104話「火焔スライムの証」
火焔スライムの小さな身体を中心に、巨大な炎が立ち上る。
四本の炎脚。
鋭く伸びた炎爪。
大きく開かれた口。
火焔スライムを包む炎が、獣のような姿へ変わっていた。
まるで、炎の精霊獣だ。
試練場の外側では、クラン用と調査課用の探索レコーダーが俺たちへ映像を向けている。
『火焔スライムの魔力が、急激に上昇しています』
通信機から、髙橋さんの声が聞こえた。
『危険だと判断した場合は、すぐに試練を中止してください』
「分かりました」
火焔スライムへ『解析鑑定』を発動させる。
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『火焔スライム』
『危険度:A+』
『現在の状態』
・戦闘意思:あり
・敵意:なし
・出力制限:発動中
・試練参加者への致命攻撃:禁止
『試練の終了条件』
・試練参加者が敗北を認める
・火焔スライムが力量を認める
・試練続行不能と判断される
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俺たちを殺すつもりはない。
それでも、危険度A+の強さがなくなったわけではなかった。
「美咲さんが正面。俺は火焔スライムの動きを見る」
「分かりました」
「シズクは、最初に氷を使ってみよう」
「ぷるっ!」
「ユキは、全員を守ってくれる?」
「ぴるっ!」
美咲さんが軽盾を構え、前へ出る。
右手に握っているのは、黄金短剣ではなくスライムの短剣だ。
炎を纏う相手へ、『火傷』を付与する黄金短剣が有効とは限らない。
火焔スライムが身体を沈めた。
「来ます!」
美咲さんの声と同時に、巨大な炎の獣が地面を蹴った。
試練場の石床が赤く染まる。
美咲さんが軽盾を斜めに構えた。
炎の前脚が、軽盾へ振り下ろされる。
「くっ……!」
直接触れていない。
それでも、炎から生じた衝撃によって、美咲さんの身体が後方へ押し戻された。
軽盾の表面から、白い煙が上がる。
「美咲さん!」
「大丈夫です! 熱は伝わりましたが、火傷はしていません!」
火焔スライムが、再び身体を沈める。
「シズク、氷槍!」
「ぷるるっ!」
シズクの前へ、青白い魔力が集まった。
放たれた氷槍が、炎の獣へ突き刺さる。
氷と炎がぶつかり、大量の白い蒸気が広がった。
炎の勢いは僅かに弱まった。
だが、氷槍は火焔スライムの身体へ届く前に溶かされている。
「魔法一発では消せないか……」
蒸気の向こうで、小さな赤い影が動いた。
「右へ来る!」
美咲さんへ声を掛ける。
直後、火焔スライムが蒸気の中から飛び出した。
普通のスライムと変わらない大きさ。
だが、その速度は今まで戦ったどのスライムよりも速い。
美咲さんが軽盾を向けるより先に、火焔スライムが足元へ潜り込む。
炎の尾が、横薙ぎに振るわれた。
「ぴるっ!」
ユキの白銀鎧が、二人の間へ割り込む。
半透明な装甲へ炎の尾がぶつかった。
衝撃によって、白銀鎧が大きく揺れる。
表面へ赤い光が広がったものの、炎は装甲の向こうまで届かなかった。
「ありがとう、ユキ!」
「ぴるるっ!」
もう一枚の白銀鎧が移動し、火焔スライムを横から押さえようとする。
火焔スライムは小さく跳ね、装甲の上へ着地した。
「ぴる?」
ユキが驚いたように身体を伸ばす。
火焔スライムは白銀鎧を足場にして、さらに高く跳んだ。
上空で身体を回転させる。
周囲へ炎の球が作り出された。
「全員、離れて!」
複数の火球が、試練場へ降り注ぐ。
俺と美咲さんは左右へ分かれた。
「シズク、風で火球を逸らして!」
「ぷるっ!」
シズクが放った風によって、正面へ落ちてきた火球の軌道が僅かに変わる。
地面へ着弾した火球が弾け、熱風が広がった。
残る火球が、シズクへ迫る。
「ぴるるっ!」
ユキが白銀鎧を重ね、シズクと美咲さんの前へ移動させた。
火球が半透明な装甲へぶつかる。
一つ。
二つ。
白銀鎧が炎を受けるたび、表面の赤い光が強くなっていく。
「ユキ。無理に全部受けなくていい!」
「ぴるっ!」
白銀鎧が傾き、三つ目の火球を上空へ受け流した。
火焔スライムが地面へ着地する。
炎の獣が再び形を取り戻した。
まだ、息を整える様子すらない。
「危険度A+……」
出力を抑えているはずなのに、俺たちは攻撃を防ぐだけで精一杯だった。
「陸斗さん。近付く方法はありますか?」
「炎を一度に消すのは難しいと思う。シズクの氷で弱めて、風で開いた場所を広げよう」
