126話「大草原の強敵」
ユキの魔法訓練を終えた翌日。
俺たちは、第十六層の安全区域へ戻ってきた。
見渡す限りの草原と、迷宮内とは思えないほど広い青空。
前回設置した通信中継器は正常に動いており、二機のドローン型探索レコーダーも俺たちの左右へ浮かび上がった。
「今日は、前回引き返した丘の先からですね」
「ああ。無理に奥まで行かず、ユキの魔力にも余裕を残して進もう」
「ぴるっ!」
俺の足元で、ユキが元気よく身体を伸ばす。
二枚の白銀鎧と魔法盾が、純白の身体の周囲へ浮かんでいた。
「ぷるるっ!」
シズクも四枚の羽を広げ、美咲さんの肩から飛び立つ。
「シズク。上から見る時も、私たちから離れすぎないでね」
「ぷるっ!」
美咲さんが黄金短剣を抜き、左腕の軽盾を構える。
俺も白銀短剣を抜いた。
安全区域を出る前に、ユキへもう一度声を掛ける。
「ユキ。支援魔法は、俺が頼んだ時だけ使うんだぞ?」
「ぴるっ!」
「怪我をしても、すぐに回復魔法を使わなくていい。まずは俺たちに教えること」
「ぴるるっ!」
「それと、一番大切なのは防御だ。防具を動かす魔力は残しておこうな」
「ぴるっ!」
ユキが迷いなく返事をする。
訓練で覚えたことを、きちんと覚えているようだ。
俺たちは安全区域を離れ、前回記録した経路を進み始めた。
◇
鉄殻飛蝗と戦った丘を越えてからも、大草原はどこまでも続いていた。
草の丈は俺の腰ほどまで伸びている。
風が吹くたびに草原全体が波打ち、遠くにいる魔物の姿を隠していた。
シズクが俺たちの少し上を飛び、周囲を見渡す。
ドローン型探索レコーダーは、さらに高い位置から前方を記録していた。
「ぷる?」
不意に、シズクが進行方向へ身体を向けた。
「何か見つけたの?」
「ぷるっ」
シズクが身体を伸ばした先には、深緑色の大きな影があった。
全長四メートルを超える巨体。
灰色の装甲に覆われた頭部と、前方へ伸びる太い角。
先行観測の時、安全区域まで俺たちを追ってきた魔物だ。
「草原鎧牛です」
「一体だけみたいだな」
草原鎧牛は、少し離れた場所で草を食べている。
まだ、こちらへ気付いた様子はなかった。
「迂回しますか?」
「できれば戦わずに進みたいけど……」
言い終える前に、両耳のDFスライムの耳飾りから冷たい感覚が伝わってきた。
敵意。
だが、正面にいる草原鎧牛からではない。
「美咲さん!」
「はい。上からも来ます!」
ATスライムの耳飾りで、同じ敵意を感じ取ったらしい。
俺たちは同時に空を見上げた。
青空を横切る影が、翼を傾けながら急降下してくる。
草原鎧牛も顔を上げ、俺たちへ太い角を向けた。
解析鑑定を発動する。
◇____________________
『魔物解析』
『名称』
・風帆翼竜
『種別』
・飛行竜種
『状態』
・敵対
・急降下中
____________________◇
「風帆翼竜! 空から来ます!」
「草原鎧牛も動き出しました!」
地面を蹴る重い音が、急速に近付いてくる。
空と地上から、ほぼ同時に攻撃される。
「美咲さんは草原鎧牛を! 俺とシズクで翼竜を止めます!」
「分かりました!」
「ユキ! 俺と美咲さん、シズクへ支援魔法だ!」
「ぴるるっ!」
ユキの頭上に浮かぶ結晶冠が白く輝く。
純白の身体から柔らかな光が広がり、俺と美咲さん、シズクを包み込んだ。
光が身体へ溶け込む。
腕と脚が軽くなり、全身へ力が満ちてきた。
◇____________________
『支援魔法の発動を確認』
『術者』
・ユキ
『対象』
・陸斗
・美咲
・シズク
『効果』
・全能力値を一割上昇
『効果時間』
・残り九分五十七秒
『状態』
・安定
____________________◇
「成功してる! ユキは俺たちの間で防御を頼む!」
