119話「明里とメグの料理強化と調合工房」
メグの適性検査を終えた翌日。
探索者食堂あかりの調理場では、朝から二つの大鍋が並んでいた。
「メグちゃん。今日は、二人で百食分を作りますよ!」
「りるっ!」
明里さんが担当するのは五十食。
メグが担当するのも五十食。
作るのは、鶏肉と根菜の柔らか煮を中心とした日替わり定食だ。
俺は、メグが初めて食堂で調理する様子を確認するため、開店前の調理場へ来ていた。
美咲さんとシズク、ユキは、客席側からガラス越しに中の様子を見守っている。
「ぷるっ!」
「ぴるっ!」
二体の応援に、メグが大きく身体を伸ばした。
◇
最初に作るのは、明里さんの五十食分だ。
明里さんが鶏肉を切っている間、メグは根菜を洗い、大きさを揃えていく。
調味料の計量、灰汁取り、火力の調整。
適性検査で確認した作業を一つずつ行い、明里さんの手が空く前に次の道具を準備していた。
「次は、出汁をお願いします」
「りるっ!」
メグが目盛り付きの容器へ出汁を量り、大鍋へ加える。
煮込みを終えると、明里さんが両手を大鍋へ向けた。
柔らかな光が料理全体を包み、ゆっくりと溶け込んでいく。
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『調理強化』
『対象』
・斉藤明里が調理した五十食
『付与者』
・斉藤明里
『付与効果』
・基礎身体能力:10%上昇
・効果時間:12時間
『品質』
・安定
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「明里さんの五十食、全てに調理強化が付いています」
「良かったです。次は、メグちゃんの五十食ですね」
「りるるっ!」
調理台が片付けられ、新しい食材が並べられる。
今度はメグが中心となって調理を始めた。
明里さんは隣に立っているが、すぐには手を出さない。
メグは教わった手順を守りながら、食材の硬さや水分を一つずつ確かめていく。
根菜を少し小さく切り、出汁を増やし、煮込む時間を僅かに長くした。
「昨日と同じ、優しい味にするみたいです」
「メグちゃんの料理として、覚えた味なんですね」
最後に煮汁を確かめ、調味料を僅かに調整する。
完成した大鍋の料理へ、淡い橙色の光が広がった。
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『本日の強化料理』
『料理名』
・鶏肉と根菜の柔らか煮定食
『調理担当』
・斉藤明里:五十食
・メグ:五十食
『調理強化』
・斉藤明里:五十食
・メグ:五十食
・合計:百食
『品質』
・斉藤明里の料理:A
・メグの料理:A
『安全性』
・問題なし
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「百食、全て完成です」
「りるっ!」
メグが喜んで跳ねる。
身体の光り方は僅かに少なくなっているが、疲れ切ってはいない。
明里さんにもメグにも、まだ余力はある。
だからといって、初日から作る数を増やす必要はない。
「今日は、ここまでにしましょうね」
「りるっ」
メグは素直に頷くように身体を傾けた。
◇
開店時刻になると、店頭の表示が切り替わった。
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『探索者食堂あかり』
『本日の日替わり強化料理』
・鶏肉と根菜の柔らか煮定食
『提供数』
・明里仕込み:五十食
・メグ仕込み:五十食
・合計:百食
『料理効果』
・体力と魔力の自然回復を促進
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「百食あるぞ!」
「メグ仕込みって、昨日登録された支援スライムか?」
「調理従事許可も表示されてる」
店頭端末には、メグの従魔登録と調理従事許可が確認済みであることも表示されている。
最初の客が、メグの作った柔らか煮を一口食べた。
「明里さんの味とは少し違うけど、こっちも美味しいな」
「根菜の甘みが強いですね」
「りる……!」
配膳台の奥で聞いていたメグが、嬉しさを抑えられないように大きく膨らむ。
「メグちゃん。次の料理をお願いします」
「りるっ!」
すぐに身体を元へ戻し、注文された定食を盆へ載せた。
明里さんの料理を選ぶ客。
メグの料理を試す客。
