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112話「シズク、妖精スライムへ」


 小さな青い身体が、祭壇へ向かって跳ねてくる。


「ぷる?」


 シズクが美咲さんの肩から身体を伸ばした。

 魔石スライムは石柱の内側へ入ると、俺たちから数メートル離れた場所で止まる。


 以前に出会った個体は、俺たちの姿を見るとすぐに逃げ出した。

 だが、目の前の魔石スライムから恐怖は感じない。

 むしろ、シズクへ強い興味を向けている。


「攻撃しないで。敵意はないみたいだ」


「ぷるっ」

「ぴるっ」


 雷光スライムと火焔スライムも、魔石スライムを止めようとはしない。

 深い青色の身体へ『解析鑑定』を発動させた。



 ◇____________________


 『魔石(マナ)スライム』


 『分類:希少個体』

 『危険度:D』

 『性格:臆病』


 『現在の状態』

 ・敵意:なし

 ・恐怖:なし

 ・逃走意思:なし

 ・関心対象:シズク


 『特殊反応』

 ・進化共鳴:発動中


 『共鳴対象』

 ・シズク


 『現在の行動』

 ・魔石結晶の分離

 ・共鳴対象への譲渡


 『補足』

 ・魔石結晶の分離による生命活動への影響なし


 ____________________◇



「この魔石スライムは、シズクへ魔石結晶を渡そうとしています」


『討伐せずに、魔石結晶を入手できるのですか?』

「解析結果には、そう表示されています」


 通信機へ答えると、魔石スライムがその場で小さく跳ねた。

 身体の中にある星屑のような結晶が、一斉に明滅する。


「シズクの進化条件へ反応しているみたいです」

「ぷる……?」


 シズクは自分のことだと分かっていないのか、身体を傾けた。

 魔石スライムが、身体の一部を細く伸ばす。


 敵意はない。

 伝わってくるのは、シズクへ近付いてほしいという穏やかな期待だった。


「シズク。触れても大丈夫みたいだよ」

「ぷるっ」


 美咲さんがシズクを祭壇へ下ろす。

 シズクはゆっくりと魔石スライムへ近付き、伸ばされた身体へ触れた。

 その瞬間、二体の間へ青い光が広がる。


「ぷる……!」


 魔石スライムの内部を巡っていた結晶の一つが、少しずつ大きくなっていく。

 親指ほどの大きさになると、青い身体の表面へ浮かび上がった。


 魔石スライムが身体を震わせる。

 青い結晶だけが柔らかな身体から離れ、シズクの前へ転がった。



 ◇____________________


 『進化共鳴:完了』


 『魔石結晶』

 ・分離:成功

 ・譲渡対象:シズク


 『魔石スライム』

 ・状態:良好

 ・生命活動:異常なし


 ____________________◇



「ぷるっ!」


 シズクが嬉しそうに身体を伸ばす。

 魔石スライムも、一度だけ大きく跳ねた。


「シズクへ渡してくれたみたいですね」

「うん」


 俺は魔石スライムへ頭を下げる。


「ありがとう。大切に使わせてもらうよ」

「ぷるるっ!」


 シズクも青い身体へ向かって、何度も伸び縮みする。

 魔石スライムは照れたように身体を小さくしたあと、来た道へ向かって跳ね始めた。


 途中で一度だけ振り返る。

 シズクが身体を伸ばすと、内部の結晶を輝かせてから暗い通路の奥へ消えていった。


 祭壇には、譲られた魔石結晶が残されている。

 拾い上げ、『解析鑑定』を発動させた。



 ◇____________________


 『魔石結晶(マナクリスタル)


