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120話「大階層区域とお揃いの結晶冠」


 メグが探索者食堂で働き始めてから、三日後。

 俺たちは、第十五層の中央祭壇へ戻ってきた。


 白金色の祭壇には、雷光スライムと火焔スライムが並んでいる。

 二体の奥では、第十六層へ続く、蒼銀の転移門が、白い光を放っていた。


「ぷるっ!」

「ぴるっ!」


 シズクとユキが挨拶すると、雷光スライムの青白い雷が強くなり、火焔スライムも炎を大きく揺らした。


 今日は、第十六層を攻略するために来たわけではない。

 最初の到達地点にある安全区域(セーフティエリア)と、その周囲を確認するための先行観測だ。


 髙橋さんと二名の護衛職員は、祭壇に残る。

 俺たちと一緒に転移門へ入るのは、二機のドローン型探索レコーダーだけである。


「第十六層へ到着したら、最初に帰還用の転移門と通信状態を確認してください」

「分かりました」


「本日の観測は、安全区域の内側だけです。周辺に問題がないように見えても、境界の外へは出ないでください」

「はい。区域の範囲を確認したら戻ります」


 装備の状態を、もう一度確かめる。


 美咲さんは軽盾と黄金短剣。

 肩には、結晶冠と黄金兜を装備したシズクがいる。


 俺の隣では、ユキが二枚の白銀鎧と純白の魔法盾を浮かべていた。


 出発前には、明里さんとメグが作った強化料理を食べている。

 基礎身体能力は10%上がっているが、それを理由に予定を変えるつもりはない。


「行こうか」

「はい」

「ぷるっ!」

「ぴるっ!」


 俺たちは、蒼銀の転移門へ足を踏み入れた。



 ◇



 身体が僅かに浮く。

 次の瞬間、草木の香りを含んだ風が頬へ触れた。


「……空?」


 頭上には、どこまでも続く青空が広がっている。

 白い雲がゆっくりと流れ、その隙間から柔らかな日差しが降り注いでいた。


 足元には、背の低い草が生えた緩やかな丘。

 丘を下った先には、風に波打つ草原が地平線まで続いている。


 地下のダンジョンへいるとは思えない。

 転移門がなければ、どこか遠くの大陸へ移動したと言われても信じてしまいそうだった。


「第十一層の密林よりも、ずっと広く見えます」

「端が見えないな……」


 俺たちが立っているのは、白い石で舗装された円形の区画だった。

 中央には、今通ってきた転移門。

 外周には腰ほどの高さの白い境界石が、一定の間隔で並んでいる。


 二機の探索レコーダーも転移を終えた。

 一機が転移門の上で停止し、もう一機が周囲の撮影を始める。


『映像と音声を確認しました』


 通信機から、髙橋さんの声が届いた。


「こちらも問題ありません。帰還用の転移門も残っています」

『承知しました。安全区域の情報を確認してください』


 足元の石畳と、外周の境界石へ『解析鑑定』を発動させる。



 ◇____________________


 『第16層・大平原・大草原区域』


 『現在位置』

 ・安全区域(セーフティエリア)


