125話「ユキの回復魔法」
支援魔法の訓練を終えた俺たちは、十分ほど休憩を挟んでいた。
「ぷるっ♪」
「ぴるるっ♪」
訓練場の中央では、シズクとユキが身体を寄せ合っている。
二体の頭上に浮かぶお揃いの結晶冠を見比べては、嬉しそうに身体を伸ばしていた。
「魔力量も順調に戻っていますね」
豹堂先生が測定装置へ目を向ける。
「このまま休んでいれば、もう少しで訓練前の状態へ戻ります」
「初級回復の消費魔力は、支援魔法よりも少ないんですよね?」
「はい。ですが、初めて使用する魔法です。十分に回復してから始めましょう」
俺たちはユキの魔力が戻るまで、もう少し待つことにした。
その間もシズクはユキの周囲を飛び、魔法を使う前に一度動きを止める様子を見せている。
「ぷるっ!」
「ぴるっ!」
第124話の訓練で覚えたことを、もう一度教えているらしい。
「シズクは、すっかり先輩ですね」
「ああ。ユキに教えられるのが嬉しいんだろうな」
「ぷるるっ!」
俺たちの声が聞こえたのか、シズクが得意そうに四枚の羽を広げる。
その隣で、ユキも負けじと大きく伸びた。
「ぴるるっ!」
二体の様子を見ているうちに、測定装置の数値が訓練前の状態へ戻った。
「回復しました。それでは、始めましょう」
「ぴるっ!」
ユキが元気よく返事をする。
俺はユキの前へしゃがみ込んだ。
「今日は怪我を治す練習だけど、大きな怪我じゃないから安心してな?」
「ぴる?」
「魔力をたくさん使わないように気を付けてな? 少し使うくらいでやるんだぞ?」
「ぴるっ!」
ユキが素直に身体を伸ばす。
「まずは、本当に軽い傷で回復効果を確認します」
豹堂先生が医療用のトレーを運んできた。
トレーの上には、採血用のランセットと消毒液、脱脂綿が置かれている。
「一城さん、左手をお願いします」
「はい」
俺は左手を差し出した。
豹堂先生が消毒液を含ませた脱脂綿で、親指の腹を丁寧に拭く。
「少しだけ痛みますよ」
「分かりました」
カチッ。
小さな音とともに、ランセットの針先が一瞬だけ親指の腹へ触れた。
「……っ」
ちくりとした痛みが走る。
しばらくすると、刺した場所へ赤い血がぷくりと浮かび上がった。
放っておいても、すぐに塞がるほどの小さな傷だ。
俺はユキへ親指を差し出す。
「ユキ」
「ぴる?」
「試しに治してみようか?」
「ぴるっ!」
待っていたとばかりに、ユキが身体を伸ばした。
頭上の結晶冠が淡い緑色へ輝く。
ユキの身体から柔らかな光が溢れ、俺の親指を包み込んだ。
暖かな魔力が、傷口へゆっくりと染み込んでくる。
痛みが消えていき、数秒後には緑色の光も静かに収まった。
親指を見る。
浮かんでいた血は消え、刺し傷も綺麗に塞がっていた。
「ぴる……?」
きちんと治せたか心配なのだろう。
ユキが俺の親指を覗き込む。
「ちゃんと治ってるよ」
「ぴるるっ!」
ユキが嬉しそうに何度も跳ねる。
「ぷるっ!」
シズクもユキへ近付き、祝うように身体を押し付けた。
俺は解析鑑定を発動する。
◇____________________
『回復魔法の使用を確認』
『術者』
・ユキ
『使用技能』
・初級回復
『回復量』
・薬花草一個分
『対象』
・一城陸斗
『魔力消費』
・基礎魔力量の二パーセント
『対象の状態』
・回復完了
____________________◇
「解析鑑定でも、傷が治ったことを確認できました。回復量は薬花草一個分です」
「こちらの測定結果とも一致しています」
豹堂先生が医療用の測定器を確認する。
「魔力消費は、ユキさんの現在の基礎魔力量に対して二パーセント。擦り傷や浅い切り傷であれば、十分に治療できるでしょう」
「ぴるっ!」
褒められたユキが、得意そうに身体を伸ばす。
「ただし、骨折や深い裂傷を治せるほどの回復量はありません」
