128話「第十六層・守護個体撃破」
俺たちが距離を詰めると、夜嵐猟獣は傷付いた刃状の翼を持ち上げ、低い唸り声を上げた。
片側へ傾いていた身体が、強引に起こされる。
「まだ来ます!」
美咲さんの声と同時に、夜嵐猟獣が前脚で地面を蹴り、傾いた身体のまま飛び出した。
先ほどまでのような高速移動ではない。
それでも、危険度A-の魔物が正面から迫る圧力は凄まじかった。
こちらも前へ出ていた分、その巨体は瞬く間に俺の視界を埋め尽くす。
「っ! シズク、進路を作ってくれ!」
「ぷるっ!」
上空のシズクから、二発の風弾が続けて放たれた。
一発目が夜嵐猟獣の正面へ着弾する。
土と草が左右へ吹き飛び、炎と凍った地面の間に、真っ直ぐな道が生まれた。
二発目は、夜嵐猟獣の逃げようとした側へ落ちる。
横から押し付けられた風により、黒い身体が開いた道へ戻された。
「ありがとう、シズク!」
夜嵐猟獣が進む先は、もう見失わない。
白銀短剣を構え、そのまま正面から距離を詰める。
夜嵐猟獣も俺へ狙いを定め、前脚の爪を振り上げた。
「ぴるっ!」
一枚目の白銀鎧が、爪の側面へぶつかる。
甲高い音と共に軌道が逸れ、黒い爪が俺の肩の横を通り過ぎた。
続けて、傷のない方の刃状の翼が迫る。
二枚目の白銀鎧と純白の魔法盾が、俺の前へ重なった。
刃が魔法盾へ当たり、白い表面を大きく傾ける。
「ぴるるっ……!」
重なった二つの防具が押し戻される。
完全には止められない。
だが、ユキが作ってくれた僅かな時間で十分だった。
夜嵐猟獣の胸元へ意識を集中させる。
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『夜嵐猟獣』
『状態』
・刃状の翼:損傷
・体勢制御:低下
『魔核位置』
・胸部
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「見つけた!」
夜嵐猟獣が、白銀鎧を弾いた前脚を地面へ戻す。
身体の向きを変えようとしたが、傷付いた翼が草へ触れ、姿勢が崩れた。
「陸斗さん!」
美咲さんが反対側から踏み込む。
黄金短剣が前脚を掠め、夜嵐猟獣の注意が一瞬だけ逸れた。
その隙に、俺は胸元へ潜り込む。
黒い体毛の奥へ、白銀短剣の切っ先を突き立てた。
「『貫通』!」
白銀の刃が、黒い体毛の奥へ沈んでいく。
刃先から、硬いものへ触れた感触が返ってきた。
胸部の奥にある魔核だ。
夜嵐猟獣が大きく身体を振る。
短剣を押し戻そうとする力に耐え、柄を両手で握り直した。
「ぷるるっ!」
横から風弾が命中する。
夜嵐猟獣の身体が、白銀短剣へ押し付けられた。
「ぴるっ!」
二枚の白銀鎧も左右から前脚を押さえる。
純白の魔法盾が俺の頭上へ回り込み、刃状の翼との間を塞いだ。
今度こそ、刃先が魔核の中心へ届く。
硬い音が鳴り、白銀短剣を通じて大きな亀裂が走る感触が伝わった。
「これで、終わりだ!」
白銀短剣を、さらに深く押し込む。
短剣を通して、夜嵐猟獣の魔核が砕け散った感触が手を伝った。
振り上げられていた前脚から力が抜ける。
黒い身体が光の粒子へ変わり、草原を吹き抜ける風の中へ消えていった。
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『第16層・階層守護個体』
『討伐:完了』
『第16層踏破:完了』
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「倒した……」
俺はその場へ片膝を着き、周囲へ視線を向ける。
耳飾りから、新しい敵意は伝わってこない。
草原を動く黒い影もなかった。
「陸斗さん、怪我は?」
「大丈夫。防護服が少し裂けただけだよ」
美咲さんも、先ほどのようにふらついてはいない。
それでも大きく魔力を使った疲労は残っているらしく、呼吸を整えていた。
「ぷるっ!」
シズクが高度を下げ、美咲さんの腕へ収まる。
「シズクも無事でよかった……」
「ぷるるっ!」
「ぴるっ!」
ユキも俺の足元へ跳ねてきた。
二枚の白銀鎧と純白の魔法盾には新しい傷が付いているが、三つとも動かせている。
「ユキが守ってくれたから、魔核まで届いたよ。ありがとう」
「ぴるるっ!」
『階層守護個体の討伐を確認しました!』
探索レコーダーから、髙橋さんの声が届く。
『皆さん、ご無事ですか?』
「全員無事です。装備に傷はありますが、動かすことはできます」
『分かりました。周囲とドロップ品を確認したあと、第十五層へ戻ってください』
「はい」
夜嵐猟獣が消えた場所には、一着の黒い外套が残されていた。
光を反射しない黒い布地は、草の陰へ溶け込んで見える。
拾い上げ、解析鑑定を発動する。
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『夜嵐外套』
『品質:S』
『希少度:A+』
『推定買取価格:7,300,000円』
『効果』
・気配隠蔽
・物理魔法耐性
・俊敏値上昇:5%
・自動回復機能:1%