「ぴるっ!」
白銀鎧の一枚が俺の前へ、もう一枚が美咲さんの前へ移動する。
純白の魔法盾は、シズクを守るように上空へ向けられた。
風帆翼竜が翼を閉じ、俺へ向かって落ちてくる。
「シズク、風で逸らしてくれ!」
「ぷるっ!」
シズクの身体から緑色の魔力が広がる。
横から吹き付けた突風を受け、風帆翼竜の身体が僅かに流された。
鋭い爪が俺の肩を掠める。
支援魔法がなければ、避け切れなかったかもしれない。
俺はすれ違いざまに白銀短剣を振るった。
刃が翼の端を切り裂き、風帆翼竜の姿勢が崩れる。
だが、地面へ落ちる前に翼を広げ、再び上空へ逃れた。
「陸斗さん、牛が来ます!」
美咲さんの前では、草原鎧牛が地面を揺らしながら突進していた。
美咲さんは正面から受け止めようとはせず、ぎりぎりまで引き付けて横へ跳ぶ。
灰色の角が軽盾の端へ当たり、軌道が僅かに外れた。
「っ……!」
美咲さんが衝撃を受け流しながら、黄金短剣を草原鎧牛の首元へ走らせる。
深緑の体毛が裂けたが、その内側にも硬い装甲がある。
草原鎧牛が前脚で地面を踏み付けた。
灰色の魔力が地面へ広がり、美咲さんの足元が大きく隆起する。
「美咲さん!」
「大丈夫です!」
美咲さんは支援魔法で強化された脚力を使い、崩れる地面から跳び退いた。
その頭上へ、風帆翼竜が回り込む。
二体が連携しているわけではない。
それでも、空と地上から休みなく攻撃されれば、片方だけに集中することはできない。
「ユキ、上を守ってくれ!」
「ぴるっ!」
純白の魔法盾が美咲さんの頭上へ滑り込む。
風帆翼竜の爪が盾へ当たり、白い光が大きく揺れた。
攻撃を弾かれた風帆翼竜が上昇しようとする。
「ぷるるっ!」
シズクが風弾を放った。
傷付いた翼へ圧縮された風が当たり、風帆翼竜が草原へ落下する。
「美咲さん、翼竜をお願いします! 牛は俺が引き付けます!」
「はい!」
俺は草原鎧牛の正面へ走る。
「こっちだ!」
草原鎧牛が身体の向きを変えた。
太い角を低く構え、俺へ突進してくる。
速い。
巨体からは想像できない速度だ。
だが、支援魔法で強化された今なら、動きを見失わない。
正面から横へ跳ぶ。
草原鎧牛が通り過ぎる瞬間、白銀短剣を灰色の装甲へ突き立てた。
硬い手応えが返ってくる。
それでも、白銀短剣の刃先は装甲の一部を貫いた。
草原鎧牛が激しく頭を振る。
白銀短剣を抜き、角が届く前に距離を取った。
命中した場所では、腐食の効果によって灰色の装甲が僅かに変色している。
「陸斗さん!」
美咲さんが風帆翼竜の爪を軽盾で逸らし、傷付いた翼へ黄金短剣を振るった。
刃が深く入り、風帆翼竜の身体が地面へ崩れる。
それを見た草原鎧牛が、再び前脚を踏み込んだ。
「シズク、足元を凍らせてくれ!」
「ぷるっ!」
青い魔力が草原鎧牛の進路へ走る。
地面と草が凍り付き、踏み出した前脚が横へ滑った。
巨体が大きく傾く。
「今です!」
美咲さんが反対側から踏み込んだ。
黄金短剣が、俺の白銀短剣で傷付けた場所へ突き刺さる。
粉砕の効果が灰色の装甲へ広がり、亀裂が走った。
俺は美咲さんが作った隙へ白銀短剣を差し込む。
腐食した装甲を貫き、さらに奥へ刃を届かせた。
草原鎧牛の巨体が地面へ倒れる。
「もう一体です!」
風帆翼竜が傷付いた翼を広げ、低い位置から飛び上がろうとしていた。
「ぷるるっ!」
シズクが石弾を放つ。
重量を持った石の塊が風帆翼竜の身体へ当たり、再び地面へ叩き落とした。
美咲さんが正面から注意を引き付ける。
風帆翼竜が残る翼を振り、爪を伸ばした。
「こちらです!」
軽盾が爪を外側へ逸らす。
俺は風帆翼竜の側面へ回り込み、白銀短剣を突き立てた。
刃先が魔核へ届く。
