130話「音無優莉」
雄司の元へ戻りたくない。
優莉さんが自分の意思を口にすると、女性職員は静かに頷いた。
「分かりました。その意思は警察にも伝えます。無野さんへ、音無さんの居場所や連絡先を教えることもありません」
「……ありがとうございます」
「詳しい事情は、体調が落ち着いてから改めて伺います。今すぐ全てを話す必要はありません」
女性職員が毛布を差し出すと、優莉さんは小さく頭を下げ、肩へ掛けた。
両親はすでに京都を出て、こちらへ向かっているらしい。
俺たちは、協会本部の入口で起きたことを警察官へ説明した。
雄司が優莉さんの腕を掴んだこと。
逃げようとする彼女へ怒鳴り、連れ戻そうとしたこと。
協会職員が携帯端末で記録した映像も残っている。
「ご協力ありがとうございます。あとは、こちらで対応します」
警察官へ頭を下げられ、俺と美咲さんは席を立とうとした。
「あの……」
優莉さんが、毛布の端を握る。
「もう少しだけ、ここにいてもらえませんか?」
「もちろんです」
美咲さんがすぐに答え、俺も椅子へ座り直した。
「助けてもろたのに、まだお名前も聞いてませんでした」
「俺は一城陸斗です」
「佐伯美咲です」
「ぷるっ!」
「ぴるっ!」
シズクとユキも、続けて返事をする。
「空を飛んでいる子が、私の従魔のシズクです」
「白い子は、俺の従魔のユキです」
「シズクちゃんと、ユキちゃん……」
優莉さんが二体の名前を呼ぶ。
シズクとユキはすぐには近付かず、優莉さんの様子を窺っていた。
「この子たちが近付いても大丈夫ですか?」
美咲さんが尋ねると、優莉さんが小さく頷く。
シズクが膝の上へゆっくりと降り、ユキも椅子の横から身体を伸ばした。
「ぷる……」
「ぴる……」
優莉さんは火傷の痕が残る指で、二体の身体へそっと触れた。
張り詰めていた表情が、僅かに緩む。
◇
「音無さん。差し支えない範囲で、お仕事について教えていただけますか?」
優莉さんが少し落ち着いたところで、女性職員が尋ねた。
「京都に、両親が働いている音無鍛冶工房があります。父様も、母様も鍛冶の仕事をしています」
「音無さんも、同じ工房で働いていたのですか?」
「はい。雄司さんとの結婚を考えて、こっちへ来るまでは……」
優莉さんが、自分の両手へ視線を落とす。
「こっちへ来てからも、借りた工房で鉄を打ってました。私には、『鉄打ち』しかありませんから」
「『鉄打ち』しかない?」
美咲さんが、その言葉を繰り返す。
「十八歳の適性診断で、そう判定されました。普通の『鍛冶師』やったら十本作れる間に、私は一本しか作れへんのです」
今朝から作業を続け、完成したのも短剣一本だけだったという。
「同じ鉄鉱石を使えば、時間を掛けた分だけ、私が打った物の方が少しだけ品質は良うなります。せやけど、本当に少しだけです。十本分の価値にはなりません」
一本を丁寧に作っても、その間に普通の鍛冶師は十本を完成させる。
品質が僅かに高くても、生産数の差を埋めることはできない。
「父様と母様は、一本ずつ真面目に打ったらええって言うてくれました。『鉄打ち』やからって、工房から追い出したりもせえへんかったんです」
「優しいご両親ですね」
「はい。せやから、余計に申し訳なくて……」
両親が自分を大切にしてくれていることは、優莉さんにも分かっている。
それでも、同じ時間で十分の一しか作れない自分を許せなかったらしい。
「雄司さんにも、役に立たへん技能やって、何度も言われました。私も、そのとおりやと思います」
「量産に向いていないことと、価値がないことは同じではありません」
美咲さんが、はっきりと否定する。
「一つの品へ時間を掛けるからこそ、できることもあるはずです」
「でも、私には鉄を打つことしか……」
俺も以前は、『解析鑑定』を素材の値段が分かるだけの技能だと思っていた。
会社では、普通の『鑑定』から派生しただけの生産技能として扱われていた。
それでも迷宮へ入り、素材以外へ使ったことで、今まで知らなかった効果が次々と判明した。
「優莉さん。技能は、最初の適性診断で全ての効果が分かるわけではありません」
「そうなんですか?」
「俺の『解析鑑定』も、十年間、自分では本当の使い方に気付けませんでした」
優莉さんが顔を上げる。
「一城さんの技能も、役に立たへんって言われてたんですか?」
「はい。俺自身も、平凡な技能だと思っていました」
だからといって、『鉄打ち』にも特別な力があるとは限らない。
根拠もなく期待させることはできなかった。
「俺の『解析鑑定』なら、一般的な鑑定では分からない、詳しい効果を確認できる可能性があります」
「私の『鉄打ち』を、ですか?」
「はい。ただ、技能は優莉さん自身の情報です。俺の判断だけで勝手に調べるつもりはありません」
俺に表示された内容を、どこまで他の人へ伝えるのか。
それも優莉さんが決めることだ。
「今すぐ決めなくても大丈夫です。断っても、協会の保護や警察の対応には何も影響しません」
女性職員も、俺の言葉に頷いた。
優莉さんは膝の上にいるシズクを見たあと、自分の両手を見る。
指先に残る細かな傷は、何度も鉄を打ってきた証だった。
「価値がなかったとしても、本当のことを知りたいです」
優莉さんが、ゆっくりと顔を上げる。
「一城さん。私の『鉄打ち』を、調べてください」
「分かりました」
本人から、はっきりと同意を得た。
俺は音無優莉さんの中にある『鉄打ち』だけへ意識を集中させ、『解析鑑定』を発動する。
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『対象』
・音無優莉
『技能』
・鉄打ち
『種別』
・生産系技能
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ここまでなら、十八歳の適性診断で判明した内容と変わらない。
俺は『鉄打ち』という技能そのものへ、さらに深く意識を向ける。
半透明の白い文字が増え、新しい解析項目が一つずつ開いていく。
「これは……」
表示された内容を見て、思わず声が漏れた。
そこには、優莉さん自身も両親も知らなかった、『鉄打ち』の本当の効果が記されていた。




