110話「さりなとの特訓」
さりなへ模擬戦を頼んだ翌日。
俺たちは、探索者協会本部の訓練場に集まっていた。
床や壁には何重もの防護術式が施され、中央には模擬戦用の広い区画が設けられている。
向かい側に立つさりなが、星煌剣ではなく、模擬戦用の片手剣を肩へ載せた。
「最初の目標は、十分以内にウチへ一回触ることね〜」
「触るだけでいいんですか?」
「うん。武器でも魔法でも、ウチの防護膜へ届けば成功」
さりなの身体を、薄い星色の防護膜が包む。
「ウチのことは心配しなくていいから、四名で本気で来ていいよ〜」
「分かりました」
美咲さんが軽盾と黄金短剣を構える。
肩にはシズク。
俺の隣には、白銀鎧と純白の魔法盾を浮かべたユキがいる。
装備を譲ったばかりなので、美咲さんもシズクも、上昇した能力を完全には制御できていない。
俺も、新しい魔法靴の踏み込みへ慣れる必要があった。
「始めるよ〜」
さりなが、模擬戦用の片手剣を下ろす。
次の瞬間、目の前からさりなの姿が消えた。
「右です!」
美咲さんが反応し、さりなの動きに軽盾を合わせる。
甲高い音が響いた直後、美咲さんの身体が横へ弾き出された。
強く打たれたわけではない。
盾の角度へ剣を滑らされ、踏み込んだ勢いだけを利用された。
「ぷるっ!」
それを見ていたシズクが風弾を放つ。
さりなは身体を僅かに傾けただけで風弾を避け、勢いを落とさず俺へ迫ってくる。
魔法靴へ魔力を流し、こちらからも仕掛ける。
さりなを両断する勢いで、白銀短剣を一閃した。
だが、刃が届くより早く、さりなの手が俺の手首を捉える。
「っ……!」
握力が抜け、白銀短剣が床へ落ちる。
「ぴるっ!」
二枚の白銀鎧が左右からさりなを挟もうとする。
中央では、純白の魔法盾が俺の前を守っていた。
さりなは白銀鎧の間へ踏み込まず、一歩だけ後ろへ下がる。
次の瞬間には、ユキの背後へ回っていた。
「ぴるっ!?」
模擬戦用の剣先が、ユキの白銀鎧へ軽く触れる。
装甲の表面に、敗北判定を示す赤い光が灯った。
俺と美咲さんの装備にも、同じ赤い光が浮かんでいる。
シズクの黄金兜にも、遅れて赤い光が灯った。
「はい、ここまで〜」
開始から、十秒も経っていなかった。
◇
「今の動きで、直すところは分かったよ〜」
さりなが、床へ座った俺たちの前で指を一本立てる。
「ミサキちゃんは、羽靴で速くなった身体を止め切れてない。盾へ力を入れ過ぎてるから、流された時に立て直せなくなってる」
「はい……」
「リンくんは『解析鑑定』の結果を確認してから動こうとしてるんじゃない? 表示を待ってたら、相手はもう次の動きへ移ってるよ」
「おっしゃるとおりです」
否定できなかった。
解析結果へ意識を向けた一瞬に、手首を打たれている。
「シズクは、リンから指示されるまで魔法を選んでない。ユキは全員を守ろうとして、三つの装備を一度に動かし過ぎてるね〜」
「ぷる……」
「ぴる……」
シズクとユキが並んで小さくなる。
「落ち込まなくていいよ。今日の模擬戦は、できないことを見つけるためにやったんだから」
さりなが、楽しそうに笑う。
「一か月もあるからね、一つずつ直していこっか」
◇
最初の一週間は、装備へ身体を慣らすことから始まった。
美咲さんは羽靴による加速と停止を繰り返す。
短い距離。
長い距離。
方向転換を挟んだ踏み込み。
最後は、軽盾で攻撃を受け流しながら、狙った場所へ止まる。
最初は標的を通り過ぎることもあったが、三日目には黄金短剣を寸前で止められるようになった。
俺は『解析鑑定』を発動させたまま、表示を見ない訓練を行った。
相手の視線。
肩と腰の向き。
床を踏む足へ掛かった力。
先に自分で動きを予測し、そのあと解析結果と照らし合わせる。
「表示は答え合わせに使えばいいよ〜」
さりなは何度も攻撃を途中で変えた。
右から来ると見せ掛けて左へ。
剣を振るうと見せ掛け、足元へ踏み込む。
予測を外すたび、肩や手首へ模擬剣を当てられた。
