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113話「スライム達の薬草庭園」


 シズクが妖精スライムへ進化してから、三日後。

 俺たちは、第十五層の再調査へ来ていた。


「ぷるっ!」


 美咲さんの肩から、シズクが飛び立つ。

 半透明な四枚の羽が淡い光を放ち、小さな身体を宙へ浮かせていた。


 進化した当日は、真っ直ぐ飛ぶこともできなかったシズクだが、訓練の成果もあり、今は美咲さんの頭上を一周し、同じ場所へゆっくり戻れるようになっている。


「今日は、私の頭より高く飛ばないでね」

「ぷるっ!」


 返事をした直後、美咲さんの指示に従い、シズクが美咲さんの視線の高さで並走する。

 その下では、ユキが純白の魔法盾を浮かべたまま付いていく。


「ぴるっ」


 シズクが体勢を崩しても、受け止められる位置を保っているらしい。


「ユキ、ありがとうな」

「ぴるるっ!」


 二体の様子を見守りながら、白い石造りの通路を進む。

 少し前を歩く髙橋さんの頭上には、二機のドローン型探索レコーダーが浮かんでいた。

 護衛職員二名も、周囲を確認しながら同行している。


「本日は、中央祭壇から東側を確認します」


 髙橋さんがタブレット端末へ地図を表示する。


「第十五層へ調査隊が入れるようになりましたが、祭壇周辺以外は、まだ十分に記録できていません。地形と生息個体を確認しながら進みましょう」

「分かりました」


 今回の目的は、未調査区域の地形と環境素材の記録。

 好戦的な個体が現れない限り、戦闘を行う予定はない。


 祭壇の外側では、火焔スライムが炎を小さく揺らしていた。

 俺たちに気付くと、その場で一度だけ大きく跳ねる。


「よっ、火焔さん。また来たよ」

「ぷるっ!」

「ぴるっ!」


 シズクとユキも返事をする。

 火焔スライムは満足したように炎を揺らし、祭壇の奥へ戻っていった。



 ◇



 東側の通路を進むと、白い岩壁の間隔が少しずつ広がっていった。

 足元には細い水路が流れ、岩の隙間から淡い緑色の苔が伸びている。

 天井から落ちる水滴が水面へ触れるたび、小さな光の輪を作っていた。


「この辺りは、祭壇周辺より植物が多いですね」

「そうだな。水が流れているし、そのせいかもな」


 俺は美咲さんへ返事を返しながら、水路へ『解析鑑定』を向ける。



 ◇____________________


 『第十五層・地下水路』


 『水質:A』

 『魔力濃度:低』


 『流入元』

 ・未確認区域


 『環境への影響』

 ・周辺植物の育成

 ・土壌内の魔力安定


 ____________________◇



「水質に問題はない。上流に、植物が育ちやすい場所があるみたいだ」

「では、水路に沿って進んでみましょうか」


 俺と美咲さんの会話を聞いた髙橋さんが、端末の地図へ新しい進路を記録する。

 二機の探索レコーダーも高度を下げ、水路と周囲の岩壁を撮影し始めた。

 しばらく進むと、水路が二つに分かれた。


 左側は白い岩壁の奥へ続いている。

 右側には、腰ほどの高さまで育った草花が集まっていた。


「ぷる?」


 シズクが右側へ身体を向ける。

 四枚の羽を動かすと、草の間から柔らかな香りが流れてきた。


「薬草に似た匂いがするな」

「勝手に採らず、場所だけ記録しましょう」


 美咲さんがシズクを肩へ戻し、草へ触れないように進む。

 俺も『解析鑑定』を発動させたまま、右側の岩壁を確認した。


 その時、白い岩の一部が僅かに揺らいで見えた。

 水面へ映った光のように、岩壁の輪郭だけがゆっくりと歪んでいる。


「……あれは」


 足を止め、揺らぎへ意識を集中させる。


「高橋さん。希少区域の入口があります」

「本当ですか? こちらからは、通常の岩壁にしか見えません」


 髙橋さんが、ドローン型探索レコーダーの一機を近付ける。

 撮影画面に映っているのは、白い岩と水路だけだった。

 揺らぎへ『解析鑑定』を向ける。



 ◇____________________


 『希少区域』


 『名称』

 ・スライム達の薬草庭園(リーフガーデン)


