122話「吸魔針蜻蛉の群れ」
無数の吸魔針蜻蛉が、草原の空を覆い始めた。
羽音が重なり、空気そのものが震えている。
群れの先頭にいる個体が、青黒い尾の先端を俺たちへ向けた。
「シズク。風で群れの速度を落としてくれ。草原に火が広がると危険だから、火魔法は控えてな?」
「ぷるっ!」
「ユキはシズクの後ろで援護を。白銀鎧は左右へ展開。魔法盾は正面上空だ。一度に大量の魔力を送らないように気をつけてな」
「ぴるっ!」
二枚の白銀鎧がシズクとユキの左右へ広がる。
純白の魔法盾は、二体を守るように正面上空へ移動した。
「右側から抜けてくる個体は、私が止めます」
「分かった。頼むよ」
美咲さんが軽盾を構え、黄金短剣を握り直した。
俺も白銀短剣を構え、群れの正面へ立つ。
「ぷるるっ!」
シズクの身体から、緑色の魔力が広がった。
草原の上を強い向かい風が吹き抜ける。
吸魔針蜻蛉の群れが風に押され、飛行速度を落とした。
だが、止まらない。
群れの一部が左右へ分かれ、風の壁を回り込もうとする。
「群れでも連携してくるのか……!」
正面に残った個体が、一斉に尾を振った。
細長い針が、青い光を帯びて飛んでくる。
「ユキ!」
「ぴるっ!」
純白の魔法盾が大きく広がった。
無数の針が盾へ当たり、硬い音を響かせる。
大半は弾かれたが、数本が白い光の表面へ突き刺さった。
「ぴる……!」
魔法盾の光が、僅かに弱くなる。
針の周囲へ青い光が集まり、ユキの魔力が吸い出されていた。
魔力循環の高い盾なのを見抜かれているのか。
突き刺さった針から直接吸収されている。
「ユキ、盾へ流す魔力を止めるんだ!」
「ぴるっ!」
純白の魔法盾から光が消える。
浮遊する力を失った盾が僅かに傾いた。
同時に、二枚の白銀鎧が左右から盾を挟む。
表面へ突き刺さっていた針を払い落とした。
「もう一度だ!」
「ぴるるっ!」
ユキが魔力を流し直す。
純白の魔法盾が白い光を取り戻し、再び宙へ浮かび上がった。
先ほどよりも小さな範囲だけを覆い、必要以上に魔力を流していない。
「よし、良いぞ。そのままだ!」
今の操作は、地上で何度も練習していた。
三つの防具へ常に魔力を流し続けるのではなく、必要に応じて止める。
ユキは吸い出される魔力を感じ取った直後、俺の指示どおりに盾との接続を切ってみせた。
「ぴるっ!」
だが、群れは待ってくれない。
風の壁を回り込んだ吸魔針蜻蛉が、右側から低く飛んできた。
「こちらは通しません!」
美咲さんが軽盾を振り、先頭の一体を地面へ叩き落とす。
続けて踏み込み、黄金短剣を振るった。
もう一体が美咲さんの背後へ回る。
「美咲さん、後ろです!」
「はい!」
美咲さんは振り返らず、身体を沈めた。
頭上を通り抜けた吸魔針蜻蛉へ、俺が白銀短剣を振るう。
青黒い身体を切り裂かれた個体が、草の中へ落ちた。
左側では、白銀鎧が二体の吸魔針蜻蛉を弾き飛ばしている。
「ぴるっ! ぴるっ!」
ユキが白銀鎧を交互に動かす。
一枚で攻撃を防いでいる間に、もう一枚を次の個体へ向かわせていた。
しかし、弾き飛ばすだけでは数を減らせない。
「シズク。風で群れを中央へ集められるか?」
「ぷるっ!」
シズクが四枚の羽を大きく広げる。
正面から吹いていた風が、左右から群れを挟み込むように変化した。
回り込もうとしていた吸魔針蜻蛉が押し戻され、群れの中央へ集まっていく。
「そのまま凍らせてくれ!」
「ぷるるっ!」
緑色だった魔力が、淡い氷雪色へ変わる。
冷たい風が草原を駆け抜けた。
空気中へ生まれた細かな氷の粒が、吸魔針蜻蛉の薄い羽へ付着する。
一体、また一体と飛行姿勢を崩し、草原へ落下していった。
だが、全てではない。
群れの上部にいた十数体が、凍り付く前にさらに高く舞い上がった。
そのままシズクへ向かって急降下を始める。
