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114話「精霊草」


 淡い緑色のスライムが、恐る恐る身体を伸ばす。

 頭上に載せた大きな葉の結晶も、動きに合わせて小さく揺れていた。


「ぷる?」


 美咲さんの肩にいるシズクが、同じように身体を伸ばす。

 ユキも隣へ並び、ゆっくりと傾いた。


「ぴるっ?」

「ぽるっ?」


 三体は少し離れたまま、互いの様子を確かめている。

 淡い緑色のスライムから、敵意は感じない。


 伝わってくるのは、僅かな警戒と、それ以上に強い好奇心だった。

 俺はその場から動かず、『解析鑑定』を発動させる。



 ◇____________________


 『薬草(リーフ)スライム』


 『分類:希少個体』

 『危険度:E』

 『性格:温厚・世話好き』


 『役割』

 ・薬草庭園の管理


 『特性』

 ・薬草育成

 ・薬効感知

 ・土壌浄化

 ・植物活性


 『戦闘意思:なし』

 『ドロップ品:なし』


 『従魔適性:なし』

 『庭園外への移動意思:なし』


 『関係構築』

 ・対等な盟友関係:可能


 『現在の感情』

 ・シズクとユキへの興味

 ・一城陸斗たちへの警戒


 ____________________◇



「このスライムが、庭園を管理しているみたいです」


 通信機を通じ、髙橋さんへ解析結果を伝える。


『危険性はありますか?』

「戦う意思はありません。従魔になる適性もないようです」

『この場所を離れるつもりがないのかも知れませんね』

「はい。そのとおりだと思います」


 契約して連れ出す相手ではない。

 この庭園で暮らす住人として、対等に付き合える可能性がある。


「俺たちは、薬草を勝手に採るつもりはないから、安心してな」


 言葉が通じたのかは分からない。

 それでも、薬草スライムから伝わる警戒が僅かに薄れた。


「ぽるっ」


 薬草スライムが一度だけ跳ね、シズクへ近付く。

 頭上の葉を伸ばし、四枚の妖精翼へそっと触れた。


「ぷるっ」


 シズクが羽を広げる。

 緑、赤、青、茶色の光が、半透明な羽の内側をゆっくりと巡った。


「ぽるっ」


 薬草スライムの身体が大きく伸びる。

 驚きと喜びが、DFスライムの耳飾りを通じて伝わってきた。

 すると、周囲の温室や石棚の陰から、小さな葉が次々と覗く。


「ぽるっ」

「ぽるっ」

「ぽるっ」


 淡い緑色のスライムたちが、石畳の道へ集まってきた。

 頭上に載せた葉の形や大きさは少しずつ異なるが、全て薬草スライムである。


「たくさん隠れていたんですね」

「俺たちが規則を守るか、見ていたみたいだ」


「ぷるっ!」

「ぴるっ!」


 シズクとユキが挨拶すると、薬草スライムたちも揃って身体を伸ばした。



 ◇



 最初に現れた薬草スライムが、石畳の道を進み始める。

 途中で振り返り、俺たちへ付いてくるように葉を動かした。


「案内してくれるみたいです」

「行ってみよう」


 薬草スライムのあとを追うと、小さな苗が並ぶ畑へ着いた。

 畝の一部が崩れ、水路から流れ込む水が手前で止まっている。

 別の薬草スライムたちが身体で土を押しているが、濡れた土は何度も崩れていた。


 苗床へ『解析鑑定』を向ける。


「土の水分が足りていません。畝を直せば、水路から必要な量を流せます」

「ぽるっ」


 薬草スライムがシズクを見上げ、崩れた土へ葉を向けた。


「シズクに、手伝ってほしいみたいだ」

「ぷるっ!」


 シズクが美咲さんの肩から飛び立つ。

 魔法を使っても、管理個体から頼まれた栽培補助であれば、戦闘行為には当たらない。


「強くし過ぎないようにね」

「ぷるっ」


 シズクの前へ、小さな茶色の光が集まった。

 崩れていた土が少しずつ持ち上がり、元の畝と同じ高さへ整えられていく。