 『状態:出現中』

 『残り時間:2時間46分』


 『入場可能人数:8名』


 『入場条件』

 ・発見者が同行

 ・発見者と同一の登録パーティーに所属

 ・発見者が同行者として認証

 ・同行中のスライム系従魔


 『現在の入場候補』

 ・一城陸斗

 ・佐伯美咲

 ・シズク

 ・ユキ


 『内部情報:未取得』


 ____________________◇



「名称は『スライム達の薬草庭園(リーフガーデン)』。今から二時間以上、出現が続きます」

「薬草を育てている場所でしょうか?」

「まだ、そこまでは……名称以外は分かりません」


 黄金郷。

 白銀城。

 スライム達の古戦場。


 これまで発見した希少区域は、どれも通常階層とは大きく異なる場所だった。

 薬草庭園にも、外からは分からない環境が広がっている可能性が高い。


「俺たち四人で、内部を確認してきます」


 髙橋さんが揺らぎのある岩壁を見たあと、俺たちへ向き直る。


「我々はこの周辺一帯を警戒します。最初の確認は三十分を目安にしてください」

「分かりました。異常があれば、すぐに戻ります」


「さあ、行きますよシズク、ユキ」

「ぷるっ!」

「ぴるっ!」


 シズクとユキを抱き抱え、二機の探索レコーダーを伴った俺たちは、淡い緑色の揺らぎへ足を踏み入れた。



 ◇



 身体が僅かに浮く。

 次の瞬間、湿った岩の匂いが消え、柔らかな草木の香りに包まれた。


「ここが、薬草庭園……」


 目の前には、緩やかな丘に沿って広がる薬草畑があった。


 低い石壁で区切られた畑が、何段にも重なっている。

 赤、青、黄色。

 色の異なる小さな花が風に揺れ、その間から形の違う葉が伸びていた。


 庭園の上空は、淡い緑色の光に満ちている。

 地下にあるはずなのに天井は見えず、薄い雲の向こうから朝日のような光が降り注いでいた。


 畑の間には、澄んだ水の流れる細い水路が張り巡らされている。

 水路の上へ架けられた石橋は低く、人間よりも小さな生き物が渡りやすい幅で作られていた。


「温室もあります」


 美咲さんが、庭園の左側を指す。

 半透明な薄緑色の壁に覆われた建物が、いくつも並んでいた。

 壁の内側には細かな水滴が付き、外とは違う色の薬草が育っている。


 右側には平らな石台が並ぶ。

 石台の上には、刈り取られた薬草が種類ごとに分けられ、風を受けながら乾燥させられていた。


 荒れている畑は一つもない。

 水路にも枯れ葉や泥は溜まっておらず、庭園全体へ誰かの手が行き届いている。


「管理している個体がいるみたいだ」

「ぷる?」

「ぴる……」


 シズクとユキが、畑の奥を見つめる。

 だが、動いている魔物の姿は見当たらない。

 代わりに、俺の前へ新しい解析表示が現れた。



 ◇____________________


 『スライム達の薬草庭園(リーフガーデン)


