102話「金と銀の探索者ライセンス」
第十四層を踏破した翌日。
俺と美咲さんは、探索者協会の調査課を訪れていた。
会議室の壁掛けモニターには、二機の探索レコーダーが撮影した戦闘映像が表示されている。
響鳴鳥の歌を止めるシズク。
風刃を白銀鎧で防ぐユキ。
軽盾で嵐鳥竜王の攻撃を受け流す美咲さん。
そして、白銀短剣を持って接近する俺の姿も、外側から鮮明に記録されていた。
「第十四層までの報告書は、こちらで作成します」
髙橋さんが映像を停止し、携帯端末へ記録を保存する。
「新素材については、素材研究課へ引き渡しました。嵐鳥竜王の風翼膜は、希望されたとおり『蒼雪の宝珠』の所有物として保管されています」
「ありがとうございます」
「第十四層への安全な経路は、星川さんを護衛とする登録調査隊が確認中です。一般探索者への開放には、もうしばらく時間が必要になると思います」
「分かりました」
俺の隣では、ユキが頭の上へ乗っている。
「ぴる……」
会議室の机が気になるらしく、柔らかな身体を前へ伸ばしていた。
「落ちるよ」
「ぴるっ」
ユキが身体を縮め、頭の中央へ戻る。
美咲さんの膝には、シズクが座っていた。
「ぷる?」
「シズクも、机の上へ行きたいの?」
「ぷるっ!」
「お話が終わるまで、ここで待っていようね」
「ぷる……」
シズクが少しだけ身体を潰す。
髙橋さんが、その様子を見て僅かに表情を緩めた。
「それから、本日はお二人へお渡しする物があります」
髙橋さんが、机の引き出しから二つの薄い箱を取り出した。
一つは金色。
もう一つは銀色だ。
「佐伯美咲さん」
「はい」
美咲さんの前へ、金色の箱が置かれる。
中に収められていたのは、探索者協会の紋章が刻まれた金色のライセンスカードだった。
◇____________________
『上級探索者証』
『氏名』
・佐伯美咲
『登録区分』
・戦闘探索者
『主対応役割』
・前衛戦闘
・防御
・護衛
・従魔連携
____________________◇
「私の……上級探索者証ですか?」
「はい。正式な昇級審査が完了しました」
美咲さんが、両手で金色の探索者証を受け取る。
「第十一層から第十四層までの戦闘記録に加え、これまでの訓練記録も審査されました。現在の能力と実績は、上級探索者の基準を満たしています」
「ありがとうございます」
「ぷるるっ!」
シズクが、自分のことのように嬉しそうな声を上げる。
「シズクも、一緒に頑張ってくれたからね」
「ぷるっ!」
美咲さんが、上級探索者証をシズクにも見える位置まで下げた。
金色のカードへシズクが身体を近付ける。
触れる直前、美咲さんが少しだけカードを遠ざけた。
「食べ物じゃないよ?」
「ぷる?」
続いて、銀色の箱が俺の前へ置かれる。
「一城陸斗さん。こちらは、中級探索者証です」
「俺の分もあるんですか?」
箱を開ける。
銀色の探索者証には、俺の名前と新しい登録情報が記されていた。
◇____________________
『中級探索者証』
『氏名』
・一城陸斗
『登録区分』
・複合職
『主対応役割』
・解析
・探索支援
・戦闘指揮
・生産支援
・近接戦闘
____________________◇
「複合職……」
「解析や生産支援を主としながら、必要に応じて前衛戦闘も行う現在の活動内容に合わせました」
「昇級試験を受けていませんが、いいんですか?」
「第十一層から第十四層までの先行調査が、実地試験を兼ねています」
俺たちの戦闘は、ボディーレコーダーと調査課の探索レコーダーへ残されている。
「通常の中級昇級試験より危険度の高い魔物を、既に何体も討伐されています。改めて同じ水準の試験を行う必要はないと判断されました」
「ありがとうございます」
銀色の探索者証を受け取る。
探索者になったばかりの頃は、第一層のスライムへ近付くだけでも怖かった。
今では、美咲さん、シズク、ユキと共に、危険度Bを超える階層守護個体と戦っている。
「ぴるっ!」
頭の上から、ユキが身体を伸ばす。
「ユキも見たいの?」
「ぴるるっ!」
銀色のカードを持ち上げる。
ユキが、その表面へ身体の先を軽く触れさせた。
