121話「第十六層攻略開始」
大階層区域の先行観測を終えた翌日。
俺たちは、探索者協会本部の従魔検査室を訪れていた。
検査台の上には、純白の結晶冠を浮かべたユキがいる。
左右には二枚の白銀鎧。
正面には、魔法盾が浮かんでいた。
「ぴるっ!」
昨日手に入れた結晶冠が気に入ったらしく、検査台へ移る時も外そうとしなかった。
その隣では、シズクが自分の結晶冠を揺らしている。
「ぷるるっ!」
「ぴるるっ!」
二体は何度も互いの冠を見比べていた。
「本当に、お揃いが嬉しいみたいですね」
「ああ。地上へ戻ってからも、ずっとこの調子だよ」
検査を担当する豹堂綾乃先生が、測定器の数値を確認する。
髙橋さんも、昨日の魔石スライムに関する記録を残すために立ち会っていた。
「お待たせしました」
豹堂先生が、保護ケースへ収められた魔石結晶を俺たちへ示す。
「第十五層でシズクさんへ譲られた物と、成分及び魔力構造は一致しています。毒性や汚染反応もありません」
「ユキが使っても大丈夫ですか?」
「はい。ユキさんの従魔核とも適合しています」
魔石結晶を使えば、ユキの基礎魔力量を増やせる。
だが、使用するかどうかを決めるのはユキ自身だ。
「ユキ。昨日手に入れた魔石結晶を使えば、今よりたくさんの魔力を扱えるようになるぞ」
「ぴるっ」
「シズクの時を見てたから分かると思うが、ユキも身体の中へ取り込まないといけないんだ。使いたいか?」
「ぴるるっ!」
俺の問いに元気よく伸びて、鳴き声を上げるユキ。
迷いのない返事だった。
「分かった。では、豹堂先生、お願いします」
「はい。それでは、始めましょう」
頷いた豹堂先生が保護ケースを開き、魔石結晶を検査台へ置く。
ユキが結晶の前まで跳ねていった。
「ぷるっ!」
シズクが応援するように身体を伸ばす。
ユキも一度だけ振り返り、同じように身体を伸ばした。
「ぴるっ!」
純白の身体が魔石結晶へ触れる。
青い結晶が、柔らかな身体の中へゆっくりと沈んでいった。
中心にある従魔核へ届いた瞬間、強い青色の光が検査室へ広がる。
「ぴる……!」
ユキの身体が大きく膨らんだ。
魔石結晶から細かな光の粒が剥がれ、純白の従魔核へ吸収されていく。
増加した魔力が身体の中を巡り、頭上の結晶冠へ流れ込んだ。
二枚の白銀鎧と純白の魔法盾も、ユキの魔力へ反応して淡く輝き始める。
やがて魔石結晶の全てが、従魔核へ吸収された。
◇____________________
『魔石結晶の使用を確認』
『対象』
・ユキ
『基礎魔力量』
・倍加
『現在の進化段階における強化』
・1/3
『装備状態』
・結晶冠:正常
・白銀鎧:正常
・純白の魔法盾:正常
『状態』
・良好
____________________◇
「使用に成功しました。現在の進化段階における強化は、一段階目です」
「ぴる……?」
ユキが、自分の身体を確かめるように伸び縮みする。
続いて、三つの防具へ意識を向けた。
二枚の白銀鎧が左右へ離れていく。
一枚は俺の前。
もう一枚は美咲さんとシズクの前へ移動した。
純白の魔法盾は検査台の周囲を一周し、ユキの正面へ戻ってくる。
三つとも、これまでより滑らかに動いていた。
「ぴるるっ!」
「動かしやすくなったみたいだな」
「ぷるっ!」
シズクが検査台へ飛び乗り、ユキへ身体を押し付ける。
ユキも嬉しそうに押し返した。
「魔力の急激な増加による異常はありません」
豹堂先生が測定結果を確認する。
「ただし、増えた魔力へ慣れるまでは、三つの防具へ同時に大量の魔力を流さないでください。本日は軽い操作だけにしましょう」
「ぴるっ!」
「明日から、少しずつ練習しような」
「ぴるるっ!」
ユキが返事をすると、純白の結晶冠が淡く輝いた。
◇
検査を終えた俺たちは、探索者ストア近くにあるクランの共同会議室へと向かった。
室内の大きなディスプレイモニターには、第十六層の先行観測で作成された迷宮地図が映し出されている。
安全区域と、その周囲だけが詳しく記録され、残る大部分は空白のままだった。
店主さんは、食料や野営道具の一覧を確認している。