 『区域規則』

 ・戦闘禁止

 ・無断採取禁止

 ・故意に攻撃した者は区域外へ強制転移

 ・管理個体から譲渡された素材のみ持ち帰り可能

 ・余剰薬草との物品交換が可能


 『規則執行』

 ・迷宮による自動判定


 『現在の違反者』

 ・なし


 ____________________◇



「美咲さん。ここには、迷宮が決めた規則がある」


 美咲さんが、薬草畑へ向けていた足を止める。


「どのような規則ですか?」

「戦闘と無断採取は禁止。故意にこの区域に住む者を攻撃すれば、区域の外へ強制的に転移させられるって表示がある」


 試しに、腰にある白銀短剣へ触れる。

 区域から弾かれなかったので、装備を持ち込むこと自体は違反と判定されていないようだ。


「持ち帰れるのは、ここを管理する個体から譲られた素材だけで、余っている薬草と、俺たちが持ち込んだ物を交換することも可能みたいだ」

「勝手に採らず、相手と話して譲ってもらう場所なんですね」

「ああ、それで間違い無いと思うよ」


 これは探索者協会が定めた採取制限ではない。

 薬草庭園そのものが、入場者の行動を判定している。

 通信機を通じ、髙橋さんへ解析結果を伝える。


『承知しました。そのように、区域規則を記録します』


 短い返事のあと、探索レコーダーの一機が畑と水路を広く撮影し始めた。


「シズク、ユキ。薬草には勝手に触れちゃダメだぞ?」

「ぷるっ!」

「ぴるっ!」


 美咲さんも黄金短剣から手を離す。

 俺たちは畑の間に作られた石畳の道だけを通り、庭園の中を調べることにした。



 ◇



 最初の畑へ近付く。

 膝ほどの高さまで伸びた薬草には、丸い桃色の花が咲いていた。

 葉へ触れない距離から『解析鑑定』を発動させる。



 ◇____________________


 『上薬花草ハイ・ヒーリングリーフ


 『品質:S』

 『希少度:A+』

 『状態:生育良好』


 『用途』

 ・至高級回復薬ハイ・エクスポーションの原料


 『管理状態』

 ・薬草庭園の管理対象


 『採取権限』

 ・なし


 『推定買取価格:4,500,000円』


 ____________________◇



「品質S、希少度A+の上薬花草です」

『上薬花草……上級ダンジョンの最下層に生えてる薬草素材ですよ……』


 レコーダー越しに高橋さんの驚く声が聞こえる。


「希少な素材ですよね?」

『はい。国内でも確認例は極端に少ない素材です。……それがこんなに、畑一面に育っているとは……』


 上薬花草一本で四百五十万円だ。

 値段だけで、その希少性がわかる。

 だが、この場所では畑に生えている全てが、誰かの大切な管理物だ。


「ぷる……」


 シズクが、桃色の花へ顔を近付ける。

 美咲さんの肩から落ちないように身体を伸ばすだけで、触れようとはしなかった。


「いい匂いがするね」

「ぷるっ」


 ユキも隣から身体を伸ばす。

 純白の魔法盾と白銀鎧は、上薬花草へ当たらないように身体の近くへ集められていた。


「ぴるっ」


 二体は匂いだけを確かめ、素直に身体を戻した。



 ◇



 石畳の道を進むほど、薬草の種類が増えていく。


 銀色の毛に覆われた細長い葉。

 水面へ浮かぶ青い花。

 触れていないのに、一定の間隔で淡い光を放つ蔓草。


 どの植物にも、乾燥や病気の反応はなかった。

 土壌へ『解析鑑定』を向けても、栄養と魔力の偏りは見つからない。


「これだけ広い畑を、どうやって管理しているのでしょう?」

「水路の流れも区画ごとに調整されてる。少なくとも、一体だけで管理しているとは思えないな」


 水路の分岐には、小さな石の栓が置かれていた。

 表面には、柔らかな身体を何度も押し付けたような丸い跡が残されている。


 畑の土にも、人間の靴跡とは違う細い跡が続いていた。

 小さな何かが、何度も畝の間を往復している。


「スライムたちが、庭園を手入れしているんでしょうか?」

「名称どおりなら、そうだと思う」


 シズクが畑の奥へ向かって身体を伸ばす。


「ぷるるっ!」


 呼び掛ける声が、静かな庭園へ広がった。

 少し遅れてユキも続く。


「ぴるるっ!」


 すぐに返事はない。

 だが、徐々に、DFスライムの耳飾りから微かな感情が伝わってきた。


 驚き。

 警戒。

 そして、強い好奇心。


「近くに、スライムがいる」

「はい。こちらで耳飾りを通じて確認できました」

「あそこにいる。物陰から俺たちを見てるみたいだな」


 無理に探そうとはせず、同じ速度で石畳を進む。

 温室の前へ着くと、入り口の横に浅い水鉢が置かれていた。

 水鉢の底には、小さな葉と花びらが種類ごとに沈められている。


 その隣には、背の低い石棚。

 棚の上へ並ぶ乾燥薬草は、長さまで揃えられていた。


「本当に丁寧ですね」

「ああ。薬草を育てるだけじゃなく、使える状態にするところまで分かってる」


 奥にいる何かから、少しだけ警戒が薄れる。

 俺たちが薬草を採らず、観察するに留めているのを見ていたのかもしれない。

 やがて、石棚の裏側で小さな葉が揺れた。


「ぷる?」


 シズクが羽を止め、美咲さんの肩へ着地する。

 ユキも身体を傾けた。


 石棚の陰から、淡い緑色の身体が少しずつ姿を現す。


 シズクよりも一回り小さなスライムだった。

 透明感のある身体の中では、細い根のような光がゆっくりと巡っている。


 頭の上には、一枚の大きな葉の形をした結晶。

 葉の先から落ちた雫が、柔らかな身体の表面を滑っていった。


 小さなスライムは俺たちを順番に見たあと、シズクとユキへ身体を向ける。

 そして、恐る恐る身体を伸ばした。


「ぽるっ?」

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