136話「第十七層の混成群」
優莉さんが三本目の『魔鋼短剣』を打ち始めた翌朝。
俺たちは、様々なスライム達が共存する区域、第十五層の安全区域へ戻ってきた。
蒼銀の転移門の側には、協会の仮設調査所が設置されている。
協会に所属する複数の上級探索者が仮設プレハブを行き来し、十五層を住処にしているスライム達に従魔用のゼリーを与えていた。
そこには何と、あの火焔スライムも一緒にいる。
火焔スライムは余程、ゼリーが気に入ったのか赤毛の女性探索者にゼリーをねだる仕草をしていた。
因みに従魔用ゼリーと命名しているが、魔物用に改良された食べ物なので野良の魔物に与えても問題ないようだ。
高橋さんと取り決めた『安全区域での禁則事項』を皆が守っているようで、俺も安心する。
「やっほー、リンくん!」
そんな風に他の探索者がスライム達と戯れている光景を微笑ましく眺めていると、背後から声をかけられた。
振り返ると、見知った顔。
だが、隣には先ほど火焔スライムと戯れていた女性探索者が一緒にいた。
「こんにちはさりなさん。隣の方は……?」
「ん〜? あれ? 会ったことなかったっけ〜? このボインちゃんは姫乃ちゃんだよ〜」
「ちょっとさりなさん……その呼び名はよしてほしいと何度も申したでしょう」
「そだっけ〜?」
「はあ、この人はいつも飄々としていて……失礼致しました一城さん。私は豹堂姫乃と申します。協会に所属する探索者ですわ」
そう言って優雅に挨拶を行った姫乃。
俺はその所作の美しさにフリーズしながらも、豹堂という名に反応した。
「もしかして、医務課の豹堂先生の……」
「ええ、医師の豹堂綾乃は私の母ですわ」
「やはりそうでしたか」
言われてみれば顔つきが似ている。
「リンくんリンくん! 姫っちはウチと同じランカーでもあるんだよ〜」
「あ、もしかして『拳姫』の……」
そこで俺はさりなさんと訓練風景を生配信した時のことを思い出す。
そう言えばあの時、視聴者がランキング三位が現れたと騒いでいた。
「ええ、一応、ランカーでもありますわ。普段は上級ダンジョンを拠点にしているのですが、今話題の『帝王迷宮』に興味があって来ましたの」
『帝王迷宮』、巷では『スライム帝王の迷宮』を略称してそう呼んでいる探索者もいるみたいだ。
「姫っちと話してたんだよ〜、まだ十六層なのに『A−』級のボスが現れてるってことはこの先の階層ではさらに強い階層主が出るんじゃないかって〜」
「ええ、この迷宮は全五十層と聞いていますわ。もしかしたら下の階層には『S』級の魔物も出るんじゃないかと愚考しておりますの」
「なるほど……」
確かにその通りだ。
中層の十六層でAマイナスの守護個体だ。
下の階層にそれ以上の魔物が出てくることは容易に想像できる。
「一城さん。聞けば攻略階層へ挑むことが出来るのは、陸斗さんのパーティ、またはクランの探索者のみと聞いております」
「そうなんだよね〜、ウチも攻略階層、行ってみたいんだけどね〜」
「そう、ですよね」
彼女達は最前線で活躍している探索者達だ。
未開の迷宮に興味を持つのは自然だろう。
「そこで提案がありますの。一城さん、私をあなたのパーティに同行させていただく事は出来ませんかしら?」
「え、えと……」
いきなりの提案に狼狽える俺。
すると、隣にいたさりなさんも声を上げた。
「あ、ずるいよ姫っち! それならウチも参加させてほしい〜!」
「ちょっと、さりなさん? わたくしが最初にお願いいたしましたのよ? 横からしゃしゃり出ないでくださいまし」
「え〜、良いじゃん! ウチも行きたいもーん!」
さりなさんも姫乃さんも俺を置いてけぼりにして話を進める。
同行してもらえるならありがたい。