二つを頼み、仲間と食べ比べる客もいた。
昼の営業時間が終わる前に、用意した百食は全て売り切れた。
◇
「百食でも、お昼の営業が終わる前に売り切れましたね」
片付けを手伝いながら俺が言うと、明里さんは嬉しそうに頷いた。
「でも、しばらくは百食までにします。メグちゃんは、まだ食堂の仕事を覚え始めたばかりですから」
「りるっ」
メグも明里さんの隣で、身体を真っ直ぐに伸ばす。
「そうだな。まずは、この百食を安定して作れるようになればいい」
斉藤さんが、洗い終えた鍋を棚へ戻す。
明里さんとメグが五十食ずつ。
合計は百食。
少なくとも、この百食を毎日同じ品質で届けられるようになるまで、百五十食へ増やすつもりはない。
◇
食堂の片付けを終え、メグに十分な休憩を取ってもらったあと。
俺は斉藤さんとメグに同行し、協会の共同調合室へ向かった。
斉藤さんが定期的に借りている第三調合室へ入る。
調合台や流し台は綺麗に片付けられていたが、奥にある机だけは、紙と本で埋め尽くされていた。
高く積まれた調合書。
素材同士の相性をまとめた組み合わせ書。
薬効成分に関する研究資料。
その間には、何冊もの実験記録が挟まっている。
本の余白には細かな文字で補足が書き込まれ、重要なページには何枚もの付箋が貼られていた。
実験記録には、使用した素材の品質、配合量、温度、魔力出力、失敗した原因まで残されている。
一度書いた数値を線で消し、その隣へ新しい数値を書き足した跡も多い。
クランへ加入して収入が安定してから、斉藤さんは調合書と実験用の素材を少しずつ買い揃えてきた。
怪力薬、防御薬、解除薬も、こうして調合と失敗を繰り返した末に完成させたものだ。
机の端には、以前、俺たちが共同で作った秘薬の製造記録も開かれていた。
その横には、産地や採取時期の異なる薬花草と魔力湧水を使った実験結果が並んでいる。
「これ、全部、秘薬を一人で作るための記録ですか?」
「ああ。最初に作った時と同じ条件をなぞるだけなら難しくない。だが、素材が変われば、適温も投入の時機も変わるからな」
斉藤さんが、書き込みで埋まった一冊を開く。
「一城に毎回調べてもらわなくても、その違いを自分で判断できるようになりたいんだ」
製造記録へ残されているのは、あの日に使用した素材へ最適化された条件だ。
別の薬花草や魔力湧水を使えば、同じ数値を再現しても、最高品質になるとは限らない。
斉藤さんは、その変化を見極める方法を、自分の力で探し続けていた。
「斉藤さんは、本当に努力家ですね。少し待ってください」
「どうした?」
机の上へ白紙を何枚か広げる。
製造記録と実験資料、保管されていた素材へ順番に『解析鑑定』を発動させた。
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『秘薬・再現製法』
『基準製法』
・必要素材及び配合比率
・素材の投入順序及び投入間隔
・工程ごとの適正温度
・魔力出力及び維持時間
・加熱停止及び瓶詰めの時機
『素材差に応じた補正項目』
・薬花草の水分量
・薬効成分の濃度
・魔力湧水の魔力活性
・調合中の色及び粘度の変化
『現在の状態』
・再現用製法:取得
・単独調合:未検証
・安定製造:未達成
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表示された内容を、最初から紙へ書き写していく。
素材の前処理と配合量。
どの変化を合図に、次の素材を投入するのか。
工程ごとの適温と、素材の状態に合わせた補正方法。
流す魔力の量と維持する時間。
攪拌を止める時機から、瓶詰めを終えるまでの猶予。
失敗へつながる変化も含め、解析表示に現れた情報を一つも省かず記していく。
全てを書き終える頃には、白紙だった数枚が細かな文字と数値で埋まっていた。
「これで、素材が変わった時の調整方法も分かるはずです」
紙を受け取った斉藤さんが、最初の一枚へ目を落とす。
「……ここまでは、俺が試していた補正と同じだ。だが、薬液の色と粘度を両方見れば、魔力湧水の活性まで判断できるのか」
ページをめくるたび、斉藤さんの表情が真剣になっていく。
解析結果だけが正解だったわけではない。
いくつもの項目で、斉藤さんが実験から導き出した内容と、解析表示が一致していた。
「俺は『解析鑑定』のおかげでズルができますが、斉藤さんは努力で、ここまでの調合技術を作り上げました」