 『区域効果』

 ・区域内:安置

 ・未契約の野生魔物:進入不可

 ・一時的な休息及び拠点設営:可能

 ・恒久施設:設置不可


 『区域境界』

 ・白色境界石を結ぶ範囲

 ・上空を含む

 ・境界外:安全保証なし


 『転移設備』

 ・第15層への帰還:可能


 ____________________◇



「白い境界石の内側が、安全区域です。野生の魔物は入れません」


『拠点を設営できるのですね』

「はい。ただし、一時的な物に限られます。建物を作り、恒久的に住むことはできないようです」


 区域内には、複数のパーティーが休めるだけの広さがある。

 地面も平らで、転移門の近くには澄んだ水の湧く小さな泉まであった。


 攻略が始まれば、天幕や通信中継器を置く場所として使えそうだ。


「シズク。少しだけ上から見てくれる?」

「ぷるっ!」


 美咲さんの肩から、シズクが飛び立つ。

 半透明な四枚の妖精翼を動かし、俺たちの頭上より少し高い位置まで上昇した。


「安全区域から出ないでね」

「ぷるっ!」


 シズクは境界石の内側を、ゆっくりと一周する。

 その真下では、ユキの純白の魔法盾が同じ速度で移動していた。


「ぴるっ」


 落ちても、すぐに受け止めるつもりらしい。

 草原を渡ってきた強い風に押され、シズクの身体が僅かに横へ流される。

 純白の魔法盾が下から近付くより先に、四枚の羽が角度を変えた。


「ぷるっ!」


 シズクは自分で体勢を戻し、そのまま空中へ留まる。


「今の上手だったよ」

「ぷるるっ!」

「ぴるるっ!」


 ユキも嬉しそうに身体を伸ばした。



 ◇



 安全区域は、小高い丘の上に設けられている。

 シズクが見ている方向へ視線を向けると、草原の遥か先で、景色が大きく変わっていた。


 東には、巨大な河川が流れている。

 水面から伸びる太い樹木と、霧に覆われた密林。

 河川の周囲には浅い湿原が広がり、ところどころで水面が陽光を反射していた。


 南に見えるのは、黄色い砂の大地だ。

 幾重にも連なる砂丘の向こうで、熱によって景色が揺らいでいる。


 さらに西側。

 赤褐色の大地が深く裂け、巨大な岩壁と谷がどこまでも連なっていた。

 谷底までは見えない。

 岩壁の間を飛ぶ魔物が、ここからは黒い点のように見える。


「第十七層から第十九層まで、ここから見えているのか……」


 四つの環境は、壁や転移空間によって完全に分けられていない。

 一つの巨大な大地の上で、平原と湿原、砂漠、峡谷が遠くまでつながっていた。


 周囲の環境全体へ意識を広げる。



 ◇____________________


 『第16層~第19層・大階層区域』


 『現在地』

 ・第16層:大平原・大草原区域


 『現在地から確認可能な階層』

 ・第17層:湿原密林区域・河川

 ・第18層:砂漠区域

 ・第19層:大峡谷区域


 『区域構造』

 ・四階層の環境が連続して存在

 ・物理的な隔壁:なし

 ・階層境界:進入条件による通行制限あり


 『転移設備』

 ・区域転移門:複数

 ・中央転移門:一基

 ・転移先及び解放条件:未取得


 ____________________◇



「四階層は、本当に一つの大階層としてつながっています」


『第十七層以降も、第十六層から直接見えるのですね』

「はい。ただし、階層の境界には進入制限があります。見えていても、条件を満たすまでは先へ進めません」


 撮影中の探索レコーダーが、遠方の景色を順番に拡大する。


 草原の中には、白い石造りの門が複数見えた。

 河川の近くにも一基。

 砂漠と峡谷にも、同じ形をした小さな白い門がある。


 大階層の中央付近には、それらより遥かに大きな門が建っていた。

 四本の白い石柱に囲まれた門は、遠くからでも分かるほど高い。


「小さい方が区域転移門で、中央にある大きな物が中央転移門だと思います」


『行き先は分かりますか?』

「いいえ。まだ、どの門も登録されていません」


 安全区域からでは、門へ『解析鑑定』を届かせることもできなかった。

 行き先や使用条件を確かめるには、実際に大平原を進む必要がある。


「ぷるっ!」


 上空のシズクが、草原の北側へ身体を向ける。

 ユキも純白の魔法盾を戻し、二枚の白銀鎧を俺たちの前へ移動させた。


「何か来るみたいだ」



 ◇



 草の波を分けながら、大きな影が近付いてくる。


 現れたのは、全長四メートルを超える牛型の魔物だった。

 深緑色の体毛を覆うように、灰色の装甲が肩と頭部から生えている。

 額から伸びた二本の角は、白銀鎧を貫けそうなほど太い。


 牛型の魔物が丘の上にいる俺たちを見つける。

 前脚で地面を掻き、頭を低く下げた。


「突進してきます!」


 美咲さんが軽盾を構える。

 シズクがすぐに高度を下げ、美咲さんの肩へ戻った。


「ぴるっ!」


 ユキの白銀鎧と純白の魔法盾が、俺たちの前へ重なる。


