袖へ広がり、腕の表面へ白い霜を作っていた。


 ユキが、自分の傷より先に俺たちへ身体を向けた。


「ぴる……」


 それでも、頭上の結晶冠に回復の緑色は灯らない。

 危険な時は、回復よりも防御を優先する。

 大きな怪我をした時は、回復薬を使う。


 地上で教えたことを守り、ユキは二枚の白銀鎧を次の攻撃へ向かわせた。


「大丈夫だ。ユキはそのまま防御を頼む」

「ぴるっ!」


 白銀鎧に守られている間に、魔法鞄から回復薬を一本取り出す。

 だが、自分の口へは運ばない。


 防具の操作を続けるユキへ近付き、冷炎に触れていない場所から薬液を少しずつ注いだ。

 ユキの身体が回復薬を取り込み、魔核へ伸びていた亀裂が閉じていく。


 美咲さんも探索鞄から一本を取り出し、白銀鎧の陰へ降りてきたシズクの身体へ注いでいた。

 凍り付いた翼へ色が戻り、弱まっていた羽ばたきが持ち直す。


 だが、二人へ付着した冷炎は消えない。

 治った場所を、その上からもう一度凍らせ始める。


 俺の太腿と肩にも痛みが走っていた。

 美咲さんの左腕も、袖の下まで白く凍り始めている。


 それでも、美咲さんの視線は自分の腕ではなく、シズクの翼へ向いていた。

 俺も同じだった。


 冷炎がシズクとユキの魔核へ達する光景を想像しただけで、胸の奥が冷たくなる。

 声には出さなかったが、回復薬の残りを数える指には、すでに力が入り過ぎていた。


「私たちは後です。シズクとユキを優先します」

「はい。二人へ冷炎が付いたら、すぐに教えてください」


 冷炎に込められた魔力が尽きるまでに広がった損傷を、その都度、回復薬で塞ぐしかなかった。

 だが、天狐竜の速度が落ちたわけではない。


 攻撃は、その後も止まらなかった。

 天狐竜は冷炎を何度も放ち、青白い炎が消える前に、次の炎を重ねてくる。


 次の回復薬も自分たちには使わなかった。

 俺は再びユキへ、美咲さんはシズクへ、二本目の薬液を注ぐ。


 天狐竜は、三つの防具と風が冷炎を妨げていることも見抜いていた。

 上空のシズクへ火の粉を巻き上げ、純白の魔法盾を回り込むように地面へ冷炎を這わせる。


 一つの炎が消える頃には、別の残り火が二人の身体へ付着した。

 俺たち自身も爪と冷炎に削られていたが、動ける間は後回しにする。


 シズクが俺の近くへ落ちた時には、俺の回復薬を使った。

 ユキが美咲さんの側で冷炎を受けた時は、美咲さんが迷わず自分の瓶を開けた。


 どちらの回復薬を誰へ使ったかは、もう関係ない。

 凍り付く小さな身体を見つけるたび、手の届く方が瓶を取り出した。


 それでも、自分たちへ一度も使わずに戦い続けることはできなかった。

 指が凍って短剣を握れなくなった時と、脚の傷で二人を守る位置へ動けなくなった時だけ、俺と美咲さんも回復薬を飲んだ。


 俺の十本は、七本をユキへ、一本をシズクへ、二本を自分へ使った。

 美咲さんの十本も、七本をシズクへ、一本をユキへ、二本だけを自分へ使っていた。


 空瓶が増えるほど、二人に次の冷炎が付着した時のことばかり考えてしまう。

 残り三本。

 残り二本。


 最後の一本も、俺はユキへ、美咲さんはシズクへ注いだ。


 これで、俺も美咲さんも、それぞれ持ち込んだ通常の回復薬十本を全て使い切った。

 二十本のうち、十六本をシズクとユキへ使っている。


 二人の身体に残っていた亀裂と凍傷は塞がった。

 だが、次に冷炎を受けた時、同じように治せる薬はもうない。


 『夜嵐外套』の自動回復も、浅い傷を僅かに塞ぐだけだ。

 シズクとユキを守って戦える時間は延ばせても、天狐竜へ攻撃を届かせることはできなかった。


 通常の回復薬が尽きた。


 上級回復薬は、俺と美咲さんの鞄に五本ずつ残っている。

 だが、それを使ってまで戦い続ける理由はない。


 倒すどころか、天狐竜へ有効な傷を一つも残せていないのだ。


「撤退します!」


 自分でも驚くほど、声は迷わず出た。


「上級回復薬は、全員でここから出るために使います!」

「はい!」


 美咲さんも即座に攻撃の手を止め、俺たちが来た方角へ身体を向けた。