その向かいでは、斉藤さんが回復薬等の在庫を確認していた。
「吾郎さん。回復薬と解除薬の追加分は、俺の工房で用意できます」
「上級回復薬はどうだ?」
「数は限られますが、攻略開始までには追加できます」
「なら、作れる分だけ頼む。長距離探索になるなら、普段より多めに持たせておきてえ」
「分かりました。メグにも、瓶の洗浄と薬草処理を手伝ってもらいます」
「りるっ!」
斉藤さんの足元にいるメグが、任せてほしいと訴えるように大きく伸びた。
必要な薬と食料は、攻略日数を想定しながら店主さんと斉藤さんが選んでいる。
全てを俺の魔法鞄へ入れるのではなく、第十五層へ置いておく予備も分けて準備する予定だ。
第十六層から第十九層までは、それまでの階層とは異なり、四つの環境が連続する大階層になっている。
地上へ戻りながら一層ずつ攻略するのではなく、安全区域を拠点にして何日か迷宮内へ滞在する遠征が必要になるらしい。
俺も美咲さんも、迷宮内で寝泊まりした経験はない。
食料や水だけでなく、テントや寝具、予備の装備まで確認しているのはそのためだ。
「最初の探索では、無理に先へ進む必要はねえぞ」
店主さんが、モニターに表示された大階層の地図へ目を向ける。
「まずは第十六層を調べろ。ユキに必要な結晶欠片が揃ったら、一度戻って強化を済ませる。そのあと、改めて本格的な遠征に入ればいい」
「はい。そのつもりです」
今回は第十六層の調査を進めながら、ユキに必要な素材を集める。
支援と回復の結晶欠片を復元し、新しい力を使えるようにしてから、第十六層以降の攻略を再開する予定だ。
「陸斗」
店主さんが、別の一覧へ目を移した。
「『黄金林檎』と『銀笛』はどうする? 持っていくか?」
「黄金林檎は、今回はやめておきます。未知の大階層ですし、何があるか分かりませんから」
「銀笛は?」
「そちらは持っていきます」
俺は、地図を覗き込んでいるシズクとユキを見る。
「シズクとユキの魔力を回復できる手段は、あった方がいいと思うので」
「ぷるっ!」
「ぴるっ!」
二体が同時に身体を伸ばした。
「決まりだな。黄金林檎はこっちで保管しておく。銀笛は陸斗の魔法鞄へ入れておけ」
「はい」
「使う事に越した事はねぇが、今までの階層とは毛色が違いそうだからな。危険だと判断したら即撤退しろよ」
「はい。もちろんです」
ユキもシズクも強化や進化によって強くはなったが、無理をさせるつもりはない。
俺自身も攻略出来るならしたいが、無理をしてまで攻略しようとは思わないからな。
「ぷるっ」
「ぴるっ」
シズクとユキも、モニターに表示された迷宮地図へ身体を伸ばす。
ユキは豹堂先生から注意されたことを覚えているらしく、三つの防具を身体の近くへ集めたまま動かしていた。
「皆さん、お揃いですね」
会議室へ入ってきた髙橋さんが、二体の結晶冠を見て微笑む。
「はい。ユキも魔石結晶を使用できました」
「検査結果はこちらにも届いています。異常がなくて何よりです」
髙橋さんは空いている椅子へ座ると、手にしていたタブレット端末を机へ置き、モニターと連動させる。
「第十六層の観測映像については、調査課で確認を進めています。第十五層の監視設備と通信中継器についても、攻略開始までには調整を終えられる見込みです」
「緊急用の物資も置けますか?」
「はい。回復薬、解除薬、飲料水などを収める大型の魔法箱を用意します。開封時には記録が残る物を使用します」
「ありがとうございます」
第十六層で大きな負傷をした場合でも、第十五層まで戻れば緊急物資を使わせてもらえる。
そこから協会へ連絡すれば、地上から医療班を向かわせることもできる。
「第十六層へは、今回もドローン型探索レコーダーを持ち込んでください」
髙橋さんが、先行観測の映像を地図の横へ表示する。
「攻略中の映像はこちらでも確認します。通信範囲から外れた場合も、記録自体は探索レコーダーへ保存されます」
「分かりました」
「設備の準備が終わり次第、攻略を始められます」
地図の空白部分へ目を向ける。
先行観測で確認できたのは、第十六層のほんの一部だ。