それでも、一週間が終わる頃には、最初の一撃だけなら避けられるようになっていた。
シズクは、俺たちの指示を待たず、状況に合った属性を選ぶ練習を続ける。
風で軌道を変え、氷で足場を作る。
土で退路を塞ぎ、火の爆風で距離を取る。
二つの魔法を同時に維持しようとすると、最初は片方が崩れてしまった。
「ぷる……!」
「急がなくていいよ。先に小さな魔法を二つ作ってみよう」
美咲さんに励まされ、シズクは風の渦と氷の粒を同時に作る。
何度も失敗を重ねた末、氷の粒が風へ乗り、小さな渦となって標的を包んだ。
◇____________________
『個体名:シズク』
『新規習得』
・複合魔法:氷嵐
『魔力操作』
・中級
『効果』
・氷属性と風属性を同時制御
・範囲内の移動速度を低下
・継続時間中、細かな氷による損傷を与える
____________________◇
「できたね、シズク」
「ぷるるっ!」
美咲さんの腕へ飛び込み、嬉しそうに身体を押し付ける。
ユキは、三つの防具へ役割を分ける練習を行った。
白銀鎧の一枚で美咲さんを守る。
もう一枚を俺とシズクの間へ残す。
純白の魔法盾は、自分の正面。
全ての攻撃を追うのではなく、誰が避けられないのかを見て、防具を動かす。
「ぴるっ!」
三方向から放たれた模擬魔力弾のうち、一発だけを純白の魔法盾が受け止める。
反射された魔力弾は仲間のいない方向へ返され、壁の防護術式へ吸収された。
「今の判断、よかったよ」
「ぴるるっ!」
◇
訓練だけでは、迷宮の不規則な環境に対応できない。
さりなが別の調査へ出る日は、第五層から第十四層までを探索した。
第十一層の密林では、枝葉に遮られた視界の中で隊列を維持する。
第十二層の水没湿原では、俺が足場を解析し、美咲さんがシズクを抱えて先頭を進んだ。
第十三層の砂漠では、シズクの風と土で砂を防ぎ、ユキの白銀鎧が死角からの攻撃を受け流す。
第十四層の岩峡谷では、上空から襲う魔物の影と羽音を頼りに、攻撃が来る前に全員で位置を変えた。
黄金林檎を持ち出す日は、クラン専用保管庫で使用手続きを行う。
魔法鞄へ収納したままでも効果は発動し、通常より多くの魔核や魔石が残された。
協会から依頼された、希少区域の景色や環境素材なんかも、ドローンを通して情報を記録しておく。
その際、好戦的な個体を倒し、結晶飴も集めていった。
結晶飴を摂取し、医務課の豹堂先生に見てもらった後、採取した素材と討伐品は、協会へ提出する。
売却益は契約に従い、探索へ参加した俺たちの個人口座とクラン口座へ振り分けられた。
訓練用装備の整備費や消耗品代を差し引いても、個人資産とクラン資産は少しずつ増えていった。
ただ強くなるためだけに迷宮へ入るのではない。
食堂や探索者ストアを含め、クラン全体が活動を続けるための資金も、自分たちの手で確保していく。
◇
そして、修行を始めてから一か月。
最終日の模擬戦は、クランの共同アカウントを使って生配信することになった。
配信の告知を行ったのは、開始の一時間前。
それでも、訓練場へ四機の撮影魔導具が浮かぶ頃には、視聴者数が急速に増えていた。
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『生配信:ランキング一位・星川さりなさんとの一か月修行』
『最終模擬戦』
『勝利条件』
・制限時間十分以内に、星川さりなの防護膜へ有効打を与える
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『本当に生配信だ!』
『星川さりなが模擬戦に出るの?』
『リンたち、いつの間にランキング一位と修行してたんだよ』
『シズクの頭に黄金兜が増えてる!』
『ユキの正面にある白い盾は何!?』
撮影魔導具の一つが、俺たちの装備を順番に映していく。
さりなは一か月前と同じ模擬戦用の片手剣を持ち、訓練場の中央に立っていた。
「今日は、最初の日より少し速く動くよ〜」
