124話「ユキの支援魔法」
翌日。
俺たちは、探索者協会本部にある訓練施設を訪れていた。
広い訓練場の床には、魔法の効果範囲を確認するための目印が描かれている。
壁際には魔力量を測定する装置が並び、少し離れた場所には、回復魔法の訓練に使う人型魔道具も用意されていた。
「ぷるるっ!」
訓練場へ入るなり、シズクが四枚の羽を広げて飛んでいく。
中央に描かれた目印の上へ降りると、こちらへ身体を向けて大きく伸びた。
「ぴるっ!」
ユキも、その後を追って跳ねていく。
二枚の白銀鎧と魔法盾が、純白の身体の周囲を滑らかに移動していた。
「シズクは、昨日からずっと楽しみにしていましたからね」
美咲さんが、二体を見ながら微笑む。
「ああ。今日は自分が教えてあげるつもりなんだろうな」
「ぷるっ!」
俺の言葉が聞こえたらしく、シズクが得意そうに身体を伸ばした。
「ぴるるっ!」
ユキも負けじと大きく伸びる。
二体の頭上では、お揃いの結晶冠が淡く輝いていた。
「それでは、始めましょうか」
訓練を担当する豹堂先生が、壁際の測定装置を起動する。
高橋さんも立ち会い、少し離れた机でタブレット端末へ記録を残していた。
「最初は、支援魔法の効果を確認します。ユキさんには、三つの防具を一度床へ置いてもらいましょう」
「ぴるっ!」
二枚の白銀鎧と純白の魔法盾が、ユキの身体の近くへゆっくりと降りる。
「まずは防具を動かさず、支援魔法だけを使用してもらいます。発動に必要な魔力量と、効果が正しく現れるかを確認しましょう」
「分かりました」
俺と美咲さんは、訓練場の中央へ並んだ。
「ユキ。最初は、俺と美咲さんに使ってみようか」
「ぴるっ!」
「一気にたくさん魔力を使おうとしなくていいからな。ゆっくりやるんだぞ?」
「ぴるるっ!」
ユキが元気よく返事をすると、頭上の結晶冠が白く輝いた。
純白の身体から柔らかな光が広がり、俺と美咲さんを包み込む。
光が身体の中へ溶け込んだ瞬間、全身へ力が満ちてきた。
腕や脚が軽い。
普段よりも、身体を素早く動かせる感覚がある。
「成功したみたいですね」
「はい。身体の奥から力が湧いてきます」
俺は解析鑑定を発動した。
◇____________________
『支援魔法の発動を確認』
『術者』
・ユキ
『対象』
・陸斗
・美咲
『効果』
・全能力値を一割上昇
『効果時間』
・残り九分五十三秒
『消費魔力』
・対象一人につき、基礎魔力量の一割
『状態』
・安定
____________________◇
「きちんと発動してるぞ。俺も美咲さんも、能力が一割上がってる」
「ぴるっ!」
「よくできたな」
「ぴるるっ!」
ユキが嬉しそうに何度も跳ねる。
「ぷるっ!」
シズクも四枚の羽を動かしてユキへ近付き、その身体へ自分の身体を押し付けた。
ユキも嬉しそうに押し返す。
「こちらの測定結果も、解析結果と一致しています」
豹堂先生が、装置へ表示された数値を確認する。
「陸斗さんと美咲さんの能力値が、それぞれ一割上昇しています。ユキさんが消費した魔力は、現在の基礎魔力量の二割です」
「対象一人につき、一割ずつ消費するんですね」
「はい。対象が増えるほど、発動時に必要な魔力も増えるようです」
現在のユキが、俺と美咲さん、シズクの三人へ支援魔法を使えば、魔力を三割消費することになる。
決して少ない量ではない。
「支援魔法は、発動した瞬間に必要な魔力を消費しています」
豹堂先生が測定結果を切り替える。
「発動後、ユキさんから継続して魔力が流れている反応はありません」
「一度使えば、十分間はそのまま効果が続くんですね」
「はい。効果を維持するために、魔力を使い続ける必要はありません」
俺はユキへ目を向けた。
「一回使ったら、しばらくはそのままで大丈夫なんだって。何度も使わなくていいからな?」
「ぴるっ!」
「戦っている途中で、もう一度使いたくなっても我慢するんだぞ?」
「ぴるるっ!」
分かっていると伝えるように、ユキが身体を伸ばした。
「次は、効果を自分の意思で解除できるか試してみましょう」
豹堂先生の言葉に、ユキが身体を傾ける。
「ぴる?」