広大な草原のどこに階層守護個体がいるのかも、まだ分かっていない。
「三日後でいいか?」
店主さんが俺と美咲さんを見る。
「はい。それまでにユキの防具操作も練習しておきます」
「私とシズクも手伝います」
「ぷるるっ!」
「ぴるるっ!」
二体が互いの結晶冠を近付ける。
次に迷宮へ入る時から、第十六層の本格攻略が始まる。
◇
三日後。
準備が完了した俺たちは早速、十六層を目指す。
一〜五層は午前中には踏破できた。
敵の強さが一段階上がる六〜十層も順調に攻略していく。
ユキに適応する支援、回復結晶の欠片が落ちる十一層、十二層では、穢れた精霊種、癒光蛍を集中的に討伐し、順当に欠片集めを行った。
ユキやシズクに加え、俺も美咲さんも経験を積んで強くなった為か、思っていたよりも多く討伐でき、十三層の精霊の鬼火相手でも、物足りないと感じるくらいだった。
素材も、精霊の結晶核を含め、行きの探索中に集める事が出来たので、十六層の攻略に目処が立ったら、一度、支援と回復の結晶欠片を復元させる為、戻ろうかとも考えていた。
「ぴるるっ!」
「はは、やっぱり気になるよな? ユキ」
「ぴるっ!」
案の定、ユキも新しい力を習得したいのか、何度か魔法鞄へ、身体を伸ばしたりしていた。
◇
第十五層へ到着する。
中央祭壇の周囲には新しい監視装置が設置されていた。
壁際には、協会の封印が施された緊急物資用の魔法箱も置かれている。
俺たちはそこで装備のチェックを行う。
白銀短剣も魔鉱短剣も問題ない、着用している防具も手甲も傷みは無いので大丈夫だ。
美咲さんも黄金短剣とスライムの短剣、軽盾の確認を行なっている。
一通り確認した後、シズクを抱き抱えたので問題ないようだ。
魔法鞄の中身も使用していないので、そのまま残っている。
準備のチェックが終わり、十五層のスライム達と、戯れていると、ドローン型探索レコーダー二機が、俺たちの左右へ浮かび上がった。
高橋さんがやってくる。
「準備はいいですか?」
「はい、大丈夫です。美咲さん、行こうか」
「ええ、シズク、ユキ。行きますよ」
「ぷるっ!」
「ぴるっ!」
元気良く返事をしたシズクとユキを伴って、俺と美咲さんは中央祭壇の奥にある転移地点へ進む。
「では、行ってきます」
「はい。お気をつけて」
高橋さんに返事をし、転移門へ足を踏み入れる。
白い光が視界を覆った。
◇
第十六層:大平原・大草原区域。
見渡す限りの草原が広がり、その上には迷宮の中とは思えないほど大きな青空があった。
遠くには低い丘が連なり、さらに先には薄い森の影も見える。
転移地点の周囲には魔物の姿がない。
先行観測で確認した安全区域である。
持ち込んだ通信中継器を決められた場所へ設置すると、表示灯が青く変わり、ドローン型探索レコーダーとの接続も正常に完了した。
「まずは、前回確認した範囲の外まで進もうか」
「はい。草むらの中も注意します」
美咲さんが黄金短剣を抜き、左腕の軽盾を構える。
シズクが四枚の羽で浮かび、少し高い位置から周囲を見渡した。
「ぷるっ」
「ぴるっ」
ユキも二枚の白銀鎧を左右へ配置する。
純白の魔法盾は、すぐ動かせるよう身体の正面へ浮かべていた。
安全区域を離れ、俺たちは大草原を進む。
しばらく進んだところで、前方の草むらが不自然に揺れた。
「止まってください」
美咲さんの声と同時に、草の中から緑色の影が飛び出す。
後ろ脚が長く発達した、小型の竜種。
草色の鱗に覆われた身体は、周囲の草原へ溶け込んでいた。
一体ではない。
左右からも草が揺れ、六体の小竜が俺たちを取り囲む。
解析鑑定を発動する。
◇____________________
『魔物解析』
『名称』
・草駆小竜
『種別』
・小型竜種
『危険度』
・C+
『特徴』
・草原走行
・群体連携
・草原擬態
『状態』
・敵対
____________________◇
「草駆小竜と言う魔物です。危険度はC+。速さと群れでの連携に注意してください」
一体が正面から走り出した。
だが、真っ直ぐ俺へ向かってはこない。
大きく身体を振り、俺たちの注意を引き付けながら右へ回り込む。