だが、第十六層を踏破した時に解放された第十七層行きの区域転移門は、先行攻略権を持つ俺の登録パーティーしか認証しない。
さりなさんと姫乃さんは、協会の登録調査隊として第十六層へ入ることはできる。
しかし、今のまま仮同行という形で、第十七層へ転移することはできなかった。
「すみません。第十七層行きの区域転移門に認証されるのは、先行攻略権を持つ俺たちの登録パーティーだけなんです。仮同行では、転移できません」
「そうですの……」
「ちぇ、やっぱダメかぁ〜ざんねんっ」
「本当にすみません」
「ふふ。一城さんが謝ることではありませんわ。それなら手続きを踏めば良いわけですものね?」
「え?」
「ん? どゆこと〜、姫っち?」
「こういうことですわ」
そう言って、姫乃さんがさりなさんに何かを耳打ちする。
耳打ちされたさりなさんは瞳を輝かせ、『そっか〜! その通りだよ姫っち!』と相槌を行っている。
「え、えっと?」
「ふふ、何でもありませんわ。でも、後ほどまたお会いすると思いますので、覚悟なさって下さいね。一城さん?」
「え、え?」
「にゃはは〜、またねーリンくん〜!」
そう言って、二人とも第十六層へ続く蒼銀の転移門をくぐり、草原の探索調査へ向かっていった。
入れ替わりで、美咲さんがやってくる。
「どうされました?」
「ぷる?」
「ぴる?」
側にはシズクとユキも居て、同じように首を傾げている。
「いや、何でもないよ」
「?」
俺は何て説明すれば良いのか分からず、しゃがみ込んでユキとシズクを撫でて誤魔化す。
美咲さんは、俺が他の女性と二人きりで話すと、少し笑顔が怖くなる時があるので、思わずそうしてしまった。
「そうですか?」
「ぷるっ!?」
「ぴるっ!?」
いや、薄々勘づいているのか、美咲さんの笑顔が怖い。
撫でていたシズクとユキも驚いたように伸びる。
だが、ここで、タイミング良く仮設プレハブから姿を現した高橋さんから声をかけられた。
「お待たせしました。一城さん。少しお伝えしたいことがありますので、宜しいですか?」
「あ、はい。美咲さん行きましょうか」
「そうですね。シズクとユキも行きますよ」
「ぷるっ!」
「ぴるっ!」
俺たちは高橋さんに呼ばれ、仮設プレハブへ移動した。
中へ入ると、高橋さんは二機の探索レコーダーと予備の中継器を確認しながら、俺たちが提出した第十六層の地図を机の上へ広げた。
「第十六層の既知経路には、調査課が目印を追加しています。夜嵐猟獣の活動区域を避ければ、前回より早く第十七層行きの区域転移門へ着けるはずです」
「分かりました」
俺と美咲さんは、装備をもう一度確かめる。
俺の主武器は『白銀短剣』。
腰の反対側には、予備の『魔鋼短剣』を差している。
美咲さんは『黄金短剣』と『複合防護の軽盾』を装備していた。
予備で『スライムの短剣』も腰の納刀ベルトへ差している。
シズクの頭にはいつものように『結晶冠』と『黄金兜』。
ユキの周囲にも、左右二枚の『白銀鎧』と、正面を守る『純白の魔法盾』が変わらず、浮かんでいる。
回復薬や魔力薬は、俺の魔法鞄と美咲さんの探索鞄へ分けて入れてある。
「今日の目的は、第十七層の環境と通常個体の確認です」
高橋さんが、第十六層の地図の先へ指を置く。
「階層守護個体の活動区域を発見しても、無理に戦闘へ入る必要はありません。通常個体との戦闘で装備や魔力を消耗した場合は、一度ここまで戻ってください」
「はい。未知のまま、続けて守護個体へ挑むことはしません」
「お願いします」
高橋さんは第十五層に残り、送られてくる映像と記録を確認する。
仮設プレハブを出ると、二機の探索レコーダーが俺たちの後ろへ続いた。
白金色の中央祭壇へ向かい、第十六層へ続く蒼銀の転移門の前に立つ。