 『品質:A』

 『希少度:A』

 『推定買取価格:500,000円』


 『対象:シズク』

 『使用:可能』


 『現在の進化段階における強化:2/3』

 『使用後の強化:3/3』


 『妖精(フェアリー)スライム進化条件』

 ・四属性魔法を習得:4/4 達成

 ・魔石結晶による強化:使用後達成

 ・魔力操作を中級まで上昇:達成


 『使用後』

 ・全進化条件達成

 ・妖精スライムへの進化可能


 ____________________◇



「これで三個目です。使えば、妖精スライムへの進化条件が全てそろいます」

「本当ですか?」

「うん。魔力操作も中級まで上がっているから、残っていた条件は魔石結晶だけだったみたいだ」


「ぷるっ!」


 シズクが、魔石結晶へ飛び付こうとする。

 美咲さんが慌てて両手で受け止めた。


「シズク。今は試練を終えたばかりだから、地上で検査してからにしようね」

「ぷる……」


 腕の中で、シズクが平たくなる。


「明日、身体と魔力に問題がなければ使えるよ」

「ぷるっ!」


 すぐに元気を取り戻した。


『魔石結晶の譲渡についても、二機の探索レコーダーへ記録されています。保護ケースへ収め、本日は予定どおり帰還してください』

「分かりました」


 魔石結晶を保護ケースへ入れ、魔法鞄へ収める。

 雷光スライムが青白い雷を小さく揺らし、火焔スライムも炎を一度だけ大きくした。


「また来るよ」

「ぷるっ!」

「ぴるっ!」


 俺たちは二体のスライムへ別れを告げ、第十四層への転移門へ戻った。



 ◇



 翌日。

 俺たちは、探索者協会本部の従魔検査室を訪れていた。


 検査台の上にはシズク。

 その隣では、左右に白銀鎧を浮かべたユキが、保護ケースの中にある魔石結晶を覗き込んでいる。


「ぴる……」


「ユキも気になるみたいだね」

「ぴるっ」


 検査を担当する豹堂綾乃先生が、測定結果を確認した。

 髙橋さんも、魔石スライムの新しい行動を記録するために立ち会っている。


「魔石結晶の成分は、以前使用した二個と一致しています」


 豹堂先生が、手元の端末を俺たちへ向ける。


「シズクさんの体力と魔力も回復しています。使用して問題ありません」

「進化が始まっても大丈夫でしょうか?」


「検査室の設備は、魔力の急激な変化にも対応できます。進化後の状態が安定するまで、こちらで確認を続けましょう」

「分かりました」


 美咲さんが、検査台の前へ立つ。

 保護ケースから取り出された魔石結晶が、シズクの目の前へ置かれた。


「シズク。これを使えば、妖精スライムへ進化できるみたいだよ」

「ぷるっ!」


「進化したら、身体が少し変わるかもしれない。それでも使いたい?」

「ぷるるっ!」


 迷いのない返事だった。


「それでは、始めます」


 豹堂先生の合図を受け、美咲さんが魔石結晶をシズクへ近付ける。

 シズクが身体を伸ばして触れた。


 青い結晶が、柔らかな身体の中へ沈んでいく。

 中心まで届いた瞬間、強い青色の光が検査室へ広がった。


「ぷる……!」


 シズクの身体が大きく膨らむ。

 内部を巡る魔力が増え、透明感のある身体へ何本もの青い光が走った。


 やがて、魔石結晶が細かな粒子へ変わる。

 全ての粒子がシズクの従魔核へ吸収された。



 ◇____________________


 『魔石結晶の使用を確認』


 『対象』

 ・シズク


 『基礎魔力量:倍加』

 『魔石結晶による強化:3/3』


 『妖精(フェアリー)スライム進化条件』

 ・四属性魔法を習得:4/4 達成

 ・魔石結晶による強化:3/3 達成

 ・魔力操作を中級まで上昇:達成


 『全進化条件:達成』

 『進化意思の確認:待機中』


 ____________________◇



「進化するには、シズク自身の意思が必要みたいです」


 解析結果を伝える。

 美咲さんは検査台へ目線を合わせ、シズクへ手を差し出した。


「シズク。妖精スライムへ進化したい?」

「ぷるっ!」


 シズクが、美咲さんの手へ身体を押し付ける。

 従魔核から伸びた青い光が、美咲さんとの契約を示す紋章へ流れ込んだ。



 ◇____________________


 『進化意思:確認』


 『契約者』

 ・佐伯美咲


 『契約従魔』

 ・シズク


 『妖精(フェアリー)スライムへの進化を開始』


 ____________________◇



 シズクの身体が、検査台からゆっくりと浮かび上がった。


 頭上の結晶冠と黄金兜も一緒に上昇する。

 青い身体を中心に、緑、赤、青、茶色の魔力が円を描くように巡り始めた。


 風。

 火。

 氷。

 土。


 四つの光が一つに重なり、シズクの身体を包み込む。


「ぷるる……!」


 背中に当たる部分から、淡い光が左右へ伸びた。

 光は薄い結晶のような形へ変わり、二対の小さな羽を作り出す。


 半透明な四枚の羽。

 その内側を、四属性の光がゆっくりと巡っている。


 シズクが一度だけ大きく身体を伸ばした。

 周囲を包んでいた光が弾け、検査室へ柔らかな風が広がる。


 ◇____________________


 『進化:完了』


 『個体名:シズク』

 『契約者:佐伯美咲』


 『進化前』

 ・魔法(マジック)スライム


 『進化後』

 ・妖精(フェアリー)スライム


 『状態:良好』

 『魔力操作:中級』


 『新規特性』

 ・妖精翼

 ・飛行

 ・四属性魔法の制御補助

 ・複合魔法の安定性上昇


 『装備状態』

 ・結晶冠:正常

 ・黄金兜:正常


 ____________________◇



「進化できました。妖精スライムです」


「シズク……!」

「ぷるるっ!」


 シズクが四枚の羽を動かす。

 小さな身体が宙へ浮かび、美咲さんの周囲を一周した。

 だが、まだ飛ぶ動きには慣れていない。


「ぷるっ!?」


 身体が大きく傾く。

 床へ落ちるより先に、ユキの純白の魔法盾が下へ移動した。


「ぴるっ!」


 シズクは白い盾へ柔らかく着地する。

 そのまま美咲さんが両手で抱き上げた。


「ありがとう、ユキ」

「ぴるるっ!」


「シズクも、最初から高く飛ばないようにしようね」

「ぷる……」


 少しだけ小さくなったものの、四枚の羽は嬉しそうに動いている。


「進化後の状態は安定しています」


 豹堂先生が、測定器の数値を確認する。


「ただし、増えた魔力と新しい身体へ慣れる必要があります。本日の魔法使用は禁止。飛行の練習も、検査室を出たあとは行わないでください」

「ぷる……!」


 今度こそ、シズクが平たくなった。


「明日から、少しずつ練習しよう」

「ぷるっ!」


 美咲さんの腕の中で、シズクが元気よく身体を伸ばす。

 その背中では、四枚の妖精翼が淡い光を放っている。

 雷光スライムとの試練を越え、魔石スライムから三個目の魔石結晶を託されたシズクは、新しい姿へ、妖精スライムへと進化した。

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