114話「精霊草」
淡い緑色のスライムが、恐る恐る身体を伸ばす。
頭上に載せた大きな葉の結晶も、動きに合わせて小さく揺れていた。
「ぷる?」
美咲さんの肩にいるシズクが、同じように身体を伸ばす。
ユキも隣へ並び、ゆっくりと傾いた。
「ぴるっ?」
「ぽるっ?」
三体は少し離れたまま、互いの様子を確かめている。
淡い緑色のスライムから、敵意は感じない。
伝わってくるのは、僅かな警戒と、それ以上に強い好奇心だった。
俺はその場から動かず、『解析鑑定』を発動させる。
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『薬草スライム』
『分類:希少個体』
『危険度:E』
『性格:温厚・世話好き』
『役割』
・薬草庭園の管理
『特性』
・薬草育成
・薬効感知
・土壌浄化
・植物活性
『戦闘意思:なし』
『ドロップ品:なし』
『従魔適性:なし』
『庭園外への移動意思:なし』
『関係構築』
・対等な盟友関係:可能
『現在の感情』
・シズクとユキへの興味
・一城陸斗たちへの警戒
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「このスライムが、庭園を管理しているみたいです」
通信機を通じ、髙橋さんへ解析結果を伝える。
『危険性はありますか?』
「戦う意思はありません。従魔になる適性もないようです」
『この場所を離れるつもりがないのかも知れませんね』
「はい。そのとおりだと思います」
契約して連れ出す相手ではない。
この庭園で暮らす住人として、対等に付き合える可能性がある。
「俺たちは、薬草を勝手に採るつもりはないから、安心してな」
言葉が通じたのかは分からない。
それでも、薬草スライムから伝わる警戒が僅かに薄れた。
「ぽるっ」
薬草スライムが一度だけ跳ね、シズクへ近付く。
頭上の葉を伸ばし、四枚の妖精翼へそっと触れた。
「ぷるっ」
シズクが羽を広げる。
緑、赤、青、茶色の光が、半透明な羽の内側をゆっくりと巡った。
「ぽるっ」
薬草スライムの身体が大きく伸びる。
驚きと喜びが、DFスライムの耳飾りを通じて伝わってきた。
すると、周囲の温室や石棚の陰から、小さな葉が次々と覗く。
「ぽるっ」
「ぽるっ」
「ぽるっ」
淡い緑色のスライムたちが、石畳の道へ集まってきた。
頭上に載せた葉の形や大きさは少しずつ異なるが、全て薬草スライムである。
「たくさん隠れていたんですね」
「俺たちが規則を守るか、見ていたみたいだ」
「ぷるっ!」
「ぴるっ!」
シズクとユキが挨拶すると、薬草スライムたちも揃って身体を伸ばした。
◇
最初に現れた薬草スライムが、石畳の道を進み始める。
途中で振り返り、俺たちへ付いてくるように葉を動かした。
「案内してくれるみたいです」
「行ってみよう」
薬草スライムのあとを追うと、小さな苗が並ぶ畑へ着いた。
畝の一部が崩れ、水路から流れ込む水が手前で止まっている。
別の薬草スライムたちが身体で土を押しているが、濡れた土は何度も崩れていた。
苗床へ『解析鑑定』を向ける。
「土の水分が足りていません。畝を直せば、水路から必要な量を流せます」
「ぽるっ」
薬草スライムがシズクを見上げ、崩れた土へ葉を向けた。
「シズクに、手伝ってほしいみたいだ」
「ぷるっ!」
シズクが美咲さんの肩から飛び立つ。
魔法を使っても、管理個体から頼まれた栽培補助であれば、戦闘行為には当たらない。
「強くし過ぎないようにね」
「ぷるっ」
シズクの前へ、小さな茶色の光が集まった。
崩れていた土が少しずつ持ち上がり、元の畝と同じ高さへ整えられていく。
薬草スライムが石の栓へ身体を押し付ける。
細い水路へ流れ込んだ水が、新しく整えられた畝に沿って苗床へ広がった。
「ぽるっ」
今度は、水の流れへ葉を触れさせる。
伝わってきたのは、もう少しだけ冷たくしてほしいという意思だった。
「ぷるっ!」
シズクが小さな氷の粒を水路へ落とす。
水面へ薄い冷気が広がり、苗に適した温度までゆっくりと下がっていった。
隣の畑では、綿毛の付いた小さな種が石皿へ集められている。
シズクが細い風を送ると、種だけがふわりと浮かび、等間隔で柔らかな土へ降りていった。
最後に、赤い光を掌ほどの大きさへ抑え、別の苗床を遠くから温める。
風、氷、土、火。
どの魔法も薬草を傷付けず、必要な場所だけへ働いていた。
「進化する前より、細かな調整が上手になっていますね」
「妖精翼の制御補助も働いてるみたいだ」
「ぷるるっ!」
褒められたシズクが、空中で嬉しそうに一回転する。
その近くでは、一体の薬草スライムが種を載せた石皿を運ぼうとしていた。
「ぴるっ」
ユキが純白の魔法盾を石皿の下へ滑り込ませる。
盾がゆっくりと浮かび、種を揺らさず反対側の畑まで運んでいった。
「ぽるっ」
「ぴるるっ!」
二枚の白銀鎧も左右から石皿を支える。
薬草スライムたちから、次々と温かな感謝が伝わってきた。
◇
苗床の手入れを終えると、薬草スライムたちが庭園の奥へ向かって跳ね始めた。
今度は俺たちが付いてきているか、何度も振り返って確認している。
最初に会った時の警戒は、ほとんど感じられない。
水路に沿って進んだ先には、青い花だけが咲く畑があった。
透明な葉の内部を、液体のような青い光が巡っている。
近付いただけで、周囲の魔力が濃くなったのを感じた。
一株へ『解析鑑定』を発動させる。