「シズクは風で霧を開いて、帰還経路を確認してください! 美咲さんが先頭、俺とユキは後ろに付きます!」

「ぷるっ!」

「ぴるっ!」


 削られていたのは、体力だけではない。


 俺は『反射』を使う白銀短剣と防具へ魔力を流し続けている。

 美咲さんも黄金短剣と軽盾を休ませられず、シズクは風、氷、石の魔法を切り替え続けていた。


 魔力回復薬は、俺と美咲さんが自分用に五本ずつ用意してある。

 それとは別に、鞄を持てないシズクとユキの分も五本ずつ預かっていた。


 一枚の白銀鎧に守られている間に、俺は自分用の魔力回復薬を一本飲んだ。

 美咲さんはシズク用の一本を取り出して、側へ降りた小さな身体へ薬液を注ぐ。


 シズクが魔力回復薬を取り込み、再び上空へ飛び上がった。

 美咲さんの魔力も減っていたが、切り札を一度放つだけの余力は残っている。


 ユキ用の五本には、まだ手を付けていない。

 防具の動きに乱れはなく、操作を止めさせてまで今ここで使わせる必要はなかった。


 魔法鞄には『白銀王の銀笛シルバーキングフルート』も入っている。

 登録されたシズクとユキの体力と魔力を回復できる秘宝だ。

 だが、あれは二人の命に本当の危険が迫った時に使う、最後の保険として残してある。



 ◇



 シズクの風が、白い霧を細く切り開いた。


 巨木の根へ残した目印と、濡れた地面に刻まれた俺たちの足跡が見える。

 あれを辿れば、濃霧区域の外へ戻れる。


 美咲さんを先頭に、四者で来た道を走り始めた。

 三歩目で、開いた霧の先を白い影が塞いだ。

 天狐竜が、帰還経路の中央に立っている。


「前です!」


 美咲さんが軽盾を上げる。

 天狐竜の前脚が叩き付けられ、複合防護の盾から重い音が響いた。


 シズクが右へ風を放ち、別の通路を作る。

 俺たちがそちらへ向きを変えると、天狐竜は美咲さんの盾から離れ、白い霧へ消えた。


 次に姿を現したのは、右へ迂回した先だった。

 青白い炎が地面を走り、俺たちと濃霧区域の外を隔てるように燃え広がる。


「逃げ道を……塞いでいる?」


 美咲さんの声に、すぐには答えられなかった。


 偶然ではない。

 俺たちが向きを変えるたび、天狐竜は進行方向へ先回りしている。

 こちらが戦うのをやめ、濃霧区域から逃げようとしていることを理解しているかのようだった。


 回り込むだけでは、濃霧区域の奥へ追い返される。


「私が、道を開きます」


 美咲さんが黄金短剣を強く握り、軽盾の陰で腰を落とした。


 美咲さんの周囲へ大量の魔素が集まり、一気に刀身へ流れ込んでいく。

 黄金の刃へ紫の稲妻が絡み付き、周囲の霧を激しく押し退けた。


「___魔力解放(マナ・リリース)! 紫電一閃(しでんいっせん)ッ!!」


 天狐竜が爪を振り下ろすより早く、美咲さんが正面へ踏み込んだ。

 紫電を纏った黄金短剣が、天狐竜の肩を覆う白い外衣へ叩き込まれる。


 激しい衝突音が響き、白い身体が帰還経路の外へ弾き飛ばされた。

 巨木の根へ叩き付けられ、青白い光が周囲へ散る。


 倒せてはいない。

 それでも、塞がれていた道から天狐竜を退かすことはできた。


「今です! 走ってください!」


 着地した美咲さんの足元が、僅かに揺れた。

 『紫電一閃』による魔力消費の反動だ。


 美咲さんは探索鞄から自分用の魔力回復薬を一本取り出し、一息で飲み切った。

 失われた魔力が戻り、揺れていた足元が定まる。


 美咲さんを先頭に、開いた道へ飛び込む。

 次の目印がある巨木まで、一気に距離を進めた。


 だが、背後で天狐竜がすぐに立ち上がる。


 紫電一閃が切り裂いた外衣へ、額部の魔石から細い魔力が流れ出していた。

 白い身体の表面を巡り、損傷した場所へ集まっていく。


 散ったはずの外衣が形を取り戻した。

 俺は走りながら、魔力の流れへ『解析鑑定』を集中させる。



 ◇____________________


 『天狐竜・詳細解析』


 『額部・高純度魔石』

 ・外衣への魔力供給

 ・外衣損傷部の再生


 『外衣』

 ・天狐竜本体を覆う魔力防護層

 ・額部の高純度魔石が機能している間、損傷部を再生


 『胸部・魔核』

 ・天狐竜本体の生命核