「それでは、行ってきます」
「お気を付けて」
俺たちは、蒼銀の転移門へ足を踏み入れた。
◇
白い光が薄れると、草木の香りを含んだ風が頬を撫でた。
俺たちが転移したのは、第十六層の小高い丘にある安全区域だ。
足元には白い石畳が広がり、その周囲を腰ほどの高さの境界石が囲んでいる。
第十五層は、この大階層区域の外にある。
第十五層の転移門を通り、第十六層へ転移したところから、大階層区域が始まる。
だから、第十五層からは見えなかった景色が、丘の上から一望できた。
眼下には、風に波打つ大草原。
その遥か先には、巨大な河川が流れる湿原密林と、黄色い砂丘が連なる砂漠、赤褐色の岩壁が続く大峡谷まで見えている。
四つの階層区域は、同じ巨大な大階層空間に存在していた。
景色も地形も一つの大地として連続している。
だが、見えているからといって、自由に歩いて行けるわけではない。
階層区域同士の境界は魔法力場に遮られ、別の区域へ入るには、解放された区域転移門を使う必要がある。
俺たちは安全区域の境界石を越え、第十六層の大草原を、記録済みの経路に沿って進む。
前回までに確認した魔物の縄張りを避け、第十六層の奥へ向かった。
シズクは上空から周囲を見張り、俺と美咲さんは耳飾りから伝わる敵意に注意する。
二度、離れた場所から魔物の気配を感じた。
だが、近付かずに進路を変えれば、戦闘にはならなかった。
やがて草丈が低くなり、視界の先に白い石造りの門が見えた。
第十六層を踏破したことで解放された、第十七層行きの区域転移門だ。
門の先には、太い根を地上へ張り巡らせた巨木と、陽光を反射する河川が広がっている。
大草原から湿原密林へ、景色だけを見れば一つの大地として続いていた。
しかし、門の左右では、ほとんど透明な魔法力場が水膜のように揺らいでいる。
上空にも地中にも続く力場が二つの階層区域を遮り、目の前に見える湿原への直接の進入を拒んでいた。
隣の階層区域へ移動するには、この門を使うしかない。
区域転移門へ『解析鑑定』を発動する。
◇____________________
『区域転移門』
『転移先』
・第十七層・湿原密林区域・河川
『進入権限』
・解放済み
『認証対象』
・一城陸斗の登録パーティー
____________________◇
「全員、認証されています」
「では、進みましょう」
「ぷるっ!」
「ぴるっ!」
俺たちは、白い光を湛えた区域転移門へ足を踏み入れた。
視界が白く染まり、身体が僅かに浮く。
次の瞬間、草原の乾いた風が消え、湿った土と水の匂いが鼻へ届いた。
俺たちは、巨木の根と泥濘が広がる第十七層側の区域転移門前へ転移していた。
帰還に使う門の位置を二機の探索レコーダーへ記録させ、周囲へ『解析鑑定』を使う。
視界へ、新しい表示が浮かび上がった。
◇____________________
『第十七層への進入を確認』
『環境』
・湿原密林
・複数の河川が階層内を流れている
・地表の大部分に泥濘あり
『注意』
・泥の深さは場所によって大きく異なる
・樹上及び水中に複数の魔力反応あり
・確認されていない魔物が生息している
____________________◇
「ここからが、第十七層ですね」
「はい」
美咲さんが、地面へ露出している巨木の根を軽盾の先で叩く。
根は硬く、二人並んで歩けるほど太い。
その両側には、濁った水と泥が溜まっている。
浅く見える場所へ白銀短剣の鞘を差し込むと、途中で手応えがなくなった。
鞘の半分以上が泥へ沈む。
「見た目だけでは、深さが分かりませんね」
「根と、乾いている場所を使って進みましょう。泥へ下りる時は、一人ずつ深さを確かめます」
「ぷるっ!」
シズクが四枚の翼を動かし、少し高い場所へ上がる。