豹堂先生が、モニターへ傷の深さを比較した図を映し出した。
「重傷者へ繰り返し使用しても、必要な回復量へ届く前に、ユキさんの魔力が尽きる可能性があります」
「そういう怪我には、これまでどおり回復薬を使うんですね」
「はい。怪我の程度に応じて、回復薬や上級回復薬を使用してください」
俺たちは迷宮へ入る時、回復薬を多めに持ち込んでいる。
ユキが回復魔法を覚えたからといって、薬を減らす必要はない。
むしろ、ユキには防具を動かして俺たちを守るという大切な役目がある。
俺はユキの前へしゃがんだ。
「ユキ」
「ぴる?」
「軽い怪我なら、ユキに治してもらうこともあると思う」
「ぴるっ!」
「でも、大きな怪我だったら、俺たちが回復薬を使うからな?」
「ぴる……」
「助けようとしてくれるのは嬉しいけど、一人で何とかしようとしなくていいんだぞ?」
「ぴる?」
「ユキの魔力も大切だからな。使いすぎて、防具を動かせなくなったら困るだろ?」
「ぴる……」
ユキが、自分の近くへ置かれている二枚の白銀鎧と純白の魔法盾を見る。
「怪我をした人がいたら、まず俺たちに教えてくれればいい。一緒にどうするか決めような」
「ぴるっ!」
ユキが迷いなく返事をする。
「ぷるるっ!」
シズクも安心させるように、ユキへ身体を寄せた。
◇
回復効果を確認したあとも、訓練は続いた。
迷宮で回復魔法を使うためには、対象を間違えないことも大切だ。
訓練場の中央には、二体の人型魔道具が並べられた。
それぞれの腕には、疑似的な傷を示す赤い光が浮かんでいる。
「今度は、右側の魔道具だけを治療してください」
「ぴるっ!」
「慌てなくていいからな。どっちを治すのか、きちんと見てから使うんだぞ?」
「ぴるるっ!」
ユキが二体の魔道具を見比べる。
少ししてから、右側へ身体を向けた。
頭上の結晶冠が淡い緑色へ輝き、回復の光が右側の魔道具だけを包み込む。
赤い光が薄れ、やがて完全に消えた。
左側の傷は、そのまま残っている。
「対象の指定にも成功しています」
「ぴるっ!」
続いて、二体の位置を入れ替える。
距離を少し離し、俺と美咲さんが間へ立った状態でも試した。
ユキは最初こそ、治す対象の近くまで移動していたが、何度か繰り返すうちに、少し離れた場所からでも正しい対象へ回復魔法を届けられるようになった。
「上手になったな」
「ぴるるっ!」
「でも、遠くにいる人を無理に治そうとしなくていいからな。危ない時は近付かないんだぞ?」
「ぴるっ!」
「迷宮では、俺か美咲さんの近くで使おうな」
「ぴるるっ!」
ユキが素直に返事をした。
「次は、防具を操作した状態で試しましょう」
豹堂先生の言葉を聞き、ユキが三つの装備へ魔力を流す。
二枚の白銀鎧が左右へ浮かび上がった。
純白の魔法盾も、ユキの正面へ移動する。
「最初は、大きく動かさずに、その場で維持してください」
「ぴるっ!」
三つの防具が、ユキの周囲へ静かに浮かぶ。
新たに傷を表示させた訓練用魔道具が、少し離れた場所へ置かれた。
「ユキ。防具を落とさないように気を付けながら、回復してみようか」
「ぴるるっ!」
頭上の結晶冠が緑色へ輝く。
回復の光が訓練用魔道具へ届いた。
同時に、二枚の白銀鎧と純白の魔法盾が僅かに揺れる。
だが、床へ落ちることはなかった。
赤い傷が消え、回復魔法の光も収まる。
「ぴるっ!」
「今度も治せたな」
「ぴるるっ!」
ユキが嬉しそうに身体を伸ばした。
俺は解析鑑定で、ユキの状態を確認する。
◇____________________
『状態解析』
『対象』
・ユキ
『残存魔力量』
・九十パーセント以上
『状態』
・良好
『備考』
・回復魔法の消費量に変化なし
・防具の維持に伴う魔力消費を確認
____________________◇
「回復魔法自体の消費量は、さっきと変わっていません」
