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第十二話 言葉にならない温度

 年が明けた。

 一月の東京は、

 空気が乾いている。

 澪と会う頻度は、

 自然に増えていた。

 毎日連絡を取るわけじゃない。

 でも、

 数日空くと、

 少し感覚がズレる。

 それが最近、

 榊には少し不思議だった。


 その夜。

 二人は、

 澪の部屋でだらだらしていた。

 テーブルには、

 コンビニのグラタン。

 半分飲んだハイボール。

 食べかけのポテチ。

 テレビでは、

 音量の小さいバラエティ番組が流れている。

 でも、

 どちらもほとんど見ていない。


「ねえ」

 澪が、

 スマホを見ながら言う。

「この人、

 絶対浮気する顔してる」

 榊は少し笑う。

「顔で判断してます?」

「なんとなく分かる」

「偏見ですね」

「でも当たるよ」

 澪は笑いながら、

 ポテチを食べる。

 その指先に、

 少し塩がついていた。

 榊は、

 何となくその光景を見る。

 こういう、

 意味のない時間が、

 最近かなり好きだった。


 しばらくして。

 澪が急に静かになる。

 テレビは流れている。

 でも、

 部屋の空気が少し変わる。

 榊は、

 最初少し気づかないふりをした。

 最近、

 全部すぐ触れなくてもいいと思い始めている。

 でも、

 数分経っても、

 澪は黙ったままだった。


「……疲れました?」

 榊が静かに聞く。

 澪は、

 ソファへ寄りかかったまま頷く。

「ちょっと」

 短い返事。

 でも、

 今日はそれ以上、

 無理に明るくしない。


 榊は、

 少し迷う。

 何か言うべきか。

 励ますか。

 笑わせるか。

 でも、

 その瞬間。

 澪が、

 小さく言った。

「今日、

 なんか、

 ちゃんと喋れない」

 榊は、

 その言葉を静かに聞いていた。


 窓の外では、

 風が鳴っている。

 暖房の音。

 コンビニの匂い。

 部屋には、

 生活の空気が溜まっていた。


「……別に、

 喋らなくてもいいんじゃないですか」

 榊が言う。

 澪は少しだけ顔を上げる。

「いいの?」

「はい」

 榊は、

 グラスの氷を見る。

 少し溶けている。

「多分、

 そういう日ありますし」


 澪は、

 数秒、

 榊を見ていた。

 それから、

 少しだけ笑う。

「榊さん、

 ほんと変わったね」

「そうですか?」

「前だったら、

 “どうしたの?”

 ってもっと詰めてた気がする」

 榊は少し苦笑する。

 確かにそうだったかもしれない。

 昔の自分は、

 沈黙を見ると、

 すぐ理由を探していた。

 怒ってる?

 冷めた?

 嫌われた?

 何か間違えた?

 でも最近、

 全部を言葉へしなくても、

 人は隣に居られる気がしている。


 しばらくして。

 澪が、

 ソファの上で膝を抱える。

「ねえ」

「はい」

「前の彼氏ね」

 榊は黙って聞く。

「私が黙ると、

 すぐ“なんで?”

 って聞く人だった」

 部屋が少し静かになる。

「優しかったんだと思う」

 澪は小さく笑う。

「でも、

 疲れる時もあった」

 榊は、

 その言葉を静かに聞いていた。


「……難しいですね」

 榊が小さく言う。

「何が?」

「距離感」

 澪は少し笑う。

「ほんと、

 榊さん距離感の話好きだね」

「職業病です」

「絶対違う」

 二人とも少し笑う。


 そのあと。

 澪が、

 静かに榊の肩へ頭を預ける。

 本当に自然に。

 言葉はない。

 でも、

 その重さだけで、

 十分伝わるものがあった。


 テレビでは、

 芸人が大声で笑っている。

 でも、

 部屋の空気は静かだった。

 榊は、

 その静けさの中で思う。

 多分、

 人を理解するって、

 “全部分かる”

 ことじゃない。

 言葉にならない温度を、

 無理に壊さないことなのかもしれなかった。


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