「今、俺と美咲さんに掛かってる魔法があるだろう?」
「ぴるっ」
「それを、自分で止められるかな?」
「ぴるるっ!」
ユキが、俺と美咲さんへ意識を向ける。
身体の奥に残っていた力が僅かに揺れた。
だが、まだ消えない。
「ぴる……?」
「大丈夫だ。ゆっくりでいいからな」
「ぴるっ」
ユキが身体を小さく縮める。
俺たちを包んでいた白い光が揺れ、少しだけ薄くなった。
それでも、身体へ満ちている力は残っている。
「ぷるっ!」
シズクがユキの前へ飛んでくる。
自分の身体から小さな風を生み出すと、すぐに魔力を止めてみせた。
風が消える。
もう一度、同じ動きを繰り返した。
「シズクが、魔力の止め方を教えてくれてるみたいだな」
「ぷるるっ!」
「ぴる……」
ユキがシズクの動きをじっと見つめる。
「使った時と反対だ。もう終わりって思いながら、ゆっくり止めてみような」
「ぴるっ!」
ユキが、もう一度俺たちへ意識を向ける。
白い光が少しずつ薄くなっていく。
やがて光は完全に消え、身体へ満ちていた力も元へ戻った。
◇____________________
『支援魔法の解除を確認』
『術者』
・ユキ
『解除方法』
・術者の意思による解除
『解除時の残り効果時間』
・七分三十八秒
『状態』
・正常
____________________◇
「偉いな。ちゃんと止められたぞ」
「ぴるるっ!」
ユキが大きく跳ねる。
「解除自体は、問題なく行えています」
豹堂先生が測定結果を確認する。
「ただし、途中で解除しても、発動時に消費した魔力は戻りません」
「二人に使った分の魔力は、そのまま消費された状態なんですね」
「はい」
俺も解析鑑定でユキの状態を確認する。
残存魔力量は八割。
支援魔法を解除しても、使った二割の魔力は戻っていなかった。
「それと、もう一つ注意点があります」
豹堂先生が、支援魔法の解析結果をモニターへ映し出した。
「支援魔法の効果が残っている間に、同じ対象へもう一度使用しても、効果時間は十分間へ戻りません」
「残っている時間が、そのまま引き継がれるんですか?」
「はい。能力値の上昇効果も重複しないようです」
例えば、支援魔法の残り時間が一分しかない状態で、同じ相手へもう一度使用しても、効果時間は一分のまま。
能力値も二割上昇することはなく、一割のままだ。
魔力だけを余分に消費することになる。
「それなら、戦闘が終わったら解除した方がいいですね」
「はい。支援効果が必要なくなった時点で、解除する癖を付けてください」
豹堂先生がユキを見る。
「一度解除しておけば、次に必要になった時、改めて十分間の支援魔法を使用できます」
「ぴる……」
ユキが少し考えるように身体を揺らした。
俺はユキの前へしゃがむ。
「ユキ。戦いが終わったら、掛けたままにしないで止めるんだぞ?」
「ぴるっ!」
「残ったまま、もう一度使っても長くならないからな」
「ぴるるっ!」
「それと、止められるからって、何度も使ったり止めたりしちゃ駄目だぞ?」
「ぴる?」
「使うたびに魔力が減るから、もったいないだろ?」
「ぴるっ!」
ユキが分かったと訴えるように、身体を大きく伸ばした。
◇
俺と美咲さんへ使用した支援魔法で、ユキは魔力を二割消費している。
次の訓練へ進む前に、十分な休憩を挟むことになった。
ユキは用意されていた魔力ゼリーを体内に取り込み、訓練場の中央で身体を休めている。
「ぷるっ」
「ぴるっ」
その隣では、シズクも一緒に従魔用のゼリーを味わっていた。
「シズクは、ほとんど魔力を使ってないだろ?」
「ぷるるっ!」
シズクもユキと同じ物を味わいたかったらしい。
美咲さんが笑いながら、シズクの容器へ少量だけ魔力ゼリーを追加した。
「今日は先生役を頑張っていますからね」
「ぷるっ!」
シズクが嬉しそうに四枚の羽を動かす。
休憩を終える頃には、ユキの魔力も訓練前の状態まで戻っていた。
「魔力量の回復を確認しました」
豹堂先生が測定装置を見る。
「次は、シズクさんも対象に加えてみましょう」
「ぷるっ!」
名前を呼ばれたシズクが、俺と美咲さんの間へ飛んでくる。
「今度は、俺と美咲さん、それからシズクの三人だ」