 ____________________◇



「倒す順番が分かりました!」


 表示された内容を、すぐに全員へ伝える。


「最初に額の魔石を壊して、外衣の再生を止めます! そのあと外衣を破壊して、最後に胸の魔核です!」


「分かりました。ですが、今は戻ることを優先します!」

「はい!」


 倒し方は分かった。


 額の魔石を壊し、外衣の再生を止める。

 外衣を破壊し、その内側にある胸部の魔核を砕く。


 だが、俺たちの攻撃は、その最初の一つへ届かない。

 手に入れた情報を持ち帰るための道さえ、天狐竜に塞がれている。



 ◇



 天狐竜は、再生した外衣を翻して俺たちを追い越した。

 次の帰還経路へ先回りし、正面から爪を振り下ろす。


 一枚の白銀鎧が爪を受けた。

 美咲さんはその陰へ入り、一本目の薬で取り戻した魔力を黄金短剣へ集める。

 紫の稲妻が、再び刀身へ絡み付いた。


「ハァァァァァァア_____!!」


 白銀鎧を回り込もうとした天狐竜へ、二度目の一閃が正面からぶつかる。

 紫電と青白い光が弾け、天狐竜の前脚が泥を削りながら後ろへ押し戻された。


 その横を、シズクとユキが抜ける。

 俺と美咲さんも続き、次の目印まで進んだ。


 二度目の一閃を放った美咲さんの足が、またふらつく。

 美咲さんは走りながら二本目の魔力回復薬を飲み、空瓶を探索鞄へ戻した。


 一度の魔力解放で進めるのは、ほんの僅かな距離だけだ。

 それでも、さっきまで一歩も進めなかった帰還経路が、少しずつ開いている。


 天狐竜は二度目の紫電一閃を受けても倒れない。

 外衣に刻まれた傷を再生させ、霧の中へ消えた。


 直後、側面から冷炎が広がる。


 一枚の白銀鎧が地面へ叩き落とされ、その下を抜けた炎がユキの周囲へ燃え移った。

 上空のシズクも、霧の中から巻き上がった青白い火に翼の付け根を包まれる。


「ぷる……!」

「ぴる……!」


 シズクの高度が落ちる。

 ユキの身体にも白い亀裂が増え、二枚の白銀鎧の動きが僅かに遅れた。


 ここで倒れさせるわけにはいかない。


 美咲さんが落ちてきたシズクを受け止める。

 俺もユキの側へ滑り込み、魔法鞄から上級回復薬を取り出した。


 俺はユキへ、美咲さんはシズクへ、一本目の上級回復薬を注いだ。


 深い凍傷が押し戻され、魔核へ近付いていた亀裂が閉じていく。

 だが、付着した冷炎そのものは消えない。


「上級は、あと四本です」

「俺も四本です。止まらずに進みます!」


 美咲さんの声は、普段より僅かに速い。

 俺も落ち着いて答えたつもりだったが、次の冷炎が来る前に今の炎が消えてくれと、内心では願っていた。


 天狐竜は待ってくれない。


 美咲さんが、二本目の薬で取り戻した魔力を解放する。


「このっ、どけぇぇぇぇぇぇ!!」


 三度目の『紫電一閃』を、天狐竜は直前で横へ跳んで避けた。

 だが、避ければ帰還経路の中央から退くことになる。

 俺たちは紫電が切り開いた霧の中を走り、さらに一つ先の目印まで進んだ。


 美咲さんは三本目の魔力回復薬を飲み切る。

 反動で乱れた呼吸を押さえ、すぐに黄金短剣を構え直した。


 その直後も、冷炎は地面と霧の中へ燃え広がった。

 美咲さんが道を開くたび、天狐竜は側面からシズクとユキを狙ってくる。


 二本目。

 三本目。


 俺と美咲さんは、自分の傷を後回しにして、二人へ上級回復薬を使った。

 四本目を使う時には位置が入れ替わり、俺がシズクへ、美咲さんがユキへ薬液を注いでいた。


 これで、上級回復薬は一本ずつしか残っていない。

 それでも、帰還経路の目印は着実に近付いていた。


 天狐竜が白銀鎧を跳ね上げ、その下へ潜り込んだ冷炎を避けた美咲さんへ身体をぶつける。


 俺も追おうとした瞬間、横から前脚を受けた。

 身体が弾き飛ばされ、青白い炎が残る泥へ倒れ込む。


 美咲さんの口元から血が流れる。

 俺の胸元にも冷炎が燃え広がり、呼吸をするたびに内側まで痛んだ。


 俺たちが倒れれば、次はシズクとユキを守れない。

 最後の一本だけは、自分たちへ使うしかなかった。


 俺と美咲さんが五本目の上級回復薬を飲み切る。

