103話「安全区域の強個体」
第十五層の初回調査から、二日後。
俺たちは再び、第十四層の守護部屋まで来ていた。
目の前には、第十五層へ続く蒼銀色の転移門が揺らいでいる。
髙橋さんと護衛職員は、今回もこの場所で待機する。
「前回の調査では、第十五層に生息するスライムから、敵対行動を受けませんでした」
髙橋さんが、携帯端末へ前回の映像を表示する。
白い岩と淡い青色の草に囲まれた、水晶台地。
その奥から、深い赤色のスライムが俺たちを見つめていた。
大きさは、一般的なスライムと変わらない。
だが、身体の周囲には橙色の炎が浮かび、近くの空気を揺らしている。
「この個体も、一城さんたちを観察するだけで姿を消しています」
「はい。攻撃しようとしていたようには見えませんでした」
「ぷるっ」
シズクが、美咲さんの肩で映像を覗き込む。
炎を纏うスライムが気になるらしく、身体を画面の方へ伸ばしていた。
「シズクも、気になっているみたいですね」
「自分が使う火球と、似た魔力を感じたのかもしれないね」
「ぷるるっ!」
「ぴる?」
ユキが俺の足元から、シズクを見上げる。
白銀鎧の二枚の装甲も、ユキの動きに合わせて僅かに傾いた。
「今回は、前回調査した範囲から先の環境を確認します」
髙橋さんが、携帯端末の地図を切り替える。
「調査時間は最大90分。転移門から1キロメートル以内を調べてください」
「分かりました」
「炎を纏う個体を発見しても、こちらから刺激しないでください。接近してきた場合は、『解析鑑定』による確認をお願いします」
「はい」
「ぷるっ!」
「ぴるっ!」
シズクとユキも、髙橋さんの言葉へ返事をする。
俺と美咲さんが蒼銀色の転移門へ触れた。
二機の探索レコーダーも、俺たちのあとを追って光の中へ入る。
◇
第十五層へ到着すると、前回と同じ穏やかな風が吹いていた。
白い岩の間を、透明な水が流れている。
淡い青色の草原には、色も大きさも異なるスライムたちが点在していた。
「ぷるっ」
「ぴるっ」
シズクとユキが、周囲へ挨拶するように身体を伸ばす。
近くにいた水色のスライムが、身体を半分だけ岩陰から出した。
シズクとユキを交互に見たあと、ゆっくりと身体を伸ばし返す。
「返事をしてくれたみたいですね」
「前回も、俺たちよりシズクとユキを見ていたからね」
別の岩陰では、小さな黄色いスライムが草の間へ身体を隠していた。
その前には、二回りほど大きな茶色のスライムが立っている。
俺たちが近付いても、襲ってくる様子はない。
ただ、小さな個体を背後へ隠すように、身体を横へ広げていた。
「仲間を守っているのでしょうか?」
「そう見えるね。少し離れて進もう」
俺たちが進路を変えると、茶色のスライムが僅かに身体を緩める。
後ろに隠れていた黄色いスライムも顔を出し、遠ざかる俺たちを見送っていた。
『現在まで、敵対行動は確認されていません』
通信機から、髙橋さんの声が聞こえる。
『前回の調査結果と合わせても、第十五層の生息個体は極めて温厚だと考えられます』
「階層全体を調べてみます」
周囲へ意識を広げ、『解析鑑定』を発動させる。
◇____________________
『スライム帝王の迷宮:第15層』
『階層区分』
・安全区域
『生息分類』
・スライム種
『階層特性』
・生息個体からの先制攻撃:なし
・非敵対個体:多数
・警戒個体:多数
・指定試練場:あり
『戦闘』
・通常区域での戦闘:非推奨
・攻撃を受けた生息個体は防衛行動を取る
・指定試練場では、双方の同意によって戦闘可能
『区域保護機能』
・強制退去:なし
『階層守護個体』
・活動中
____________________◇
「安全区域……」
迷宮の中に、このような階層が存在するとは知らなかった。
「何か分かりましたか?」
「第十五層は、第六層にあった『浄化茸の聖域』と同じ安全区域に分類されてる。ここのスライム達は攻撃されない限り、襲ってくることはないみたいだ」
「では、こちらから危害を加えなければ、戦闘にはならないんですね」
「うん。ただ、攻撃された個体は、自分や仲間を守るために戦うって表示されてる」
安全区域だからといって、何をしても許されるわけではない。
こちらが危害を加えれば、スライムたちも身を守ろうとする。当たり前のことだ。
「それから、指定された試練場だけは、双方が同意すれば戦えるみたい」
『指定試練場ですか?』
髙橋さんが聞き返す。
