10話「隠し通路の宝箱」
岩壁が低い音を響かせながら、ゆっくりと横へ動いていく。
その奥に現れたのは、人一人が通れるほどの細い通路だった。
「本当に隠し通路があった……」
胸元のボディレコーダーへ目を向ける。
安全記録は問題なく続いている。
映像公開用としての目印は付けていないため、このままでは動画へ使われない。
誰も知らない可能性がある場所だ。
一般公開する前に、探索者協会へ報告したほうがいいだろう。
俺はスマートフォンを取り出し、現在位置を記録する。
「内部危険度は低い。でも、安全とは表示されていない」
危険度が低くても、魔物が存在しないとは限らない。
鉄ナイフを抜き、慎重に通路へ足を踏み入れた。
◇
隠し通路の中には、魔石灯が設置されていなかった。
入口から差し込む僅かな光を頼りに進む。
「暗いな……」
スマートフォンの照明を点け、足元を確認する。
通路は二十メートルほど続いていた。
壁や床に不自然な窪みがないか、『解析鑑定』を使いながら進んでいく。
罠らしい反応はない。
魔物の気配も感じなかった。
やがて通路を抜け、小さな石室へ出る。
「部屋……?」
広さは六畳ほど。
石造りの壁に囲まれ、別の出口は見当たらない。
部屋の中央には、古びた木製の宝箱が一つだけ置かれていた。
「いかにも何か入っていそうだな」
不用意には近付かない。
宝箱の周囲へ罠が仕掛けられている可能性もある。
まずはスマートフォンで撮影し、探索者協会の公開データベースへ画像を読み込ませる。
表示された結果は、『一般的な木製宝箱』。
外見が分かっただけで、安全性までは判断できない。
「画像検索だけで開けるのは危険だよな」
宝箱へ意識を集中させ、『解析鑑定』を発動する。
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『木製宝箱』
『状態:未開封』
『罠:なし』
『開封安全性:問題なし』
『内容物:一個』
____________________◇
「罠はないのか」
それでも周囲を警戒しながら、ゆっくりと宝箱へ近付く。
取っ手へ手を掛け、慎重に蓋を持ち上げた。
ギィ、と古い蝶番が軋む。
箱の中に入っていたのは、一つの指輪だった。
「指輪……?」
細い銀色の輪に、淡い青色の石がはめ込まれている。
派手ではない。
だが、青い石の中では水のような光が揺れていた。
鉄ナイフを使って指輪を箱から取り出し、異常が起きないことを確認する。
手袋を着けた指先で持ち上げ、スマートフォンの画像検索へ掛けてみる。
「検索結果なし……」
既存のデータには登録されていないらしい。
俺は指輪へ『解析鑑定』を発動した。
◇____________________
『スライムの指輪』
『品質:A』
『希少度:B』
『推定買取価格:23,000円』
『装備効果:敏捷性を僅かに上昇』
『装着安全性:問題なし』
『シリーズ装備:1/5』
『シリーズ効果:未解放』
____________________◇
「シリーズ装備……?」
初めて見る表示だった。
1/5。
この指輪以外にも、同じシリーズの装備が四つ存在するということだろうか。
五種類を全て揃えた時に、シリーズ効果が解放される。
「どこにあるんだろう」
もう一度、指輪へ意識を集中させる。
だが、他の装備がある場所までは表示されなかった。
推定買取価格は二万三千円。
金魔核を複数手に入れられる今なら、急いで売らなければならない金額ではない。
それ以上に、シリーズ効果が気になった。
「これは取っておこう」
指輪を柔らかな布で包み、素材鞄の内側へ大切にしまう。
宝箱の中や石室の壁も調べてみたが、他に反応はなかった。
安全記録には、隠し通路が開く瞬間から指輪を発見するまで、全て残っている。
「まずは協会へ報告だな」
来た道を引き返す。
隠し通路を抜けると、開いていた岩壁が自動的に動き始めた。
重い音を響かせながら元の位置へ戻り、通路を完全に塞ぐ。
目の前には、何の変哲もない岩壁だけが残された。
「知らなければ、絶対に気付かないよな……」
壁の窪みも、注意して探さなければ見つからない。
俺自身、『解析鑑定』が反応しなければ通り過ぎていたはずだ。
希少区域だけではない。
初心者向けと呼ばれている第一層にも、まだ発見されていない秘密が残っている。
「ダンジョンって、面白いな」
自然と口元が緩んだ。
今日は十分な発見があった。
俺は探索を切り上げ、協会へ戻ることにした。
◇
探索者ストアへ入ると、店主が俺の素材鞄を見て首を傾げた。
「今日は戻るのが早かったな」
「隠し通路を見つけました」
「……またか?」
「今度は壁が動いて、その奥に宝箱があったんです」
「兄ちゃん、探索を始めてまだ四日目だよな?」
「はい」
「普通は四日で二つも未確認の場所なんて見つけねえよ」
店主は呆れたように息を吐く。
「映像は?」
「全て残っています。公開用にはしていません」
「それがいい。場所が確認されるまでは、動画へ出さないほうが安全だ」
店主に手伝ってもらい、該当部分の映像をスマートフォンへ書き出す。
受付で報告すると、すぐに調査課へ連絡が入った。
しばらくして、高橋さんが受付までやって来る。
「一城さん。今度は隠し通路を発見されたと伺いました」
「はい。これが記録です」
スマートフォンの映像を見せる。
画面の中で、何もない岩壁が突然横へ動き、暗い通路が現れた。
宝箱を開け、指輪を取り出すところまで記録されている。
「この場所にも、隠し通路が存在するという記録はありません」
高橋さんは驚きを隠せない様子だった。
「発見した指輪も確認させていただけますか?」
「はい」
素材鞄からスライムの指輪を取り出す。
高橋さんは直接触れず、専用のケースへ載せた。
「安全確認のため、一度だけ鑑定室へ回します。問題がなければ、すぐにお返しします」
「お願いします」
数分後、指輪はケースに入ったまま戻ってきた。
「危険な呪いや所有制限は確認されませんでした。ダンジョン内で発見した装備は、発見者である一城さんに所有権があります」
「ありがとうございます」
「映像については調査資料としてお預かりします。安全確認が終わるまで、場所を公開しないようお願いいたします」
「分かりました」
スライムの指輪を受け取り、協会をあとにする。
◇
建物を出たところで、ケースから指輪を取り出す。
安全性に問題はない。
俺は右手の人差し指へ、スライムの指輪をはめてみた。
青い石が一度だけ淡く光る。
「……少し、身体が軽い?」
力の結晶飴を食べた時とは違う。
足を動かした時の反応が、ほんの僅かに速くなった気がする。
これが敏捷性上昇の効果なのだろう。
指輪を見つめ、もう一度『解析鑑定』を発動する。
◇____________________
『シリーズ装備:1/5』
『シリーズ効果:未解放』
____________________◇
「残り四つか」
他の装備も、ダンジョンのどこかに隠されている。
誰にも見つけられず、今も発見される時を待っているのかもしれない。
「全部、見つけてみたいな」
生活のために始めたダンジョン探索。
だが今は、稼ぐこととは別の目標が生まれ始めていた。
読んでいただきありがとうございます。
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