115話「斉藤夫妻との再訪」
精霊草を発見してから、二日後。
俺たちは、再び現れた『スライム達の薬草庭園』の入口前に集まっていた。
俺と美咲さんのほかに、今日から斉藤さんと明里さんも同行する。
二人の足元には、安全確認を終えた栽培道具の箱が置かれていた。
「持ってきた物は、全部安全確認を終えてる」
斉藤さんが、箱の蓋に貼られた確認証を俺へ見せる。
「肥料にも、薬草へ悪影響を与える成分は入ってない。ただ、実際に使えるかどうかは、庭園の土と薬草を見てから判断するよ」
「お願いします」
「お昼も六名分、用意してきました」
明里さんが、もう一つの魔法鞄へ手を添える。
「庭園のスライムさんが食べられそうなら、少し分けられるゼリーも入っています」
「ぷるっ!」
「ぴるっ!」
食事と聞いたシズクとユキが、揃って元気よく身体を伸ばした。
「ふふ、二人の分もちゃんとありますからねっ」
「ぷるるっ!」
「ぴるるっ!」
持ち込む物の確認を終え、栽培道具の箱もまとめて俺の魔法鞄へ収める。
髙橋さんと二名の護衛職員は、希少区域の入口周辺へ残る。
二機のドローン型探索レコーダーを先に待機させたあと、髙橋さんが腕時計を確認した。
「本日の滞在は、九十分を目安にしてください。入口の残り時間に変化があれば、通信機で知らせてください」
「分かりました」
淡い緑色の揺らぎへ触れ、斉藤さんと明里さんを同行者として認証する。
◇____________________
『スライム達の薬草庭園』
『同行者認証』
・斉藤涼介:承認
・斉藤明里:承認
『入場者』
・6/8
『区域規則への同意』
・確認
____________________◇
「それでは、行きましょう」
俺たち六名と二機の探索レコーダーは、薬草庭園へ足を踏み入れた。
◇
「ぽるっ!」
「ぽるるっ!」
庭園へ入ってすぐ、淡い緑色の身体が畑の間から次々と現れた。
頭上にある葉の形をした結晶を揺らしながら、石畳の上をこちらへ跳ねてくる。
「ぷるっ!」
「ぴるっ!」
シズクが美咲さんの肩から飛び立ち、薬草スライムたちの頭上をゆっくりと一周する。
ユキも左右の白銀鎧を小さく動かし、再会を喜んでいた。
薬草スライムたちからも、二体が戻ってきたことへの喜びが伝わってくる。
だが、初めて見る斉藤さんと明里さんへは、まだ好奇心と警戒が入り交じっていた。
「斉藤涼介だ。薬草の調合をしてる」
斉藤さんは畑へ近付かず、石畳の上で腰を落とした。
「みんなが育てている薬草と、使っている道具を見せてもらってもいいかな?」
明里さんも、その隣へ膝をつく。
「斉藤明里です。今日は、庭園で使えそうな物を一緒に持ってきました」
「ぽる……」
最初に出会った薬草スライムが、二人の周囲をゆっくりと一周する。
斉藤さんの手や、明里さんが持つ探索鞄を確かめたあと、頭上の結晶を温室の方へ傾けた。
「案内してくれるみたいです」
「ありがとう」
斉藤さんが頭を下げる。
薬草スライムは一度だけ跳ね、俺たちを先導するように石畳を進み始めた。
◇
最初に案内されたのは、乾燥用の石台が並ぶ区画だった。
先端の欠けた木製の匙。
細かなひびが入った石鉢。
何度も補修された乾燥網。
どの道具も丁寧に使われているが、傷みが進んでいる。
「長く使ってきた物だね」
斉藤さんが、薬草スライムへ視線を向ける。
「触れてもいいか?」
「ぽるっ」
返事を受けてから木製の匙を持ち上げ、欠けた先端を確認する。
「このまま使うと、柔らかな葉を傷付けるかもしれない。新しい物を持ってきたよ」
明里さんが箱を開く。
中に入っていたのは、角を丸く削った大小の匙や、軽い木製の鉢、目の細かな乾燥網だった。
どれも薬草を傷付けないよう、表面が滑らかに磨かれている。
「ぽる……!」
一体の薬草スライムが、小さな匙へ身体を寄せる。
柄へ身体の一部を巻き付けると、ゆっくり持ち上げた。
以前の匙より軽いらしい。
その場で左右へ動かしたあと、嬉しそうに大きく伸びた。
「ぽるるっ!」
周囲の薬草スライムたちも、新しい道具へ集まってくる。
石鉢の大きさを確かめる個体や、乾燥網を下から押し上げる個体もいた。
「気に入ってくれたみたいですね」
「よかったです」
明里さんが笑顔を浮かべる。
「栽培道具だけじゃない。こっちも、みんなに使ってもらいたくて持ってきたんだ」
斉藤さんが、箱の下段から緩衝材に包まれた器具を一つずつ取り出す。