「それでも、全力ではないんですよね?」
「もちろん。ウチが全力で動いたら、修行にならないからね〜」
『ですよね』
『安心したような、余計に怖いような』
『一か月前は何秒持ったんだ?』
「十秒も持ちませんでした」
『正直で草』
『そこから十分以内に一発当てるのか』
美咲さんが軽盾を構える。
俺は白銀短剣を抜き、さりなの足元へ視線を向けた。
「始めよっか」
開始を告げる音が鳴ると同時に、さりなが地面を蹴った。
姿が僅かに揺らぎ、美咲さんの正面へ現れる。
「っ!」
美咲さんが軽盾を斜めに構えた。
片手剣を正面から止めず、表面へ滑らせる。
さりなが横へ抜けようとするが、美咲さんも羽靴で加速し、離されずに追い縋った。
『ミサキ、ランク一位の動きについて行ってるよ……』
『いや、さりなが速度を合わせてるんじゃないか?』
『合わせてもらってても追えるのがおかしいだろ』
『一か月で何があったんだ』
さりなが剣を返す。
美咲さんの軽盾が弾かれた。
だが、美咲さんは力へ逆らわず、その場で身体を回転させる。
黄金短剣が、さりなの背中へ向かった。
届く寸前、さりなが身を沈める。
「シズク!」
「ぷるっ!」
待っていたシズクが、氷嵐を放った。
細かな氷を含んだ風が、さりなの左右と背後を包み込む。
逃げられるのは上か、俺のいる正面だけ。
さりなが上へ跳ぶより先に、俺は新しい魔法靴へ魔力を流した。
「はぁーッ!」
「おっと」
床を蹴り、斜め上へ白銀短剣を振るうが、さりなは読んでいたのか刃で防がれる。
重い衝撃が腕へ伝わる。
かなり重い斬撃だ。
それでも、離されないようについていく。
二撃、三撃と斬り結び、俺の剣閃に合わせ、さりなが大きく跳躍した。
「(右だ!)」
俺は解析で表示された、さりなの軌道を先回りし、地を蹴る。さりなが予想の通り、右奥へと着地した。
着地点は、動き出す直前に見ていた場所だった。
『リン、さりなの着地点へ先に動いた?』
『リンの動きが、生産支援職の動きじゃない件について』
コメントが流れる中、一つの名前が表示された。
豹堂姫乃:『リンさん、先手を制してる? 相手の動きが見えてるような印象を受けますね』
『豹堂姫乃!?』
『拳姫!?』
『ランカー三位まで見ている件について』
『姫乃さんが言うなら、本当に先読みしてるのか』
表示を見る余裕はない。
さりなが俺の動きに対応し、着地と同時に、小さな星色の魔力弾を作り出したからだ。
狙いは、俺の後方にいるシズク。
「ユキ!」
「ぴるっ!」
純白の魔法盾がシズクの前へ移動する。
星色の魔力弾が盾へ触れ、そのまま反射された。
さりなは簡単に避けられるはずだった。
だが、反射先には美咲さんがいる。
美咲さんが魔力弾を盾で受け流し、さりなへ軌道を変えた。
「へえ〜」
さりなが初めて、大きく一歩下がる。
ユキの二枚の白銀鎧が、左右から退路を狭めた。
「ぴるるっ!」
さりなは白銀鎧の上を跳び越えようとする。
その動きも、一か月前に見せられている。
「シズク、上へ風を!」
「ぷるっ!」
上空から吹き下ろす風が、跳躍の軌道を僅かに変える。
着地点へ美咲さんが踏み込んだ。
黄金短剣が、星色の防護膜へ触れる。
澄んだ音が、訓練場へ響いた。
◇____________________
『有効打:確認』
『経過時間』
・3分48秒
『目標達成』
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『当てたあああ!』
『四人の連携が綺麗すぎる』
『ユキが反射した魔力弾をミサキがもう一回流したのか』
『シズク、二属性を同時に使ってる!?』
『一か月前は十秒だったんだよな?』
美咲さんが黄金短剣を引き、さりなから距離を取る。
「届きました……」
「うん。目標達成だね〜」
さりなは防護膜へ触れた場所を確認し、笑顔を浮かべた。
「じゃあ最後に、今のウチがどこまで余力を残してたかも見せておくね」
「え?」
さりなの姿が消える。