「はい。場所までは、まだ分かりません」
『第十五層については、協会でも安全区域として管理する必要がありますね』
「一般探索者へ開放する場合、スライムの討伐は禁止になりますか?」
『はい。非敵対個体を自由に討伐できる状態にはしません。資源についても、調査結果を踏まえて採取上限を設ける必要があるでしょう』
第十五層は、これまでの階層とは性質が違う。
魔物を倒し、素材を持ち帰るだけの場所ではない。
ここに暮らすスライムと共存する方法を考える必要があった。
「ただ、スライム達は襲われた場合、この区域から探索者を追い出すということは出来ないみたいです」
『協会側で、入場者を管理する必要があるということですね』
「はい。安全区域だからこそ、規則を決めておいた方がいいと思います」
『ドローン型の探索レコーダーや、監視用の探索カメラを常設させておいた方が良さそうですね。調査記録へ残しておきます』
話している間も、周囲のスライムたちは俺たちを遠くから見ていた。
敵意はない。
それでも、人間を完全に信用しているわけでもないらしい。
「無理に近付かず、先へ進もう」
「はい」
「ぷるっ」
「ぴるっ」
シズクとユキも、近くのスライムたちを驚かせないように、俺たちのそばへ戻ってきた。
◇
転移門から700メートルほど進んだところで、『解析鑑定』へ新しい反応が現れた。
「前方の岩場に、鉱脈がある」
「採取できる素材ですか?」
「調べてみる」
白い岩が重なった場所へ近付く。
岩壁の一部には、銀色と黒青色の線が何本も走っていた。
光を受けるたび、僅かに魔力を放っている。
「ミスリル鉱石と魔鉱石だと思う」
鉱脈へ意識を向けようとした時だった。
岩壁の前にあった白金色の塊が、ゆっくりと動く。
「陸斗さん。あれもスライムです」
美咲さんの危険感知の耳飾りが、淡い黄色に光っている。
現れたのは、俺の胸元近くまで高さがある大型のスライムだった。
鏡のように滑らかな白金色の身体へ、周囲の景色が映り込んでいる。
大型のスライムは、俺たちと鉱脈の間へ移動した。
背後の岩陰から、赤色、緑色、青色の小さなスライムたちが顔を出す。
赤い個体の身体には、透き通った紅色の結晶。
緑色の個体には、鮮やかな翠色の結晶。
青色の個体には、深い蒼色の結晶が浮かんでいた。
「宝石みたいなスライムがいる……」
大型の白金色のスライムへ、『解析鑑定』を発動させる。
◇____________________
『白金スライム』
『危険度:A』
『種別』
・鉱物系スライム
・大型個体
『個体特性』
・白金外殻
・重量変化
・物理攻撃耐性
・魔法攻撃耐性
・鉱床共鳴
『技能』
・白金障壁
・鉱床防護
・重量圧撃
『性格』
・温厚
・忍耐強い
・仲間思い
『現在の状態』
・敵意:なし
・警戒:あり
『守護対象』
・第15層複合鉱脈床
・宝石スライム群
____________________◇
「白金スライム。危険度はAです」
『危険度A……』
髙橋さんの声に緊張が混ざる。
「でも、敵意はありません。鉱床と、後ろにいるスライムたちを守ってるみたいです」
「こちらが鉱石を取ろうとしていると思われたのでしょうか?」
「その可能性はあると思います」
俺たちは、鉱脈へ近付くのを止めた。
白金スライムは俺たちを見つめたまま、動かない。
続いて、背後にいる三体へ『解析鑑定』を発動させる。
◇____________________
『宝石スライムの群れ』
『確認個体』
・紅石スライム
・翠石スライム
・蒼石スライム
『共通特性』
・宝石結晶体
・鉱床魔力吸収
・余剰結晶分離
『生態』
・鉱床から漏れ出す魔力を吸収
・体内で宝石結晶を生成
・成長した余剰結晶は、身体から分離可能
『対人反応』
・敵意:なし
・警戒:強
・友好関係を築いた相手へ、余剰結晶を譲る場合がある
____________________◇
「赤い個体が紅石スライム。緑が翠石スライム。青が蒼石スライムです」
「ガーネット、エメラルド、サファイアの結晶を持っているんですね」
「うん。鉱床の魔力を吸収して、体内で宝石を作るみたい」
『宝石を持っているということですか?』
「身体から分離できる余剰結晶があります。ただ、警戒しているので、今は近付かない方がいいと思います」
友好関係を築けば、宝石を分けてくれることもあるらしい。
だからといって、最初から受け取ることを期待して近付くべきではない。