「ユキ、上だ!」
「ぴるっ!」
純白の魔法盾がシズクの頭上へ移動した。
急降下してきた吸魔針蜻蛉が、次々と盾へぶつかる。
ユキは針が刺さる前に盾を傾け、群れを横へ受け流した。
「ぷるっ!」
シズクが短く鳴く。
盾の横を抜けた一体へ、小さな氷の塊が飛んだ。
薄い羽が凍り、吸魔針蜻蛉が地面へ落ちる。
残りは五体。
「美咲さん、右の二体を!」
「分かりました!」
美咲さんが走り出す。
俺は左から接近する三体へ向かった。
一体目の針を手甲で逸らし、白銀短剣で身体を切り裂く。
二体目が肩口を狙って飛び込んできた。
「ぴるっ!」
白銀鎧が横からぶつかり、軌道を変える。
俺は身体を回し、体勢を崩した個体へ短剣を突き立てた。
最後の一体が上空へ逃げようとする。
「逃がしませんっ!」
美咲さんの軽盾が投げ上げられた。
回転する盾が吸魔針蜻蛉へ当たり、地上へ叩き落とす。
俺は草の上を滑った個体へ近付き、白銀短剣を振り下ろした。
周囲から羽音が消える。
草原には、凍り付いた吸魔針蜻蛉が何体も落ちていた。
まだ動いている個体を美咲さんと手分けして倒し、全ての敵意が消えたことを確認する。
「終わりましたね」
「ああ。ナイス投擲でした美咲さん」
「うまく反応できて良かったです。シズク、ユキは大丈夫?」
「ぷるっ!」
「ぴるっ!」
美咲さんの声に、二体とも元気に返事をする。
シズクは広範囲へ風と氷の魔法を使ったため、いつもより身体の光が弱くなっていた。
念の為、『魔力回復のゼリー』を取り出し、シズクに与えた。
「一応回復しておこうな?」
「ぷるっ!」
「ぴるっ?」
シズクにゼリーを与えていると、三つの防具を動かしていたユキが反応し、俺の頭へと飛び乗ってきた。身体の近くへ戻している。
私の分は? そんな感情が流れ込んでくる。
俺は苦笑を浮かべながら、ユキ用にも取り出していた『魔力回復ゼリー』を頭上のユキ与えながら返事をした。
「ユキも偉いぞ。さっきは、よく魔力を止められたな」
「ぴるるっ!」
「ですが、魔法盾に針が刺さったまま魔力を流していたら、危なかったですね」
美咲さんが、草の上へ落ちていた針を軽盾の端で転がす。
「魔法そのものから、魔力を吸収できるみたいですから」
「そうだな。ユキの防具だけじゃなく、シズクの魔法にも刺さる可能性がある。次に群れを見つけたら、先に距離を取ろう」
「ぷるっ」
「ぴるっ」
シズクとユキも、地面の針を見下ろしていた。
ドローン型探索レコーダーが、落ちた吸魔針蜻蛉と周囲の地形を撮影している。
今回の映像があれば、協会も魔力吸収針の性質を詳しく調べられるはずだ。
「少し休んでから進みましょう」
「そうしよう」
安全を確認し、魔法鞄から飲み水を取り出す。
シズクとユキには、魔力を含んだ飲料を少量ずつ渡した。
「ぷるっ」
「ぴるっ」
二体が並んで飲んでいる間に、地図へ現在地を書き込む。
安全区域から、それほど遠くへ来たわけではない。
それでも、草駆小竜と吸魔針蜻蛉の群れが続けて現れた。
第十六層では、危険度C+の魔物が広い範囲を移動している。
先行観測で魔物を見つけられなかった場所も、安全とは限らない。
「今日は、あの丘まで確認したら戻ろう」
「はい。シズクとユキの魔力にも、余裕を残しておきたいです」
休憩を終え、俺たちは前方に見える低い丘へ向かった。
◇
丘へ近付くにつれ、草の丈が低くなっていく。
地面には、何かが強く叩き付けられたような窪みが幾つも残されていた。
一つ一つが大きく、周囲の土には放射状の亀裂が走っている。
「足跡……ではありませんね」
「何かが跳んで、着地した跡みたいだ」
ドローン型探索レコーダーが高度を上げ、丘の向こう側を確認する。
送られてきた映像には、黒い塊が三つ映っていた。