「こちらでも同じ結果です」
豹堂先生が測定装置の数値を示す。
「ただし、回復魔法とは別に、三つの防具を浮かせるための魔力も消費しています。合計では、防具を動かしていない時より減少量が増えています」
「ぴる……」
ユキが少し不安そうに身体を縮めた。
「大丈夫だぞ。失敗したわけじゃないからな?」
「ぴる?」
「防具を動かしながら回復魔法を使うと、いつもより魔力が減るって分かった。それで十分だ」
「ぴるっ!」
「ただし、戦っている最中に無理して使うのは危ないですね」
美咲さんが、ユキの左右に浮かぶ白銀鎧を見る。
「回復している間に敵が攻撃してきたら、防具の操作が遅れる可能性があります」
「ああ。回復する時は、俺たちがユキを守った方がいいな」
「ぷるっ!」
シズクが任せてほしいと伝えるように、四枚の羽を広げた。
「ユキ。誰かを治す時は、急いで一人で飛び出したりしないでな?」
「ぴるっ!」
「俺たちへ教えて、美咲さんとシズクに守ってもらってから使おう」
「ぴるるっ!」
ユキが真剣な様子で返事をした。
◇
その後も、回復魔法の訓練を繰り返した。
対象の指定。
離れた相手への発動。
三つの防具を浮かべたままの使用。
途中で休憩を挟むと、プチヒールで消費した分の魔力は徐々に回復していった。
「少し休めば、使った分は戻るみたいだな」
「はい。現在の消費量であれば、短い休憩でも十分に回復できます」
豹堂先生が測定結果を確認する。
「ただし、支援魔法を使用した直後や、三つの防具を長時間動かしたあとでは、回復に必要な時間も変わります。迷宮では数値だけでなく、ユキさん自身の疲労も見て判断してください」
「分かりました」
俺はユキを見る。
「ユキ。少し疲れてきたか?」
「ぴる……」
ユキが自分の身体を確かめるように、ゆっくりと伸び縮みする。
少し考えたあと、まだ大丈夫だと訴えるように大きく身体を伸ばした。
「ぴるっ!」
解析鑑定でも、残っている魔力量には余裕がある。
自分の感覚と、実際の状態が合っているようだ。
「自分でも、まだ大丈夫だって分かるようになってきたな」
「ぴるるっ!」
ユキが得意そうに跳ねる。
「ですが、今日はここまでにしましょう」
豹堂先生が測定装置を停止させた。
「回復魔法の発動、対象指定、防具を維持した状態での使用。いずれも問題ありません」
「ありがとうございます」
豹堂先生は、訓練結果を記録したタブレット端末を閉じる。
「現在の初級回復は軽傷に限られます。防御を優先し、余裕がある時だけ使用するのであれば、迷宮内でも問題ないでしょう」
俺はユキの前へしゃがみ込んだ。
「ユキ」
「ぴる?」
「次に迷宮へ入った時から、軽い怪我なら回復魔法を使っていいぞ」
「ぴる……!」
一瞬だけ動きを止めたあと、ユキが大きく跳ねた。
「ぴるるるっ!」
そのまま俺の胸へ飛び込んでくる。
両腕で受け止めると、柔らかな身体を嬉しそうに何度も押し付けてきた。
「よく頑張ったな」
「ぴるっ!」
「でも、約束したことは忘れないでな?」
「ぴる?」
「一人で何とかしようとしないこと。困った時は、まず俺たちに教えること」
「ぴるっ!」
「大きな怪我には、俺たちが回復薬を使う」
「ぴるるっ!」
「それと、危ない時は回復魔法より防御を優先するんだぞ?」
「ぴるっ!」
ユキが元気よく返事をした。
「ぷるるっ!」
シズクも俺の肩へ飛び乗り、ユキへ身体を伸ばす。
二体の頭上では、お揃いの結晶冠が淡く輝いていた。
ユキは、支援魔法と回復魔法を覚えた。
そして、その力をいつ、どのように使えばいいのかも学んだ。
これで、第十六層の攻略を再開する準備は整った。
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