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108話「純白の集落」


 『スライムの白銀城』を再調査してから、二日後。

 俺たちは、三つ目の希少区域『スライム達の古戦場』へ続く灰色の揺らぎの前に立っていた。


「ぴる……」


 ユキが俺の足元へ身体を寄せる。

 左右に浮かぶ白銀鎧も、普段より近い位置へ引き寄せられていた。

 ここは、俺たちがユキと出会った場所だ。


 黄金軍にも白銀軍にも加わらず、戦うことを拒んだユキは、両軍から傷付けられていた。

 あの時は『秘薬』で助けることができたが、魔核の亀裂がもう少し広がっていたら、間に合わなかったかもしれない。


「怖かったら、無理に入らなくてもいいんだよ」

「ぴる……」


 ユキは灰色の揺らぎを見つめる。

 しばらく動かなかったが、やがて小さく身体を伸ばした。


「ぴるっ」


 戻るつもりらしい。


「分かった。一緒に行こう」

「ぴるっ!」


「ぷるっ!」


 美咲さんの肩にいるシズクも、ユキを励ますように返事をする。

 頭上には、クラン用と調査課用のドローン型探索レコーダーが待機していた。

 髙橋さんと護衛職員は、希少区域の入口付近に残る。


『映像と音声を確認しました』


 通信機から、髙橋さんの声が聞こえる。


『今回の目的は、希少区域の再出現状況と生息個体数の確認です。黄金林檎の効果検証も、少数との戦闘に留めてください』

「分かりました」


 黄金林檎は、魔法鞄へ収めている。

 所持しているだけで効果を発揮するため、外へ出して持ち歩く必要はない。

 魔法鞄の中にある黄金林檎へ意識を向け、『解析鑑定』を発動させた。



 ◇____________________


 『黄金林檎』


 『状態』

 ・魔法鞄へ収納中

 ・所有判定:有効

 ・効果:発動中


 『検証項目』

 ・ドロップ品の獲得数

 ・希少品の発生有無

 ・効果倍率の変動


 ____________________◇



「魔法鞄へ収めた状態でも、効果は発動しています」

『承知しました。安全を優先して調査を進めてください』

「はい」


 俺たちは灰色の揺らぎへ触れた。

 一瞬だけ身体が浮き、周囲の景色が切り替わる。



 ◇



 空を覆う、厚い灰色の雲。

 亀裂の走った大平原には、折れた旗や砕かれた武器が今も残されていた。


 遠方では、黄金色と白銀色の光が何度もぶつかっている。

 黄金軍と白銀軍の戦いは、この古戦場が再び現れたあとも続いていた。


「ぴる……」


 ユキから、強い緊張が伝わってくる。

 それでも逃げようとはせず、俺の隣で遠くの戦場を見つめていた。


「両軍へは近付かず、外側から記録しましょう」

「そうだね。戦う意思のない個体も追わないようにしよう」


「ぷるっ」

「ぴるっ」


 二機の探索レコーダーが左右へ分かれ、古戦場の地形と生息個体を撮影する。

 俺たちは両軍の衝突地点を避け、崩れた城壁に沿って進んだ。


 十分ほど歩いた時、前方の瓦礫が弾け飛ぶ。

 現れたのは、四体のスライムだった。


 二体は黄金色の兜と槍を纏い、残る二体は白銀色の盾と短剣を浮かべている。

 ATスライムの耳飾りから、はっきりとした戦意が伝わってきた。


 四体へ『解析鑑定』を向ける。



 ◇____________________


 『黄金兵(ゴールデンソルジャー)スライム』


 『出現数:2』

 『危険度:C-』

 『所属:黄金軍』


 『ドロップ品』

 ・金魔核:100%

 ・金魔石:10%

 ・力の結晶飴:0.5%


 ____________________


 『白銀兵(シルバーソルジャー)スライム』


 『出現数:2』

 『危険度:C』

 『所属:白銀軍』


 『ドロップ品』

 ・白銀魔核:100%

 ・白銀魔石:10%

 ・銀光液:1%

 ・守りの結晶飴:0.5%


 ____________________◇



「黄金兵が二体、白銀兵が二体。全員、俺たちと戦うつもりだ」

「私が正面を受け持ちます」


 美咲さんが黄金短剣を抜き、前へ出る。

 黄金兵スライムが、左右から槍を突き出した。

 美咲さんは一体目の穂先を盾で受け流し、二体目の槍を黄金短剣で外側へ弾く。


「シズク、白銀兵の鏡像を消して!」

「ぷるっ!」


 シズクが放った風が、二体の白銀兵スライムを包み込む。