「今日は採取もしません。鉱脈の状態だけ、離れた場所から確認します」
『分かりました。白金スライムたちを刺激しない距離からお願いします』
鉱脈へ意識を集中させる。
◇____________________
『第15層・複合鉱脈床』
『含有素材』
・ミスリル鉱石
・魔鉱石
『品質』
・ミスリル鉱石:A
・魔鉱石:A
『鉱床構造』
・外層鉱石
・再生鉱層
・鉱床核
『採取』
・外層鉱石:採取可能
・再生鉱層:過剰採取非推奨
・鉱床核:採取禁止
『鉱床核』
・周囲の魔力を鉱石へ変換
・外層鉱石の再生を促進
・消失した場合、鉱床の自然再生が停止
『生態的役割』
・宝石スライム群への魔力供給
・鉱物系スライムの生息環境を維持
____________________◇
「鉱床の中心に、鉱脈の床核があります。外側の鉱石を取っても時間を掛ければ再生しますが、鉱床核を失うと再生が止まります」
「宝石スライムたちも、ここで暮らせなくなるんですね」
「はい。鉱床から漏れる魔力を吸収してるみたいだから、影響が出ると思う」
『採取量を厳しく制限する必要がありますね』
「はい。今日は何も採取しない方がいいと思います」
『こちらも同意します。正確な埋蔵量と再生速度を確認するまで、鉱石へ触れないでください』
「分かりました」
二機の探索レコーダーが、離れた場所から鉱脈とスライムたちを撮影する。
俺たちは採取道具を取り出さず、少しずつ後ろへ下がった。
白金スライムは、しばらく俺たちを見つめていた。
やがて警戒を解いたのか、鏡のような身体を僅かに低くする。
背後に隠れていた紅石スライムが、白金スライムの横から身体を半分だけ出した。
「ぷるっ」
シズクが、美咲さんの肩から小さく挨拶する。
紅石スライムが僅かに身体を伸ばした。
だが、すぐに白金スライムの後ろへ隠れてしまう。
「まだ、少し怖いみたいですね」
「人間が来たこと自体、ほとんどないだろうからね」
「ぴるっ」
ユキも白銀鎧を身体へ寄せ、身体だけを伸ばす。
今度は翠石スライムと蒼石スライムも、岩陰からこちらを覗いた。
「今日は帰るけど、また来るよ」
言葉が通じたかは分からない。
それでも、俺たちが離れるまで、白金スライムと宝石スライムたちは同じ場所から見送っていた。
◇
鉱脈を離れ、さらに奥へ進む。
転移門からの距離は、900メートル。
調査範囲の上限まで、残り100メートルほどだった。
「そろそろ、周囲を記録して戻ろうか」
「はい。初めての場所で、無理をする必要はありませんからね」
「ぷるっ」
「ぴるっ」
俺たちが立ち止まった時だった。
周囲にいたスライムたちが、揃って同じ方向へ身体を向ける。
「何か来ます」
美咲さんの危険感知の耳飾りが、淡い黄色の光を放っていた。
赤ではない。
今すぐ攻撃される危険はないものの、注意すべき存在が近付いている。
白い結晶柱の向こうから、熱を帯びた風が流れてきた。
「ぷる……」
「ぴる……」
シズクとユキが、俺たちのそばへ寄る。
草原の奥へ、橙色の光が広がった。
現れたのは、前回も俺たちを見つめていた炎のスライムだった。
大きさは、シズクやユキと殆ど変わらない。
身体そのものは、どこにでもいるスライムと同じように見える。
だが、赤い身体の周囲を、何本もの炎が帯のように回っていた。
炎は草へ触れているのに、一本も燃えていない。
赤いスライムが一度跳ねるたび、周囲の空気が歪む。
先ほどの白金スライムより遥かに小さい。
それでも、目の前に立った時に感じる魔力は、白金スライムを上回っていた。
「前回の個体ですね」
「うん。こちらを見てる」
二機の探索レコーダーが、赤いスライムへ映像を向ける。
『炎を纏う個体を確認しました。攻撃の兆候はありますか?』
「今のところありません。調べます」
白銀短剣へ手を掛けず、『解析鑑定』を発動させた。
◇____________________
『火焔スライム』
『危険度:A+』
『属性』
・炎
『個体特性』
・火焔魔力体
・高熱耐性
・炎熱操作
・魔力圧縮
『技能』
・火焔弾
・炎熱障壁
・火走り
・灼熱領域
『性格』
・誇り高い
・警戒心が強い
・仲間思い
『現在の状態』
・敵意:なし
・戦意:あり
・魔力出力:抑制中
『行動目的』
・侵入者の力量確認
・指定試練場への同行を要求
____________________◇
「危険度A+……」
『A+ですか!?』