「陸斗さん。中級探索者への昇級、おめでとうございます」
「ありがとう。美咲さんも、上級探索者への昇級おめでとう」
「ありがとうございます」
「ぷるっ!」
「ぴるっ!」
シズクとユキの声が、会議室へ重なった。
◇
昇級審査の結果を聞いてから、二日後。
第十四層の安全な移動経路が確認され、俺たちは第十五層への転移門前まで戻ってきた。
髙橋さんと護衛職員は、第十四層で待機する。
俺と美咲さんの頭上には、二機のドローン型探索レコーダーが浮かんでいた。
「第十五層でも、最初の調査範囲は転移門から半径五百メートル以内とします」
髙橋さんが、調査課用の探索レコーダーを携帯端末へ接続する。
「『解析鑑定』では、希少区域反応も確認されていると聞いていますが、今回は階層環境の確認を優先してください」
「希少区域の入口を見つけても、入らない方がいいですか?」
「はい。入口周辺の安全を確認し、場所だけ記録してください。内部調査は、改めて準備を整えてからお願いします」
「分かりました」
「第十五層は、スライム種だけが生息する階層でしたね」
「はい。ただし、どのようなスライムがいるかは分かりません。友好的に見えても、不用意に近付かないでください」
「ぷる……」
「ぴる……」
友好的という言葉を理解したのか、シズクとユキが蒼銀色の転移門を見つめる。
「ほかのスライムを見つけても、すぐに近付いちゃ駄目だよ」
「ぷるっ」
「ぴるっ」
「向こうの様子を見てからにしよう」
「ぷるるっ!」
「ぴるるっ!」
シズクは美咲さんの肩へ移動する。
ユキも白銀鎧を身体の左右へ浮かべ、俺の足元へ並んだ。
二機の探索レコーダーが待機していることを確認する。
「行こう」
「はい」
俺たちは、第十五層への転移門へ触れた。
◇
蒼銀色の光が収まる。
目の前に広がっていたのは、白い岩と水晶で作られた広大な台地だった。
足元には、淡い水色の草が短く生えている。
台地の間を流れる浅い水路には、透明な水が緩やかに流れていた。
遠方には、色の異なる水晶柱がいくつも立っている。
天井は見えない。
淡い青色の光が空全体を覆い、白い岩肌を照らしていた。
「綺麗な場所ですね」
「うん。第十層の遺跡にも似てるけど、こっちの方が広い」
「ぷる……」
「ぴる……」
シズクとユキが、揃って周囲を見回す。
転移門の近くに、魔物の姿はない。
だが、『解析鑑定』を広げた瞬間、周囲から多数の反応が返ってきた。
◇____________________
『スライム帝王の迷宮:第15層』
『階層環境』
・水晶台地
『生息分類』
・スライム種
『周辺個体反応』
・敵対反応:0
・警戒反応:19
・観察反応:32
・逃走反応:8
『階層守護個体』
・活動中
『希少区域反応』
・あり
____________________◇
「周囲に、五十体以上いる……」
「どこにいるんですか?」
「岩や水晶の陰に隠れてるみたい。でも、敵意はない」
二機の探索レコーダーが、周囲の岩場へ映像を向ける。
最初に姿を見せたのは、淡い緑色のスライムだった。
水晶の陰から半分だけ身体を出し、俺たちを見ている。
「ぷる?」
シズクが、美咲さんの肩で身体を傾けた。
淡い緑色のスライムも、同じ方向へ身体を傾ける。
「ぷるっ」
シズクが身体を伸ばす。
緑色のスライムも、僅かに身体を伸ばした。
「真似をしていますね」
「シズクに興味があるのかもしれない」
「ぴるっ!」
ユキが前へ跳ねる。
その瞬間、緑色のスライムが驚いたように身体を縮め、水晶の後ろへ隠れてしまった。
「ぴる……」
「急に近付いたから、驚いたんだよ」
「ぴる?」
「少し待ってあげよう」
「ぴるっ」
ユキが俺の足元まで戻る。
しばらく待っていると、緑色のスライムが再び身体を覗かせた。
今度は、その後ろから小さな黄色のスライムも現れる。
さらに別の岩陰から、赤色、青色、橙色。
異なる色を持つスライムたちが、次々と姿を見せ始めた。
『こちらでも確認できています』
通信機から、髙橋さんの声が聞こえる。
『現時点で、攻撃を受ける様子はありませんね』
「はい。俺たちというより、シズクとユキを見ているように感じます」
「ぷるっ」
「ぴるっ」