 左右へ生まれかけていた鏡像が揺らぎ、銀色の光となって消えた。

 その隙に、白銀兵スライムが短剣を構えたまま地面を滑る。


「ぴるっ!」


 ユキの白銀鎧が進路へ割り込んだ。

 半透明の装甲へ短剣が触れ、硬い音を響かせる。

 もう一枚の白銀鎧が反対側へ回り、白銀兵スライムの動きを挟むように止めた。


「ありがとう、ユキ!」

「ぴるるっ!」


 俺は羽靴で踏み込み、白銀短剣を突き出す。

 白銀兵スライムの身体を刃が貫き、内部にある白銀魔核を砕いた。


 隣では、美咲さんが黄金兵スライムの槍を盾で押し上げている。

 露出した金魔核へ黄金短剣を突き立て、一気に破壊した。


 残る二体が同時に跳ぶ。


「シズク、足元へ氷を!」

「ぷるっ!」


 青白い冷気が地面へ広がり、着地点を凍らせる。

 黄金兵スライムの槍が氷へ刺さり、白銀兵スライムも滑るように体勢を崩した。


 俺と美咲さんは左右へ分かれ、それぞれの魔核へ短剣を届かせる。

 二つの魔核が砕け、黄金色と白銀色の粒子が風へ流れた。


「怪我はなさそうだね」

「はい。動きも見切りましたし、このくらいの相手であれば問題ないですね」

「ぷるっ!」

「ぴるっ!」


 周囲から新たな敵意は感じない。

 戦闘跡へ残された素材を見て、美咲さんが目を見開いた。


「魔核の数が多いですね」


 金魔核が六個。

 白銀魔核も六個。

 さらに金魔石と白銀魔石が一個ずつ残されている。

 結晶飴や銀光液は出ていなかった。

 素材へ『解析鑑定』を発動させる。



 ◇____________________


 『黄金林檎・効果記録』


 『討伐個体』

 ・黄金兵スライム:2体

 ・白銀兵スライム:2体


 『金魔核』

 ・通常予測数:2個

 ・実際の獲得数:6個


 『白銀魔核』

 ・通常予測数:2個

 ・実際の獲得数:6個


 『効果確認』

 ・ドロップ品の獲得数増加:確認

 ・希少ドロップの発生:なし


 『判定』

 ・黄金林檎の効果発動を確認

 ・固定倍率:未確定

 ・追加検証:必要


 ____________________◇



「魔核は、どちらも通常予測の三倍です。ただ、毎回三倍になるとは断定できません」

『魔物や素材の種類によって、倍率が変動する可能性もあります』

「はい。希少品を確定させる効果もありません」


『一度目の検証としては十分です。これ以上、検証だけを目的とした戦闘を行う必要はありません』

「分かりました」


 素材を種類ごとの袋へ収める。

 調査を再開しようとした時、ユキが崩れた城壁の向こうへ身体を向けた。


「ぴる……?」


 伝わってきたのは、敵意への警戒ではない。


 戸惑い。

 懐かしさ。

 そして、何かを確かめたいという気持ちだった。


「ユキ。この先に、何かあるのか?」

「ぴる……」


 ユキが、ゆっくりと前へ跳ねる。

 数メートル進んだところで止まり、俺たちを振り返った。


「ぴるっ」


「案内してくれるみたいですね」

「うん。行ってみよう」



 ◇



 ユキは、崩れた城壁の間を迷わず進んでいく。

 初めて古戦場へ入った時には通らなかった道だ。


 地面へ散らばる黄金色や白銀色の武器を避け、戦場から遠ざかるように歩く。

 やがて周囲から、金属同士がぶつかる音も聞こえなくなった。


「ぴる……」


 ユキが立ち止まったのは、半分以上が地面へ埋もれた白い石壁の前だった。

 表面には、黄金軍と白銀軍の紋章が削り取られた跡がある。


 代わりに中央へ刻まれていたのは、寄り添う三体の白いスライムだった。

 ユキが紋章へ身体を触れさせる。


 白銀鎧の隙間から淡い光が流れ、石壁へ染み込んでいった。

 重い音を響かせながら、白い石壁が奥へ沈む。


 その先には、地下へ続く緩やかな坂道が現れていた。

 入口へ『解析鑑定』を発動させる。



 ◇____________________


 『スライム達の古戦場』


 『区域内集落』

 ・純白の集落


 『所属』

 ・黄金軍:非所属

 ・白銀軍:非所属


 『居住個体』

 ・純白スライム


 『現在の案内個体』

 ・ユキ


 『敵対反応』

 ・なし


 ____________________◇



「純白スライムたちが暮らす集落みたいだ」

「ユキと同じ種族ですね」

「うん。黄金軍にも白銀軍にも属さない、中立の集落だ」