だが、巨木の枝葉が幾重にも重なり、上空からでも遠くまでは見通せない。
地上から見えるのは、苔に覆われた幹と根、その間を流れる細い水路だけだった。
風はほとんどない。
葉から落ちた水滴が泥を叩く音と、どこかを流れる河川の音が続いている。
俺たちは探索レコーダーを一機、シズクより少し低い位置へ上げた。
もう一機は後方へ置き、進んだ経路を記録させる。
「映像と音声、どちらも届いています」
高橋さんの声が、手元の通信機から聞こえた。
「第十六層より視界が悪いですね。中継器を置く場所も、こちらで記録します」
「お願いします」
地面の硬さと周囲の魔力反応を確認しながら、一本目の根を渡る。
途中で根が泥の中へ沈んでいたため、右手にある別の巨木へ移った。
美咲さんが先頭。
俺は中央で周囲を解析し、ユキが三つの防具を動かしながら後ろを守る。
シズクは枝の高さを変え、進行方向と左右を交互に確認していた。
しばらく進むと、水の流れる音が大きくなる。
木々の間に、幅の広い河川が見えた。
対岸までは十メートルほどある。
流れは緩やかだが、水は濁っていて、底までは見えない。
「川沿いに進めそうです」
美咲さんが、河川と並行して伸びる根を示す。
俺が頷こうとした時、右耳の『DFスライムの耳飾り』から、鋭い敵意が伝わってきた。
正面の泥が、僅かに盛り上がる。
「止まってください」
全員が足を止める。
同時に、美咲さんも左耳へ触れた。
「一体だけではありません。上と、川の中からも感じます」
「俺にも伝わっています」
泥の中にいる個体へ意識を集中させる。
灰褐色の背中が泥と同じ色に見えていた。
四本の脚は短いが太く、爪の間には薄い膜がある。
◇____________________
『魔物解析』
『名称』
・泥走蜥蜴
『危険度』
・C+
『特性』
・湿地適応
・泥上走行
・振動感知
『技能』
・泥走突進
・尾槌
・泥飛沫
『役割』
・前衛
・追い込み
『行動傾向』
・対象を深い泥または河川側へ追い込む
・乾いた硬い地面では移動速度が低下する
____________________◇
解析を終えた直後、泥走蜥蜴が動いた。
泥の上とは思えない速さで、真っ直ぐこちらへ走ってくる。
「前から来ます!」
美咲さんが軽盾を構える。
だが、泥走蜥蜴は俺たちへ届く手前で身体を横へ振った。
尾が泥を叩き、茶色い飛沫が根の上へ降り注ぐ。
美咲さんと俺が左右へ避ける。
その瞬間、頭上から二本の蔓が伸びてきた。
「ぴるっ!」
二枚の白銀鎧が左右へ分かれ、蔓を弾く。
さらに、河川の水面が三か所で盛り上がった。
薄い水の刃が飛び、純白の魔法盾へ連続してぶつかる。
最初から、三方向の攻撃が同じ時機に重ねられていた。
「追い込むだけではありません。泥飛沫でこちらを動かして、蔓と水の刃へ合わせています」
「はい。泥走蜥蜴だけを追えば、川か深い泥へ入れられます」
枝葉の奥と、河川の中へ解析鑑定を使う。
◇____________________
『魔物解析・混成群』
『後衛・妨害』
・樹冠猿 二体
・危険度:C
・特性:樹上適応、集団連携
・技能:拘束蔓、堅果弾、枝渡り
『後衛・遠隔攻撃』
・水刃魚 三体
・危険度:C
・特性:河川適応、水流感知
・技能:水刃、水中潜伏、跳刃
『連携対象』
・泥走蜥蜴 一体
・樹冠猿 二体
・水刃魚 三体
『推定総合危険度』
・B
『連携』
・泥走蜥蜴が対象の位置を変える
・樹冠猿が対象の移動を拘束する
・水刃魚が河川側から遠隔攻撃を行う
『注意』
・三種類を同時に行動させた場合、各個体の危険度を上回る
____________________◇
「三種類で一つの群れです。総合危険度:B」