「左から来ます!」
美咲さんが振り返る。
二体目が草を蹴り、シズクへ飛び掛かっていた。
「ユキ!」
「ぴるっ!」
白銀鎧がシズクの前へ滑り込む。
草駆小竜の爪が白銀鎧へ当たり、硬い音を立てた。
弾かれた小竜へ、シズクが風を放つ。
「ぷるっ!」
突風を受けた身体が、草原の上を転がった。
その横から、別の一体が美咲さんへ迫る。
美咲さんは軽盾で爪を受け流し、身体を沈めた。
黄金短剣が草色の鱗の隙間へ入り込む。
小竜が声を上げるより早く、美咲さんが後ろへ跳んだ。
「陸斗さん、正面です!」
「分かった!」
注意を引き付けていた一体が、真っ直ぐ俺へ飛び込んでくる。
純白の魔法盾が俺の前へ移動した。
「ぴるっ!」
小竜の頭が魔法盾へ激突する。
動きが止まった瞬間、俺は白銀短剣を振り上げた。
草色の鱗を斬り裂き、その内側にある魔核へ刃を届かせる。
小竜の身体から力が抜けた。
だが、残る個体は止まらない。
二体が左右へ分かれ、最後の一体が草の中へ姿を隠す。
「シズク、右の魔物を頼む!」
「ぷるっ!」
地面から土の壁がせり上がる。
進路を塞がれた小竜が跳び上がった。
その着地点には、美咲さんがいる。
「こちらです!」
黄金短剣が閃き、小竜の胸元を切り裂いた。
俺は左から来た一体へ向き直る。
手甲で爪を逸らし、踏み込んだ勢いのまま白銀短剣を突き出した。
残るのは、草の中へ隠れた一体だけだ。
「ぷるっ!」
上空のシズクが、少し離れた草むらへ身体を向ける。
同時に、ユキの白銀鎧が俺たちの背後へ回った。
「ぴるっ!」
草むらから飛び出した小竜の爪を、白銀鎧が受け止める。
「見つけた!」
俺は小竜の側面へ回り込み、白銀短剣を振るった。
最後の一体が草原へ倒れる。
周囲から敵意が消えた。
「ぴるるっ!」
二枚の白銀鎧と魔法盾が、ユキの周囲へ戻っていく。
「三つとも、かなり動かしやすくなったみたいだな」
「ぴるっ!」
「魔力は大丈夫か?」
「ぴるるっ!」
ユキが元気よく身体を伸ばす。
「なら良い。でも、使い過ぎには注意するんだよ」
「ぴるっ」
少し心配していたが、大丈夫そうだ。
さっきの戦闘でも、ユキは三つの防具を、必要な場所へ魔力を無駄に流さないように移動させていた。
数日間の練習を、きちんと覚えている。
「ユキ。シズクを守ってくれてありがとうねっ」
「ぴるっ!」
「ぷるるっ!」
美咲さんの言葉に、シズクがユキへ身体を押し付ける。
ユキも嬉しそうに押し返した。
その時、頭上にいたドローン型探索レコーダーから高橋すんの声が聞こえた。
『気をつけて下さい。何か近付いてきます』
高橋さんの声に、美咲さんが草原の奥へ目を向ける。
遠くの空に、黒い雲のようなものが浮かんでいた。
だが、雲ではない。
無数の羽音を響かせながら、こちらへ向かって移動している。
一体一体は、手のひらほどの大きさ。
青黒い身体の先端には、細長い針が伸びていた。
解析鑑定の結果が表示される。
◇____________________
『魔物解析』
『名称』
・吸魔針蜻蛉
『種別』
・飛行昆虫種
『危険度』
・単体:D
・群体:C+
『特徴』
・魔力吸収針
・群体飛行
・魔力感知
『状態』
・敵対
・接近中
____________________◇
「吸魔針蜻蛉と言う魔物が来る。備えよう美咲さん」
「はいっ」
「解析だと、針で魔力を吸収するみたいだ」
「……それなら、シズクとユキを狙ってくる可能性が高いですね」
「ああ、襲われないように注意しよう」
「そうですね。シズク、こっちへ来て」
「ユキもおいで」
「ぷる……」
「ぴる……」
シズクとユキが、近付いてくる群れを見上げ、俺と美咲さんの足元で待機する。
黒い影は、先ほどよりも大きくなっていた。
数十体では収まらない。
「ユキはシズクの近くで防御を。美咲さんは、抜けてきた個体をお願いします」
「分かりました」
「ぴるっ!」
「ぷるっ!」
ユキが二枚の白銀鎧を左右へ広げる。
純白の魔法盾が、シズクとユキの正面へ移動した。
俺は白銀短剣を構え直す。
無数の吸魔針蜻蛉が、草原の空を覆い始めた。