薬草や粉末を細かく量れる精密魔導天秤。
設定した温度を一定に保つ小型調合釜。
中身へ直接触れずに混ぜられる魔力攪拌棒。
透明な目盛り付き容器と、薬液から不純物を取り除く濾過器。
どれも地上の調合師が使う、本格的な調合器具だった。
薬草スライムたちの身体でも操作できるよう、押す部分が広い小型品を選んでいる。
「ぽる……?」
一体の薬草スライムが、精密魔導天秤へ恐る恐る身体を寄せる。
片方の皿へ小さな乾燥葉を載せると、中央の表示板へ細かな重量が浮かび上がった。
「ぽるっ!」
「ぽるるっ!」
周囲の薬草スライムたちが、一斉に天秤を覗き込む。
庭園にある石鉢や木の匙は、自然にある物を自分たちで削り、長く使ってきた物だ。
同じ量を正確に測り、同じ温度で薬草を煮出せる人間の道具は、初めて見るらしい。
小型調合釜の滑らかな表面へ触れる個体。
目盛り付き容器を光へ透かす個体。
魔力攪拌棒が一定の速さで回る様子を、身体を伸ばしながら見つめる個体。
どこからも、強い驚きと興味が伝わってくる。
「この器具も、庭園で使ってほしい」
「ぽるっ!?」
「使い方は、一つずつ説明するよ。分からないことがあったら、次に来た時に一緒に確かめよう」
「ぽるるっ!」
薬草スライムたちが、頭上の結晶葉を何度も揺らした。
「それと、今日はみんなが作ったことのない薬も持ってきた」
斉藤さんが保護箱を開く。
中には、赤色、黄土色、薄緑色の薬液が入った小瓶が一本ずつ収められていた。
三本へ『解析鑑定』を発動させる。
◇____________________
『怪力薬』
『品質:A』
『製作者:斉藤涼介』
『効果』
・服用者の筋力を一時的に上昇
____________________
『防御薬』
『品質:A』
『製作者:斉藤涼介』
『効果』
・服用者の防御力を一時的に上昇
____________________
『解除薬』
『品質:A』
『製作者:斉藤涼介』
『効果』
・一般的な状態異常を治療
____________________◇
「赤い薬が怪力薬。飲んだ人の筋力を、一時的に高める」
「ぽる……!」
「黄土色が防御薬。こっちは、身体の守りを強くする薬だ。薄緑色の解除薬は、毒や麻痺などの状態異常を治せる」
薬草スライムたちが、三本の小瓶を取り囲む。
順番に身体を近付け、『薬効感知』で中身を確かめていった。
「ぽるっ!」
「ぽるるっ!」
これまで薬草スライムたちが調合してきたのは、傷や体力を回復させる薬だけらしい。
能力を一時的に高める薬や、状態異常を取り除く薬があることに、強い興味を持ったようだ。
怪力薬へ身体を向けたかと思えば、すぐに防御薬へ移り、今度は解除薬の前で頭上の結晶を傾けている。
「これは、みんなに見てもらうための見本だ。調合器具と一緒に置いていくよ」
斉藤さんが、薬の材料と調合手順を記した耐水紙も並べる。
「最初は、解除薬から試すのがいいと思う。使う薬草の扱いが、みんなの作っている回復薬に近いからね」
「ぽるっ!」
薬草スライムたちから、早く試してみたいという期待が一斉に返ってきた。
調合器具の説明を終えると、斉藤さんは組み立て式の乾燥棚も石台の横へ置いた。
棚の高さは薬草スライムでも届く程度で、乾燥網を何段にも分けて載せられる。
「光を当てて乾かす段と、日陰で風だけを通す段に分けられる。薬草ごとに使い分けてほしい」
「ぽるっ?」
薬草スライムが、乾燥途中の青い葉を身体で押してくる。
「これは、どっちがいいかって質問か?」
斉藤さんが葉へ『鑑定』を向ける。
俺も同じ葉へ『解析鑑定』を発動させた。
「光へ長く当てると、魔力が抜けやすいみたいです」
「ああ。日陰で乾燥させた方がよさそうだな。ただ、風が強過ぎても表面から薬効が失われる」
シズクが乾燥棚の前へ飛ぶ。
「ぷるっ」
四枚の妖精翼から、細い風が流れ始めた。
乾燥網の上にある葉だけが、僅かに揺れる。
「そのくらいでいい。覚えておいてくれるか?」
「ぷるるっ!」
「ぽるっ!」
薬草スライムたちも、シズクが作った風の強さを確かめるように身体を伸ばした。
◇
道具の確認を終えたあと、薬草スライムたちは庭園の水辺へ俺たちを案内した。
いくつもの水路が集まる、小さな池。
縁には洗い終えた石鉢や木の匙が並べられ、澄んだ水の中を淡い光が流れている。
「ぷる?」
水面を覗き込んだシズクが、四枚の羽を止める。