大型犬ほどの大きさを持つ、飛蝗に似た魔物。
全身が黒鉄色の外殻で覆われ、後ろ脚が大きく発達している。
解析鑑定を発動した。
◇____________________
『魔物解析』
『名称』
・鉄殻飛蝗
『種別』
・大型昆虫種
『危険度』
・C+
『特徴』
・鉄殻
・高速跳躍
・着地衝撃
・前脚斬撃
『弱点』
・脚部関節
・腹部
『状態』
・敵対
____________________◇
「鉄殻飛蝗。危険度C+。外殻は硬いですが、脚の関節と腹部が弱点です」
一体の鉄殻飛蝗が、こちらへ頭を向けた。
後ろ脚が深く沈む。
「来ます!」
美咲さんの声と同時に、黒鉄色の身体が消えた。
次の瞬間、俺たちの目の前へ巨大な影が落ちてくる。
「ユキ、鎧を!」
「ぴるっ!」
二枚の白銀鎧が、斜めに重なった。
鉄殻飛蝗の身体が白銀鎧へ激突する。
重い衝撃が地面へ伝わり、周囲の土と草が吹き飛んだ。
二枚の鎧は弾き飛ばされたが、鉄殻飛蝗の落下地点を僅かにずらしている。
俺たちのすぐ横へ鉄殻飛蝗が着地した。
地面が大きく揺れる。
「陸斗さん!」
別の一体が丘の上から跳び上がっていた。
「大丈夫! 美咲さんは攻撃にそなえて!」
正面から受ければ、軽盾でも止め切れない。
美咲さんはその場へ残らず、右へ走り出した。
鉄殻飛蝗が美咲さんを追うように空中で身体を傾ける。
「シズク、着地点を凍らせてくれ!」
「ぷるっ!」
美咲さんの前方へ、青い魔力が走る。
低い草と地面が一瞬で凍り付いた。
鉄殻飛蝗が着地する。
黒鉄色の後ろ脚が氷の上を滑り、身体が横へ傾いた。
美咲さんは軽盾を外殻へ当て、その勢いをさらに横へ逸らす。
鉄殻飛蝗が腹部をさらした。
「くらえ!」
俺は地面を蹴った。
白銀短剣を逆手に持ち、黒鉄色の外殻へ振り下ろす。
甲高い音が響き、刃が弾かれた。
「っ、硬い……!」
僅かな傷は付いたが、外殻を貫けない。
俺は左手で魔鉱短剣を抜いた。
起き上がろうとする鉄殻飛蝗の後ろ脚へ踏み込み、外殻同士の隙間へ魔鉱短剣を突き立てる。
刃が関節へ入り込んだ。
鉄殻飛蝗が激しく身体を振る。
「くっ……!」
手甲で前脚を受け流し、すぐに距離を取る。
傷付いた後ろ脚では、もう真っ直ぐ跳ぶことはできない。
「ぷるるっ!」
シズクが土の壁を作り、鉄殻飛蝗の横へ押し出す。
身体が傾き、再び腹部が露出した。
美咲さんが黄金短剣を突き立てる。
刃が柔らかな腹部を通り、内部の魔核へ届いた。
一体目の鉄殻飛蝗が動きを止める。
「あと二体です!」
丘の上にいた二体が、同時に後ろ脚を沈めた。
「分かれて避けましょう! ユキは無理に止めなくていい!」
「ぴるっ!」
俺と美咲さんが左右へ走る。
二体の鉄殻飛蝗が跳び上がった。
一体は俺へ。
もう一体は、シズクとユキへ向かっている。
「ぴるるっ!」
ユキは白銀鎧で正面から受けようとはしなかった。
二枚の鎧を左右から鉄殻飛蝗へ当て、空中で僅かに身体を回転させる。
着地の向きが変わり、鉄殻飛蝗はシズクたちから離れた場所へ落ちた。
「ぷるっ!」
シズクが氷の塊を放つ。
鉄殻飛蝗の後ろ脚が凍り、関節の動きが鈍くなった。
俺へ向かってきた一体が落下する。
直前で横へ跳んだ。
鉄殻飛蝗が地面へ突き刺さるように着地し、土が大きく弾けた。
衝撃で身体が浮き上がる。
それでも、視線は敵から外さない。
鉄殻飛蝗が前脚を振るう。
手甲へ硬い刃が当たり、腕に強い衝撃が走った。
「陸斗さん!」
「大丈夫です!」
俺は前脚を手甲で外側へ押し出し、懐へ入った。
魔鉱短剣を後ろ脚の関節へ差し込む。
続けて白銀短剣を腹部へ突き立てた。
刃先が魔核へ届く。
鉄殻飛蝗の身体が崩れ落ちた。
最後の一体は、凍り付いた後ろ脚を動かそうともがいている。
美咲さんが正面から注意を引き付けた。
「こちらを見てください!」