 以前、傷付いたユキを解析した時に表示された『所属なし』という情報。

 あれは、ユキに同族がいないという意味ではなかった。


 黄金軍と白銀軍。

 そのどちらにも加わっていなかったという意味だったのだ。


「ぴるっ」


 ユキが坂道を下り始める。

 俺たちもあとへ続いた。



 ◇



 坂道の先へ広がっていたのは、白い岩に囲まれた小さな空間だった。

 天井を埋める淡い結晶が、月明かりのような光を落としている。


 浅い水場。

 白い苔に覆われた石造りの住居。

 崩れた武器や旗は、一つも見当たらない。

 その間を、雪のように白いスライムたちが静かに跳ねていた。


 数は多くない。

 見える範囲にいるのは、十体にも満たなかった。

 最初に俺たちへ気付いた小さな純白スライムが、驚いたように物陰へ隠れる。


 だが、ユキの姿を見ると、恐る恐る身体を覗かせた。


「ぴる……?」


「ぴる?」


 ユキも、同じ鳴き声を返す。


 一体。

 また一体と、純白スライムたちが集まってきた。

 ユキの白銀鎧を不思議そうに見上げ、白い身体の先端を伸ばして触れていく。


「ぴるっ」

「ぴるるっ!」

「ぴるっ!」


 ユキは最初こそ戸惑っていた。

 それでも、同族から敵意がないと分かると、白銀鎧を小さく揺らしながら集落の中を跳ね始めた。

 ATスライムの耳飾りを通じて、驚きと喜びが次々と伝わってくる。


「ユキのことを知っている個体もいるみたいだ」

「無事に戻ってきたことを、喜んでいるんですね」


「ぷるっ!」


 シズクも純白スライムたちの輪へ加わる。

 身体の色は違っても、同じスライム同士だ。

 小さな身体を触れ合わせる姿を見ていると、古戦場の中にいることを忘れそうになる。


 やがて、集落の奥にある白い石造りの住居から、一体の大きな純白スライムが姿を現した。

 通常の純白スライムより二回りほど大きい。


 身体の内部には、細かな白い光がゆっくりと巡っている。

 頭上には装備ではなく、身体の一部らしい冠状の結晶が伸びていた。


 周囲の純白スライムたちが道を空ける。

 大きな個体へ『解析鑑定』を発動させた。



 ◇____________________


 『純白の長老スライム』


 『種族』

 ・純白スライム

 ・長老個体


 『役割』

 ・純白の集落を保護

 ・黄金軍及び白銀軍からの避難を指揮


 『立場』

 ・中立


 『現在の感情』

 ・ユキの帰還への安堵

 ・一城陸斗たちへの感謝


 『敵対反応』

 ・なし


 ____________________◇



「この集落の長みたいだ」


 純白の長が、俺たちの前まで進んでくる。

 ユキも仲間の輪から離れ、俺の足元へ戻ってきた。


「ぴるっ」


 純白の長へ向かい、白銀鎧を広げる。

 何かを伝えるように、身体を何度も伸び縮みさせていた。


 純白の長から、深い安堵が伝わってくる。

 続いて俺と美咲さん、シズクへ向けられたのは、温かな感謝だった。


「ユキを助けたことへの、お礼みたいです」

「俺たちも、ユキに何度も助けてもらっています」


「ぴるるっ!」


 ユキが強く身体を伸ばす。

 純白の長は、左右に浮かぶ白銀鎧へ視線を向けた。


 装甲へ身体の一部を触れさせる。

 火焔スライムや湿原王鰐の攻撃を受けた跡は修理されているが、ユキが仲間を守ってきた記録までは消えていない。


 純白の長から、驚きと誇らしさが伝わってきた。

 やがて長は身体を反転させ、集落中央にある白い石台へ向かう。


 石台の上には、円形の白い装備が置かれていた。

 盾の中央には、身体を寄せ合う純白スライムの紋章が刻まれている。


 純白の長が石台へ触れると、円形の盾が音もなく浮かび上がった。

 盾はユキの前まで移動し、静かに止まる。


「ユキへ、渡したいみたいだ」

「ぴる……?」


 ユキが自分を指すように身体を傾ける。

 純白の長が、ゆっくりと一度だけ伸びた。


「ぴるっ!」


 ユキが盾へ身体を触れさせる。

 純白の光が広がる前に、『解析鑑定』を発動させた。



 ◇____________________


 『純白の魔法盾』


 『品質:S』

 『希少度:S』

 『推定買取価格:250,000,000円』


 『分類』

 ・スライム系従魔専用装備

 ・正面浮遊型魔法盾


 『効果』

 ・魔法攻撃軽減

 ・防御対象追従

 ・反射(リフレクト)