俺が伝えると、美咲さんは泥走蜥蜴から目を離さずに頷いた。
「それぞれを倒そうとすると、残りの二種類に狙われますね」
「まず、三方向から攻撃できない場所へ移りましょう」
河川と並行して伸びる巨木の根を見る。
今立っている根よりも一段高く、表面は乾いている。
河川との間には別の根が重なり、低い位置から水刃を通せる場所が限られていた。
「あの根へ上がれば、泥走蜥蜴は速度を出せません。最初に樹冠猿を枝から下ろします」
「水刃魚と泥走蜥蜴を、同時に相手にしなくて済みますね」
「シズク。風で枝葉を開いて、樹冠猿の位置を見せてくれ。姿が見えたら石弾へ切り替える」
「ぷるっ!」
「ユキは、防具を維持したまま支援魔法を使えるか判断してくれ。無理はしなくていい。防御が最優先だ」
「ぴるるっ!」
俺たちは泥走蜥蜴へ背中を向けず、太い根へ移動する。
泥走蜥蜴が再び走り出した。
根へ飛び乗ろうとするが、濡れた爪が硬い表面を滑る。
美咲さんが軽盾を頭部へ斜めに当てた。
突進の向きだけを変え、泥の中へ落とす。
俺たちは追わない。
深い泥へ入った泥走蜥蜴は、すぐに身体を反転させた。
だが、もう一度根へ上がるには、同じ方向から近付くしかなかった。
「シズク、上だ!」
「ぷるっ!」
圧縮された風が、頭上の枝葉を大きく揺らした。
重なっていた葉が左右へ開き、蔓を握った二体の樹冠猿が姿を現す。
二体は位置を変えようと枝を蹴る。
同時に河川の水面が膨らみ、三枚の水刃が飛んできた。
泥走蜥蜴も、根の低い場所へ向かって走り始める。
三種類が、また同じ時機に動いた。
ユキの結晶冠が白く光る。
「ぴるるっ!」
柔らかな光が、俺と美咲さん、シズクを包み込んだ。
◇____________________
『支援魔法の発動を確認』
『術者』
・ユキ
『対象』
・陸斗
・美咲
・シズク
『効果』
・全能力値を一割上昇
『効果時間』
・残り九分五十八秒
____________________◇
純白の魔法盾が河川側へ移動し、三枚の水刃を受け止める。
二枚の白銀鎧は頭上と泥側へ分かれた。
樹冠猿が投げた蔓を一枚が弾き、根へ上がろうとした泥走蜥蜴を、もう一枚が押し戻す。
支援魔法を使ったあとも、三つの防具は止まっていない。
「今です、シズク!」
「ぷるっ!」
シズクの周囲を包む緑色の魔力が、茶色へ変わる。
二つの石弾が連続して放たれた。
一発目が、樹冠猿の乗っている枝の根元へ当たる。
二発目は、その下に伸びていた別の枝を砕いた。
足場を失った二体が、蔓と一緒に根の上へ落ちてくる。
俺と美咲さんは、同じ一体へ左右から踏み込んだ。
黄金短剣が腕を切り、白銀短剣が露出した脇の下へ入る。
双短剣の共鳴が強まり、白銀短剣の刃が魔核を守る筋肉を貫いた。
一体目の樹冠猿が、光の粒子へ変わる。
もう一体が残った蔓を枝へ投げ、樹上へ戻ろうとした。
「ぷるっ!」
シズクの風弾が横から当たる。
樹冠猿の身体が根の中央へ押し戻され、美咲さんの黄金短剣が魔核を捉えた。
二体目も光へ変わる。
「次は河川です!」
三体の水刃魚が水中へ潜る。
シズクの周囲に集まる魔力が、茶色から青色へ変わった。
「ぷるるっ!」
河川へ氷槍が撃ち込まれる。
水面へ当たった氷槍は細かく砕け、三つの波紋を囲むように水を凍らせた。
河川全体を凍らせたわけではない。
だが、三体が深く潜る前に、薄い氷が進路を塞いでいた。
氷の下で動く影へ意識を集中させる。
「手前に二体。右の割れ目に一体です!」
美咲さんが氷の縁まで走る。
水刃魚が下から氷を割り、刃のように尖った背鰭を突き出した。
美咲さんは身体を捻って背鰭を避け、黄金短剣を水中へ差し込む。