 薬草スライムが石の栓へ身体を押し付ける。

 細い水路へ流れ込んだ水が、新しく整えられた畝に沿って苗床へ広がった。


「ぽるっ」


 今度は、水の流れへ葉を触れさせる。

 伝わってきたのは、もう少しだけ冷たくしてほしいという意思だった。


「ぷるっ!」


 シズクが小さな氷の粒を水路へ落とす。

 水面へ薄い冷気が広がり、苗に適した温度までゆっくりと下がっていった。


 隣の畑では、綿毛の付いた小さな種が石皿へ集められている。

 シズクが細い風を送ると、種だけがふわりと浮かび、等間隔で柔らかな土へ降りていった。


 最後に、赤い光を掌ほどの大きさへ抑え、別の苗床を遠くから温める。


 風、氷、土、火。

 どの魔法も薬草を傷付けず、必要な場所だけへ働いていた。


「進化する前より、細かな調整が上手になっていますね」

「妖精翼の制御補助も働いてるみたいだ」


「ぷるるっ!」


 褒められたシズクが、空中で嬉しそうに一回転する。

 その近くでは、一体の薬草スライムが種を載せた石皿を運ぼうとしていた。


「ぴるっ」


 ユキが純白の魔法盾を石皿の下へ滑り込ませる。

 盾がゆっくりと浮かび、種を揺らさず反対側の畑まで運んでいった。


「ぽるっ」

「ぴるるっ!」


 二枚の白銀鎧も左右から石皿を支える。

 薬草スライムたちから、次々と温かな感謝が伝わってきた。



 ◇



 苗床の手入れを終えると、薬草スライムたちが庭園の奥へ向かって跳ね始めた。


 今度は俺たちが付いてきているか、何度も振り返って確認している。

 最初に会った時の警戒は、ほとんど感じられない。


 水路に沿って進んだ先には、青い花だけが咲く畑があった。


 透明な葉の内部を、液体のような青い光が巡っている。

 近付いただけで、周囲の魔力が濃くなったのを感じた。


 一株へ『解析鑑定』を発動させる。



 ◇____________________


 『魔法花(マジックフラワー)


 『品質:S』

 『希少度:A+』

 『状態:生育良好』


 『効果』

 ・使用者の魔力を完全回復


 『管理状態』

 ・薬草庭園の管理対象


 『採取権限』

 ・なし


 『推定買取価格:4,000,000円』


 ____________________◇



「この青い花は、魔法花です。使った人の魔力を完全に回復させます」

「完全に、ですか?」

「うん。残っている量に関係なく、最大まで回復するみたいだ」


『これは魔力草の上位素材では……』


 高橋さんが上薬花草を見た時と同じように驚きの声をあげる。

 長時間の探索中に魔力を使い切っても、一株あればすぐに戦線へ戻れる。

 魔法を主力とする探索者にとって、価値を付けることすら難しい薬草だ。


 もちろんだが、手を伸ばそうとは思わない。

 この花も、薬草スライムたちが大切に育てた物である。


「ぽるっ」


 案内していた薬草スライムが、安心したように身体を伸ばした。



 ◇



 青い畑を過ぎると、半透明な温室が一つだけ建っていた。


 他の温室よりも小さい。

 周囲を円形の水路が囲み、淡い光の粒が壁の内側を漂っている。


 薬草スライムたちは入口の前で立ち止まった。

 最初に現れた一体だけが内側へ入り、俺たちへ葉を振る。


「ここも、見せてくれるみたいだ」


 温室へ足を踏み入れる。


 中央の畑には、透き通るような白い葉を持つ薬草が育っていた。

 葉脈には緑、赤、青、金色の光が流れ、先端に咲いた小さな花から、光の粒が浮かび上がっている。


 光の粒は消えることなく薬草の周囲を巡り、時折、小さな人影のような形へ変わっていた。


「綺麗……」


 美咲さんが声を漏らす。

 シズクとユキも声を出さず、漂う光を見上げていた。


 白い薬草へ『解析鑑定』を発動させる。



 ◇____________________


 『精霊草(スピリチュアルリーフ)


