12話「三人で入った黄金郷」
美咲さんの声が、石造りの通路へ響く。
「はい。偶然ですけど」
「偶然で未確認区域なんて見つかりませんよ!」
美咲さんは、何もない岩壁と俺の顔を交互に見る。
「でも、どこに入口があるんですか?」
「正面の壁です」
「壁……?」
美咲さんが岩壁へ近付き、目を凝らす。
だが、まだ希少区域は出現していない。
現在の状態を説明すると、美咲さんは感心したように息を漏らした。
「出現する時間まで分かるんですね」
「俺の『解析鑑定』に表示されています」
「それって、かなり珍しいスキルなんじゃ……」
「俺にも分かりません。ダンジョンへ入るまで、素材の値段が分かるだけのスキルだと思っていたので」
高橋さんが会話の内容を端末へ記録する。
「一城さんのスキルについては、協会でも引き続き調査中です。ただし、本人の同意なく詳細を公開することはありません」
「良かったですね、一城さん。珍しいスキルだと知られたら、変な人も寄ってきそうですから」
「俺も、まだ動画では隠しています」
「動画?」
美咲さんが反応する。
「動画を投稿してるんですか?」
「まだ始めたばかりです」
「チャンネル名は何ていうんですか?」
「それは……もう少し慣れてから教えます」
「えー、気になります」
すぐ近くにいる美咲さんは、『リン』の動画を気に入ってくれている。
だが、本人だと明かす勇気はまだなかった。
話題を変えるため、美咲さんの腰へ目を向ける。
「その短剣、昨日のレッドスライムから出た物ですよね」
「どうして知ってるんですか?」
「戦っているところを、通路の外から見ていました」
「えっ」
美咲さんの表情が固まる。
「じゃあ、私が短剣を持って飛び跳ねてたところも……」
「見ました」
「わ、忘れてください!」
顔を赤くしながら、両手で覆う。
「安全記録には残っていますが、公開用の映像からは外しました」
「本当ですか?」
「本人の許可なく動画へ使うつもりはありません」
「ありがとうございます……」
美咲さんは安心したように胸を撫で下ろした。
「その件につきましては、調査課で映像の該当部分を確認しています」
高橋さんが真面目な表情で付け加えた。
「高橋さんまで見たんですか!?」
「記録確認の一環です」
「もう嫌……」
美咲さんがその場へしゃがみ込む。
先ほどまでの明るい勢いが嘘のようだった。
◇
二時間ほど、周囲を探索しながら希少区域の出現を待った。
高橋さんは入口周辺の壁や魔力濃度を測定し、美咲さんは近付いてきたスライムを手際よく倒していく。
やがて、出現までの時間が一分を切った。
「そろそろです」
俺の言葉に、二人の表情が引き締まる。
高橋さんは測定用の魔導具を起動し、美咲さんは腰の短剣へ手を添えた。
「残り十秒」
解析結果に表示された数字が減っていく。
「五、四、三、二、一……」
表示がゼロになった瞬間、岩壁の一部が水面のように揺らいだ。
「現れました」
「私には、まだ普通の壁に見えます」
美咲さんが答える。
「私の測定器にも、目立った変化はありません」
高橋さんの魔導具にも反応はないらしい。
やはり入口を認識できるのは俺だけだ。
「同行条件は、俺へ触れた状態で入口を通過することです」
「それでは、失礼します」
高橋さんが俺の左肩へ手を置く。
美咲さんは少し迷ってから、右腕を掴んだ。
「これでいいですか?」
「多分、大丈夫です」
「多分って、不安になる言い方しないでくださいよ」
「俺も、誰かと一緒に入るのは初めてなので……」
「何かあったら、私が守ります」
「お願いします」
鉄ナイフへ手を添え、揺らめく岩壁へ一歩を踏み出す。
身体がふわりと浮いた。
白い光に包まれ、足元の感触が消える。
数秒後、柔らかな草を踏む感覚が戻ってきた。
◇
「……すごい」
美咲さんが、黄金色の草原を見渡す。
頭上には青空と白い雲。
柔らかな風が吹き抜け、どこまでも続く草を揺らしている。
「本当にダンジョンの中なんですか?」
「俺も、最初はそう思いました」
高橋さんは言葉を失ったまま、測定器と周囲の景色を交互に確認している。
「外部との通信は切断されています。位置情報も取得できません。ただし、映像と測定記録は端末内部へ保存されています」
「これで、正式に確認されたことになりますか?」
「はい。私自身が入域できました。希少区域が実在することは、間違いありません」
草原のあちこちで、ゴールデンスライムが跳ねている。
俺は希少区域へ『解析鑑定』を発動した。
◇____________________
『希少区域』
『名称:スライムの黄金郷』
『残り時間:14分38秒』
『現在の入場者:3名』
____________________◇
「滞在できるのは、あと十四分ほどです」
「短いですね」
高橋さんが測定器へ時間を記録する。
「まず、ゴールデンスライムの行動と素材を確認したいです」
「分かりました。性格は臆病なので、正面から追い掛けても逃げられます」
近くにいる一体を指差す。
「俺が向こう側へ回り込みます。美咲さんは岩場の逃げ道を塞いでもらえますか?」
「任せてください」
美咲さんは一度の説明で、俺の狙いを理解してくれた。
俺が大きく迂回すると、ゴールデンスライムが警戒するように身体を揺らす。
一気に距離を詰める。
驚いたゴールデンスライムが、俺から離れる方向へ逃げ出した。
その先では、美咲さんが岩場の出口を塞いでいる。
「来ました!」
ゴールデンスライムは方向を変えようとしたが、狭い岩場では逃げ切れない。
「討伐しても構いませんか?」
「お願いします」
高橋さんの許可を受け、美咲さんがスライムの短剣を抜く。
青い刃が一閃した。
ゴールデンスライムは一撃で両断され、黄金色の粒子へ変わっていく。
草の上へ、金魔核が一個転がった。
「これが金魔核……」
高橋さんは手袋を着け、専用のケースへ金魔核を回収する。
「映像と素材の両方を確認しました。これで希少区域の正式認定に必要な情報は――」
高橋さんの言葉が止まった。
草原全体が、大きく揺れたからだ。
「もう時間切れですか?」
「いえ、まだ十二分以上あります!」
地面の奥から、低い振動が伝わってくる。
周囲にいたゴールデンスライムたちが一斉に動きを止めた。
そして何かを恐れるように、草原の遠くへ逃げ始める。
「何か来ます!」
美咲さんが俺たちの前へ立ち、短剣を構える。
黄金色の草原が左右へ大きく分かれた。
その奥から、巨大な影が姿を現す。
通常のゴールデンスライムの十倍以上はある身体。
頭の上には、王冠のように盛り上がった黄金色の突起。
巨大なスライムは、俺たちへ向かってゆっくりと身体を震わせた。
俺はすぐに『解析鑑定』を発動する。
◇____________________
『黄金王スライム』
・区域守護個体
・性格:好戦的
・危険度:C
・出現条件:三名での希少区域入場
・ドロップ品
王金魔核(100%)
王金魔石(20%)
スライムの腕輪(5%)
____________________◇
「危険度C……!」
今まで遭遇した魔物とは、明らかに格が違う。
しかも、ドロップ品の中には見覚えのある名前があった。
「スライムの腕輪……」
指輪と同じ、シリーズ装備かもしれない。
だが、それを考えている余裕はなかった。
ゴールデンキングスライムが身体を大きく縮ませる。
「二人とも、下がってください!」
美咲さんが叫ぶ。
次の瞬間、巨大な黄金色の身体が、俺たち目掛けて跳び上がった。
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