俺も、浅い場所へ閉じ込められた一体へ白銀短剣を突き立てた。
二体が水中で光へ変わる。
残った一体は氷の割れ目から跳び出し、身体ごと俺へ向かってきた。
水刃魚が跳び出す直前に放った水刃を、純白の魔法盾が受け止める。
反射された水の魔力が水刃魚へ当たり、その身体を根の上まで弾き返した。
美咲さんの黄金短剣が、最後の魔核を砕く。
河川からの攻撃が止まった。
残った泥走蜥蜴は、深い湿地へ逃げようとする。
「シズク、進路を塞いでくれ!」
「ぷるっ!」
茶色い魔力から作られた石弾が、泥走蜥蜴の正面へ落ちる。
泥が大きく跳ね、沈んでいた根が露出した。
進路を塞がれた泥走蜥蜴が、こちらへ向き直る。
もう、樹上から蔓は来ない。
河川から水刃が飛んでくることもない。
泥走蜥蜴が根へ向かって突進する。
美咲さんは真正面から受け止めず、軽盾を頭部へ斜めに当てた。
巨体が横を向く。
俺が前脚の後ろへ白銀短剣を差し込み、魔核を守る皮膚を腐食させる。
同じ場所へ、美咲さんの黄金短剣が続いた。
粉砕と貫通の効果が重なり、泥走蜥蜴の魔核が砕ける。
最後の一体が光の粒子へ変わった。
「ぴるっ!」
ユキが自分の意思で支援魔法を解除する。
俺たちを包んでいた光が消え、三つの防具がユキの周囲へ戻った。
「防具を止めずに使えたな。解除の判断も問題ない」
「ぴるるっ!」
ユキが嬉しそうに身体を弾ませる。
「シズクも、風、土、氷をすぐに切り替えられていました」
「ぷるっ!」
美咲さんの言葉に、シズクが四枚の翼を広げた。
『三種類の連携が崩れたあと、受ける攻撃が大きく減りました』
高橋さんの声が届く。
「はい。個体の危険度だけを見ると、最も高い泥走蜥蜴でもC+です。ただ、三種類を同時に動かすと総合危険度Bになります」
『生息場所が違う魔物同士で、役割まで分けている。第十一層とは、また別の連携ですね』
「第十一層は、決まった相手を守り、強化していました。こちらは、一つの群れ全体で獲物を追い込んでいます」
樹冠猿が移動を止める。
泥走蜥蜴が位置を変える。
水刃魚が、逃げた先を攻撃する。
一種類だけを見て動けば、残りの二種類に有利な場所へ追い込まれる。
だが、三種類が同時に攻撃できない場所を選べば、連携は崩せる。
俺たちは魔核と、皮、蔓、鰭の一部を回収した。
未知素材として袋を分け、戦闘位置と個体数を地図へ記録する。
怪我はない。
純白の魔法盾と二枚の白銀鎧にも、機能へ影響する損傷はなかった。
シズクとユキに魔力ゼリーを渡し、俺たちも水分を取って休憩する。
魔力の回復を待ってから、河川沿いの調査を再開した。
◇
最初の混成群だけが、偶然一緒にいたわけではなかった。
河川が大きく曲がる場所には、水刃魚が潜んでいる。
その近くの泥には泥走蜥蜴が身体を沈め、頭上の枝では樹冠猿が蔓を用意していた。
三種類の数は場所によって違う。
それでも、前衛、妨害、遠隔攻撃という役割は変わらない。
二つ目の群れは、俺たちが近付く前にシズクが発見した。
太い枝の陰に樹冠猿が三体。
河川の浅瀬に水刃魚が二体。
泥の盛り上がりから、泥走蜥蜴も一体隠れていると分かった。
正面から進めば、最初と同じ戦闘になる。
俺たちは一度引き返し、二本隣の巨木へ移った。
乾いた根を使って大きく回り込み、三種類の攻撃範囲へ入らないまま河川の上流へ進む。
群れは追ってこなかった。
泥走蜥蜴は深い泥から出ず、水刃魚も河川を離れない。
樹冠猿だけなら俺たちを止められないと判断したのか、枝から動かなかった。
「戦わずに抜けられる群れもいますね」
「はい。倒すことが目的ではありませんから」
通常個体を全て討伐しなくても、進める経路はある。
どの魔物が、どこまで追ってくるのか。
どの地形なら、三種類の連携が成立しないのか。
