127話「夜嵐猟獣」
第十五層へ戻った俺たちは、探索レコーダーの映像を髙橋さんたちと確認し、その日は迷宮内で休むことにした。
翌朝。
装備と物資の確認を終えた俺たちは、再び第十六層へ訪れた。
昨日、階層守護個体の縄張りを発見した場所まで進み、大きな岩の手前で足を止める。
「準備はいいか? ここから先はいつ襲われてもおかしくない」
「はい。大丈夫です。シズクも準備はいいですか?」
「ぷる!」
美咲さんがシズクに声をかけた後、すぐに縄張りの奥へ視線を戻す。
「ユキ。今日は支援魔法より、防御を優先してもらえるかな?」
「ぴるっ!」
二枚の白銀鎧が、俺と美咲さんの近くへ移動する。
純白の魔法盾はユキの正面に浮かび、いつでも動ける状態になった。
危険度A-の相手が、どのような攻撃を使うのか分からない。
最初から支援魔法で魔力を使うより、俺たちを守るために残しておいた方がいいだろう。
「シズクは上空から周囲を警戒してもらえるか? ただし、俺たちから離れすぎないようにな」
「ぷるっ!」
シズクが四枚の妖精翼を動かし、俺たちの頭上へ上がる。
「美咲さん。入ろう」
「分かりました」
俺たちは武器を抜き、岩の先へ進んだ。
足元ではユキが俺たちの間を進み、その少し上をシズクが飛んでいる。
誰か一人だけが離れないように注意しながら、俺たちは階層守護個体の縄張りへ足を踏み入れた。
◇
縄張りへ入っても、すぐに魔物は現れなかった。
耳飾りから敵意も伝わってこない。
聞こえるのは草の擦れる音と、俺たちの足音だけだ。
「昨日と変わらないな」
「姿を隠しているのかもしれません」
美咲さんが黄金短剣を構えたまま、周囲へ視線を向ける。
「ぷる……」
上空のシズクも、まだ何も見つけていない。
だが、その時___右側の草が僅かに沈んだ。
耳飾りから、鋭い敵意が伝わってくる。
「右から来るぞ!」
叫ぶと同時に、黒い影が草原を走り抜けた。
ユキが動かした白銀鎧へ、何かが激しく衝突する。
甲高い音が響き、白銀鎧が大きく弾かれた。
その横を黒い刃が通り過ぎ、俺の防護服を浅く裂く。
「くっ……!」
地面へ転がりながら、襲ってきた魔物を見る。
黒い体毛に覆われた四足の魔物だった。
背中からは、翼のような二枚の刃が伸びている。
脚は長く、地面へ触れる直前まで身体を低くしている。
黒い体毛の輪郭が草の陰と重なり、少し離れただけでも位置を見失いそうになる。
俺たちから離れた魔物は、草原へ溶け込むように姿を低くした。
解析鑑定を発動する。
◇____________________
『魔物解析』
『名称』
・夜嵐猟獣
『危険度』
・A-
『状態』
・良好
『備考』
・第十六層階層守護個体
____________________◇
「間違いない。夜嵐猟獣だ」
美咲さんが俺の前へ出る。
「怪我はありませんか?」
「防護服を掠っただけだ。大丈夫、動けるよ」
「ぴるっ!」
ユキが白銀鎧を俺の前へ戻す。
「ありがとうユキ。さあ、次の攻撃が来る、行くぞ!」
「ぴるっ!」
夜嵐猟獣が地面を蹴った。
黒い姿が左右へ揺れ、一瞬で方向を変える。
正面にいたはずの夜嵐猟獣が、次の瞬間には美咲さんの側面へ回り込んでいた。
「させない!」
美咲さんが黄金短剣を横へ振る。
夜嵐猟獣は直前で身体を沈め、短剣を躱し通り抜ける。
背中の刃が白銀鎧へ当たり、表面から火花が散った。
もう一枚の白銀鎧が進路を塞ぐ。
だが、夜嵐猟獣は鎧へぶつかる前に急旋回した。
「速い……!」
後ろへ下がった美咲さんを追うように、前脚の爪と背中の刃が続けて振るわれる。
