112話「シズク、妖精スライムへ」
小さな青い身体が、祭壇へ向かって跳ねてくる。
「ぷる?」
シズクが美咲さんの肩から身体を伸ばした。
魔石スライムは石柱の内側へ入ると、俺たちから数メートル離れた場所で止まる。
以前に出会った個体は、俺たちの姿を見るとすぐに逃げ出した。
だが、目の前の魔石スライムから恐怖は感じない。
むしろ、シズクへ強い興味を向けている。
「攻撃しないで。敵意はないみたいだ」
「ぷるっ」
「ぴるっ」
雷光スライムと火焔スライムも、魔石スライムを止めようとはしない。
深い青色の身体へ『解析鑑定』を発動させた。
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『魔石スライム』
『分類:希少個体』
『危険度:D』
『性格:臆病』
『現在の状態』
・敵意:なし
・恐怖:なし
・逃走意思:なし
・関心対象:シズク
『特殊反応』
・進化共鳴:発動中
『共鳴対象』
・シズク
『現在の行動』
・魔石結晶の分離
・共鳴対象への譲渡
『補足』
・魔石結晶の分離による生命活動への影響なし
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「この魔石スライムは、シズクへ魔石結晶を渡そうとしています」
『討伐せずに、魔石結晶を入手できるのですか?』
「解析結果には、そう表示されています」
通信機へ答えると、魔石スライムがその場で小さく跳ねた。
身体の中にある星屑のような結晶が、一斉に明滅する。
「シズクの進化条件へ反応しているみたいです」
「ぷる……?」
シズクは自分のことだと分かっていないのか、身体を傾けた。
魔石スライムが、身体の一部を細く伸ばす。
敵意はない。
伝わってくるのは、シズクへ近付いてほしいという穏やかな期待だった。
「シズク。触れても大丈夫みたいだよ」
「ぷるっ」
美咲さんがシズクを祭壇へ下ろす。
シズクはゆっくりと魔石スライムへ近付き、伸ばされた身体へ触れた。
その瞬間、二体の間へ青い光が広がる。
「ぷる……!」
魔石スライムの内部を巡っていた結晶の一つが、少しずつ大きくなっていく。
親指ほどの大きさになると、青い身体の表面へ浮かび上がった。
魔石スライムが身体を震わせる。
青い結晶だけが柔らかな身体から離れ、シズクの前へ転がった。
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『進化共鳴:完了』
『魔石結晶』
・分離:成功
・譲渡対象:シズク
『魔石スライム』
・状態:良好
・生命活動:異常なし
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「ぷるっ!」
シズクが嬉しそうに身体を伸ばす。
魔石スライムも、一度だけ大きく跳ねた。
「シズクへ渡してくれたみたいですね」
「うん」
俺は魔石スライムへ頭を下げる。
「ありがとう。大切に使わせてもらうよ」
「ぷるるっ!」
シズクも青い身体へ向かって、何度も伸び縮みする。
魔石スライムは照れたように身体を小さくしたあと、来た道へ向かって跳ね始めた。
途中で一度だけ振り返る。
シズクが身体を伸ばすと、内部の結晶を輝かせてから暗い通路の奥へ消えていった。
祭壇には、譲られた魔石結晶が残されている。
拾い上げ、『解析鑑定』を発動させた。
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『魔石結晶』
『品質:A』
『希少度:A』
『推定買取価格:500,000円』
『対象:シズク』
『使用:可能』
『現在の進化段階における強化:2/3』
『使用後の強化:3/3』
『妖精スライム進化条件』
・四属性魔法を習得:4/4 達成
・魔石結晶による強化:使用後達成
・魔力操作を中級まで上昇:達成
『使用後』
・全進化条件達成
・妖精スライムへの進化可能
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「これで三個目です。使えば、妖精スライムへの進化条件が全てそろいます」
「本当ですか?」
「うん。魔力操作も中級まで上がっているから、残っていた条件は魔石結晶だけだったみたいだ」
「ぷるっ!」
シズクが、魔石結晶へ飛び付こうとする。
美咲さんが慌てて両手で受け止めた。
「シズク。今は試練を終えたばかりだから、地上で検査してからにしようね」
「ぷる……」
腕の中で、シズクが平たくなる。
「明日、身体と魔力に問題がなければ使えるよ」
「ぷるっ!」
すぐに元気を取り戻した。
『魔石結晶の譲渡についても、二機の探索レコーダーへ記録されています。保護ケースへ収め、本日は予定どおり帰還してください』
「分かりました」
魔石結晶を保護ケースへ入れ、魔法鞄へ収める。
雷光スライムが青白い雷を小さく揺らし、火焔スライムも炎を一度だけ大きくした。
「また来るよ」
「ぷるっ!」
「ぴるっ!」
俺たちは二体のスライムへ別れを告げ、第十四層への転移門へ戻った。
◇
翌日。
俺たちは、探索者協会本部の従魔検査室を訪れていた。
検査台の上にはシズク。
その隣では、左右に白銀鎧を浮かべたユキが、保護ケースの中にある魔石結晶を覗き込んでいる。