戦闘の記録と同じくらい、避けられた経路も重要だった。
地図へ新しい線を引き、上流へ進む。
やがて、河川の両岸をつなぐ倒木が見えた。
巨大な幹が、橋のように水面へ横たわっている。
表面は濡れているが、太さは十分にある。
その先の地面は、これまでより乾いていた。
「あれを渡れば、対岸へ行けそうです」
美咲さんの声に頷き、倒木へ近付く。
だが、耳飾りから再び敵意が伝わってきた。
今度は、倒木の上と、対岸の泥、そして真下の水中から同時だった。
「橋を渡っている間に攻撃するつもりです」
枝葉の隙間に二体の樹冠猿。
対岸には二体の泥走蜥蜴。
倒木の下には、四体の水刃魚が潜んでいる。
渡り始めてからでは、左右へ逃げる場所がない。
「ここは避けられませんね」
周囲の地形を確認した美咲さんが言う。
上流側は泥が深く、下流側は河川がさらに広がっている。
対岸の乾いた地面へ進むには、この倒木を使うのが最も安全だった。
「渡る前に、連携を崩します」
俺は倒木の真下を流れる水を見る。
「シズク。水刃魚がいる場所だけを凍らせられるか?」
「ぷるっ!」
「美咲さんは、樹冠猿が下りたらお願いします。俺とユキで、対岸の泥走蜥蜴を止めます」
「分かりました」
シズクが倒木より高く上がる。
最初に放ったのは風弾だった。
枝葉が大きく揺れ、隠れていた樹冠猿が体勢を崩す。
樹冠猿は倒木の上へ蔓を伸ばし、低い枝へ移ろうとした。
美咲さんが『スライムの羽靴』で濡れた幹を蹴る。
一気に距離を詰め、伸びた蔓を黄金短剣で切断した。
一体が倒木へ落ちる。
もう一体は堅い木の実を投げたが、ユキの白銀鎧が美咲さんの前へ移動し、受け止める。
その間に、シズクが属性を切り替えた。
氷槍が、倒木の真下へ突き刺さる。
水中の四つの影を囲むように、河川の表面が凍り始めた。
水刃魚は凍結する前に水刃を放とうとした。
だが、純白の魔法盾が倒木の側面へ移り、水面から飛び出した二枚を弾く。
残りの水刃は、厚くなった氷へ当たり、水中で崩れた。
「今なら渡れます!」
美咲さんが、倒木へ落ちた樹冠猿の魔核を黄金短剣で貫く。
シズクの風に姿を晒されたもう一体も、枝の奥へ逃げ切れない。
石弾が足場を砕き、美咲さんの前へ落ちた。
二体目が光へ変わる。
俺たちは倒木を渡り始めた。
俺が先頭。
ユキが中央で三つの防具を動かし、美咲さんが後ろを守る。
シズクは凍った水面と対岸を見ながら飛ぶ。
対岸の泥走蜥蜴が動いた。
二体が左右へ分かれ、俺たちの着地点へ突進する。
「ユキ、左を頼む!」
「ぴるっ!」
左の泥走蜥蜴へ、白銀鎧が正面からぶつかる。
完全には止められない。
それでも、頭部が僅かに逸れ、倒木の端を外れた。
右から来た一体へ、俺は白銀短剣を向ける。
真正面では受けず、前脚の外側へ刃を滑らせる。
白銀短剣の反射が突進の威力を軽減し、その一部を泥走蜥蜴へ返した。
身体が傾いた隙に、乾いた地面へ飛び降りる。
美咲さんも対岸へ着地した。
黄金短剣と白銀短剣が、同じ泥走蜥蜴の側面へ続けて入る。
一体目を倒し、もう一体へ向き直った。
白銀鎧に進路を変えられた個体が、泥の中から戻ってくる。
シズクの石弾が前脚の近くへ当たり、硬い地面を抉った。
泥走蜥蜴は足を取られ、突進の速度を失う。
美咲さんの軽盾が頭部を押し上げ、俺の白銀短剣が腹部へ届いた。
二体目の魔核も砕ける。
倒木の下では、氷の割れ目から水刃魚が逃げ始めていた。
追う必要はない。
河川から離れた対岸まで来れば、水刃は届かなかった。
「全員、渡れました」
美咲さんが後方を確認する。
倒木の周囲に、動く魔物は残っていない。
俺たちは水刃魚を追わず、河川から距離を取った。