「その間、私が火焔スライムを引き付けます」
「危なくなったら、すぐに離れて」
「はい」
美咲さんが軽盾を構え直す。
「シズク。氷槍を一発だけ、火焔スライムの正面へ」
「ぷるっ!」
「そのあと、同じ場所へ風弾をお願い」
「ぷるるっ!」
「ユキは、白銀鎧で逃げ道を狭めてくれる?」
「ぴるっ!」
火焔スライムが、俺たちを待つように身体を揺らしている。
「行こう!」
美咲さんが正面から走る。
炎の獣が前脚を振り上げた。
美咲さんは軽盾で受けず、身体を沈めて攻撃の下を抜ける。
炎の熱が髪を揺らした。
そのままスライムの短剣を振るう。
火焔スライムが後ろへ跳び、刃を避けた。
「今です、シズク!」
「ぷるっ!」
氷槍が、火焔スライムの正面へ落ちる。
赤く熱されていた石床が凍り付き、炎の獣の右側が白い蒸気へ変わった。
「ぷるるっ!」
続けて放たれた風弾が、蒸気と炎を左右へ吹き飛ばす。
火焔スライムの小さな身体が見えた。
「ぴるっ!」
二枚の白銀鎧が、火焔スライムの左右へ移動する。
身体を挟むのではなく、逃げられる方向を限定するように角度を変えた。
火焔スライムが跳ぶ。
だが、進路には白銀鎧がある。
僅かに動きが止まった。
「今なら届く!」
羽靴へ魔力を流し、地面を蹴る。
白銀短剣を、火焔スライムへ向かって振るった。
火焔スライムの周囲へ、薄い炎の膜が作られる。
「『腐食』!」
白銀短剣から黒銀色の光が広がった。
炎の膜へ黒い染みが生まれる。
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『腐食:有効』
『火焔外装:劣化』
『効果時間:2.7秒』
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「美咲さん!」
「はい!」
美咲さんが、黄金短剣へ持ち替える。
火焔スライムの反対側へ回り込み、黒く濁った炎の膜へ刃を振り下ろした。
「『粉砕』!」
黄金短剣から放たれた魔力が、劣化した炎の膜へ流れ込む。
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『金銀共鳴:発動』
『腐食効果:増幅』
『粉砕効果:増幅』
『火焔外装:一部破壊』
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火焔スライムを守っていた炎の一部が弾ける。
赤い身体の中央にある魔核が、僅かに見えた。
「届く!」
白銀短剣の『加速』を発動させる。
美咲さんも、黄金短剣を構え直した。
二本の短剣が、左右から火焔スライムへ迫る。
その瞬間。
火焔スライムの身体が、白く輝いた。
「っ……!」
周囲の炎が一気に圧縮される。
次の瞬間、火焔スライムを中心に、強い衝撃が広がった。
「ぴるるっ!」
ユキの白銀鎧が俺と美咲さんの前へ移動する。
二枚の装甲を重ねても、衝撃を止めることはできなかった。
俺たちの身体が後方へ押し飛ばされる。
羽靴で体重を軽くし、空中で体勢を立て直す。
着地した時には、火焔スライムの炎が完全に戻っていた。
「傷一つ付いてない……」
火焔スライムが身体を沈める。
姿が消えた。
「速い!」
俺の『解析鑑定』にも、一瞬しか反応が映らない。
次に火焔スライムが現れたのは、シズクの目の前だった。
「ぷるっ!?」
「シズク!」
美咲さんが、火焔スライムとシズクの間へ入る。
俺も羽靴で地面を蹴った。
ユキの白銀鎧が、左右からシズクを包み込む。
火焔スライムの周囲で、炎が膨らんだ。
だが、攻撃は放たれない。
小さな身体が方向を変え、今度はユキへ向かう。
「ユキ、下がって!」
「ぴるっ!」
白銀鎧をシズクの前へ残したまま、ユキが後方へ跳ぶ。
俺と美咲さんも、火焔スライムを追った。
その時には、既に俺たちの隊列が崩れている。
試練場の中央へ戻った火焔スライムが、一度だけ大きく跳ねた。
石床から、円形の炎が立ち上る。
俺の周囲。
美咲さんの周囲。
シズクとユキの周囲。
それぞれを囲むように、炎の輪が作られていた。
少しでも動けば、装備へ炎が触れる。
火焔スライムは、中央から俺たちを見ている。
炎の獣は消えていない。
それどころか、最初よりも大きく見えた。
◇____________________
『現在の戦況』
『試練参加者』
・行動範囲:制限
・連携:中断