黄金短剣とスライムの短剣を交差し、一撃目をいなし、二撃目を軽盾で逸らす。
三撃目を純白の魔法盾が受け止めた。
重い音と共に、魔法盾が大きく傾く。
「ぴるっ……!」
ユキの身体が震えた。
反射は発動していない。
夜嵐猟獣の攻撃は、魔法ではなく翼そのものを使った攻撃らしい。
美咲さんが黄金短剣を振り下ろす。
夜嵐猟獣は真後ろへ下がるのではなく、短剣の側面へ沿うように走った。
刃が草を斬り、地面へ食い込む。
その間に、夜嵐猟獣は美咲さんの背後へ回り込んでいた。
「後ろ!」
俺が白銀短剣を突き出す。
夜嵐猟獣は俺の攻撃を避けながら、前脚を振るった。
爪が防護手袋の表面を掠める。
美咲さんが向き直った時には、すでに夜嵐猟獣は間合いの外へ離れていた。
一度の接近で、複数の攻撃を繰り返している。
しかも、攻撃の途中でも進む方向を変えていた。
「真っ直ぐには来ない。最初に向いている方だけを見ないように気をつけてくれ!」
「分かりました!」
「シズク、風弾!」
「ぷるっ!」
上空から放たれた風弾が、夜嵐猟獣の進行方向へ飛ぶ。
夜嵐猟獣は再び向きを変えた。
風弾は地面を削ったが、その動きを僅かに遅らせる。
俺は横から近付き、白銀短剣を振るった。
だが、刃先が届く前に黒い影が遠ざかる。
追おうとした瞬間、夜嵐猟獣が反転した。
今度は俺へ向かってくる。
「ぴるるっ!」
二枚の白銀鎧が前後へ並ぶ。
夜嵐猟獣の爪が一枚目を弾き、背中の刃が二枚目へぶつかった。
勢いを弱めても、全ては止められない。
鎧の間から伸びた前脚を軽盾で受ける。
軽鎧と防護手袋へ衝撃が分散したが、身体ごと後ろへ押し飛ばされた。
「陸斗さん!」
「大丈夫だ!」
地面へ片膝を着き、すぐに立ち上がる。
湿原王鰐の歯形が残る箇所へ、直接攻撃は受けていない。
軽盾も、まだ使える。
美咲さんが夜嵐猟獣を追おうとする。
「待って! 離れすぎに注意してくれ!」
呼び掛けると、美咲さんが足を止めた。
追えば、俺たちの隊形が崩れる。
夜嵐猟獣は、それを狙うように近付いては離れていた。
ユキの防具は攻撃を受ける方向へ移動する。
それでも、前後から続けて攻められれば、全ての間へ入ることはできない。
三つの防具で止められる回数より、夜嵐猟獣が方向を変える回数の方が多かった。
だが、このまま攻撃を受け続ければ、ユキの防具も俺たちの装備も耐えられない。
◇
「ぷるるっ!」
シズクの周囲へ、四種類の魔力が集まった。
最初に放たれた火球が、夜嵐猟獣の左側へ着弾する。
小規模な炎が上がり、夜嵐猟獣が進路を変える。
続けて氷槍が地面へ突き刺さった。
右側の草と地面が僅かに凍り付く。
夜嵐猟獣は炎と氷の間を抜けようとした。
その進行方向へ石弾が落ちる。
地面が大きく抉れ、土と草が飛び散った。
さらに、風弾が正面から迫る。
四つの魔法を同時に使っているわけではない。
シズクは一つずつ魔法を切り替え、夜嵐猟獣が走れる場所を狭めている。
複合魔法を使えば、二つの属性を同時に制御できる。
だが、同時発動は消費する魔力が増える。
シズクは一度に全てを決めようとはせず、夜嵐猟獣が逃げた先へ次の魔法を置いていた。
火球を避ければ、氷槍が進路を塞ぐ。
氷槍を避ければ、石弾で地面が抉られる。
跳び越えようとすれば、風弾が正面から押し戻す。
夜嵐猟獣の速さそのものは変わっていない。
それでも、自由に方向を変えられる場所は確実に減っていた。
「シズク! そのまま右へ追い込めるかっ?」
「ぷるっ!」
シズクが俺の言葉に返事をし、新たな氷槍を放つ。
夜嵐猟獣は凍った地面を避け、俺たちの右側へ進路を変えた。
今までより、動く方向が読みやすい。
