132話「奪われていた仕事」
協会から連絡が入ったのは、試作小刀が完成して間もなくだった。
連絡の内容は、『鉄打ち』の解析結果についてではない。
優莉さんが雄司と暮らしていた間に作った品について、確認したいことがあるというものだった。
◇
翌日、俺たちは再び安全管理課の面談室へ集まった。
優莉さんの両親と、吾郎さんも一緒だ。
優莉さんが、俺と美咲さんにもいてほしいと望んだため、聞き取りへ同席することになった。
優莉さんの椅子の近くには、シズクとユキがいる。
二体とも騒がず、じっと優莉さんの様子を見守っていた。
「音無さん。こちらの品に見覚えはありますか?」
女性職員が、鞘へ収められた鉄製の短剣を机へ置く。
優莉さんは短剣を手に取り、刃を光へ翳した。
刃元や背の部分を確かめたあと、僅かに表情を強張らせる。
「……私が打った短剣です」
「間違いありませんか?」
「はい。刃元に残った小さい打ち痕も覚えてます。消そうとしたんですけど、削り過ぎる方が良くないと思うて、残したんです」
短剣は、優莉さんが以前使っていた貸し工房から取引先へ納められた物だった。
協会本部で起きた一件を知った工房の管理者が、納品記録を調べ、協会へ連絡したらしい。
「一城さん。確認をお願いできますか?」
「分かりました」
俺は短剣へ意識を集中させ、『解析鑑定』を発動する。
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『名称』
・鉄製短剣
『製作者』
・音無優莉
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「解析結果にも、製作者は音無優莉と表示されています」
女性職員が頷き、数枚の書類を短剣の横へ並べた。
「ですが、取引先へ提出された書類では、受注者と製作責任者のどちらも無野雄司さんになっています。報酬の受取先も、無野さん本人の口座です」
「雄司さんが、作ったことになってるんですか……?」
「はい。取引先は、無野さん自身が製作した品だと説明されていました」
優莉さんの手から力が抜け、短剣の鞘が机へ触れる。
「音無さんは、製作品を無野さんの名義で販売することや、報酬を無野さんが受け取ることへ同意しましたか?」
「してません。私は、材料を用意してもろて、工房も借りてもろてるから……私が一本打っても、お金にはならへんって言われてました」
「材料費と工房の使用料は、製作報酬とは別に取引先が支払っています」
女性職員が、書類の内訳を示す。
雄司が優莉さんへ説明していたように、全てが材料費と工房代で消えていたわけではない。
短剣を打った優莉さんへ支払われるはずの加工報酬が、別に存在していた。
「貸し工房に残っていた記録だけでも、同様の取引が複数確認されています。中には、以前納められた品の品質を評価し、同じ製作者へもう一度頼みたいと希望した方もいました」
「もう一度……私に?」
「取引先は製作者が無野さんだと思っていたため、無野さんへ依頼しています。ですが、実際に製作していたのは音無さんです」
雄司は、優莉さんが一本しか作れないことを何度も責めた。
仕事にならない。金にならない。役に立たない。
そう言いながら、完成した品は自分の名で納め、報酬まで受け取っていたのだ。
無野元部長と具土元副社長も、俺の成果を自分たちの物として扱った。
今度は雄司が、優莉さんの積み重ねた仕事を同じように奪っていた。
あの人たちは、他人の成果を奪うことしか出来ないのだろうか。
「あの人、次も同じ物を打てって……前のは出来が悪かったから、作り直しやって言うてました」
優莉さんの声が震える。
「作り直しではありません。取引先からの、正式な再依頼です」
女性職員が、はっきりと訂正する。
優莉さんの母親が、膝の上で握られた娘の手を包んだ。
「優莉。あんたの品を、もう一度欲しい言うてくれた人がおったんや」
「そうだぞ。時間を掛けて打ったお前の仕事で成果や。決してあの男に奪われていいものじゃない」
父親も、怒りを抑えるように息を吐いてから続けた。
「ちゃんと評価してくれた人がいたんだよ優莉?」
「うん……」
優莉さんは、書類と短剣を交互に見つめ、包まれた自分の手へ視線を落とす。
◇
協会は、雄司からも別室で聞き取りを行っていた。
雄司は、材料の手配と取引先への連絡を自分が行ったため、製作品も報酬も自分の物だと主張したらしい。
結婚を考えていた相手なのだから、名義や金の管理について承諾を得る必要はないとも話したという。
「しかし、音無さんの同意を示す記録はありません。製作者を偽っていた件と報酬については、取引資料を警察へ提出します。過去の記録訂正と返還には手続きが必要ですが、協会も確認へ協力します」
女性職員は一度言葉を切り、優莉さんと目を合わせた。
「また、協会は本日付で、無野雄司さんへ音無さんとの接触を禁じる緊急措置を通知しました」
「接触を……?」
「直接近付くことだけではありません。電話やメッセージ、第三者を使った連絡も禁止します。音無さんが利用する協会関連施設への立ち入りも制限しました」
協会本部の入口で、雄司が優莉さんを連れ戻そうとした記録も残っている。
警察の対応とは別に、協会も安全管理上の措置を取ったのだ。
「無野さんが規則を破って近付いた場合、音無さんが対応する必要はありません。我々職員か警察が対応します。護衛として何名か補佐もさせて頂きます」
「……ええんですか?」
「はい。会う必要も、説得する必要もありませんよ」
「私たちも一緒にいます」
美咲さんが答えると、シズクとユキも優莉さんの足元で身体を伸ばした。
「ぷるっ」
「ぴるっ」
優莉さんはシズクとユキに視線を移し、ゆっくりと頷いた。
◇
「話が終わったなら、次はこの小刀だな」
店主さんが、持ってきた試作小刀を机へ置く。
「素材は俺が用意した。だが、鉄を打って小刀へ仕上げたのは、あんただ。うちの店で引き取るなら、加工した分の報酬はあんたへ払う」
「でも、これは技能を確かめるために作らせてもろた物です。お金まで頂くなんて……」
「出来上がった品を見て、店に置けると判断した。情けで金を払うんじゃねえ。仕事として頼んだ分を払うだけだ」
女性職員が、新しい取引書類を一枚差し出した。
製作者の欄も、報酬受取人の欄も空白になっている。
「ここには、音無さん自身の名前を書いてください。今後、依頼を受けるかどうか、誰に製作を任せるか、報酬をどこで受け取るかは、音無さんが決められます」
「私が、決めてええんですか?」
「もちろんです。音無さんが作った品は、音無さんの仕事です」
優莉さんが両親を見る。
二人とも穏やかな表情で、優莉さんが選ぶのを待っていた。
やがて、優莉さんはペンを取った。
まだ僅かに震える手で、二つの欄へ同じ名前を書く。
製作者、音無優莉。
報酬受取人、音無優莉。
「……私が作った分、私が受け取らせていただきたいです」
その声は小さかった。
それでも、誰かに言わされたものではない。
雄司に奪われていた仕事が、初めて優莉さん自身の名前で、彼女の手元へ戻ってきた。