風帆翼竜の身体から力が抜けた。
周囲から敵意が消える。
「終わった……」
「はい。二体とも倒せました」
美咲さんが息を整えながら、黄金短剣の刃を確認する。
「ぷるっ!」
「ぴるるっ!」
シズクとユキが互いへ身体を伸ばした。
「ユキ。支援魔法を解除できるか?」
「ぴるっ!」
ユキが俺たち三人へ意識を向ける。
身体の中に残っていた力が揺らぎ、俺たちを包んでいた白い光が薄くなった。
やがて光は完全に消える。
◇____________________
『支援魔法の解除を確認』
『術者』
・ユキ
『解除方法』
・術者の意思による解除
『状態』
・正常
____________________◇
「上手に止められたな」
「ぴるるっ!」
ユキが嬉しそうに身体を伸ばす。
「三つの防具も、問題なく動いていますね」
美咲さんの言葉どおり、二枚の白銀鎧と魔法盾はユキの周囲へ戻っていた。
俺の肩には、風帆翼竜の爪が触れた跡が残っている。
だが、防具の表面が僅かに傷付いただけで、回復魔法が必要な怪我ではない。
ユキも傷を見つけたようだが、頭上の結晶冠を緑色へ輝かせることはなかった。
「回復魔法を使わなくて大丈夫だぞ」
「ぴるっ!」
「ちゃんと防具を動かす魔力を残せてるな」
「ぴるるっ!」
ユキが得意そうに身体を伸ばした。
◇
戦闘後に休憩を取り、俺たちは大草原の奥へ進んだ。
草原鎧牛と風帆翼竜の素材は、討伐地点と一緒に記録して魔法鞄へ収納している。
進むにつれ、周囲の様子が少しずつ変わり始めた。
魔物の姿が見えない。
さっきまで風に揺れていた草も、奥へ向かうほど低く倒れている。
「静かすぎますね」
「ああ。さっきから、鳥みたいな声も聞こえない」
敵意は感じない。
だが、何もいないことが、かえって不自然だった。
「ぷる……」
シズクが高度を下げ、美咲さんの肩へ戻ってくる。
「ぴる……」
ユキも三つの防具を身体の近くへ集めた。
やがて、前方に大きな岩が見えてきた。
岩の表面には、何本もの深い傷が刻まれている。
刃物で斬ったような跡だ。
その周囲だけ草が円形に薙ぎ倒され、地面には大きな足跡が残っていた。
「ここから先は、何かの縄張りみたいですね」
「調べてみます」
俺は岩と周囲の地面へ解析鑑定を発動した。
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『階層区域の解析』
『区域』
・第十六層:大平原・大草原区域
『検出情報』
・階層守護個体の縄張り
『階層守護個体』
・夜嵐猟獣
『危険度』
・A-
『状態』
・縄張り外縁
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「階層守護個体の縄張りだ」
「やはり、ここにいるんですね」
「名称は夜嵐猟獣。危険度はAマイナス」
「Aマイナス……」
美咲さんの表情が引き締まる。
俺たちは先ほど、二体の魔物と戦ったばかりだ。
ユキも三人へ支援魔法を使い、防具を動かしている。
夜嵐猟獣の姿も、能力も分からない。
この状態で縄張りへ入るべきではない。
「今日は、ここまでにしよう」
「はい。私も第十五層まで戻った方がいいと思います」
「ぷるっ」
「ぴるっ」
シズクとユキも、すぐに返事をした。
俺たちは縄張りの外縁と岩の傷を探索レコーダーへ記録し、地図へ現在地を書き込む。
階層守護個体の居場所は見つけた。
だが、戦うための情報は足りない。
「そうだな。高橋さん達と情報を確認して、明日またここに来よう」
「はいっ」
俺たちは岩へ背を向け、来た道を引き返した。
大草原の奥から、敵意が伝わってくることはない。
それでも第十五層へ戻るまで、ユキは三つの防具を一度も下ろさなかった。