鉄殻飛蝗が前脚を振り上げる。
その背後から、シズクが風を放った。
身体が前へ押され、腹部が僅かに浮く。
ユキの白銀鎧が下へ滑り込み、その身体をさらに持ち上げた。
「ぴるっ!」
「今です、陸斗さん!」
「了解!」
俺は最後の一体へ走り、露出した腹部へ白銀短剣を突き立てた。
三体目の魔核が砕ける。
黒鉄色の身体から力が抜け、白銀鎧の上へ落ちた。
「ぴる……!」
重さに耐えかねた白銀鎧が、地面すれすれまで下がる。
「ユキ、降ろして大丈夫だ」
「ぴるっ!」
ユキが白銀鎧を横へ傾ける。
鉄殻飛蝗の身体が草の上へ転がった。
「ぷるるっ!」
「ぴるるっ!」
シズクとユキが、互いの身体を押し付ける。
俺は息を整えながら、三体の鉄殻飛蝗を見る。
「白銀短剣でも、外殻はほとんど斬れなかったな」
「関節か腹部を狙わなければ、長い戦いになっていたと思います」
美咲さんが黄金短剣の刃を確認する。
刃こぼれはない。
俺の白銀短剣と魔鉱短剣にも、大きな損傷は見られなかった。
「ユキ。魔力は?」
「ぴる……」
返事はしたが、先ほどより身体の光が弱い。
草駆小竜、吸魔針蜻蛉、鉄殻飛蝗との戦闘が続き、三つの防具を何度も動かしている。
「今日はここまでにしよう」
「はい。私も戻った方がよいと思います」
「ぷるっ」
「ぴるっ」
シズクとユキも反対しなかった。
銀笛を使えば、もう少し探索を続けることはできる。
だが、緊急時に備えて持ってきた物を、探索範囲を広げるためだけに使うべきではない。
俺たちは周囲の地形を記録し、地図へ鉄殻飛蝗の生息場所を書き込んだ。
安全区域まで戻る間、ドローン型探索レコーダーは草原の映像を記録し続ける。
幸い、新しい魔物と遭遇することはなかった。
通信中継器の記録を確認し、探索レコーダーの映像を協会へ送信する。
その後、第十五層を経由して地上へ戻った。
◇
地上へ戻ったあと、俺たちは協会本部で簡単な検査を受けた。
俺の腕には軽い打撲があったが、回復薬を使うほどではない。
美咲さん、シズク、ユキにも大きな怪我はなかった。
ユキの魔力量も、休めば問題なく回復する範囲だった。
「ぴるっ!」
検査を終えたユキが、俺の足元で身体を伸ばす。
「今日は、よく守ってくれたな」
「ぴるるっ!」
「ぷるっ!」
シズクもユキの隣へ並ぶ。
二体の頭上では、お揃いの結晶冠が淡く輝いていた。
その日の夕方。
共同会議室の机へ、第十一層から第十三層で手に入れた素材を並べた。
白い光を宿す支援結晶の欠片が七個。
淡い緑色の光を宿す回復結晶の欠片が七個。
その間には、二個の精霊の結晶核が置かれている。
「ぴる……」
机の端にいるユキが、素材へ向かって身体を伸ばした。
「やっぱり、気になるか?」
「ぴるっ!」
「試してあげたいが、今日は魔力を使ったばかりだからな。詳しく調べるのは、明日にしよう」
「ぴる……」
少し残念そうに身体が縮む。
「使える物だと分かっても、調べる必要もあるんだよ? 安全かどうか、明日、豹堂先生にも確認してもらおうな」
「ぴるっ」
「ぷるるっ!」
少しだけ残念そうなユキへ、シズクが近づき励ますように身体を寄せた。
ユキも一度だけ素材を見つめてから、シズクへ身体を押し返す。
今日も二匹は仲良しだ。
そんな、ユキとシズクを眺めつつ、俺は机の上へ並べた素材へ解析鑑定を行う。
◇____________________
『結晶復元素材を確認』
『支援結晶』
・支援結晶の欠片:7/7
・精霊の結晶核:1/1
・復元可能
『回復結晶』
・回復結晶の欠片:7/7
・精霊の結晶核:1/1
・復元可能
『適合候補』
・ユキ
____________________◇
二つの結晶を復元するための素材は、全て揃っている。
明日はユキが遂に魔法を習得する。