 『品質:SS』

 『希少度:SS』

 『状態:生育良好』


 『用途』

 ・万能薬の主要原料

 ・精霊薬の主要原料


 『万能薬』

 ・欠損部位を含む重傷を完全治療

 ・生命活動を失った対象には効果なし


 『精霊薬』

 ・服用者へ精霊障壁を付与

 ・最初に受ける致命傷を完全に防御

 ・発動後、攻撃を受けるたびに障壁が弱体化


 『管理状態』

 ・薬草庭園の特別管理対象


 『採取権限』

 ・なし


 『推定買取価格:180,000,000円』


 ____________________◇



「億越えの薬草素材……です。名称は、精霊草……」

『億越えですか……解析結果を教えていただきたいです』


 希少度の高さと、その値段に思わず声が震えてしまう。

 ものすごく価値のある美術品を目の前にしたような気分である。

 それは、通信機から聞こえた髙橋さんの声からも分かった。

 俺は震える声で、表示された内容を伝える。


「す、精霊草(スピリチュアルリーフ)から、万能薬(エリクサー)精霊薬(スピリットポーション)を作れる可能性があります。万能薬は、欠損した部位を含む重傷を完全に治療できます」


『死者への使用は可能ですか?』

「いいえ。既に生命活動を失った人には効果が無いようです」


「精霊薬は、どのような薬なのですか?」


 美咲さんが、温室中央の精霊草を見つめたまま尋ねる。


「少し待って詳しく調べてみるよ。えっと『服用した人の体の表面に精霊障壁を作り、最初に受ける致命傷を完全に防ぐ』って表示されてる。そのあとは、攻撃を受けるたびに障壁が弱くなっていくみたい。おそらく、魔法効果のあるアイテムだと思う」


「すごいですね。一度きりだとしても、致命傷を完全に防げるとは……」

「あ、ああ。ただ、俺たちには、これを薬へ加工する知識も設備もないけどね」


 解析できても、万能薬や精霊薬を作れるわけではない。

 薬草を傷付けずに扱い、効果を残したまま調合できる人が必要になる。

 精霊草の前にいる薬草スライムから、誇らしさと、強い警戒が同時に伝わってきた。


 俺たちを信用し始めてはいる。

 それでも、この薬草を渡すほどではない。

 見せてもらえただけで十分だった。


「大切な薬草を見せてくれて、ありがとう」

「ぽるっ」


 俺が頭を下げると、美咲さんも隣で続く。

 シズクとユキも、精霊草へ触れない位置から身体を伸ばした。


「ぷるっ」

「ぴるっ」


 薬草スライムが、ゆっくりと一度だけ跳ねた。



 ◇



『入場から二十五分が経過しました』


 髙橋さんの声が通信機から届く。


『予定どおり、一度入口へ戻ってください』

「分かりました」


 温室を出ると、薬草スライムたちが石畳の道へ集まっていた。

 そのうちの一体が、先端の欠けた小さな木製の匙を身体で押してくる。

 別の一体は、ひびの入った石鉢の横で葉を下げていた。


 庭園の中にある道具は、薬草スライムたちが長く使い続けてきた物らしい。


「今度、薬草に詳しい仲間を連れてきてもいいか?」

「ぽるっ」


 返事と共に、期待が伝わってきた。


「薬草を育てる道具や、ここで使えそうな物も持ってくるよ」

「ぽるっ」


 斉藤さんと明里さんなら、薬草を乱暴に扱うことはない。

 庭園に必要な物を確認し、交換できる物を一緒に考えてくれるはずだ。

 薬草スライムたちは、希少区域の入口まで俺たちを見送ってくれた。


「また来るよ」

「ぷるっ!」

「ぴるっ!」


「ぽるっ」


 淡い緑色の身体が揃って伸び、頭上の葉の形をした結晶が小さく揺れる。

 次は、彼らの役に立つ知識と道具を持って、斉藤さんたちと戻ってこよう。


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