「『解析鑑定』も一城の力だ。勝手にズル扱いするな」
斉藤さんが苦笑し、書き写した製法を大切そうに机へ置く。
「それでも、ありがたく使わせてもらう。この製法で、俺一人でも秘薬を作れるか試してみるよ」
「一人で同じ品質を安定して作れるようになったら、共同製作者の記録から、俺の名前を外してください」
「何を言ってるんだ?」
「製法を公開する時も、斉藤さん一人の名義で特許を取ってほしいです」
斉藤さんは何か言い返そうとしたが、すぐに口を閉じた。
代わりに、まだ空の調合釜へ視線を向ける。
「その話は、一人で再現できてからだ。今はまだ、一滴も作れていないからな」
「はい。それで構いません」
扉が二度、軽く叩かれた。
入ってきた店主さんが、手にしたタブレットを斉藤さんへ向ける。
「ここにいたか。承認が下りたぞ、涼介。明里ちゃんの店の隣だ」
「本当ですか!?」
タブレットには、協会との契約書と設備の一覧が表示されていた。
申請していた、クラン専用の調合工房に関する書類だ。
「契約と予算の処理は終わってる。設備検査も通ったから、今日から使えるぞ」
「助かります! いつまでも共同調合室を借り続けるわけにはいかなかったので!」
斉藤さんが、机の上に積み重なった本と資料を見る。
そして、新しく受け取った製法を実験記録の一番上へ重ねた。
◇
調合道具も、高く積まれていた書籍や研究資料も、全て俺の魔法鞄へ収められた。
そのまま探索者食堂あかりの隣にある旧店舗区画へ移動する。
店主さんから鍵を受け取り、扉を開く。
中には、大きな調合台、洗浄用の水場、換気設備、鍵付きの素材保管庫が揃っていた。
明里さんも食堂から顔を出す。
斉藤さんが真新しい調合台へ手を載せると、メグもその隣へ跳ねた。
「ようやく、自分の工房を持てたな」
「良かったですね、涼介さん」
「りるっ!」
メグが食堂と工房の間を一度往復する。
明里さんの料理も、斉藤さんの調合も、同じ場所で手伝えることが嬉しいらしい。
俺の魔法鞄から道具と調合書を取り出し、棚へ並べていく。
先ほどまで共同調合室の机を埋めていた努力の跡が、今度は斉藤さん自身の工房へ収められていった。
◇
新しい調合台の中央へ、薬草スライムたちから譲られた精霊草の葉片を置く。
その隣には、斉藤さんの実験記録と、俺が書き写した秘薬の再現製法が並んでいた。
斉藤さんが先に精霊草の葉片を手に取り、『鑑定』を発動させる。
「精霊草の葉片。品質と希少度はどちらもSS。俺の『鑑定』で分かるのは、ここまでだ」
名称、品質、希少度。
斉藤さんの『鑑定』に、成分や調合方法までは表示されない。
続いて、俺が精霊草へ『解析鑑定』を発動させた。
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『精霊草・新薬研究』
『研究対象』
・万能薬
・精霊薬
『現在の研究段階』
・成分解析:開始
・有効成分の分離:未完了
・配合比率:未確定
・調合手順:未確定
・安全性試験:未実施
『完成品』
・なし
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一度完成させた秘薬には、製造記録と比較できる実物があった。
だが、万能薬と精霊薬は、まだ一度も作ったことがない。
精霊草だけでは候補となる素材も足りず、今の『解析鑑定』に完成までの手順は表示されなかった。
「まずは、効果が失われる温度と、組み合わせてはいけない素材から確かめよう」
「りるっ!」
斉藤さんが、精霊草の葉片から端の部分だけを僅かに切り取る。
メグが精密魔導天秤の皿を支え、採取した試料を載せた。
「メグ。俺が止めるまで、同じ速さで混ぜてくれ」
「りるっ!」
薄い薬液へ試料を入れると、メグが魔力攪拌棒を一定の速さで動かし始める。
斉藤さんの指示が掛かると、すぐに手を止めた。
薬液の色は僅かに変わっただけで、万能薬にも精霊薬にもなっていない。
それでも、新しい工房で最初の成分記録を残すことはできた。
「次に庭園へ行った時は、薬草スライムたちにも精霊草の扱い方を教えてもらおう」
「りるっ!」
秘薬の単独調合も、精霊草を使った新薬も、まだ完成していない。
急がず、斉藤さんとメグが一つずつ確かめていけばいい。
スライム達の薬草庭園で結んだ縁は、百食の強化料理と、新しい調合工房と、二つの研究へ変わり始めていた。