 傷と深い凍傷は塞がったが、鞄へ戻した瓶は空だった。


 通常の回復薬が尽きた時点で撤退を決めた。

 だが、天狐竜に退路を塞がれ、離脱するためだけに上級回復薬まで使い切ってしまった。

 Aプラスの魔物がここまでの強さだったとは。


 銀笛を使えば、シズクとユキの体力と魔力は回復できる。

 二人の命を守るための保険として、まだ残してある。

 だが、銀笛で俺たちの回復はできない。


「なんとか離脱しないと……!」


 天狐竜が最後の帰還経路へ先回りする。

 左右には、地面を這う冷炎が燃え広がった。


「次で、最後の目印まで進みます!」


 美咲さんが、三本目の薬で取り戻した魔力を黄金短剣へ集める。


 天狐竜が正面から踏み込んだ。

 純白の魔法盾が爪を受け止め、その動きを一瞬だけ止める。


 美咲さんが、その一瞬へ全身を滑り込ませた。


「ッ______!!」


 四度目の一閃が白い外衣を深く切り裂き、天狐竜を帰還経路の脇へ吹き飛ばす。

 紫電の衝撃が霧を散らした。


 その先に、巨木へ刻んだ最後の目印が見えた。

 さらに向こうでは、白い霧が薄くなっている。


 あと少しだ。

 もう一度、天狐竜を帰還経路から退かせれば、濃霧区域の外へ出られる。


 天狐竜も、それを理解したのかもしれない。


 四度目の反動で、美咲さんの膝が大きく揺れた。

 探索鞄へ手を伸ばす。

 だが、四本目の魔力回復薬を取り出すより早く、天狐竜が起き上がった。


 天狐竜は、俺たちへ飛びかかろうとはしなかった。

 冷炎も、爪も使わない。


 顔を上げ、三つの防具を動かしながら俺の隣にいるユキへ視線を定める。


 天狐竜は戦いながら見抜いていた。

 ユキを倒せば、三つの防具と支援魔法を同時に失わせ、開きかけた退路をもう一度潰せると。


「ユキ!」


 俺は天狐竜の動きには追い付けない。

 だが、撤退戦の間もユキのすぐ近くで、天狐竜の魔力を解析し続けていた。


 天狐竜の額部へ、冷気の魔力が集まり始める。


 冷炎のように広がっていない。

 青白い魔力が、一本の細い線へ圧縮されていく。



 ◇____________________


 『技能発動予兆を検知』


 『技能名』

 ・冷光閃(れいこうせん)


 『攻撃対象』

 ・ユキ


 『特性』

 ・冷気魔力を細い射線へ圧縮

 ・高速切断

 ・発射後の回避困難

 ・防具及び対象の切断時、魔力減衰


 ____________________◇



 一撃の威力は、冷光閃の方が上だ。

 だが、戦場へ燃え残り、回復した端から身体を削り続ける冷炎の方が、戦い続ける上では遥かに厄介だった。


 その冷炎に耐えるため、三十本の回復薬を使い切った。

 美咲さんが四度の魔力解放で、区域外までの道をあと一歩まで開いた。

 五度目を許せば、俺たちは逃げ切れる。


 その退路を潰すための一本の射線が、ユキへ向いている。


 『攻撃対象・ユキ』を見た瞬間、地面を蹴った。


 発射されてからでは、間に合わない。


 天狐竜へ追い付く必要はない。

 すぐ横にいるユキを、射線から外せばいい。


 俺は伸ばした左腕を、ユキの柔らかな身体へ押し当てる。


「ぴるっ!?」


 純白の身体が泥の上を横へ転がる。

 ユキを押し出した反動で、俺の身体、左腕が代わりに射線へ入った。

 瞬間、青白い光が放たれる。


 体勢を支えようと前へ出した左腕へ、細い冷光が斜めに命中した。

 手首から肘までを守るはずの革が、一瞬で切り裂かれる。


 冷光は『魔獣革の手甲』ごと左前腕を切断し、そのまま腕を吹き飛ばした。

 だが、手甲と左腕を斜めに切ったことで、青白い射線が僅かに逸れる。


 大きく減衰した残光は、横へ押し出されたユキの脇を通り、背後の泥を細く凍らせた。

 ユキの身体には、触れていない。


 俺の視界の端で、黒い手甲を着けた何かが宙へ跳ね上がった。

 白い霧の中を回りながら、ゆっくりと離れていく。


 俺の視界に、左腕が舞っているのが見えた。


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