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『魔法花』
『品質:S』
『希少度:A+』
『状態:生育良好』
『効果』
・使用者の魔力を完全回復
『管理状態』
・薬草庭園の管理対象
『採取権限』
・なし
『推定買取価格:4,000,000円』
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「この青い花は、魔法花です。使った人の魔力を完全に回復させます」
「完全に、ですか?」
「うん。残っている量に関係なく、最大まで回復するみたいだ」
『これは魔力草の上位素材では……』
高橋さんが上薬花草を見た時と同じように驚きの声をあげる。
長時間の探索中に魔力を使い切っても、一株あればすぐに戦線へ戻れる。
魔法を主力とする探索者にとって、価値を付けることすら難しい薬草だ。
もちろんだが、手を伸ばそうとは思わない。
この花も、薬草スライムたちが大切に育てた物である。
「ぽるっ」
案内していた薬草スライムが、安心したように身体を伸ばした。
◇
青い畑を過ぎると、半透明な温室が一つだけ建っていた。
他の温室よりも小さい。
周囲を円形の水路が囲み、淡い光の粒が壁の内側を漂っている。
薬草スライムたちは入口の前で立ち止まった。
最初に現れた一体だけが内側へ入り、俺たちへ葉を振る。
「ここも、見せてくれるみたいだ」
温室へ足を踏み入れる。
中央の畑には、透き通るような白い葉を持つ薬草が育っていた。
葉脈には緑、赤、青、金色の光が流れ、先端に咲いた小さな花から、光の粒が浮かび上がっている。
光の粒は消えることなく薬草の周囲を巡り、時折、小さな人影のような形へ変わっていた。
「綺麗……」
美咲さんが声を漏らす。
シズクとユキも声を出さず、漂う光を見上げていた。
白い薬草へ『解析鑑定』を発動させる。
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『精霊草』
『品質:SS』
『希少度:SS』
『状態:生育良好』
『用途』
・万能薬の主要原料
・精霊薬の主要原料
『万能薬』
・欠損部位を含む重傷を完全治療
・生命活動を失った対象には効果なし
『精霊薬』
・服用者へ精霊障壁を付与
・最初に受ける致命傷を完全に防御
・発動後、攻撃を受けるたびに障壁が弱体化
『管理状態』
・薬草庭園の特別管理対象
『採取権限』
・なし
『推定買取価格:180,000,000円』
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「億越えの薬草素材……です。名称は、精霊草……」
『億越えですか……解析結果を教えていただきたいです』
希少度の高さと、その値段に思わず声が震えてしまう。
ものすごく価値のある美術品を目の前にしたような気分である。
それは、通信機から聞こえた髙橋さんの声からも分かった。
俺は震える声で、表示された内容を伝える。
「す、精霊草から、万能薬と精霊薬を作れる可能性があります。万能薬は、欠損した部位を含む重傷を完全に治療できます」
『死者への使用は可能ですか?』
「いいえ。既に生命活動を失った人には効果が無いようです」
「精霊薬は、どのような薬なのですか?」
美咲さんが、温室中央の精霊草を見つめたまま尋ねる。
「少し待って詳しく調べてみるよ。えっと『服用した人の体の表面に精霊障壁を作り、最初に受ける致命傷を完全に防ぐ』って表示されてる。そのあとは、攻撃を受けるたびに障壁が弱くなっていくみたい。おそらく、魔法効果のあるアイテムだと思う」
「すごいですね。一度きりだとしても、致命傷を完全に防げるとは……」
「あ、ああ。ただ、俺たちには、これを薬へ加工する知識も設備もないけどね」
解析できても、万能薬や精霊薬を作れるわけではない。
薬草を傷付けずに扱い、効果を残したまま調合できる人が必要になる。
精霊草の前にいる薬草スライムから、誇らしさと、強い警戒が同時に伝わってきた。
俺たちを信用し始めてはいる。
それでも、この薬草を渡すほどではない。
見せてもらえただけで十分だった。
「大切な薬草を見せてくれて、ありがとう」
「ぽるっ」
俺が頭を下げると、美咲さんも隣で続く。
シズクとユキも、精霊草へ触れない位置から身体を伸ばした。
「ぷるっ」
「ぴるっ」
薬草スライムが、ゆっくりと一度だけ跳ねた。
◇
『入場から二十五分が経過しました』
髙橋さんの声が通信機から届く。
『予定どおり、一度入口へ戻ってください』
「分かりました」
温室を出ると、薬草スライムたちが石畳の道へ集まっていた。
そのうちの一体が、先端の欠けた小さな木製の匙を身体で押してくる。
別の一体は、ひびの入った石鉢の横で葉を下げていた。
庭園の中にある道具は、薬草スライムたちが長く使い続けてきた物らしい。
「今度、薬草に詳しい仲間を連れてきてもいいか?」
「ぽるっ」
返事と共に、期待が伝わってきた。
「薬草を育てる道具や、ここで使えそうな物も持ってくるよ」
「ぽるっ」
斉藤さんと明里さんなら、薬草を乱暴に扱うことはない。
庭園に必要な物を確認し、交換できる物を一緒に考えてくれるはずだ。
薬草スライムたちは、希少区域の入口まで俺たちを見送ってくれた。
「また来るよ」
「ぷるっ!」
「ぴるっ!」
「ぽるっ」
淡い緑色の身体が揃って伸び、頭上の葉の形をした結晶が小さく揺れる。
次は、彼らの役に立つ知識と道具を持って、斉藤さんたちと戻ってこよう。