髙橋さんの声に、強い驚きが混ざる。
「はい。ただ、敵意はありません。魔力も意図的に抑えています」
「私たちの実力を確かめたいのでしょうか?」
「そう表示されてる。それから、指定試練場へ付いてくるよう求めてる」
危険度だけなら、これまで俺たちが戦ってきた階層守護個体を大きく上回る。
身体の大きさと、魔物の強さは一致しないらしい。
火焔スライムが、身体を覆う炎から一つの火球を分離させる。
火球は、俺たちへ向かってこなかった。
地面すれすれを進み、草原の奥へ赤い光の道を描いていく。
その先には、二本の白い石柱が立っていた。
火焔スライムが身体を反転させ、石柱の方へ跳ねる。
数メートル進んだところで止まり、俺たちを振り返った。
「付いてこい、ということみたいですね」
「うん」
「ぷるっ!」
シズクが、美咲さんの肩で身体を伸ばす。
火焔スライムを怖がっているというより、炎をどのように操っているのか気になっているらしい。
「ぴる……」
ユキは俺の足へ身体を寄せたまま、白銀鎧を僅かに広げている。
「大丈夫。まだ戦うと決めたわけじゃないよ」
「ぴるっ」
『調査範囲の上限まで、残り僅かです』
髙橋さんが、慎重な声で告げる。
『ただし、火焔スライムが意思疎通を求めているのであれば、その行動も重要な調査対象になります。指定試練場の入口を確認するところまでは許可します』
「分かりました。危険を感じたら、すぐに戻ります」
『戦闘を強制される可能性がある場合は、試練を受けずに帰還してください』
「はい」
俺たちは、火焔スライムが残した炎の道を進む。
二機の探索レコーダーも、俺たちのあとへ続いた。
白い石柱の間を抜ける。
その先には、円形に整えられた石造りの広場があった。
外周には、炎、氷、風、土を表す四つの紋章が刻まれている。
火焔スライムが広場の中央へ移動した。
小さな身体を覆っていた炎が広がり、広場を囲むように円を描く。
だが、俺たちの退路までは塞いでいない。
試練場へ『解析鑑定』を発動させる。
◇____________________
『第15層・指定試練場』
『状態』
・待機中
『試練個体』
・火焔スライム
『試練内容』
・挑戦者の力量確認
・連携能力の確認
・戦闘終了判断の確認
『開始条件』
・試練個体の同意:確認済み
・挑戦者の同意:未確認
『注意』
・試練個体の討伐は不要
・試練個体は魔力出力を調整
・一方が終了を望んだ場合、試練を中断可能
____________________◇
「倒すための戦いじゃないみたい」
「私たちが、どのように戦うのかを確かめる試練なんですね」
「うん。火焔スライムも、俺たちに合わせて力を抑えるみたいだ」
火焔スライムは、広場の中央から動かない。
俺たちが答えを出すまで、待つつもりらしい。
「どうする?」
「私は、受けてもよいと思います」
美咲さんが火焔スライムを見つめる。
「第十五層に暮らすスライムたちから、信用できる相手なのか試されているような気がします」
「俺も、そう思う」
「ぷるっ!」
シズクが迷うことなく身体を伸ばす。
「ぴる……ぴるっ!」
ユキも一度だけ火焔スライムを見たあと、白銀鎧を大きく広げた。
「シズクもユキも、受けるんだね」
「ぷるっ!」
「ぴるっ!」
火焔スライムを覆う炎が、僅かに強くなる。
俺は頭上を飛ぶドローンに視線を送り、返事をする。
「髙橋さん。火焔スライムの試練を受けようと思います」
『安全性は確認できていますか?』
「はい。討伐する必要はなく、火焔スライムも魔力出力を調整してくれるようです。どちらかが終了を望めば、中断できます」
『……分かりました。ただし、全員の安全を最優先してください』
「分かりました」
美咲さんが軽盾と黄金短剣を構える。
シズクは肩の上で魔力を集め始めた。
ユキの白銀鎧が、俺たちを守る位置へ移動する。
俺も白銀短剣を抜き、試練場へ一歩踏み込んだ。
表示が切り替わる。
◇____________________
『挑戦者の同意:確認済み』
『指定試練を開始します』
____________________◇
広場を囲んでいた炎が、一斉に立ち上がる。
火焔スライムが、小さな赤い身体を深く沈めた。
纏っていた炎だけが大きく膨らみ、巨大な獣のような形を作る。
俺たちが第十五層のスライムたちから信用されるに足る相手なのか。
それを確かめるための試練が、始まろうとしていた。