シズクとユキが返事をすると、周囲のスライムたちが一斉に身体を揺らした。
鳴き声は聞こえない。
それでも、何かを話しているように見える。
「この階層のスライムは、全部が好戦的とは限らないみたいだ」
「今までの階層でも、襲ってこない個体はいました。でも、ここまで多いのは初めてですね」
近くにいた青いスライムへ『解析鑑定』を向ける。
◇____________________
『水スライム』
『状態』
・警戒中
・観察中
『敵意』
・なし
『関心対象』
・個体名:シズク
・個体名:ユキ
『行動予測』
・人間が接近した場合:逃走
・スライム系従魔が接近した場合:経過観察
____________________◇
「俺と美咲さんが近付くと、逃げるみたいだ」
「シズクとユキなら、すぐには逃げないんですね」
「ぷる?」
「ぴる?」
「近付くなら、ゆっくりだよ」
「ぷるっ」
「ぴるっ」
シズクが美咲さんの肩から下りる。
ユキも白銀鎧を身体へ近付け、シズクの隣へ並んだ。
シズクとユキが、少しずつ水スライムとの距離を縮めていく。
水スライムは逃げない。
身体を小さく揺らしながら、シズクとユキが近付く様子を見ている。
あと数メートルというところで、小さな黄色のスライムが水晶の陰から飛び出した。
シズクとユキへ近付こうとする。
だが、その身体へ大きな水スライムが伸び、小さな個体を後ろへ引き戻した。
「仲間を止めた……?」
「危険かもしれないから、守っているのでしょうか」
大きな水スライムは、小さな黄色のスライムを背後へ隠したまま、シズクとユキを見つめている。
敵意はない。
ただ、強い警戒と、仲間を守ろうとする反応が表示されていた。
「無理に近付かない方がいいね」
「ぷる……」
「ぴる……」
「嫌われたわけじゃないよ。初めて会ったんだから、警戒するのは普通だよ」
「ぷるっ」
「ぴるっ」
シズクとユキが、ゆっくりと俺たちのところへ戻ってくる。
その間も、水スライムたちは逃げずに見送っていた。
◇
転移門から百メートルほど進む。
周囲にいるスライムたちは、一定の距離を保ちながら俺たちのあとを付いてきた。
岩陰から観察する個体。
水路の中を移動する個体。
複数で集まり、こちらを見ている個体。
シズクが振り返るたび、何体ものスライムが水晶の後ろへ隠れる。
「ぷる?」
シズクが前を向くと、再び身体を覗かせた。
「随分と気に入られていますね」
「まだ、怖がられてるようにも見えるけどね」
「ぴるっ!」
ユキが振り返る。
今度は、ほとんどのスライムが一斉に隠れた。
「ぴる……」
「ユキは白銀鎧を着けてるから、少し強そうに見えるのかも」
「ぴる?」
「怖がらせたくないなら、今は身体へ近付けておこう」
「ぴるっ」
ユキが二枚の白銀鎧を小さくし、身体へ沿わせる。
再び歩き始めようとした時だった。
遠方の水晶柱の上に、炎を連想するスライムが見えた。
周囲にいるスライムよりも一回り大きい。
紅蓮の炎を纏うように、そのスライムは佇んでいる。
「あれは……」
意識を向けるよりも早く、炎のスライムが水晶柱の向こうへ姿を消した。
すぐに『解析鑑定』を広げる。
だが、魔力反応は遠ざかり、解析可能な範囲から外れていった。
「何かいましたか?」
「真っ赤なスライムが、こっちを見てた」
「敵意は?」
「そこまでは分からなかった。でも、襲ってくるつもりはなさそうだった」
周囲にいるスライムたちも、炎のスライムが消えた方向を見ている。
警戒とは少し違う。
何か強い存在を意識しているような反応だった。
『初回調査の範囲を超えないよう、注意してください』
髙橋さんの声が通信機から聞こえる。
「分かりました。今日は周辺だけを調べます」
炎のスライムを追うことはせず、二機の探索レコーダーで周囲の地形を記録する。
第十五層。
スライム種だけが生息する、水晶台地。
そこにいたのは、出会った瞬間に襲い掛かってくる魔物だけではなかった。
逃げる個体。
観察する個体。
そして、小さな仲間を守ろうとする個体。
俺たちが知っている以上に、スライムにも一体ずつ異なる意思がある。
そのことを、第十五層のスライムたちは行動だけで伝えているように見えた。