池には、淡い橙色のスライムたちが浮かんでいた。
横一列に並んでいる個体。
身体の半分だけを水面へ出し、流れに合わせて上下している個体。
仰向けになるように身体を広げ、ゆっくり回っている個体。
数えると、全部で十体いる。
「休んでいるのでしょうか?」
「敵意は感じない。見てみます」
水辺で浮かぶ個体へ『解析鑑定』を発動させる。
◇____________________
『支援スライム』
『確認数:10体』
『分類:希少個体』
『危険度:E』
『性格:勤勉・世話好き』
『特性』
・模倣
・作業補助
『現在の役割』
・薬草スライムの作業補助
『現在の状態』
・休憩中:10体
・全個体の体力:良好
『従魔適性:あり』
____________________◇
「支援スライムが十体います。普段は、薬草スライムたちの仕事を手伝っているみたいです」
「今は休憩中なのですね」
「ぽるっ」
近くにいた薬草スライムが、肯定するように身体を伸ばす。
庭園の各所で働く薬草スライムと比べれば、支援スライムの数は少ない。
十体で交代しながら、運搬や片付けなどを手伝っているらしい。
「ぷるっ」
「ぴるっ」
シズクとユキが水辺から挨拶する。
淡い橙色の身体が、水面の上で一斉に向きを変えた。
「りる……?」
「りるっ?」
俺たちを見上げたあと、それぞれ水へ身体を預ける。
休憩を邪魔しないように、俺たちは池から少し離れた。
◇
次は、庭園の一角にある空いた苗床へ移動した。
斉藤さんが持ってきた肥料は、用途ごとに小分けされている。
葉を育てる物。
花を付ける植物へ使う物。
土壌の水分を保つ物。
だが、すぐに土へ混ぜようとはしなかった。
「庭園の土には、既に十分な栄養がある。全部の畑へ肥料を加える必要はない」
斉藤さんの言葉に、薬草スライムたちが揃って身体を傾ける。
「育ちにくい場所があったら、その土に合う物を少しだけ試そう」
「ぽるっ」
一体が、空いた苗床の端へ移動する。
そこだけ土の色が僅かに薄く、周囲より魔力も少ない。
俺が土壌の状態を解析し、斉藤さんが結果に合わせて肥料を選ぶ。
薬草スライムは差し出された粒へ身体を近付け、『薬効感知』で成分を確かめていた。
「ぽるっ!」
問題はないらしい。
薬草スライムが身体で土へ小さなくぼみを作り、斉藤さんが決められた量だけ肥料を入れる。
明里さんが清浄な水を少しずつ注ぐと、土の中へ栄養と魔力が均等に広がった。
◇____________________
『試験苗床』
『土壌状態』
・栄養:良好
・水分:良好
・魔力:安定
『使用肥料』
・適合
『薬草への悪影響』
・なし
____________________◇
「この配合なら使える。ただ、次に来た時にも土と苗の状態を確認させてほしい」
「ぽるるっ!」
強い期待と信頼が返ってくる。
斉藤さんは、薬草スライムへ一方的に育て方を教えようとはしなかった。
庭園で積み重ねられてきた方法を見て、必要な部分にだけ地上の道具と知識を加えている。
反対に、薬草スライムたちも、乾燥させてはいけない薬草や、根と花を別々に保存する薬草を一つずつ斉藤さんへ示していた。
「この薬草は、乾燥させると効果が落ちるんだね」
「ぽるっ」
「それなら、清浄な水へ浸したまま保存する方法を試してみよう」
斉藤さんが新しい保存容器を取り出す。
薬草スライムが隣で頭上の結晶を揺らし、二人で中へ入れる水の量を決めていく。
教える側と、教えられる側に分かれているわけではない。
互いが持つ知識を出し合い、庭園に合う方法を一緒に探していた。
◇
一通りの道具を確認し終えると、薬草スライムたちが畑の奥へ集まった。
数体が、葉の形をした結晶を寄せ合う。
相談するように身体を伸び縮みさせたあと、三方へ分かれて跳ねていった。
「何かを持ってくるみたいです」
最初に戻ってきた個体は、桃色の花を付けた上薬花草を運んでいた。
次の個体が運んできたのは、青い光を巡らせる魔法花。
どちらも予定していた間引きで収穫した物らしく、切り口を保護した状態で柔らかな布に包まれている。
「ぽるっ」
「交換してくれるのか?」
「ぽるるっ!」
肯定と共に、温かな感謝が伝わってきた。
上薬花草は、株が増え過ぎていた畑から間引いた物。
魔法花も、隣の株が育つ場所を空けるために選ばれた物らしい。
最後に、精霊草を管理していた個体が温室から現れた。
身体の上には、細い保存容器が載せられている。