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「夜嵐外套。品質S、希少度A+。推定買取価格は七百三十万円です」
『効果は分かりますか?』
「気配隠蔽、物理魔法耐性、俊敏値上昇五%、自動回復機能一%です」
『分かりました。そのまま持ち帰ってください』
外套を畳もうとした時、美咲さんが黒い布地へ視線を向けた。
「陸斗さん。この外套は、陸斗さんが使ってください」
「俺が?」
「陸斗さんは、このパーティーの要です。ですから、この外套は陸斗さんが使ってください」
「いいのか? 主戦力である美咲さんが装備した方が……」
「私は、次の階層守護個体のドロップ品に期待しますっ」
美咲さんは、そう言って微笑んだ。
ここまで言ってくれたのに、断り続ける理由はない。
「分かった。ありがとう、大切に使うよ」
俺は防護服と軽鎧の上から、夜嵐外套を羽織った。
首元の留め具を合わせると、黒い布地が背中へ沿うように収まる。見た目よりも軽く、腕や足を動かしても邪魔にはならない。
少し身体を動かしてみると、足取りまで僅かに軽くなったように感じた。
「問題なく動けそうだ」
「はい。よく似合っています」
美咲さんの言葉に、外套の留め具へ触れながら頷く。
夜嵐外套は、そのまま俺が装備して持ち帰ることになった。
その直後、新しい解析結果が視界へ浮かび上がった。
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『第16層・先行攻略条件達成』
『大階層区域・進入権限を更新します』
『第16層』
・探索者協会登録調査隊:進入可能
・一般探索者:安全性評価完了まで進入不可
『第17層』
・進入権限:解放
・先行攻略権:一城陸斗の登録パーティー
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「第十七層への進入権限が解放されました」
『確認しました。これで、協会の登録調査隊も第十六層へ入れます』
「次は、第十七層ですね」
美咲さんが、草原の先へ視線を向ける。
大階層区域の奥には、湿原密林と巨大な河川が広がっている。
あの場所へ進む権利を得たとしても、今の状態で向かうつもりはない。
「今日は帰ろう。第十七層へ進むのは、装備と魔力を回復させてからだ」
「はい」
「ぷるっ!」
「ぴるっ!」
◇
帰りは、昨日までに記録した経路を使った。
耳飾りと上空の探索レコーダーで周囲を確認し、魔物の群れを避けながら安全区域を目指す。
追加の戦闘は行わず、俺たちは第十五層への転移門まで戻ることができた。
白い光を抜ける。
第十五層の中央祭壇では、髙橋さんと護衛職員たちが待っていた。
「お疲れさまでした。まずは全員の状態を確認させてください」
互いの身体と装備を確認した結果、すぐに治療が必要な怪我はなかった。
連戦による疲労と、シズクたちの消耗を考え、その場で十分に休んでから地上へ戻ることにする。
二機の探索レコーダーに残された戦闘映像も確認した。
夜嵐猟獣がシズクへ跳び上がった場面。
美咲さんが『魔力解放』から『紫電一閃』を放ち、刃状の翼を傷付けた場面。
そして、体勢を崩した夜嵐猟獣へ、俺たち全員で攻撃した場面が記録されている。
「あの一撃がなかったら、俺は近付けなかった」
俺が伝えると、美咲さんは映像の中で倒れる夜嵐猟獣を見つめた。
「今までは、相手を倒し切るための技だと考えていました」
「今回みたいに強敵の動きを崩すこともできる。危険な相手から離れるための時間を作る使い方もあると思う」
髙橋さんも頷く。
「危険度A-の階層守護個体へ、明確な損傷を与えています。魔力消費は大きいですが、強敵との戦闘や緊急離脱時の切り札として、十分な威力があるでしょう」
「はい。だからこそ、使う場面は慎重に選びます」
美咲さんが、はっきりと答えた。
映像に残っていたのは、美咲さんの強い一撃だけではない。
そのあとへ続いた、俺たち全員の連携だった。
誰か一人でも欠けていれば、勝つことはできなかったと思う。
◇
地上へ戻ったあと、俺たちは探索者協会の調査課へ向かった。
ボディレコーダーと二機の探索レコーダーに保存された記録が、担当職員の端末へ移される。
第十六層までの経路、階層守護個体の縄張り、夜嵐猟獣との戦闘、夜嵐外套の解析結果、踏破後に更新された進入権限。
必要な映像を確認し、俺だけに見える解析結果も一つずつ伝え、正式な攻略記録として提出した。
「第十六層の攻略記録を受理しました」
髙橋さんが端末へ受理の記録を残す。
「今後は登録調査隊による安全性評価を開始します。一般探索者への開放については、その結果を確認してから決定します」
「分かりました」
「第十七層の先行攻略権は、引き続き一城さんたちのパーティーにあります。ただし、次の調査計画は第十六層の記録を整理してから作成しましょう」
「はい。俺たちも装備を修理して、準備を整えます」
「ぷるっ!」
「ぴるっ!」
シズクとユキが、揃って元気な声を上げる。
第十六層の守護個体撃破により、大階層区域の最初の道が協会へ開かれる。
俺たちは、さらに奥へ続く第十七層へ進む資格を手に入れた。