・火焔スライムへの有効打:なし
・戦闘継続:非推奨
『火焔スライム』
・出力制限:継続中
・戦闘余力:十分
____________________◇
完敗だった。
火焔スライムは、最後まで本気を出していない。
それでも、俺たちは動きを封じられている。
「……俺たちの負けだ」
白銀短剣を鞘へ収める。
「試練を終わりにしてほしい」
美咲さんも、黄金短剣を下ろした。
シズクとユキが、火焔スライムへ身体を向ける。
「ぷる……」
「ぴる……」
火焔スライムが、その場で一度だけ跳ねた。
俺たちを囲んでいた炎の輪が消える。
巨大な炎の獣も崩れ、小さな火の粉となって火焔スライムの身体へ戻っていった。
◇____________________
『火焔スライムの試練』
『戦闘結果』
・試練参加者:敗北
・火焔スライム:勝利
『試練評価』
・戦闘能力:承認
・連携能力:承認
・守護能力:承認
・状況判断:承認
・試練終了後の攻撃:なし
『総合評価』
・試練達成
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「負けても、達成になるのか……」
「倒すことが目的ではなかったみたいですね」
美咲さんが軽盾を下ろし、安堵したように息を吐く。
『皆さん、怪我はありませんか?』
髙橋さんの声が聞こえた。
「全員無事です。軽盾と白銀鎧も、表面が少し熱を持っているだけです」
『よかった……。火焔スライムが出力を抑えていたとはいえ、危険度A+の個体です。念のため、帰還後に医務課の検査を受けてください』
「分かりました」
「ぷるっ」
「ぴるっ」
シズクとユキも、怪我がないことを伝えるように返事をする。
火焔スライムは、試練場の中央で身体を震わせた。
纏っていた炎の一部が離れ、赤い光となって正面へ集まる。
光は少しずつ硬い結晶へ変化していった。
火焔スライムを模した、赤橙色の結晶。
完成した結晶が、俺の前へゆっくりと落ちてくる。
「俺たちにくれるのか?」
火焔スライムが身体を伸ばした。
結晶へ『解析鑑定』を発動させる。
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『火焔スライムの結晶』
『品質:A+』
『希少度:A+』
『推定買取価格:15,000,000円』
『分類』
・スライムシリーズ強化素材
・火焔スライムの試練を達成した証
『効果』
・適合するスライムシリーズと自動融合
・対象装備を攻撃型の派生装備へ強化
『適合装備』
・スライムの耳飾り
『強化後』
・ATスライムの耳飾り
『強化方法』
・スライム型宝石へ接触
・錬金処理:不要
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「推定買取価格、1500万円……」
『それほどの価値があるのですか?』
「はい。ただ、普通の素材ではありません。スライムシリーズを強化するための結晶です」
俺が身に着けているスライムの耳飾り。
左右の耳飾りには、それぞれ蒼いスライムを模した宝石が付いている。
赤橙色の結晶を手に取ると、耳飾りの宝石から淡い光が放たれた。
「もう反応してる……」
「陸斗さん。その場で強化するんですか?」
「『解析鑑定』では、宝石へ触れさせるだけでいいみたいだ。失敗する可能性も表示されてない」
火焔スライムを見る。
早く試すように促しているのか、その場で何度も身体を伸ばしていた。
「分かった。使ってみる」
左耳の耳飾りを外す。
赤橙色の結晶を、蒼いスライム型の宝石へ近付けた。
二つが触れる直前、火焔スライムの結晶が赤い光へ変わる。
「っ……!」
光が、蒼い宝石へ吸い込まれていく。
左手に持っている耳飾りだけではない。
右耳に残していた耳飾りも、同時に赤く輝き始めた。
左右一対の耳飾りが、互いに共鳴している。
蒼かった宝石が、少しずつ赤橙色へ変化する。
丸いスライムの形は残ったまま、その周囲へ炎を模した細かな装飾が生まれていった。
宝石の内側では、本物の炎のような光が静かに揺らめいている。
だが、指で触れても熱くはない。
赤い光が収まる。
火焔スライムの結晶は跡形もなく吸収され、左右の耳飾りだけが残されていた。
◇____________________
『強化完了』
『スライムの耳飾り』
↓
『ATスライムの耳飾り』
『分類』
・スライムシリーズ派生装備
・攻撃型
・左右一対
