105話「第十六層へ進む資格」
宝物殿を出ると、火焔スライムは来た道とは反対の方向へ跳ね始めた。
数メートル進んだところで止まり、俺たちを振り返る。
ATスライムの耳飾りから伝わってくるのは、先ほどと同じ好意と、何かを見せたいという期待だった。
「まだ案内したい場所があるみたいだ」
「宝物殿とは、別の場所ですか?」
「そこまでは分からないけど、付いてきてほしいみたいだよ」
「ぷるっ!」
「ぴるっ!」
シズクとユキも、火焔スライムへ返事をする。
俺たちは火焔スライムのあとを追い、第十五層の奥へ向かった。
二機の探索レコーダーも、一定の距離を保ちながら付いてくる。
『皆さんの体調に、異常はありませんか?』
通信機から、髙橋さんの声が聞こえた。
「怪我はありません。ただ、シズクの魔力と、ユキの白銀鎧は少し消耗しています」
『新たな戦闘が必要となった場合は、無理をしないでください』
「分かりました」
火焔スライムとの試練は終わっている。
それでも、危険度A+の個体を相手に動き続けた疲労は残っていた。
特に、炎を何度も受け止めた白銀鎧は、表面に僅かな曇りが見える。
ユキ自身に怪我はないが、続けて強敵と戦わせるべきではない。
◇
火焔スライムに案内されたのは、白い石柱が並ぶ場所だった。
巨大な石柱が円形に配置され、その中央には広い祭壇が造られている。
床へ刻まれているのは、王冠を載せたスライムの紋章。
紋章から放射状に伸びた線が、周囲の石柱まで続いていた。
「第十五層の中央部でしょうか?」
「位置だけなら、その可能性が高いと思う」
火焔スライムが、石柱の手前で止まった。
それ以上は進まず、祭壇の中央へ身体を向けている。
「ぷる……」
美咲さんの肩にいるシズクが、ゆっくりと身体を伸ばす。
祭壇の中央には、一体のスライムがいた。
大きさは、火焔スライムと変わらない。
白金色の身体。
その周囲を、青白い雷が絶え間なく走っている。
小さな身体が動くたび、石床へ雷が落ち、乾いた音を響かせた。
「シズク。近付き過ぎないでね」
「ぷるっ」
シズクから伝わってくるのは、恐怖よりも好奇心だった。
今まで見たことのない雷の魔力へ、強い興味を持っているらしい。
ユキは俺の足元へ寄り、白銀鎧を身体の近くへ引き戻していた。
「ぴる……」
「大丈夫。すぐに戦うつもりはないからな」
白金色のスライムから、敵意は感じない。
火焔スライムと同じように、俺たちの力量を測ろうとする静かな意識だけが向けられていた。
祭壇と白金色のスライムへ、『解析鑑定』を発動させる。
◇____________________
『第15層・階層守護個体』
『雷光スライム』
『危険度:A+』
『属性:雷・光』
『役割』
・第16層への進行適性を判定
・先行攻略者へ試練を実施
・力量不足と判断した者の進行を阻止
『試練内容』
・戦闘能力
・連携能力
・防御能力
・判断能力
・継戦能力
・スライム系従魔との信頼関係
『推奨戦力』
・上級探索者相当:2名以上
・利用資格を持つスライム系従魔:1体以上
『現在の戦力評価』
・佐伯美咲:上級探索者相当・達成
・一城陸斗:中級探索者相当・未達成
・シズク:利用資格あり
・ユキ:利用資格あり
『推奨戦力達成状況』
・1/2
『現在の挑戦』
・挑戦可能
・攻略非推奨
『補足』
・雷光スライムの討伐は不要
・挑戦を見送った場合も再挑戦可能
____________________◇
「第十五層の階層守護個体です」
『解析結果を教えていただけますか?』
「名前は雷光スライム。危険度はA+です。第十六層へ進む者の実力を確認するための試練を行います」
髙橋さんへ、表示された内容を伝える。
「推奨戦力は、上級探索者相当の人が二人以上。今の俺たちは、一人分しか満たしていません」
『佐伯さんだけが、条件を満たしているのですね』
「はい。俺は、まだ中級探索者相当と表示されています」
迷宮が、探索者協会の登録階級を確認しているわけではない。
『解析鑑定』が、雷光スライムの試練に必要な力を、俺に分かりやすい探索者階級へ置き換えて表示しているのだと思う。
そのため、正式な探索者証だけを用意しても意味はないかも知れない。
必要なのは、本当に第十六層を進めるだけの力があるのか、それが試されるのではないだろうか。
「挑戦自体はできるみたいです」
「ですが、今は推奨されていないんですね」
美咲さんが、祭壇にいる雷光スライムを見る。
白金色の小さな身体から、青白い雷が石床へ流れている。
「陸斗さんは、どうしたいですか?」
「今日は挑戦しないよ」