 牛型の魔物が地面を蹴った。

 重い足音が響き、草と土が後方へ跳ね上がる。


 俺は、迫ってくる魔物へ『解析鑑定』を発動させた。



 ◇____________________


 『草原鎧牛グラスアーマー・バイソン


 『危険度:B−』

 『属性:土』


 『現在の状態』

 ・敵意:あり

 ・攻撃行動:突進


 『安全区域』

 ・野生魔物の進入:不可


 ____________________◇



「安全区域には入れないと思うが、不測の事態も起こる可能性はある……美咲さん一応備えてくれ!」

「分かりました!」

「ぷるっ!」

「ぴるっ!」


 俺と美咲さんは揃って、黄金と白銀の短剣を抜く。

 シズクとユキも攻撃に備えている。


 草原鎧牛が、二本の境界石の間へ迫る。

 だが、太い前脚が見えない線へ届いた瞬間、その身体が急停止した。


 何かへ激突した音はない。

 それでも、草原鎧牛の脚は、境界の内側へ一歩も入れなかった。


 目の前にいる俺たちへ角を向け、何度も地面を掻く。

 やがて進入できないと理解したのか、低い鳴き声を残して草原へ戻っていった。


「本当に、境界石の間で止まりましたね」

「ああ。解析結果では、上空も安全区域に含まれてる。飛ぶ魔物にも襲われないみたいだ」


 念のため、草原鎧牛の姿が見えなくなるまで警戒を続ける。

 誰も攻撃を仕掛けず、魔力も消費していない。


『安全区域の有効性を、こちらでも確認しました』


 髙橋さんの声が、通信機から届く。


『本日の観測目的は達成しています。残り時間で、進入権限を確認できますか?』

「やってみます」


 大階層の階層境界へ、もう一度『解析鑑定』を向けた。



 ◇____________________


 『大階層区域・進入権限』


 『第16層』

 ・先行攻略権:一城陸斗の登録パーティー

 ・踏破状況:未踏破

 ・一般探索者:進入不可


 『一般開放条件』

 ・第16層踏破

 ・協会による安全調査完了


 『第17層』

 ・現在の進入権限:未解放

 ・解放条件:第16層踏破

 ・解放後の先行攻略権:一城陸斗の登録パーティー


 『第18層~第19層』

 ・現在地からの観測:可能

 ・進入権限:未解放


 ____________________◇



「第十六層を踏破し、安全調査が終われば、一般探索者もここへ入れるようになります」


『第十七層へ進めるのは?』

「第十六層を踏破したあとも、先行攻略権は俺たちにあります」


 一般探索者が第十六層へ入れるようになっても、すぐに大階層全体が開放されるわけではない。

 次の階層へ進み、攻略を続ける役目は、俺たちに残されている。


 遠くから眺めただけでも、第十六層の広さは、これまでの階層とは比べものにならなかった。

 湿原密林、砂漠、大峡谷には、どのような魔物がいるのかも分からない。


 それでも、安全区域という帰還拠点は確保できた。

 通信もつながり、野生の魔物が入れないことも確認できている。


「今日は、ここまでにしよう」

「はい」

「ぷるっ!」

「ぴるっ!」


 二機の探索レコーダーを呼び戻す。

 俺たちは境界石の外へ一歩も出ることなく、第十五層への転移門へ戻った。



 ◇



 白い光を抜けると、再び白金色の祭壇へ戻っていた。


 雷光スライムと火焔スライムが、先ほどと同じ場所で待っている。

 シズクとユキが無事に帰ったことを伝えるように、二体へ向かって跳ねた。


「ぷるるっ!」

「ぴるるっ!」


 雷光スライムが青白い雷を揺らし、火焔スライムも炎を大きくする。


「お疲れさまでした」


 髙橋さんが、戻ってきた二機の探索レコーダーを確認する。


「映像と測定結果があれば、安全区域へ設置する通信中継器や仮設拠点の規模を決められます」

「次は、第十六層の攻略ですね」

「はい。ただし、これまで以上に長距離の探索になります。装備と補給計画を整えてから挑んでください」

「分かりました」


 転移門の向こうで見た四つの環境を思い返す。


 第十六層を踏破すれば、その場所までは一般探索者にも開かれる。

 だが、その先に見えていた三つの階層へ挑めるのは、まだ俺たちだけだ。


 安全区域から一歩も出ていない。

 それでも、次に攻略する場所の広さと危険は、十分に伝わってきた。


 俺たちは、大階層区域へ踏み出すための最初の観測を終えた。



 ◇



 第十五層から地上へ戻る時も、来た道を一階層ずつ上がっていく。

 髙橋さんと護衛職員二名を加え、第十層の階層守護部屋まで戻ってきた。

 閉じた扉の向こうから、大きな魔力反応が伝わってくる。


「虹晶王スライムが復活しています」


 以前ここを通った時は、新しい戦闘跡が残されていた。

 他のパーティによって倒されたのだろう。

 あれから日数が経ち、再び階層守護個体が復活しているようだ。


「体力と魔力は大丈夫ですか?」