『効果』
・スライムの感情を感知
・周囲にいる魔物の敵意を感知
・攻撃力:5%上昇
・同一シリーズ内で重複可能
『ATスライムシリーズ』
・装備数:1/5
・完全装備効果:未発動
『完全装備効果』
・装備者と契約従魔の能力値:20%上昇
・契約従魔の火炎魔法:30%上昇
____________________◇
「強化できた……」
耳飾りを、もう一度装備する。
その瞬間。
火焔スライムの方角から、温かな何かが伝わってきた。
言葉ではない。
具体的に何を考えているのかも分からない。
それでも、火焔スライムが満足していることは、はっきりと感じられた。
「これが、スライムの感情……」
「分かるんですか?」
「うん。何を話しているのかまでは分からないけど、喜んでるみたいだ」
「ぷるっ!」
「ぴるっ!」
シズクからは誇らしさ。
ユキからは、試練が無事に終わったことへの安心と喜びが伝わってくる。
これまで鳴き声や仕草から想像していた感情が、以前よりも鮮明に感じられた。
「二人とも、心配してくれてたんだな」
「ぷるるっ!」
「ぴるるっ!」
火焔スライムが、試練場の出口へ向かって跳ねる。
途中で止まり、俺たちを振り返った。
「まだ、どこかへ案内してくれるみたいだ」
「では、付いていきましょう」
◇
火焔スライムのあとを追い、第十五層の奥へ進む。
周囲にいたスライムたちは俺たちから逃げなかった。
離れた場所から、好奇心を向けてくる。
耳飾りを通じて感情が伝わるようになったことで、今まで以上に多くのスライムから見られていることが分かった。
火焔スライムが立ち止まったのは、岩山の根元だった。
一見すると、何の変哲もない岩壁。
だが、中央には王冠を載せたスライムの紋章が刻まれている。
火焔スライムが紋章へ身体を押し当てた。
赤い炎が、岩壁へ刻まれた線に沿って広がっていく。
重い音を響かせながら、岩壁が左右へ開いた。
◇____________________
『第15層・宝物殿』
『状態:開放』
『開放条件』
・火焔スライムの試練を達成
・火焔スライムから実力を認められる
・火焔スライム本人による封印解除
『宝物』
・スライムシリーズ装備:1点
____________________◇
「宝物殿です」
『こちらでも、入口を確認しました』
髙橋さんの声にも、驚きが混ざっている。
二機の探索レコーダーが、開いた岩壁と王冠を載せたスライムの紋章を撮影する。
「中へ入ります」
『周囲を確認しながら進んでください』
岩壁の向こうには、白い石で造られた小さな部屋があった。
中央には、スライムの形をした台座。
その上へ、一つの宝箱が置かれている。
火焔スライムが台座へ跳び乗り、宝箱の蓋へ身体を押し付けた。
王冠を載せたスライムの紋章が光る。
宝箱の蓋が、ゆっくりと開いた。
中に入っていたのは、左右一対の耳飾りだった。
白銀色のスライムを模した宝石。
その周囲には、盾のような半透明の装飾が付いている。
「これも、スライムシリーズ……」
宝箱から取り出し、『解析鑑定』を発動させた。
◇____________________
『DFスライムの耳飾り』
『品質:A+』
『希少度:A+』
『分類』
・DFスライムシリーズ
・防御型
・左右一対
『効果』
・スライムの感情を感知
・周囲にいる魔物の敵意を感知
・防御力:5%上昇
・同一シリーズ内で重複可能
『DFスライムシリーズ』
・装備数:1/5
・完全装備効果:未発動
____________________◇
「防御型のスライムシリーズです」
「先ほど強化した耳飾りとは、別の系統なんですね」
「うん。ATは攻撃型。こっちはDF、防御型みたいだ」
同じ耳飾りなので、同時には装備できない。
今はATスライムの耳飾りを装備したまま、DFスライムの耳飾りを保管用の小箱へ収める。
火焔スライムから、満足と信頼が伝わってきた。
「俺たちのために、ここまで案内してくれたんだな。ありがとう」
火焔スライムが、台座の上で嬉しそうに跳ねる。
試練では、まったく歯が立たなかった。
それでも俺たちは、火焔スライムから実力を認めてもらうことができた。
火焔スライムの証によって生まれた、ATスライムの耳飾り。
宝物殿で手に入れた、DFスライムの耳飾り。
スライムシリーズには、俺たちが考えていた以上に多くの成長先が存在する。
その最初の二つが、今、俺たちの手へ託された。