そう言って俺は首を振る。
迷う必要はなかった。
「火焔スライムにも勝てなかった。それに、シズクとユキも消耗してる。この状態で、同じ危険度A+の雷光スライムへ挑むべきじゃないと思う」
「私も賛成です」
「ぷる……」
「ぴる……」
シズクとユキが、少しだけ身体を縮める。
「諦めるわけじゃないよ。足りない力を付けて、もう一度来よう」
「ぷるっ!」
「ぴるっ!」
シズクとユキが元気よく身体を伸ばす。
俺たちの会話を聞いていた雷光スライムが、その場で小さく跳ねた。
青白い雷が祭壇の床を走る。
雷は俺たちへ向かわず、奥にある石造りの門へ流れ込んだ。
門の内側へ、蒼銀色の光が浮かび上がる。
だが、光は薄く、向こう側の景色も見えない。
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『第16層への転移門』
『状態』
・封印中
『封印解除条件』
・雷光スライムの試練を達成
『現在の挑戦権』
・保有
『再挑戦』
・制限なし
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数秒後、蒼銀色の光が消える。
雷光スライムは、再び祭壇の中央へ身体を戻した。
怒りや失望は感じない。
むしろ、俺たちの判断を静かに受け入れているようだった。
火焔スライムからも、僅かな満足が伝わってくる。
無理に挑むことだけが、勇気ではない。
次に進める力がないと分かったなら、一度戻って準備する。
雷光スライムは、その判断も見ているのかもしれない。
「条件を満たしたら、また来るよ」
雷光スライムが、青白い雷を小さく揺らした。
◇
第十四層へ戻ると、髙橋さんと護衛職員が転移門の前で待っていた。
「お帰りなさい」
「ただいま戻りました」
「ぷるっ!」
「ぴるっ!」
髙橋さんは全員の無事を確認すると、調査課用の探索レコーダーから記録媒体を取り外した。
「雷光スライムへ挑戦しなかった判断は、適切だったと思います」
「ありがとうございます」
「火焔スライムとの試練を終えた直後でしたからね。まずは装備と体調を確認しましょう」
美咲さんが軽盾を外す。
俺も、白銀短剣と魔鋼短剣を鞘ごと外した。
ユキの白銀鎧についても、探索者ストアで確認してもらう必要がある。
「髙橋さん。相談があります」
「何でしょうか?」
「以前発見した希少区域を、もう一度調査させてもらえませんか?」
「スライムの黄金郷などですか?」
「はい」
俺たちがこれまでに発見した、三つの希少区域。
『スライムの黄金郷』
『スライムの白銀城』
『スライム達の古戦場』
それぞれの区域では、黄金や白銀の結晶飴を入手している。
「結晶飴を使えば、身体能力を伸ばすことができます。ただ、強くなるためだけに希少区域へ入っていいのか、確認しておきたいです」
髙橋さんが、少し考えるように携帯端末を見る。
「三つの希少区域については、まだ再出現間隔や生息数の回復速度を十分に確認できていません」
「追加調査が必要なんですか?」
「はい。『希少区域特別調査・採取契約』の対象に含めることは可能です」
髙橋さんが、その場で過去の調査記録を呼び出す。
「ただし、継続的な討伐によって生息数が減少しないか、慎重に確認する必要があります」
「戦う意思のない個体は狙いません」
ATスライムの耳飾りがあれば、スライムの感情を感じ取ることができる。
「逃げる個体や、怖がっている個体も追いません。襲ってくる個体か、戦いを望んでいる個体だけを相手にします」
「その方針であれば、調査計画を作成できます」
髙橋さんが頷く。
「取得した結晶飴については、これまでどおり医務課の管理基準を守ってください」
「一日に一個までですね」
「はい。摂取後は、必ず能力測定と動作確認を行ってください」
「分かりました」
火焔スライムにも勝てなかった。
雷光スライムの試練を受ける力も、まだ足りない。
だからこそ、以前発見した希少区域を改めて調べる。
ただ結晶飴を集めるだけではない。
再出現するスライムの数。
区域内の環境。
希少素材が再び得られるのか。
協会へ必要な情報を提供しながら、自分たちも次へ進む力を身に付ける。
「最初は、一層の『スライムの黄金郷』から行こうかと思います」
「承知しました。出現予測を確認し、調査日を決めましょう」
「ぷるっ!」
「ぴるっ!」
探索者になった初日。
鉄ナイフ一本を持ち、たった一人で足を踏み入れた黄金色の草原。
今度は、美咲さん、シズク、ユキと一緒に、あの場所へ戻ることになった。