「はい。第十六層では戦っていませんから、問題ありません」


 俺が答えると、美咲さんも軽盾を構える。


「私たちで倒します」

「ぷるっ!」

「ぴるっ!」


 扉を開き、四人で守護部屋へ入った。

 前回と同じように虹晶王(プリズムキング)スライムを攻略し、短時間で討伐する。


 前に戦った時よりも、短い時間で倒すことができた。

 一か月の修行と雷光スライムの試練を越えた成果は、以前の階層守護個体との戦いにも表れている。


「終わりましたね」

「ああ。素材を回収したら戻ろう」


 そう言って、ドロップした虹晶石へ近付こうとした時だった。


 床へ残った七色の粒子が、一か所へ集まり始める。

 粒子の中心から、淡い青色の光が生まれた。


「ぷる?」

「ぴる……」


 光の中から、小さなスライムが姿を現す。


 深い青色の身体。

 内部では、星屑のような結晶がいくつも輝いている。


「魔石スライム……」


 第十五層で出会った個体と、同じ種類だ。

 だが、伝わってくる感情は全く違った。


 強い敵意。

 俺たちと戦いたいという、抑え切れない興奮。

 青い身体へ『解析鑑定』を発動させる。



 ◇____________________


 『魔石(マナ)スライム』


 『分類:希少個体』

 『危険度:D』

 『性格:好戦的』


 『現在の状態』

 ・敵意:あり

 ・戦闘意思:あり

 ・逃走意思:なし


 『現在の行動』

 ・魔石弾:発射


 『ドロップ品』

 ・魔石結晶(100%)


 『条件付きドロップ』

 ・結晶冠(100%)


 『ドロップ条件』

 ・結晶冠を所持していないスライム系従魔が戦闘へ参加


 ____________________◇



「来る!」


 解析表示が消えるより早く、魔石スライムの身体から青い結晶が一斉に放たれた。


「ぴるっ!」


 ユキの白銀鎧が俺と美咲さんの前へ移動する。

 結晶が装甲へ当たり、甲高い音を立てて左右へ弾かれた。


 純白の魔法盾へ当たった一発だけが、飛んできた軌道へ反射される。

 青い結晶が魔石スライムの身体へ戻り、内部を巡っていた星屑の一部を弾き飛ばした。


「ぷるっ!」


 シズクが細い風を放つ。

 次に作られた魔石弾が身体の周囲でぶつかり合い、狙いを定める前に砕けた。


 魔石スライムは、それでも逃げようとしない。

 身体を大きく膨らませ、先ほどよりも多くの結晶を作り出す。


「美咲さん、右から頼む!」

「はい!」


 魔石弾が放たれる直前、俺たちは左右へ分かれた。

 ユキの白銀鎧が一度だけ前へ出て、正面から放たれた結晶を受け流す。


 開いた進路を、美咲さんが羽靴で駆け抜けた。

 黄金短剣が青い身体を横から切り開く。


 内部へ見えた、一際大きな星形の結晶。

 俺は反対側から白銀短剣を突き込んだ。


 魔石スライムの身体が青く輝き、細かな粒子となって消えていく。

 最後まで、俺たちから逃げることはなかった。



 ◇



 虹晶王スライムが残した虹晶石とは別に、魔石スライムが消えた場所には、二つの結晶が残されていた。


 一つは、シズクが進化する時にも使用した魔石結晶(マナクリスタル)

 もう一つは、小さな透明の冠だった。


 先に、魔石結晶を保護ケースへとしまい、魔法鞄へ入れる。


「地上へ戻ったら、豹堂先生に検査してもらおう。それまでは保管しておこうな。ユキ?」

「ぴるっ!」


 続いて、透明な冠を拾い上げた。

 ユキが、俺の手の中にある冠を見つめる。

 続いて、美咲さんの肩にいるシズクの頭上へ視線を向けた。


「ぴる……?」


「着けてみるか?」

「ぴるっ!」


 差し出した手へ、ユキが勢いよく跳び乗る。

 透明な冠を、柔らかな身体の上へ載せた。


 結晶冠が、ユキの頭上へ僅かに浮かび上がる。

 透明だった結晶の内側へ白銀色の光が流れ、ユキの魔力に合った色へ変わっていった。


「ぷるっ!」


 シズクが美咲さんの肩から飛び立つ。

 ユキの前まで来ると、自分の結晶冠を、白銀色になった冠へそっと触れさせた。


 二つの冠から、澄んだ音が鳴る。


「シズクとお揃いになったな、ユキ」

「ぴる……!」


 次の瞬間、ユキが弾けるように大きく伸びた。


「ぴるるるっ!」


 嬉しい。

 シズクと同じ物を身に着けられた。


 DFスライムの耳飾りを通じ、そんな喜びが一気に伝わってくる。


 ユキは俺の腕から床へ跳び下り、シズクの周囲を何度も跳ねた。

 二枚の白銀鎧と純白の魔法盾も、喜びに合わせるように二体の周りを回っている。


「ぷるるっ!」

「ぴるるっ!」


「よかったね、ユキ」


 美咲さんが笑い、俺も白銀色の結晶冠へ触れる。


「似合ってるよ」

「ぴるっ!」


 大階層区域の先行観測を終えた帰り道。

 ユキは、シズクとお揃いの結晶冠を手に入れた。

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