「美咲さん、次に来たら合わせよう」
「分かりました。私が止めます」
「俺も横から入る」
夜嵐猟獣が草を蹴る。
俺は耳飾りから伝わる敵意を頼りに、白銀短剣を構えた。
美咲さんへ向かうと思った黒い影が、途中で鋭く折れる。
俺と美咲さんも同時に向きを変えた。
今度は見失わない。
そう思った直後、夜嵐猟獣が抉れた地面の縁を蹴り、高く跳んだ。
「ユキ!」
「ぴるっ!」
狙われたのは、上空のシズクだった。
夜嵐猟獣が地面を蹴り、刃状の翼を広げて跳び上がる。
純白の魔法盾がシズクとの間へ移動した。
だが、夜嵐猟獣は空中で身体を捻り、魔法盾の横を抜ける。
一枚の白銀鎧が追い付く。
爪と白銀鎧がぶつかり、夜嵐猟獣の軌道が僅かにずれた。
それでも、反対側の翼がシズクへ迫る。
「ぷる……!」
シズクは魔法を使った直後で、避けるのが遅れている。
俺の位置からは届かない。
ユキも三つの防具を全て動かしている。
「シズク!」
シズクの危機に、美咲さんが黄金短剣を強く握りしめ、大きく跳躍した。
「美咲さん……?」
跳躍した美咲さんの周囲へ、大量の魔素が集まり、黄金短剣の刀身へと尋常じゃないほどの魔力が集まっていく。
周囲の空気が震え、短剣を中心に風と稲妻が巻き起こる。
美咲さんの足元で、倒れていた草が外側へ押し広げられた。
いつもの攻撃とは違う。
それが、美咲さんの切り札なのだと分かった。
「___魔力解放! 紫電一閃ッ!!」
夜嵐猟獣へ迫った美咲さんが、紫の稲妻を纏った黄金短剣を振り下げる。
強い斬撃が、夜嵐猟獣の翼へ当たり、激しい衝突音が大草原へと響き渡る。
夜嵐猟獣の身体が激しく崩れ、シズクの横を吹っ飛んでいき、地面へ大きく叩き付けられた。
そのまま何度も草原の上を転がり、離れた場所でようやく止まる。
衝撃で舞い上がった土が、周囲へ降り注いだ。
夜嵐猟獣が通り過ぎた場所には、黒い体毛が僅かに散っている。
「シズク!」
「ぷるっ……!」
シズクが体勢を立て直し、美咲さんの元へ飛ぶ。
傷は見えない。
美咲さんの攻撃が、間に合った。
美咲さんはシズクを抱え、地面へと着地する。
その際少しだけふらついた。
「美咲さん、大丈夫?」
「ええ、大丈夫です。魔力消費による反動です。まだ動けます」
「美咲さん。これを」
「ありがとうございます」
俺から魔力薬を受け取った美咲さんが、瓶の蓋を開け魔力薬を使用する。
失われた魔力が回復し、美咲さんのふらつきも無くなった。
「それにしてもすごい攻撃だったね」
「『紫電一閃』というスキルです。刀身へ周囲の魔素を集めて雷へと変換し放つ、私の切り札です」
そう言って美咲さんが、夜嵐猟獣が倒れた場所へ視線を向ける。
黒い身体が、ゆっくりと起き上がろうとしている。
刃状の翼の一部が傷付き、片側へ傾いている。
それでも、夜嵐猟獣は倒れていない。
低い唸り声を上げ、再び俺たちへ敵意を向けてくる。
「ですが、すみません。倒し切れませんでした」
「大丈夫。かなりのダメージは入ってるよ。体勢は崩れている今がチャンスだ」
夜嵐猟獣は、まだすぐには走り出せない。
シズクが作った炎と氷、抉れた地面が、周囲の進路を塞いでいる。
美咲さんが作ってくれた隙は、今しかない。
「美咲さん、行けるよな?」
俺の声に、美咲さんが黄金短剣を構え直し、答える。
「当然ですっ」
「シズク、美咲さんの援護だ。俺も突撃する。ユキは今まで通り、俺たちの守備を」
「ぷるっ!」
「ぴるっ!」
シズクとユキが同時に返事をする。
俺は美咲さんに目配せを行い頷いた後、白銀短剣を握り直し、体制を崩している夜嵐猟獣へと、駆けた。