次に見えた時には、模擬戦用の剣が美咲さんの軽盾へ触れていた。
美咲さんが振り向くより先に、シズクの黄金兜へ赤い光が灯る。
俺も白銀短剣を構え直したが、手首へ軽い衝撃を感じた。
ユキの三つの防具も、ほぼ同時に敗北判定を受ける。
僅か数秒。
俺たち全員の装備へ、赤い光が浮かんでいた。
『速っ!?』
『今まで本当に合わせてくれてたんだな……』
『一位の壁、厚すぎる』
『ミサキたちが弱いんじゃなくて、さりなが別格なんだろ』
「まだ、これでも全力じゃないよ〜」
『知ってた』
『知りたくなかった』
『ランキング一位怖すぎる』
さりなが、模擬戦用の片手剣を下ろした。
「でも、一か月前とは全然違う」
美咲さん、俺、シズク、ユキの順番に視線を向ける。
「ミサキちゃんは、もう一級探索者の域まで来てるね。リンくんも、今の戦い方なら上級探索者の中で十分やっていけると思うよ」
「俺の戦い方が、上級探索者にも通用するんですか?」
「うん。リンくんって、正式な役職は生産支援職だっけ?」
「はい。分類上はそうなってますね」
『いや、どう見ても戦闘職な件について』
『支援職はあんな風に動けないです』
『それな』
『多分だけど、戦闘系のスキルも持っているんじゃないかと思われる』
『やっぱそうだよな。短期間で強くなってるし『成長』のスキル持ちなのかな?』
『スキルの詮索はマナー違反だぞ』
『そうだった。ごめんなさい』
『謝れてえらい』
『謝れてえらい』
『えらい』
同じ言葉が並び、張り詰めていた肩の力が少し抜けた。
『成長』スキルを持っているという推測は外れているが、否定すれば、別の技能を詮索されるだけなので、俺はコメントには触れず、白銀短剣を鞘へ収めた。
マナーの良い視聴者さんが多くて助かる。
「にゃはは〜確かに生産支援職の動きじゃないねえ〜。でも、支援職でも最前線で活躍してる探索者はいるからね〜リンくんも頑張るのだ!」
『黒斧の事だな』
『アレはもはや生産支援職ではない』
『確か本業は鍛治師だっけ?』
『そう。でも、自分で作った武器の性能を確かめたいとかで、ダンジョンに潜り続けてる怪物探索者です』
『リンにはあんな風にはなってほしくない』
『同意』
『同意』
『筋肉ムキムキのリンなんて想像したくない』
『同意』
『同意』
どうやらものすごい強さの生産支援職の探索者がいるようだ。
コメント欄がその探索者の話題で盛り上がる中、さりなが、俺たち四人へと視線を戻す。
「リンくんはウチの動きを読んで、みんなが攻撃できる場所を作った。さっきの一撃も、リンくんが先に着地点を押さえたから、ミサキちゃんたちの動きがつながったんだよ〜」
「……ありがとうございます」
上級探索者の中でも戦える。
その評価を、まだ自分の実力として受け入れ切れない。それでも、一か月前には最初の一撃で落とした白銀短剣を、今日は目標を達成するまで握り続けることができた。
「私は、最後の動きを全く見切れませんでした」
美咲さんが、赤く光る軽盾を見下ろす。
「今は、それでいいよ〜。今日の目標は、ウチの速さを全部見切ることじゃない。四人で一回、防護膜へ届くことだったでしょ?」
「はい」
「それは、ちゃんと達成した。ミサキちゃんも一人で追い掛けずに、三人の攻撃が届くまでウチを止め続けた。そこが一番よかったよ〜」
「……ありがとうございます」
さりなが速度を一段上げた瞬間、俺たちは何もできなかった。
それでも、一か月前には十秒も持たなかった俺たちが、今日は四人の力で防護膜へ届いた。
シズクとユキからも、敗れた悔しさと、それ以上の誇らしさが伝わってくる。
「雷光スライムへ、もう一度挑んでも大丈夫だと思いますか?」
「うん。勝てるって約束はできないけど、今なら試練を受ける資格はあると思う」
「分かりました」
「ぷるっ!」
「ぴるっ!」
生配信を終了する。
明日は一日、身体と装備を休ませる。
その翌日。
俺たちは一か月ぶりに、第十五層の祭壇へ向かうことを決めた。