容器の中に入っていたのは、透き通るような白い葉の小片だった。
「精霊草……」
「ぽるっ」
薬草スライムから、研究へ使ってほしいという意思が伝わってくる。
精霊草の生育を妨げない範囲で切り分けた、ごく僅かな葉片らしい。
斉藤さんは、すぐには容器へ触れなかった。
「本当に、もらってもいいのか?」
「ぽるっ!」
薬草スライムが、迷いなく身体を伸ばす。
「ありがとう。大切に使わせてもらうよ」
斉藤さんが両手で容器を受け取り、深く頭を下げた。
明里さんも隣に並んで続く。
譲られた素材へ『解析鑑定』を発動させる。
◇____________________
『薬草庭園・物品交換』
『受領品』
・上薬花草:二本
・魔法花:一本
・精霊草の葉片:一片
『提供品』
・薬草用栽培道具一式
・薬草用調合器具一式
・乾燥棚及び乾燥網
・薬草用肥料
・清浄な水
・保存容器
・怪力薬、防御薬、解除薬の見本
・三種の薬の調合手順
・栽培及び加工知識
『管理個体の譲渡意思』
・確認
『交換判定』
・成立
・区域外への持ち出し:可能
____________________◇
続いて、精霊草の葉片だけへ意識を向ける。
◇____________________
『精霊草の葉片』
『品質:SS』
『状態:良好』
『用途』
・成分解析
・抽出試験
・万能薬の研究
・精霊薬の研究
『現在量』
・完成品の調合には不足
『所有者』
・クラン『蒼雪の宝珠』
____________________◇
「この量だけで、万能薬や精霊薬を作ることはできませんが、研究するには充分だと思います」
解析結果を聞いた斉藤さんが、保存容器を慎重に保護箱へ収める。
「まずは成分を調べて、どのように薬効を取り出せるのか確かめてみるよ。せっかく譲ってくれた葉片だからな。無駄にしないようにしないと」
「ぽるっ」
精霊草を管理する個体が、安心したように身体を伸ばした。
DFスライムの耳飾りを通じ、庭園中から穏やかな信頼が伝わってくる。
その感情へ意識を向けると、新しい解析表示が現れた。
◇____________________
『薬草スライムたち』
『関係変化』
・一城陸斗:盟友
・佐伯美咲:盟友
・斉藤涼介:盟友
・斉藤明里:盟友
・シズク:盟友
・ユキ:盟友
『庭園外への移動意思』
・なし
____________________◇
「斉藤さん。薬草スライムたちは、俺たちを盟友として認めてくれたみたいです」
「盟友……」
斉藤さんが、周囲にいる淡い緑色のスライムたちを見る。
「これからも、庭園の外で得た知識を持ってくる。みんなの育て方も教えてほしい」
「ぽるっ!」
「ぽるるっ!」
薬草スライムたちが一斉に身体を伸ばし、頭上の結晶を揺らした。
◇
作業を始めてから、一時間ほどが経っていた。
「少し休憩にしましょう」
明里さんが、畑から離れた平らな石台へ布を敷く。
探索鞄から弁当箱と水筒を取り出し、人数分の器を順番に並べていった。
「ぷるっ!」
「ぴるっ!」
シズクとユキが、明里さんの両側へ集まる。
薬草スライムたちも、少し離れた場所から弁当箱を興味深そうに見ていた。
「皆さんが食べられる物か、陸斗さんに調べてもらってからにしましょうね」
「ぽるっ」
明里さんが、丸い小鉢を布の上へ置く。
その時、水辺の方から小さな音が聞こえた。
休憩を終えた十体の支援スライムが池から上がり、濡れた身体を弾ませながら石畳を進んでくる。
「りるっ」
「りるるっ」
薬草スライムたちへ身体を向け、仕事があるか確かめるように伸びた。
「ぽるっ」
近くにいた薬草スライムが、今は休んでいていいと伝えるように頭上の結晶を小さく振る。
「りる……」
「りるる……」
十体の支援スライムが、その場で少しだけ平たくなった。
薬草の育成や薬効の判断は、薬草スライムにしかできない。
支援スライムへ任せられる運搬や片付けには限りがあるため、十体全員へ常に役割があるわけではないらしい。
しばらくすると、九体は言われたとおり水辺へ戻り始めた。
だが、一体だけがその場へ残っている。
DFスライムの耳飾りから、その個体が持つ、働きたいという強い気持ちが伝わってきた。
やがて、明里さんが並べる弁当箱と小鉢へ興味を向け、淡い橙色の身体が少しずつ近付いてくる。
その姿に気付き、明里さんが手を止めた。
「あの子も、一緒に食べられるでしょうか?」