 『反射』

 ・魔法盾で受けた魔法攻撃を攻撃者へ反射

 ・反射時、装備者の魔力を消費

 ・反射可能な威力は、装備者の魔力及び盾の許容量に依存

 ・許容量を超えた魔法攻撃は完全反射不可


 『装備適性』

 ・ユキ:適性あり


 『併用可能装備』

 ・白銀鎧


 ____________________◇



「S級の従魔装備……」

『解析結果を教えてください』


 通信機から、髙橋さんの声が聞こえる。


「名称は『純白の魔法盾』。推定買取価格は2億5000万円です」

『2億5000万円……』


「魔法攻撃を反射する効果があります。ただし、ユキの魔力と盾の許容量を超えた攻撃は完全には反射できません」

『白銀鎧との併用は可能ですか?』


「はい。装備部位が違うため、重複して装備できます」


 純白の長が、盾をユキへ近付ける。

 ユキがもう一度触れると、円形の盾が白い光へ変わった。


 光はユキの身体を一周し、正面へ集まる。

 白銀鎧は左右に残ったまま。


 その中央へ、ユキの身体より一回り大きな純白の円盾が浮かび上がった。


「ぴる……!」


 ユキが右へ傾く。

 純白の魔法盾も右へ。


 ユキが跳ねると、白銀鎧と共に遅れることなく付いてくる。


「三つとも、問題なく動いてる」

「ぴるるっ!」


 ユキが嬉しそうに集落の中を一周する。

 純白スライムたちも、盾を身に着けたユキを追うように跳ねていた。


 純白の長が小さな白い光球を作り出す。

 攻撃する意思は感じない。

 装備の使い方を、ユキへ教えようとしているらしい。


「ユキ。盾で受けてみよう」

「ぴるっ!」


 白い光球が、ゆっくりとユキへ向かう。

 ユキが身体を伸ばすと、純白の魔法盾が正面へ移動した。


 光球が盾へ触れる。

 次の瞬間、白い光が弾け、飛んできた軌道をそのまま戻っていった。

 純白の長は僅かに身体を傾け、戻ってきた光球を受け止める。



 ◇____________________


 『純白の魔法盾』


 『反射:成功』

 『装備状態:良好』

 『白銀鎧との干渉:なし』


 ____________________◇



「できたよ、ユキ」

「ぴる……?」


 一瞬、何が起きたのか分かっていなかったらしい。

 自分の盾と純白の長を交互に見たあと、ユキが大きく跳ねた。


「ぴるるっ!」


「ぷるるっ!」


 シズクも一緒になって喜んでいる。

 左右の白銀鎧で仲間を守り、正面の純白の魔法盾で魔法を反射する。


 まだ支援魔法も回復魔法も覚えていない。

 それでもユキは、自分にできる方法で俺たちを守り続けてきた。

 純白の長は、その姿を認めて盾を託してくれたのだと思う。


「ありがとうございます。大切に使います」


 俺が頭を下げると、美咲さんも隣で続く。

 純白の長から、穏やかな信頼が伝わってきた。


 集落の純白スライムたちも、ユキの周囲へ集まっている。

 離れ難そうに身体を寄せる個体もいた。


「ユキ。また、この場所へ来よう」

「ぴる?」


「今度は、もっとゆっくり皆に会いに来よう」

「ぴるっ!」


 ユキが同族たちへ身体を向ける。


「ぴるるっ!」


 集落のあちこちから、同じ鳴き声が返ってきた。


 初めて古戦場へ来た日。

 俺たちは、傷付き、一人で震えていたユキを外へ連れ出した。


 そして今日。

 古戦場へ戻ってきたユキは、自分の足で故郷への道を進み、同族のもとへ俺たちを案内してくれた。


 左右には白銀鎧。

 正面には、純白の魔法盾。

 新しい装備を浮かべたユキと共に、俺たちは純白の集落をあとにした。

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