正面から三種類全てを倒すのではなく、渡るために必要な連携だけを崩す。
目的は、未知の階層を調べ、帰れる経路を作ることだ。
◇
河川を越えてから、泥は少しずつ浅くなった。
それでも巨木の数は減らない。
地上へ張り出した根が複雑に重なり、進める方向を隠している。
シズクに上空を確認してもらい、俺たちは何度も立ち止まって地図を修正した。
途中で一度、遠くから樹冠猿の声が聞こえた。
だが、耳飾りから敵意は伝わってこない。
別の混成群の縄張りへ入らないよう、声のした方向を避ける。
しばらく歩くと、空気が急に冷たくなった。
水滴の音が消える。
河川の流れる音も、背後へ遠ざかっていた。
「霧が出ています」
美咲さんの視線の先を、白い霧が覆っている。
自然に流れてきた霧ではなかった。
巨木二本の間を境にして、白さが壁のように留まっている。
こちら側へは、ほとんど漏れ出していない。
シズクが近付こうとすると、四枚の翼が途中で止まった。
「ぷる……」
明るい身体が、僅かに縮む。
ユキも俺の足元へ寄り、三つの防具を霧の方向へ並べた。
俺と美咲さんの耳飾りから、これまでとは比べものにならない敵意が伝わってくる。
一体分。
だが、先ほどの混成群全体よりも重い。
霧の手前で足を止め、白い霧に覆われた区域そのものへ『解析鑑定』を使う。
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『第十七層・濃霧区域』
『区分』
・階層守護個体の活動区域
『状態』
・濃霧内の視界は大きく制限される
・霧に魔力が含まれている
『魔力反応』
・濃霧区域内に一体
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「階層守護個体の活動区域です」
俺は表示された内容を全員へ伝えた。
『こちらでも、霧の手前から映像が白く乱れています』
高橋さんの声が通信機から届く。
『今日の通常個体との戦闘記録だけでも、十分な情報があります。中へ入る前に、一度戻ることを勧めます』
「俺も、その方がいいと思います」
装備に大きな損傷はない。
誰も回復薬を使うような怪我はしていない。
それでも、シズクとユキは魔法を使った。
俺と美咲さんも、泥と水の中で何度も戦っている。
濃霧の向こうにいる相手の姿も、攻撃方法も分からない。
ここへ着けたからといって、そのまま挑む理由にはならなかった。
「今日は位置と帰還経路を記録して、いったん第十五層へ戻りましょう」
「はい。次は、全員が万全の状態で来ましょう」
「ぷるっ!」
「ぴるっ!」
シズクとユキも、霧から目を離さずに返事をする。
境界となっている二本の巨木へ目印を付け、地図へ濃霧区域の位置を記録した。
帰りは、戦闘を避けられた根の経路を使う。
倒木の周囲に残っている水刃魚の位置も、探索レコーダーで確認する。
俺たちは霧へ背を向けた。
その時。
白い壁の奥から、低い鳴き声が一度だけ響いた。
獣の唸り声にも、竜の咆哮にも聞こえる。
霧の中にいる何かは、姿を見せなかった。
鳴き声を背に、俺たちは記録した帰還経路を引き返した。
混成群の縄張りを避け、第十七層側の区域転移門へ戻る。
白い光を抜けて第十六層へ転移し、既知経路を通って大草原の安全区域へ向かった。
そこから第十五層行きの転移門をくぐると、白金色の中央祭壇で高橋さんが待っていた。
全員が無事に帰還したことを確認し、二機の探索レコーダーと地図を高橋さんへ渡す。
第十七層の通常個体は、地形と役割を重ねることで、個体以上の脅威になった。
その連携を崩し、濃霧区域までの経路を見つけた。
だが、第十七層で本当に越えなければならない相手は、まだ白い霧の向こうにいる。