「ぴる……」
「ユキも気になるみたいだね」
「ぴるっ」
検査を担当する豹堂綾乃先生が、測定結果を確認した。
髙橋さんも、魔石スライムの新しい行動を記録するために立ち会っている。
「魔石結晶の成分は、以前使用した二個と一致しています」
豹堂先生が、手元の端末を俺たちへ向ける。
「シズクさんの体力と魔力も回復しています。使用して問題ありません」
「進化が始まっても大丈夫でしょうか?」
「検査室の設備は、魔力の急激な変化にも対応できます。進化後の状態が安定するまで、こちらで確認を続けましょう」
「分かりました」
美咲さんが、検査台の前へ立つ。
保護ケースから取り出された魔石結晶が、シズクの目の前へ置かれた。
「シズク。これを使えば、妖精スライムへ進化できるみたいだよ」
「ぷるっ!」
「進化したら、身体が少し変わるかもしれない。それでも使いたい?」
「ぷるるっ!」
迷いのない返事だった。
「それでは、始めます」
豹堂先生の合図を受け、美咲さんが魔石結晶をシズクへ近付ける。
シズクが身体を伸ばして触れた。
青い結晶が、柔らかな身体の中へ沈んでいく。
中心まで届いた瞬間、強い青色の光が検査室へ広がった。
「ぷる……!」
シズクの身体が大きく膨らむ。
内部を巡る魔力が増え、透明感のある身体へ何本もの青い光が走った。
やがて、魔石結晶が細かな粒子へ変わる。
全ての粒子がシズクの従魔核へ吸収された。
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『魔石結晶の使用を確認』
『対象』
・シズク
『基礎魔力量:倍加』
『魔石結晶による強化:3/3』
『妖精スライム進化条件』
・四属性魔法を習得:4/4 達成
・魔石結晶による強化:3/3 達成
・魔力操作を中級まで上昇:達成
『全進化条件:達成』
『進化意思の確認:待機中』
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「進化するには、シズク自身の意思が必要みたいです」
解析結果を伝える。
美咲さんは検査台へ目線を合わせ、シズクへ手を差し出した。
「シズク。妖精スライムへ進化したい?」
「ぷるっ!」
シズクが、美咲さんの手へ身体を押し付ける。
従魔核から伸びた青い光が、美咲さんとの契約を示す紋章へ流れ込んだ。
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『進化意思:確認』
『契約者』
・佐伯美咲
『契約従魔』
・シズク
『妖精スライムへの進化を開始』
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シズクの身体が、検査台からゆっくりと浮かび上がった。
頭上の結晶冠と黄金兜も一緒に上昇する。
青い身体を中心に、緑、赤、青、茶色の魔力が円を描くように巡り始めた。
風。
火。
氷。
土。
四つの光が一つに重なり、シズクの身体を包み込む。
「ぷるる……!」
背中に当たる部分から、淡い光が左右へ伸びた。
光は薄い結晶のような形へ変わり、二対の小さな羽を作り出す。
半透明な四枚の羽。
その内側を、四属性の光がゆっくりと巡っている。
シズクが一度だけ大きく身体を伸ばした。
周囲を包んでいた光が弾け、検査室へ柔らかな風が広がる。
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『進化:完了』
『個体名:シズク』
『契約者:佐伯美咲』
『進化前』
・魔法スライム
『進化後』
・妖精スライム
『状態:良好』
『魔力操作:中級』
『新規特性』
・妖精翼
・飛行
・四属性魔法の制御補助
・複合魔法の安定性上昇
『装備状態』
・結晶冠:正常
・黄金兜:正常
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「進化できました。妖精スライムです」
「シズク……!」
「ぷるるっ!」
シズクが四枚の羽を動かす。
小さな身体が宙へ浮かび、美咲さんの周囲を一周した。
だが、まだ飛ぶ動きには慣れていない。
「ぷるっ!?」
身体が大きく傾く。
床へ落ちるより先に、ユキの純白の魔法盾が下へ移動した。
「ぴるっ!」
シズクは白い盾へ柔らかく着地する。
そのまま美咲さんが両手で抱き上げた。
「ありがとう、ユキ」
「ぴるるっ!」
「シズクも、最初から高く飛ばないようにしようね」
「ぷる……」
少しだけ小さくなったものの、四枚の羽は嬉しそうに動いている。
「進化後の状態は安定しています」
豹堂先生が、測定器の数値を確認する。
「ただし、増えた魔力と新しい身体へ慣れる必要があります。本日の魔法使用は禁止。飛行の練習も、検査室を出たあとは行わないでください」
「ぷる……!」
今度こそ、シズクが平たくなった。
「明日から、少しずつ練習しよう」
「ぷるっ!」
美咲さんの腕の中で、シズクが元気よく身体を伸ばす。
その背中では、四枚の妖精翼が淡い光を放っている。
雷光スライムとの試練を越え、魔石スライムから三個目の魔石結晶を託されたシズクは、新しい姿へ、妖精スライムへと進化した。