「ぴるっ!」
「さっきと同じで、たくさん魔力を使おうとしなくていいからな?」
「ぴるるっ!」
ユキの結晶冠が白く輝く。
先ほどよりも広い範囲へ柔らかな光が広がり、俺と美咲さん、シズクの身体を包み込んだ。
「ぷる……!」
支援魔法を受けたシズクが、四枚の羽を動かす。
次の瞬間、普段よりも速く訓練場の中を飛び始めた。
「シズク。速くなって嬉しいのは分かるけど、壁にぶつかるなよ?」
「ぷるっ!」
シズクが速度を落とし、俺たちの周囲をゆっくりと回る。
俺は解析鑑定を発動する。
◇____________________
『支援魔法の発動を確認』
『術者』
・ユキ
『対象』
・陸斗
・美咲
・シズク
『効果』
・全能力値を一割上昇
『効果時間』
・残り九分五十秒
『消費魔力』
・基礎魔力量の三割
『状態』
・安定
____________________◇
「三人とも、正常に効果が掛かっています」
「こちらの測定結果も一致しています」
豹堂先生が数値を確認する。
「対象が三人なので、消費した魔力は基礎魔力量の三割です」
「現在のユキなら、三人へ使っても問題はないんですね」
「はい。ただし、一度に三割の魔力を消費することになります。防具を長時間動かしたあとに使用する場合は、残存魔力量へ注意してください」
解析鑑定の表示には、術者であるユキ自身は対象として含まれていなかった。
「ユキの魔法はユキを強くする魔法じゃなくて、俺たちを強くしてくれる魔法なんだって」
「ぴるっ」
「だから、魔法を使ったあとも、無理して前へ出ちゃ駄目だぞ?」
「ぴるるっ!」
ユキが素直に返事をする。
「ユキは今までどおり、俺のそばに居るんだぞ?」
「ぴるっ!」
頭上の結晶冠が、嬉しそうに明るく輝いた。
「それでは、現在の魔力量も確認してみましょう」
豹堂先生が測定装置へ視線を向ける。
俺は、ユキの前へしゃがみ込んだ。
「ユキ。今、少し疲れたか?」
「ぴる……」
ユキが自分の身体を確かめるように、ゆっくりと伸び縮みする。
「魔力をたくさん使わないように気を付けてな? あとどれくらい動けそうか、自分でも分かるようになろうな」
「ぴるっ!」
ユキが少し考えたあと、身体を七割ほどの大きさまで伸ばした。
まだ七割ほど残っていると伝えたいらしい。
俺はユキへ解析鑑定を発動する。
◇____________________
『状態解析』
『対象』
・ユキ
『残存魔力量』
・七十パーセント
『状態』
・良好
____________________◇
「うん。ユキが思ったとおり、七割残ってるぞ」
「ぴるるっ!」
ユキが嬉しそうに身体を伸ばす。
「自分の感覚と、解析鑑定の結果が一致していますね」
豹堂先生も測定装置を確認する。
「これなら、迷宮でも魔力を使いすぎる前に気付けそうです」
「ぴるっ!」
「でも、まだ支援魔法の効果は残ってるからな。解除の練習もしてみようか」
「ぴるるっ!」
ユキが俺たち三人へ意識を向ける。
今度は、最初のように迷うことはなかった。
俺たちを包んでいた白い光が薄くなり、すぐに完全に消える。
「上手になったな」
「ぴるるっ!」
「ぷるっ!」
シズクもユキの周囲を飛び、褒めるように身体を寄せた。
「支援魔法の発動、対象の指定、解除、残存魔力量の把握。いずれも問題ありません」
豹堂先生が、訓練結果を記録する。
「三人へ使用した場合、一度に三割の魔力を消費します。迷宮では、防具を動かすための魔力を必ず残してください」
「分かりました」
俺はユキを見る。
「ユキ。三人に使えるからって、毎回使わなくてもいいんだぞ?」
「ぴる?」
「必要な時だけでいい。危ない時は、魔法より防具で守ってくれれば十分だからな」
「ぴるっ!」
「それと、使ったあとは、自分の魔力がどれくらい残ってるか確かめるんだぞ?」
「ぴるるっ!」
ユキが元気よく返事をする。
支援魔法の発動。
必要がなくなった時の解除。
対象が増えた場合の消費魔力。
そして、自分の中に残っている魔力の把握。
最初の訓練は、問題なく終えることができた。
次は、傷付いた相手を治す回復魔法の訓練だ。




